エピソード5-2
「ヒナちゃん、休憩入っていいよ」
店長にそう声をかけられたのは、予定より一時間ほど遅れた二十時だった。
そう言われても、この忙しさの中で本当に休憩していいのか迷う。
「休憩しておいでよ」
一緒にカウンターに入っていた子が小声で背中を押してくれて、ようやく私はスタッフルームへ向かった。
誰もいない部屋に入った途端、どっと疲れが押し寄せる。
ロッカーから、お店へ来る途中でコンビニに立ち寄って買ったパンとオレンジジュースを取り出し、私は力なく椅子へ腰を下ろした。
「……疲れた」
コンビニの袋をテーブルへ置き、その横に突っ伏す。
頬をテーブルにつけたまま、壁の時計を見上げた。
今日のシフトは十六時から0時まで。
本当なら十九時から一時間休憩のはずだった。
けれど今は二十時三十分。
二十一時三十分まで休んだとして、後半は二時間半。
私は最後まで持つだろうか。
……というか、シフト通りに帰れるの?
……頑張ろう!!
私は背筋を伸ばし、コンビニ袋からオレンジジュースのペットボトルを取り出した。
蓋を開けて喉へ流し込み、パンをかじりながらテーブルの上に置かれていたシフト表に目を向ける。
自分の名前を辿ると、その横には今日と同じ勤務時間が記されていた。
木曜日には〝公休〟の文字。
……別に休みなんていらないのに……。
休んだところで予定なんてない。
今はひとりでいる方がつらい。
明日にでも店長に相談してみようか。
アルバイトならなんとかなるかもしれない。
私はシフト表を元の場所へ戻した。
パンを食べ終え、オレンジジュースをひと口飲む。
何気なく辺りを見回した時、目に入ったのは山積みになった雑誌だった。
ロビーの待合席に置かれていたものだ。
先月号だから、最新号と入れ替えたのだろう。
私は山のいちばん上にあった一冊を手に取った。
表紙を見た瞬間、後悔した。
自爆したかも……。
きっと、このまま雑誌を元の場所へ戻せばよかったのだと思う。
けれど、私の手は言うことを聞かなかった。
指は止まることなくページを捲っていく。
並んでいるのは洋服やアクセサリー、それに靴。
厳つい顔をしたモデルが鋭い眼差しでこちらを見ていた。
その目が、マサトさんの目と重なる。
『ヒナ』
低い声が頭の中に蘇った。
『明日、ハンカチを持って行くから』
昨日、マサトさんが口にした「明日」は今日のことだ。
会えるはずなんてないのに。
約束と呼べるほどの約束でもないのに。
それでも、どこかで期待している自分がいた。
……バカみたい。
期待してどうするの。
名前しか知らない相手なのに。
よほどの偶然か奇跡でも起きない限り、会えるはずがないのに。
私は雑誌を閉じ、元の場所へ戻した。
時計を見る。
二十一時二十分。
そろそろ仕事へ戻らなければならない。
パンの袋とペットボトルをコンビニの袋へまとめ、そのままゴミ箱へ捨てる。
後半も頑張ろう。
気合いを入れ直し、私はスタッフルームを後にした。
◇◇◇◇◇
週末のカラオケボックス。
こんな深夜に、どうして人はここへ集まるのだろう。
あまりの忙しさに追われながら、私はそんなことを考えていた。
グループから店舗運営を任されている店長や幹部クラスの従業員は、この忙しさが嬉しいらしく、満面の笑みで店内を駆け回っている。
……だけど、私たちアルバイトは違った。
途切れることなく押し寄せる人の波に、疲れの混じった笑顔を浮かべるのが精いっぱいだ。
忙しくても暇でも時給は変わらない。
そう思うと、この慌ただしさの中を走り回っていることさえ若干空しく感じる。
それでも、そんなことを口にしてはいけないと分かっているから、私は笑顔の奥へ疲れを押し込めた。
『ヒナちゃん、遅くなってごめんね。上がっていいよ』
店長の声が天使の声に聞こえた。




