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息抜き


 寮について自室へ向かう。

 12時~14時までお昼休みになっているから食堂もとても賑わっていた。


 やはり、召喚獣を連れてる人はいませんね……


 通りすがりに中を見やる。上級生も居るようだが、召喚獣と一緒の人は見かけない。食堂の前を抜けて、談話室にもやはり見かけなかった。

 階段を上がり、相変わらず息を切らせながら自室に辿り着く。


「……はぁ……戻りました。」


 熱のせいか、足元が少し頼りない。ふらふらとソファに座り、ふぅと息を吐いた。


『食事は取れそうか?』


「今は……あまり……」


『ならば先に少し眠った方がいい』


「分かりました」


 制服のケープとジャケットを座ったまま外し、少しぼんやりしてからクローゼットへ向かう。

 制服をハンガーに掛け、シュミーズを取り出して着替えた。少し肌寒くてストールも肩に掛ける。

 魔石ポットで湯を沸かし、ベッドのサイドテーブルにカップと共に置いた。

 白湯の準備をしてベッドに入る。するとヴィクトルがベッド横に現れた。

 眉間に皺を寄せてリュシルを見下ろしている。


「……すみません。すぐに、下げますから……」


 庭園の時より上がっているように見える。

 ヴィクトルは指先だけ、リュシルの額に触れた。


「……気持ちいいです」


 微笑んで瞳を閉じる。

 手を引くに引けなくなってしまったヴィクトルは、亜空間BOXからハンカチを取り出すと魔法で適度に濡らして指の代わりに額においてやった。


「すみません……ありがとうございます」


「いいから寝なさい。」


「はい……」


 すぐに少し不規則な寝息に変わる。

 魔力量は少し増えた程度。恐らく疲れからくる熱なのだろう。


 本当に、幼な子のようだ……


 ヴィクトルはティーポットに亜空間BOXから取り出した茶葉を入れ、リュシルが沸かしていたお湯を注ぐ。ある程度煮出したら葉を引き上げ、テーブルに置いた。

 ヴィクトルはそのままソファに座り、紙とペンを取り出す。カリカリと気持ちのいい音を立てながら、なにやら書き込んでいた。


 暫くして手が止まると今度はリュシルの魔力が入った魔石を数個取り出し、観察しては書き込む作業を繰り返す。次にケースを取り出して並べられた希少石を二つほど取った。魔石と触れさせたり離れさせたりしながらなにやら考え込んでいる。


「……手持ちのサイズではどうにもならんか……」


 トントントン……と指でテーブルを叩き、新しい紙を取り出して今度は術式を書き込んでいく。


「……違うな……これでは反発する……」


 書いては消し、書いては消し……中々決まらない様子だ。


「……反動が来てはいけない……調節機能と……定量の計測……」


 ハァ……


 溜息をついてペンを置いた。

 道具はあるが、研究材料が足りない。焦っても仕方のないことはわかっているが……。

 今は、実践まで耐えられるだけの体力を付けさせなければ。


 テーブルに広げていた紙類達を片付けるとまたベッドの側に立つ。

 リュシルの呼吸は規則的になっていた。魔力は体内で暴れることはないが、相変わらず生産し続けられている。

 そっと指の背を首筋に当て熱の様子を伺った。


 ……少し落ち着いたか。


 僅かに安堵の表情を浮かべてヴィクトルは腕輪の中へ戻って行った。


 ――――――――……


 二時間ほどして、リュシルが目を覚ます。

 ぼんやりしたまま天井を見つめていた。体のだるさはまだ残っているが、この程度なら以前は日常だった。いや、その時よりも楽かもしれない。

 起き上がり、サイドテーブルに置いておいた白湯を飲む。

 喉の渇きも落ち着いて、ふぅと一息ついた。


「……ヴィクトルさん……」


 部屋を見回して姿がないヴィクトルを半ば無意識に呼んでいた。


「……どうした」


 声に反応してすぐに姿を現す。


「あ……あれ……私、いま呼びました……?」


 ヴィクトルの声にハッとして、口元を抑えた。自分でも気付かぬうちに零れた事に驚いている。


「すみません、何か……無意識に呼んでしまったみたいです……」


 ……恥ずかしい……


「そうか」


 大して気にした様子もなく、ヴィクトルはソファに向かった。テーブルに置いてあるティーポットに指をトンと置いた。


「滋養強壮にいいお茶を入れてある。食事と共に取りなさい。」


「ありがとうございます。」


 ストールを肩にかけ、ティーカップを持つとテーブルに向かった。

 リュシルが座るとヴィクトルは購買部の袋から小さいリンゴを取り出し、器用に剥いていく。


「お料理、出来るのですか?」


「……自炊はしていた。」


 亜空間BOXから皿を取り出し、切ったリンゴを乗せていく。切り終えると、フォークを添えてリュシルに差し出した。


「ありがとうございます……」


 嬉しくて頬が緩んだ。マナーレッスンだったら怒られていただろう。でも、ここでは怒られない。

 にこにこと笑顔が止められなかった。わざわざ小さめに切ってくれたり、フォークを付けてくれたり、お茶を準備してくれたり……

 この空間にヴィクトルの優しさが沢山詰まってる気がして……嬉しい気持ちが、堪らないのだ。


「美味しいです。」


 終始にこにこしているリュシルに怪訝な顔をしながらヴィクトルは本を読み始めた。

 部屋には暫くリュシルのリンゴを齧る音とヴィクトルのページを捲る音だけが聞こえていた。

 暫く穏やかな時間が過ぎていく。

 小さなリンゴだったのでリュシルでもなんとか食べ切ることが出来た。しかし、それでもうお腹はいっぱいだ。


「……ごちそうさまでした。」


 手を合わせてから、洗浄魔法をかけた。


「慣れてきたようだな。」


「はいっ」


 ヴィクトルに綺麗にした食器を返して、ふとリュシルは首を傾げる。


「……ところで、なぜ食器をお持ちなんですか?」


「……あぁ。君は知らないのか。」


「……?」


 何をだろう?とリュシルの首はさらに傾いた。


「出店などは皆自前の食器を持って購入するんだ。」


「そうなんですか?」


「皿付きの値段と皿無しの値段と別にしてあったり、皿を返却したらその分が返金されるところもある。」

 

「出店ってそんな感じなんですね……私も、行きたいです」


 キラキラと瞳を輝かせてヴィクトルの話を聞いている。


「……そのためには体力作りだな。」


「はいっ!」


 ヴィクトルは今すぐにでも動こうとするリュシルを無言でじっとり見つめた。


「……今日は、外出禁止だ」


「……そんな……!」


「君はさっきまで熱で寝ていたんだぞ?」


「う……で、でも、もう下がって………………、~~~~はい……」


 反論を試みるも、じぃーっとジト目で見つめられ、観念したように頷くしかなかった。

 少ししょんぼりとしながらお茶を飲む。リュシルは街は勿論、屋敷の中でさえまともに見たことがなかった。リュシルが知っているのは屋敷の離れと中庭、そして馬車の中と王宮の客間くらいだ。馬車の中から外を見たこともあったが、ほんの少しだけ。

 動ける身体があって、街の話を聞いたらウズウズとしてしまう。でも……体力のないこの身体では行ったところで、きっと何も出来ないのだ。

 だから仕方ない。仕方ない……のは、わかっているんだけど……


「……明日は……体力作りに動いてもいいですか?」


 ぽつりと呟くように、カップに口を付けたままチラリと見上げた。

 今日はダメでも、せめて明日から、少しでも……そんな想いを込めて――


「……ハァ…………最初は学園内のみだ。」


「 ! 」


 カップから顔を上げて、何度か瞬きを繰り返す。


「……承諾できないのなら――」


「――できます!」


 ヴィクトルの声に被せるように身を乗り出して答えていた。


「学園内、歩きます!たくさん!」


 リュシルの勢いに少し身を反らせながら、一つ頷いた。頭を軽く手で押し、座るように促す。


「……そのためにまず、体調を整えなさい。あと……そのような格好で身を乗り出すんじゃない。」


「……ッ!!」


 言われ、自分の格好を見下ろして、顔を真っ赤に染めた。ストールを羽織っているとはいえ、寝やすいようにとシュミーズに着替えていたのだった。

 リュシルはストールごと顔を両手で覆って縮こまる。


「……失礼、しました……」


 か細い声で伝えるリュシルに、ヴィクトルは溜息を返す。

 指の間からヴィクトルを窺えば、もう本に目を落として居た。さして気にしていない様子に安堵して、そろりと姿勢を正す。


 ……いけません。こんなに感情を表に出していたらまた『落ちこぼれ』と言われてしまう……


 どうしようとか、恥ずかしいとか、溢れ出しそうになる感情を抑えて、リュシルはスっと背筋を伸ばすと淑女の表情を貼り付けて、カップに口を付けた。

 本越しにその様子を見ていたヴィクトルはリュシルに気付かれないように溜息をついていた。


 ヴィクトルのページを捲る音と時折カップとソーサーの小さな接触音が響くだけの静かな時間。

 リュシルは本を読むヴィクトルを眺める。


 ……ここに居るけれど、この世に存在していない人……


 不思議だった。

 姿はあって、話すことも触れることも出来るのに、幻のような人。

 目の前で息をしているのに、生きていない人。


 だんだんと、ヴィクトルの眉間に皺が寄り、本越しに視線がぶつかった。


 ……あ……


 金色だと思っていたヴィクトルの瞳。テーブルを挟んだこの距離で初めて知った。瞳の奥に見える濃いとろみ。


 ……金琥珀だ……綺麗……


「………………、なんだ」


 目が合ったまま、逸らすことも何かを話すこともないリュシルに、ヴィクトルは耐え切れずに不機嫌に声を上げた。

 ヴィクトルの瞳を観察することに夢中だったリュシルはハッと現実に帰る。


「……あ……す、すみませんっ……」


 ……瞳の観察していただなんて……さすがに言えません……


 自分は何をしているのだろうと恥ずかしくなって俯く。ひどく顔が熱い。不信顔のヴィクトルから逃げるように立ち上がると、ベッドへ逃げ込んだ。


 ヴィクトルの溜息が聞こえる。きっと呆れているのだろう。でも、自分でも自分のしていることに説明が出来ないのだ。悪い事をしている訳ではない(……はず)なのに、何だか心臓がうるさい。今までこんなに人の顔を見たこともなかった。いつも微笑んでぼんやり顔全体を見る程度で、あんな風に瞳を覗き込むなんてしたことも無いのに、なぜ……。

 自分でも分からない自分の行動に混乱してしまう。その気持ちを追い払うように、頭まで布団をかぶり、ぎゅっと瞼を閉じた。

 少しして、トンっと頭の上に優しい衝撃があった。


「……顔は出しなさい。窒息するだろう。」


 声が聞こえて、先程の衝撃はヴィクトルの手だと理解する。

 

「……そこまで子供じゃありません……」


 そろりと目元を出しながら、少し拗ねたように答えてヴィクトルを見上げた。目が合うと一瞬、僅かに目が細められた。


 ……いま……笑っ、た……?


 たまに揶揄う時のような意地悪な笑みではない、とても小さな変化に、パチリと瞬きをする。しかし次の瞬間にはもう、いつもの無表情だった。


「……魔力は安定しているな。明日から体力作りをするのだろう?今日はそこに居なさい。」


「……はぁい。」


 子供じゃないと言ったばかりなのに子供のような返事をしてしまった。いけない、と掴んだままの布団で口元を隠す。フッと小さく息の漏れる音がした。

 視線だけあげればヴィクトルの口角が僅かに上がっている。

 ゆるゆると指先で頭を撫で、ヴィクトルはソファへ戻って行った。


 ………………子供扱いだ……。

 これは完全に、子供扱いをされているのだ……!

  

 ヴィクトルの年齢は知らないが、数百年前の魂なのだからうんと年上なのは分かっている。

 分かってはいるのだが……

 こんなにも明らさまに幼子と同等の扱いをされるとは……!

 自分の態度も悪かったかもしれないが、だが、それでも!今の対応は15歳の私への対応ではない気がする!

 

 うぬぬぬ……と声にならない声をぎゅうっと握りしめた布団で隠した。じたばたとしたい気持ちをぐっと堪えた。それをしてしまったら本当に子供でしかない気がして……。

 ヴィクトルは普段の階段などのエスコートはとてもスマートなのに、時折、こうして子供扱いになるのが何だか扱いがチグハグで不思議に思う。

 リュシルはいつか、ヴィクトルに生前の生活を聞いてみたいと密かな目標を立てた。


 気持ちが落ち着いてきて瞼を閉じると、明日はどうしようかと考える。

 学園内を歩くとしても目標が必要だ。

 どこまで歩こう。

 どれだけ歩けるのだろう。

 この学園は広い。まずは校舎の周りだけでも良いかもしれない。

 でも出来るなら薬草園や温室を見に行きたい。

 ヴィクトルさんはどこまで許してくれるだろう。

 どこへでも行ける体力が付いたら、私も冒険者の活動が出来るかな……

 ヴィクトルさんと、一緒に……――――


 まだ怠さの残る身体は睡眠を欲していたようだ。

 すぅすぅと規則正しい寝息に変わるまで、そう時間はかからなかった。

 

 …………寝たか……


 視線だけベッドに向けて、再び本へ視線を戻す。

 先ほどの不可解な行動は何なのか。

 考えた所で人の感情など分からない。

 しかし……


 少しは、年相応の振る舞いになったか……


 ずっと人目を気にして整った表情を貼り付けていたが、少しばかり取れてきた気もする。自室でさえそんな表情を作る必要があるのか謎だった。

 あれはもう、精神的なものなのだろう。

 子供は子供らしくあればいいと思うが。そう居られないというのも可哀想なものだ。

 自室にいる時くらい、素直な自分であれたらいいとヴィクトルは思っていた。

 何より、今までヴィクトルの周りにあんなに取り繕う者はいなかった。家族も婚約者も、今までの契約者も。どちらかと言うと自分勝手な者が多かったかもしれない。権力を誇示する者や、感情全てをぶつけてくる者さえいた。

 それらに比べれば、この子はまともな部類なのだろう。だが、今度は極端に抑えすぎている。


 ふぅ、と軽く息を吐き、紙とペンを取り出す。また何やら術式を並べては違うと書き直していく。

 次第に夢中になり、術式の構築に没頭していった。


 次にリュシルの意識が浮上した時、辺りは暗かった。ぼんやりしていると耳にペンの走る音が響いてくる。


「……?」


 目元を擦り、起き上がるとテーブルに向かうヴィクトルが見えた。薄暗い中で何かを書いている。リュシルは静かに灯火スイッチを押す。明るさに一度ぎゅっと目を閉じて、そろりと瞳を開けた。部屋が明るくなったことにも気付かない様子で書き続けている。凄い集中力だ。


 ……これは……邪魔をしないようにしましょう……


 何をしているのだろう?

 気になるけど、近付いたら邪魔になってしまうだろうかと考える。

 そっと魔石ポットを温める。ティーセットはテーブルだ。どうしようか悩んで、静かにテーブルに近付いた。そぉっと、そぉっと……物音を立てないようにティーポットを手に取り、机へと移動する。小声で洗浄魔法を唱えて茶葉を入れ、湧いたお湯を注いだ。

 次はカップだ。またそっとヴィクトルの向かい側に回り、カップを手に取ると同じように洗浄魔法を唱えて机に置いた。

 少し蒸らした紅茶を注いで、飲んでくれるかは分からないが、ヴィクトルの近くに置く。

 そこでやっと、ヴィクトルの手が止まった。視界に映ったようだ。


「……すまない。集中していたようだ。」


「大丈夫です。……紅茶、飲みませんか?」


「……いただこう。」


 カップを手に取り、口を付ける。

 ヴィクトルが紅茶を口にした。ただそれだけなのに、リュシルは嬉しそうに微笑んでいた。


「紅茶もたまにはいいものだな……」


「あまり飲まれないんですか?」


「飲むのは殆どコーヒーだった。」


「そうなんですか……」


 今度、ヴィクトル用にコーヒー豆を買っておこうかと考える。淹れ方も勉強してみようかな、と少しワクワクした。


「……体調は?」


 テーブルに置いていた紙類を片付けつつヴィクトルはリュシルを観察した。


「もう、大丈夫ですよ」


 リュシルがソファに座るとヴィクトルは立ち上がり、リュシルの隣に立っていつものように脈を見始めた。それが終わると首へと手が伸ばされる。触れる瞬間、リュシルの肩がキュッと上がった。


「……嘘ではなさそうだな。」


「はいっ」


「夕食は?」


「……食欲は、まだあまり……」


 その言葉に小さく嘆息して、ヴィクトルは購買部の袋を手に取った。首を傾げるリュシルに袋の中から柔らかいパンとまた小さなリンゴを見せる。


「え……」


「……食堂は人が多いだろう。ゆっくりしたい時くらいここで食べたらいい」


 まさか、夕食まで買ってくれていたとは……


「ありがとうございます……!」


 ヴィクトルはカップをもう一つ持ってくるとポットに入ってる紅茶を注いでリュシルに差し出す。自分の分も継ぎ足すと向かいに座った。

 昼間と同じようにリンゴを剥いていく。


「ありがとうございます。いただきます。」


 ヴィクトルの手元を見ながらパンをちぎって口へ運ぶ。次は自分でも剥けるように覚えたかった。

 リュシルの中で小さな目標が沢山浮かんでくる。今日の日記も書きたいことがいっぱいだ。

 希望の種が一つ一つ増えていく。

 明日からの体力作りも頑張ろうと密かに気合いを入れて、パンを食べ進めた。

 リンゴを剥き終えたヴィクトルは紅茶を飲みながら本を開く。

 組んだ足の上に本を置き、ゆったりと腰掛けて随分リラックスした様子だ。


 ……ヴィクトルさんは何をしてても絵になる人ですね……


 そういえば、とリュシルは先程ヴィクトルが集中していた姿を思い出した。

 

「さっきは何をしていたんですか?」


「……君の魔力を制御できる方法は無いかと、思いつく限りの術式を書き出していた。」


「私の……?」


「作られる魔力を、通常のように一定量で止められないかと思ってね。」


「……もしそれが出来れば……」


「出来たなら、君の望む『普通の生活』が可能だろう。……まぁ、まだ構想でしかないから期待しないことだ。」


「……いつか、出来る日を楽しみにしています。」


「では……部屋の一角を研究作業場として使用することは可能か?」


 ヴィクトルが珍しく少し身を乗り出してリュシルに聞いている。


「お好きなように使ってください」


 リュシルが笑ってそう答えると、とても僅かではあったが、嬉しそうに目元が緩んだ。


「感謝する」


 ヴィクトルの柔らかい雰囲気にリュシルも嬉しそうに微笑んだ。

 それからまた穏やかな時間が訪れた。

 ヴィクトルは紅茶を飲みながら本を読み、リュシルはパンを食べ終わり、紅茶を飲んでリンゴに手を伸ばす。そろそろリュシルのお腹はいっぱいだ。


「……リンゴは食べきれません……」


「構わない……余れば貰う。」


 何となく余り物を渡すのは気が引けるが、本人が良いと言うならば何も言えず、申し訳ない気持ちになりながらお皿をスっと差し出した。


「すみません……」


「想定内だ。」


 ……残ることが分かりながらも買ってくれていたなんて……やっぱり、ヴィクトルさんは優しい人です……


 胸に温かい気持ちが広がる。

 昨日も今日も、ヴィクトルから温かい気持ちを沢山貰っている。

 

 少しでも、お返し出来たらいいな……


 

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