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庭園


「そうだ。リュシルさんは選択教科は何にした?」


「私は薬草学です。サシャさんは?」


「ホント?僕も一緒だよ。嬉しいな。そっちのクラスでも宜しくね。」


 嬉しそうな笑顔だ。レナもサシャもよく笑う。


「こちらこそ、宜しくお願いします。」


 リュシルも微笑んで返した。しかし、腕輪の中でヴィクトルが舌打ちしていた。

 どうしたのだろうと腕輪に視線を移す。昨日の夜もサシャがいる時は何故か不機嫌な様子だった気がする。


「……ヴィクトル様、だっけ?リュシルさんの英霊」


「あ、はい……」


「ふふっ……僕は警戒されてるのかな?」


 サシャは先程からずっと笑顔だ。

 笑顔だけれど……


「……サシャさん……?」


「……ヴィクトル様はリュシルさんとずっと一緒で良いな。」


「……それは……どういう……?」


「ふふっ……まだ、ナイショっ」


 人差し指を口にあてイタズラに微笑んでサシャは席を立った。


「ごちそうさま。リュシルさん、また後でね。」


「あ……はい。」


 いつの間にか食べ終わっていたらしいサシャは、リュシルに手を振って食堂を出て行った。


「……なんだったのでしょう……?」


 思わず口から零れた。

 答えてくれる者はいないが、腕輪から脳へ直接声が響いてくる。


『……あの男は何か妙だ』


『みょう?』


『なにか……分からないが、好かん。』


 思わず、ふっと笑みが溢れてしまった。

 ヴィクトルの好き嫌いを聞いたのは初めてかもしれない。


『気をつけるようにしますね』


 ふふっと小さく笑って、食事を再開する。


 このフルーツ美味しい……少し苦味があって甘酸っぱい。お口の中がサッパリする……


 柑橘系のフルーツを食べ切って、手を合わせた。

 パンを残してしまったけど、昨夜から少し食べられるようになった気がした。

 少しばかりの達成感を胸に食堂を後にする。


 受付の管理人に見送られ、教室へ向かった。

 今日はどんな授業かな。午後はどう過ごそうかな。リュシルの頭の中はワクワクでいっぱいだ。

 教室のドアを開けるとまだ半分も居ない。


「おはようございます。」


 淑女らしい笑みを浮かべて挨拶をする。

 しかし、返事をくれる人は――いない。

 

 席は自由なのでリュシルは静かに後ろの方へ移動した。

 恐らく、学園に居る人は「フォンテーヌ公爵家の問題児」の噂くらい聞いた事があるのだろう。もしかしたらお茶会で顔を合わせていたのかもしれない。

 レナとサシャが稀なだけで、今までもこういった視線は受けていたのだ。今更、気にはしない。

 でもやっぱり……少しだけ、寂しい気持ちだった。


 その後も、教室に着いた人達は既に仲のいいグループが出来ているようでリュシルに話しかける者はいない。前期教育でアカデミーに行っていた人が大半だろうから、入学前からの友人だって沢山いるだろう。十人しかいないクラスなのだから、今まで交流のなかったリュシルには入れる場所がなかった。


「あ、サシャおはよう」


「おはよう」


 一人で手持ち無沙汰に教科書を見ていたが、先程食堂で別れたサシャの声に顔を上げる。


 前方のクラスメイト達と挨拶を交わし、ちょっとした雑談をしている。サシャの紫の瞳がリュシルを見つけると柔らかく細められた。


「リュシルさん」


 クラスメイトに声を掛けて別れると、リュシルの所までやって来た。


「隣、いい?」


「……え?」


 ……向こうにお友達がいるのに?


 チラリと前方に視線を移したリュシルに、サシャはリュシルの心を見透かしたように笑う。


「僕は向こうよりリュシルさんと居たいんだけど……ダメかな?」


「い、いえ……だめでは、ないです……」


「ありがとう」


 嬉しそうに笑ってリュシルの隣の席に座った。


「教科書読んでたの?」


「あ、はい。」


「昨日はここ、戦闘基礎までやったよ。分からないところあったら僕で良かったら教えるから言ってね?」


「はい。ありがとうございます。」


 サシャは優しい。友達は多いにも関わらず、一人でいるリュシルを気にかけて声を掛けてくれたのだ。

 他のクラスメイトもサシャの態度に特に不満もないようで、それぞれ会話に花を咲かせていた。


 サシャさんは……誰からも慕われる方なんですね……


 自分とは真逆の存在のように思えた。しかし、だからこそこうして親切にしてくれるのだろう。

 有難いような申し訳ないような、複雑な気持ちだった。


 そこへ、ジャンヌが教室に入ってきた。

 今日の授業の開始だ。


「おはよう。……うん、みんな居るわね。それじゃぁ、授業の前に選択教科の用紙集めるから持ってきてちょうだい。」


 ガタガタとそれぞれ席を立つ。リュシルもBOXから出して立とうとしたら隣から手が伸びてきた。


「貸して。一緒に出してくるよ。」


「でも……」


「まとめて出した方が早いでしょ?」


「……では、お願いします」


「うん」


 サシャはリュシルから羊皮紙を受け取って立ち上がると、前方のまだ出してない人達にも声を掛けて集めて持って行く。

 みんなサシャの戻りがけに口々に感謝の言葉を伝えていた。


「サシャさん、ありがとうございました」


「どういたしまして。」


 なんの衒いもなく微笑んで席に着く。

 ジャンヌはうんうんと頷きながら集めた羊皮紙を確認して、授業を開始した。

 

 ジャンヌの授業は楽しかった。

 教科書を読み進めながら、冒険者時代の体験談を交えた解説や失敗談。君たちならどうする?と生徒の考えを聞き、回答に合わせて更なる状況変化のバリエーションが増えて行く。

 一言に戦闘と言っても状況は様々だ。基本に忠実なのも大事ではあるが、想定外の事にも対応しなければならない。いや、想定外のことの方が多いのだとジャンヌの体験談が物語っていた。


「魔物も馬鹿じゃないのよ。賢い個体なんかも沢山いる。低位魔物と言われるスライムだって独自の進化をして危険な個体になっている者もいるんだからね。見た目で判断しちゃダメよ?」


 見た目で判断してはいけない。なるほど、とリュシルはノートにメモをしていく。

 ふと視線を感じた気がして隣を見れば、サシャが頬杖をついてこちらを見ていた。

 目が合って驚いていると、サシャはふわりと笑って視線を前に戻した。


 ……ビックリしました……見られ、てた?


 だんだん恥ずかしくなってきて教科書に視線を落とす。ジャンヌの話に百面相してしまった所も見られていただろうかと思うと、少し、顔が熱かった。


 その後もジャンヌの楽しい授業は続く。ノートを取る時間には冒険譚の小話をしてくれたり、小休憩という名目で、生徒からの質問にも笑いを交えながら明るく返していた。


 時刻が12時になると午前の授業が終わる。

 ジャンヌが終わりの挨拶をすると皆それぞれに昼食へ移動し始めた。

 リュシルは今日も半日までと言われているので、ジャンヌの元へ向かった。


「先生、今日はどこまでやったらいいですか?」


「そうね……午後は魔法練習の予定だから教科書は気にしなくていいわ。リュシルさんは週明けから一日頑張れるように、ゆっくり休んでちょうだい。」


「はい。それでは失礼します。」


「ええ。また来週。」


 ぺこりと頭を下げて、教室を出ようとしたらサシャが待っていた。


「お話終わった?リュシルさんお昼はどうするの?」


「そうですね……一度寮に戻ってから考えようかと」


「そっか……じゃぁ、また時間がある時に一緒しても良い?」


「はい。」


「ありがとう。またねっ」


 手を振って教室を出たサシャはすぐ近くにいたクラスメイトと話しながら歩いていく。それを少し見送って、リュシルも教室を出た。


 階段の所まで来ると、少し逡巡して階段を上がった。寮に戻るには降りるところだが、少し、庭園を見たかった。

 昨日はヴィクトルがエスコートしてくれていたが、今日は一人で登る。一階分登る程度、今のリュシルには問題ない。

 ガチャっと扉を開いて、庭園に出る。

 草花の香りが昨日と同じようにリュシルを包んでいく。

 ふぅとリラックスして息を吐き出した。


「今日も綺麗……」


 風に舞う色とりどりの花弁。

 

 風に薫る花の甘さと葉の苦さ。

 

 太陽がキラキラと照らしていた。


 リュシルは花壇の前にしゃがんで飛び交う蝶を眺める。


「……どうかしたのか?」


 背後から、ヴィクトルの声がした。


「……いいえ。……なんだか……こんなに誰かと居るのが久しぶり過ぎて……」


 一人に慣れすぎてしまったのだろうか。

 お友達が出来て嬉しいのに、なんだか疲れてしまった気がして……リュシルは心が落ち着く場所を求めて庭園に足を運んだのだった。


「……一人がいいのなら僕も戻ろう」


「あっ……いえ……」


 振り向いて、引き留めようとしたが悩んでしまう。


 ヴィクトルさんは一日一緒に居てもこんな気持ちにはならなかった……

 でも、ヴィクトルさんは私と居て疲れてしまうかもしれない……


 そう思うと、腕輪の中の方が心地良いのではないかと思い始めてしまって振り向いた姿勢を元に戻した。

 少ししてぽんと頭に大きな手が乗る。驚いてリュシルの肩が跳ねた。


「環境の変化にまだ慣れていないだけだろう」


 ゆるゆると小さく、頭に乗っている指先が左右に揺れる。

 膝を抱えたままこくりと頷く。


「それに……熱が上がっているな。」


「……え」


「10分したら帰るぞ」


「……はい……」


 ヴィクトルは懐中時計を取り出し時間を確認した。

 10分だけ。

 でも、10分も時間を作ってくれたのだ。リュシルの心が少しでも落ち着くようにと。


「お花、綺麗ですね」


「……そうだな」


 後ろにヴィクトルがいる。それだけでリュシルはなんだかとても安心できた。

 昨日は庭園の少しの範囲しか見ていないので、折角なら全体を見て回ろうと立ち上がる。

 L字になっている校舎の大部分が庭園になっているため、それなりの広さがある。

 おそらく中央付近に建っているのであろうキオスク(四阿)が気になっていたのだ。

 ゆっくりと花々を見ながらキオスクに近付く。


「……わぁぁ……素敵です」


 黒いアイアンで造られたそれにはバラやクレマチスが絡んでいて、まるで花の屋根のようだった。二度咲きであろう赤いバラと青紫のクレマチスの花が秋空にとても映えている。

 中を覗けば可愛らしい椅子とテーブルも置いてあった。


「素敵……」


 ほぅと溜息が漏れる。

 ここに座ってただ庭園を眺めるだけでも楽しめそうだ。次に来た時はここで食事をしてもいいかもしれない。昨日もそうだったが、あまり庭園に来る生徒もいないようで閑散としているため、なんだか秘密基地のようだとリュシルは思った。

 ぐるりとキオスクの周りを見て、今は庭園を全部見ようと再び歩き出す。

 ヒラヒラとリュシルの周りを飛ぶ蝶に微笑み、庭園散策を楽しんだ。端まで辿り着くとまた引き返して最初に入ってきた扉へ向かう。こちら側にも扉はあるが、まだ時間もあるのでもう少し花々を愛でたかったのだ。

 陽射しと風が心地よくて、心が洗われる気がした。

 ヴィクトルは何も言わずにリュシルの後を着いていく。

 歩いては止まり、止まっては歩いて、のんびりとした時間。

 ヴィクトルには退屈だったかもしれないが、リュシルはただ一緒に歩いてくれただけで嬉しかった。


「……付き合わせてしまって、すみません」


 元にいた位置まで戻ると少し眉を下げてヴィクトルを見上げた。

 ヴィクトルはそれには答えず、扉を開けた。

 静かに手が差し出される。どうやらエスコートをしてくれるらしい。リュシルはそっと手を重ねた。

 二人とも何も話さずに階段を降り始める。ヴィクトルは一段下にいる為、いつもより顔が近い。


 なぜ何も言わないのだろう?怒っているのかな?

 そんな不安な気持ちが伝わってしまったのか、ヴィクトルの視線がこちらに向いた。


「……あの程度でキミの気持ちが落ち着くなら構わない。……僕も生前はよく景色を見ていた。」


「……ヴィクトルさんも?」


「あぁ。」


 初めて、過去の話をしてくれた。

 それだけなのに、不思議と心が温かくて微笑んでしまう。


「じゃぁ、また……たまにで良いので付き合ってください。」


「……あぁ。」


 無表情だけど、声色は少し優しくて。

 嬉しさに重ねただけの手が、指先だけ握っていた。

 一階付近まで来ると購買部が近いためにザワザワと人の声が大きくなってくる。


「……食堂で食べるのと自室で食べるのと、どちらが良い?」


 聞かれ、少し考える。

 今は人が多い所よりも静かな環境の方が嬉しい。


「お部屋で、食べたいです。」


「ならば購入してこよう。食べたいものは?」


「えと……フルーツです。」


 こくりと頷くヴィクトルにカードを渡し大人しく待つ。また頭に一瞬手を置かれ、ヴィクトルは歩いて行った。


 ……撫でるの、好きなんでしょうか……


 頭を撫でられるなんて乳母が居た時くらいしか記憶にないリュシルはいつも一瞬ドキッとしてしまう。人との接触自体に慣れていないせいで身体が強ばってしまうのだ。

 もし、また暴発したらどうしようという習慣に近い不安もあるため、一日二日程度で慣れるわけがなかった。


 購買部から少し離れた壁際で待っているリュシルを通りすがりにチラチラと見ていく人達。


「あれだろ?公爵令嬢って」


「殿下が探してたらしいぜ」


「……小さいな」


「兄二人は優秀って話だけど」


「どっちかあいつのせいで脚失ったんだろ?」


「マジかよ」


「こえぇな」


 無意識なのか故意なのか、聞こえる音量の話声。

 だんだんと俯いていくリュシルの耳をヒンヤリとした手が覆った。ハッと閉じていた瞳を開くと見慣れた靴。視線を上げれば眉間に皺を寄せたヴィクトルが居た。紙袋を片手に、もう片方の手で心無い声を遮るようにリュシルの耳元を覆っている。

 眉を下げて微笑む。


「……ありがとう、ございます。」


 小さな声だった。


「……行くぞ」


 そう言って軽く背を押され、歩き出した。いつもより早足で購買部を通り過ぎる。寮への渡り廊下まで来ると先ほどまでの喧騒が嘘のように静かだった。


 ふと立ち止まってヴィクトルを振り返る。


「……そういえば召喚獣を連れている方を見かけたことがないですね?」


「そうだろうな。」


「……?」


 理由をいまいちわかっていない様子のリュシルに小さく嘆息しながらも説明をしてくれる。


「言っただろう?僕達は術者の魔力で存在すると」


「はい……」


「……キミほど、多くの魔力を持っているものは殆どいない。授業で必要な魔力を残すために無駄な魔力は消費しないものだ。」 


「つまり……私が過多症だからヴィクトルさんは自由に動けているという事ですか?」


「そうだな。」


 ヴィクトルはそこで、自分が顕現していることで歪んだ捉え方をする者も居るだろうと思い至る。目立ちたくないと思っているらしいリュシルの為には人前では極力出てこない方がいいのかもしれない。


「……部屋に戻るまでは腕輪にいるとしよう。」


「わ、分かりました。」


 購入品とカードを受け取って頷く。

 リュシルも今の説明を聞いて一緒に歩いていると目立つのだと理解した。これから談話室の前を通らないと自室に行けないのだ。まだ昼休みの今は人がいるのは確実だろう。

 一度深呼吸をして、リュシルは歩き出した。


 そうか……他の方々は無闇に魔力を消費したりしないんですね……


 召喚士と言う職業は比較的魔力が多い人がなるものではあるが、その多くは小型獣だ。大型獣やエルフの方が魔力の消費も大きくなる。


 ヴィクトルさんみたいな英霊は……どれだけの消費なのでしょう?


 答えは誰も分からない。しかし、自分が規格外の魔力を持っていることを改めて複雑な気持ちで受け止める。

 魔力の使い方に気をつけなければならないのは勿論だが、この魔力のおかげでヴィクトルに出逢えたのだから――悪いことだらけではないのだ。


 

 

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