友達
「私……その、当時は全然余裕が無くて……頻繁に会ってはいたはずなんですが、みんなの顔などを覚えていないのです……レナさんも、ごめんなさい……」
当時の自分の至らなさに、しゅんと目を伏せる。
こんなに優しくしてくれる人を、初対面じゃないのに覚えていない事が申し訳なかった。
「気にしないでよ〜!これから仲良くなったらいいじゃん?私はリュシルと仲良くなりたいし!」
「レナさん……はいっよろしくお願いします」
優しさに目の奥がツンとした。
少し潤んだ瞳でにっこりと笑う。昨日見せた淑女の笑みとは違う、リュシルの笑顔だった。
レナも嬉しそうに笑った。二人で笑い合って、温かい気持ちになったところに、声が掛かる。
「こんばんは」
声の方を見ると、隣にトレーを持ったサシャが立っていた。
「あ。サシャ、こんばんは。今からご飯?」
「うん。レナはもう食べてたんだね。」
仲が良さそうな二人の会話に、少し驚きつつ、リュシルも加わる。
「サシャさん、こんばんは」
「……リュシルさん隣、いい?」
「はい、どうぞ」
こくりと頷いて自分のトレーを少し寄せた。
「ありがとう。……二人とも何の話してたの?」
「女の子のひみつー」
「おや残念。」
レナの少しふざけた返事にサシャは穏やかに笑っていた。
「お二人は仲が良いんですね」
微笑ましいやり取りに自然と口にしていた。
「私とレオンとサシャで、小さい頃からずっと一緒に遊んでたから幼馴染ってやつかなー」
「そうだね。よく二人のお守りをさせられてたよ」
クスクスとサシャが子供の頃を思い出したように笑った。
「なによ大人ぶっちゃって。犬に追いかけられて泣いてたサシャのクセに」
「ちょっ……それは言わないでよっ……恥ずかしいなぁ」
「……ふふっ」
テンポのいい二人のやり取りに、リュシルが笑みを零す。友達ってこういう距離感なのかしら……兄妹にも近いような会話のテンポに、一緒に居るだけで楽しかった。
「レナはたまに意地悪言うから、リュシルさんも気をつけた方がいいよ」
「何言ってるのよっリュシルにそんな事言うわけないでしょっ」
まるで内緒話でもするかのように口元を手で隠しながら、しかしレナに聞こえるように言うサシャに笑ってしまう。レナもしっかり反論して来るので先程よりも賑やかだ。
楽しいけれど、二人以上の会話ってどちらと話したらいいのかが分からなくなる……
これはもう慣れるまでは聞き役になろうとリュシルは二人を交互に見ながら話を聞いていた。
話が一段落して、サシャがリュシルのカードポーチに気付いた。
「あれ……リュシルさん、それ可愛いね」
「え?」
「なになにー?」
「ベルトに付いてるポーチ。カードキー入れてるの?」
テーブルの向かいにいるレナは見えないらしく腰を浮かせている。リュシルはベルトを外してレナにも見えるように持ち上げた。
「コレですね。手作りしてみたんです。カードキーは身分証にもなるようなのでBOXよりも身につけた方がいいかと思いまして……」
「手作り!?凄い!可愛いね!」
凄い凄いとキラキラとした瞳で絶賛してくれるレナに照れたように笑い返した。
「うん、凄いね。リュシルさんに似合ってる。」
「ありがとうございます……」
二人からの素直な賞賛に気恥ずかしくなり、手早くベルトを付け直して目を伏せた。
「私も忘れないように身につけておいた方がいいかなぁ?」
「レナはこういうの作れないでしょ?不器用だから」
「サシャうっさい」
レナはサシャにプンっと怒った仕草をして、亜空間BOXからカードを取り出した。
「確かにBOXに入れたままじゃ使えないし、わざわざ取り出す手間を考えたらリュシルみたいに身に付けておくのが便利だよね」
「そうだね。僕は普段ポケットに入れてるけど女の子は付いていない服も多いよね」
「そうなんだよー。休みになったらリュシルみたいなやつ探しに市場行こうかな。」
「……同じもので良かったら作りますよ?」
これくらいならばお安い御用だと提案するが、レナは首を横に振る。
「ううん。リュシルの時間はリュシルの為に使うべきだよ。でも……探してもなかった時はお願いしてもいい?」
「はい、勿論です。」
レナの優しさに柔らかく微笑んだ。自分もこんな風に相手を思いやれるようになりたいと、リュシルは思った。
「……良いなぁ。……僕も女の子だったらお揃いに出来たかな?」
二人のやり取りを微笑ましく見ていたサシャが、悪戯に笑っていた。食事も終わったらしく、頬杖をついてリュシルを見ている。
「ふふっ、そうですね。」
リュシルも楽しそうに笑っていた。
しかし、何だかヴィクトルの警戒している様子を感じて腕輪に視線を落とす。
『どうかしましたか?』
『……いや……気にするな。』
『 ? 』
いつもより歯切れの悪いヴィクトルの様子に内心首を傾げる。深く追求も出来ず、そのままレナとサシャの会話に耳を傾けていた。
そろそろ戻ろうかとなった所で「あ。」とリュシルが亜空間BOXからハンカチを取り出す。
「サシャさん、これ……ありがとうございました。」
「あぁ。気にしなくて良かったのに。どういたしまして。」
綺麗になっているハンカチを見て、サシャは優しく目を細めた。
「リュシルさんが綺麗にしてくれたの?」
「はい、魔法の練習がてらやってみたんですが……大丈夫、ですか?」
「そっか、嬉しい。……凄く、綺麗だよ。」
リュシルはほっとして、レナと共に食べ終えた食器を片付けに行く。サシャは少しの間ハンカチを眺めて、大事そうにしまった。それから二人の後を追って歩き出した。
三人で談話室まで歩き、別の友達の輪に招かれた二人と別れてリュシルは自室へ戻る。
「ふぅ……戻りました。」
三階まで上るのはやはりまだ慣れない。上がる息を整えつつ、ヴィクトルから貰ったハーブティーを淹れる。
魔石ポットに自分の魔法で出した水を入れ、温まるのを待つ。今日は何だかとても濃い一日だった。あっという間にもう夜になってしまった。
ティーポットにハーブとお湯を入れ暫し蒸らす。香りが立ってきたところで机に置いたカップに注いだ。
今日はテーブルではなく机に向かっている。今日という日を記しておきたかった。
初めて魔法が使えた。
初めてお友達が出来た。
初めてクッキーが美味しかった。
食事が美味しいと思えた。
庭園が綺麗だった。
魔石に魔力をいれた。
ペンを手に持ち、今日一日を振り返って、瞳を閉じる。
自分が幸せだと思った事。
嬉しいと思ったこと。
温かい気持ちをもらったこと。
たった一日にたくさんの幸せがありすぎて、書きたいことがいっぱいだ。
思い返しては書き、思い返しては書き……
リュシルは今日あった幸せを書き残していく――。
うん。とひとつ頷いて、最後に一文。
ヴィクトルさんがエスコートしてくれた。
優しさを分けてもらえて嬉しかったのだ。
そしてリュシルはノートを閉じた。
ハーブティーを飲み干すと、覚えたばかりの呪文を唱えてカップを綺麗にする。出来た。ティーポットと魔石ポットも同じようにして、片付けた。
寝支度をして、少し早いがベッドに入る。
明日はどんなことが待っているのかな。ワクワクした気持ちを胸にリュシルは瞳を閉じた。
「ヴィクトルさん、おやすみなさい」
『……あぁ。良い夢を。』
思い掛けず、嬉しい言葉が聞けた。就寝時の決まり文句と言えばそうだが、ヴィクトルから聞けるとは思わなかった。リュシルは嬉しそうに口角を上げて幸せな気持ちで眠りについた。
リュシルが寝入った夜半、ヴィクトルがベッドの傍らに姿を現す。
その瞳は相変わらずリュシルの魔力を見ている。
……やはり、増えている……
魔力を抑える魔道具……いや、抑えるのは危険か……常に魔力を吸い上げる?
魔力を吸収する媒体……
身に付けて魔力量を調整するものと、吸い上げた魔力を集めるもの、か……
ヴィクトルはリュシルの魔力を見つめながら考える。どうすれば安定させられるのか。ただ普通の生活を望むこの少女が、あるべき姿に戻れる方法はないのかと。
魔力過多になってしまう原因が未だ解明されていない。症例も少なすぎる。
本来一定量で止まるはずの魔力が止まらない。
だから身体に負荷がかかり、内側から壊れていく。
単純な話だ。
しかし……解明できない……
溜め息をひとつ。
リュシルの顔にかかる髪を指で払い、あどけない寝顔に少しだけ口元を緩めて腕輪に戻った。
――――――翌朝。
窓から差し込む朝日に睫毛を震わせた。
「……ん……あさ……?」
身体が、重たかった。息も苦しい。
昨日まで動けていたのに、何かおかしい。
「……ヴィクトルさん……」
小さな声で、腕輪に呼び掛ける。
いつものように音もなく、腕を組んだ姿でベッドの傍らに姿を現した。
「……やはり二日に一度は必要だな。手を。」
「……はい」
重だるい腕を持ち上げてヴィクトルの手に触れる。
ヴィクトルへ送るイメージをすれば、すぐに魔力の動く感覚。まだ慣れないその感覚に震える手をヴィクトルは握ってやった。
たった二日。時間的には一日半程度。魔力の作られるスピードが尋常ではない。
魔法を使用して尚このスピードならば、溜め込んでいたら暴発だってするだろう。いや、しなければ身体が持たないのだ。
……生存本能ゆえの暴発、か。
最初の供給時より多く吸い上げる。無数の水球がヴィクトルの周りに浮かび上がっていく。
次第に魔力の流れがゆっくりとなり、止まった。
「……動けるか?」
「はい……ありがとうございます。」
ほぅと息を吐いて、ヴィクトルへ微笑んだ。
ヴィクトルはまたそのまま脈を測り、僅かに首を傾げる。金色の瞳がこちらを見たと思ったら、するりと首元へ手が伸びてきた。
「 ! 」
ビクリと身体が震えて、リュシルは固まってしまった。
「……微熱だな」
ヴィクトルの指の背が首筋に触れている。
言葉を聞いて熱を測るためだとは分かったが、寝起きにこの刺激は少し心臓に悪い。手が離れても、自分の顔が熱くなっているのがわかった。
「……なんだ。これ以上熱が上がるなら今日の授業は欠席だぞ?」
「だっ……大丈夫ですっ」
揶揄うような口調のヴィクトルから隠れるように布団を頭まで被った。
「ふっ……さっさと支度しなさい」
その言葉を残して腕輪に戻っていく。
……朝から刺激が強すぎませんか……
一度深呼吸をして、ベッドから抜け出した。
身支度を整えると「行ってきます」と呟いて部屋を出る。
朝食は何を食べようかと考えながら階段を降りていく。食事が苦痛でなくなると、それだけで心も軽かった。朝から肉や魚などの重たい物は食べられそうにはないが、もう少し、食べる量も増やしたい。
談話室に続くドアを開いて並ぶソファを見れば笑顔で手を振る人物がいた。
「おはよう、リュシルさん。」
「サシャさん、おはようございます。」
「ん?少し顔赤い?大丈夫?」
リュシルの顔を覗き込むようにサシャが心配そうな顔をする。
「はい、大丈夫ですよ。ありがとうございます。……サシャさんは随分早いですね?」
まだ人影もまばらで、談話室も閑散としている。
「あぁ、ここに置いてある本が面白くて。早起きして読んでたんだ。」
「そうなんですね。私、お邪魔してしまったのでは……」
「いやいや、僕の方から声掛けたんだし気にしないでよ。それより、今から食堂?一緒してもいい?」
「はい。」
「ありがとう。ちょっと本戻してくるね。」
サシャは談話室に置かれている本棚に手にしていた本を戻して、すぐにリュシルの隣に並んだ。
二人で食堂へ向かう。廊下は朝日が差し込んで少し眩しかった。
「リュシルさんの髪、光が当たって輝いてるよ。綺麗。」
「そ、そうですか?サシャさんも……眩しいです。」
サシャは艶やかな黒髪をしている。お互いにキラキラとした姿を見てクスリと笑った。
廊下の静けさから一歩足を踏み入れると、食堂内はにわかに活気づき、無数の話し声が耳に飛び込んできた。
「あ。そう言えば、殿下が昨日リュシルさん探してたって聞いたけど」
「……それ、噂になっているんですか?昨日、ここでお会いしたんです。」
「学園内はすぐ広まるからね。おまけに殿下だし。でも、あんまり気にしなくて大丈夫だよ。噂なんてすぐ別の噂が出たりするから。」
「そう、ですか?それなら良いんですが……」
少し困ったように微笑み、食事を選ぶ。
パンとスープとフルーツ。完食できなくても、食事を楽しめたら嬉しい。そんな気持ちでトレーに乗せた。
「リュシルさん、決まった?向こうの席が静かそうだよ」
「はい。」
待ってくれていたサシャと共に静かな一角を目指して歩き出す。確かに周りに人がいない席のようだ。
「……あの、サシャさんは私と一緒で良いんですか?」
昨日も談話室で他のお友達がいる姿を見た。そちらの人達との方が楽しく食事ができるのではないだろうか。
「うん。僕はリュシルさんと一緒がいいから。」
「そう、ですか……」
笑顔で言われてしまうとどう反応したらいいかわからない。優しいけれど、なんだか申し訳ない気持ちになる。私はそんなに沢山話せるほどの話題もないのに。つまらない思いをさせてしまうかもしれないのに。
「仲良くなりたいんだ。だから、リュシルさんのこと知りたいって……迷惑、かな?」
「あ……い、いえ!ありがとう、ございます……」
まるで犬が耳も尾も下げているような表情のサシャに、断ることなんて出来なくてリュシルは微笑んだ。
ヴィクトルは相変わらず警戒心を持っているようで、少しだけ胸がザワザワとする。
「いただきます」
パンをちぎって口に入れる。麦の香りと優しい甘みが口に広がって、思わず頬が緩んだ。
美味しい……。
「ふふっ……リュシルさん美味しそうに食べるんだね。僕もそっちのパンにすればよかったかな。」
「あ……」
見られていたとは気付かず、恥ずかしさに少し澄まして口元を隠した。
サシャはそんなリュシルの姿を柔らかい微笑みを浮かべながら見つめている。
「ふふっ……いただきます。」
子供の頃のお茶会で、いつも微笑んでカップを傾けていた子が、今は自分の目の前で嬉しそうな顔をして食事をしている。あの頃は人形のような子って認識しかなかったのにな。
……やっぱり、綺麗だ……
静かに食事をしながら、サシャは眩しそうに目を細めてリュシルを見ていた。




