初めての授業 2
ふぅと息を吐き、気持ちを入れ替えて今一度指先に水の玉を創り出す。今度はこれを氷に変換させる。
氷……硬く……硬く……
水の玉の中に魔力をどんどん注入する。氷をイメージしていたはずが、いつの間にか脳内では先程のヴィクトルが扱っていた水銀が浮かんでいた。
指先に出来ていた水の玉が段々と魔力を内包し、密度が高くなる。水の玉の中をリュシルの魔力がクルクルと詰まっていった。透明だった水が、蒼い魔力の色に染まりながら徐々に硬度を上げる。
「どう、でしょうか……?」
「……見るからに氷ではないな。ガラス玉、か?……いや、水ではあるのか……ふむ。面白い。僕の水銀に引っ張られたか。これは攻撃武器か?索敵武器か?強度は?感覚は?視野共有は可能か?」
「え……あの……」
「一度にどれだけ創れる?大きさを変えても同じ密度を保てるか?今は最初だから時間がかかったかもしれないが、これを武器にするには瞬時に大量に生成しなければならないだろう」
「あ……」
「どれくらいの速度で作れる?戦闘中ならば僕は隣には居ないこともある。君一人で一度にどれだけ作ってこれでどのように攻撃をするか、考えているか?」
矢継ぎ早に降ってくる質問に答えられない。ただ深く考えずにヴィクトルと同じ物を作りたかったとは言えず、リュシルの眉は下がるばかりだった。
「……ふむ。君はこれが初めての魔法だったか。」
リュシルの様子にやっと気づいたヴィクトルが顎に手を当てて逡巡する。
「…………君は、そもそも攻撃が出来るのか?」
魔力暴走を恐れて魔力を抑え込むこの少女は、魔物相手と言えど『攻撃』と言う行為が可能なのか?
「……わかり、ません……」
属性は術者の魔力適正だが、戦闘における適正距離は召喚獣に左右されるところが大きい。
カーバンクルや鳥などの小型獣は遠距離からの索敵や支援。
大型の鳥系、主に猛禽類などの肉食は中距離。
狼や狐などの四足肉食獣は術者と共に近接型。
英霊やエルフはその個体によって適正距離が変わる。攻撃的な個体ならば近接、回復系なら遠距離。
僕が中距離適正だからな……後方からの支援寄りにするにしても離れすぎると僕の攻撃威力が下がる。かと言って僕のみで先行したらこの子の場合は魔力が不安定になる……チッ……厄介な……
「が、頑張りますっ!」
触れているだけだった手にぎゅっと圧がかかる。
「放課後は図書館で魔力の基礎をちゃんと学びます。魔力の制御も練習します。」
ヴィクトルの手を掴んだまま、両手を握り拳にして頑張りますとヴィクトルを見上げている。
「……はぁ……わかった。では、コレで攻撃するイメージを持て。」
「攻撃をするイメージ……」
この球体でできる攻撃と言えば銃のようにスピードを乗せてぶつけるのがわかりやすい攻撃ではある。
でも……ヴィクトルさんのように変幻自在に形を変えられるならば……
リュシルの創り出した球体がユラユラと揺らめく。段々と細く長く形が変わっていく。
……私が理解しているモノ。
掌の上に一本の針が出来上がった。
密度は先程の球体と同じまま、大きな縫い針だ。
「……ほぉ……面白いじゃないか。」
「刺繍は、得意なんです」
「何本まで作れる?」
ヴィクトルの問いに、同じ物を創造する。一本、二本、三本……順調に数を増やし十本目が出来る頃、繋いでいる指先が震え出した。
「……は、……はぁ……はぁ……」
「……そこまでだ。……体力が足りないな。」
「……すみませ、……はぁ、はぁ……」
「構わん。……呼吸を整えなさい」
繋いでいる手が支えになる様に少し力を入れて、ヴィクトルは隣で肩で息をする少女を見下ろす。
……肩で息をしている割に、今創り出した針達は乱れる事も消えることも無く存在している。魔力量の多さがなせる技か、精神力の高さか……
「ふぅ……、ん……もう、大丈夫です。」
いつもと変わらぬ笑顔でヴィクトルを見上げた。すると、すぐに目が合った。無表情だが、整った顔立ちの綺麗な瞳がこちらを向いている。見られていたと気付くのにそう時間は掛からず、恥ずかしさが込み上げてくる。
徐々に赤くなる顔を見てヴィクトルが小首を傾げた。
「……何故照れる?」
「い、いえ……」
……男性を綺麗だと思ったのは初めてかもしれない……
「ほぅ……キミはこの顔が好みなのか?」
「えっ……いや、ちが……っ〜!」
少し意地悪な笑みを浮かべて、目線を合わせるように近付く。明らかにたじろぐリュシルを見て、クツクツと喉の奥で笑った。
「はっ……面白い。」
スっと身を引いたヴィクトルはもういつもの無表情だった。
「かっ……からかわないでくださいっ」
「フン……緊張状態でも魔力を維持できるのだから問題ない。」
言って、リュシルの創り出した針へ視線を移す。そこには変わらず維持されている十本の針が浮いていた。
「一先ず、武器の選定はこれで良いだろう。」
「あ……ありがとうございます。」
ホッと安心して胸を撫で下ろした。
「みんな武器は決まったかしらー?決定した者から報告して解散してちょうだい。食事を取ったらまた座学だから時間になったら教室に集合してね。」
ジャンヌの近くにいた者から報告しそれぞれ戻っていく。一番離れたところにいたリュシルが最後のようだ。ヴィクトルの手を離しても針は消えないのを確認すると、そのままジャンヌの元へ行き報告を済ませる。
「縫い針とは珍しいわね。面白そうだわ。」
「ありがとうございます。」
「それじゃぁ、リュシルさんはまた明日ね。教科書はそうね……戦闘基礎の所まで目を通しておいてちょうだい。」
「わかりました。……失礼します。」
ジャンヌに一礼してヴィクトルの元へ戻る。
「ヴィクトルさん、コレ……どうやって消したらいいですか……?」
「……ハァ……」
パチンッとヴィクトルが指を鳴らすと針達が霧のように散っていく。
「ありがとうございます。では早速 図書館、に……えと……」
意気込んでヴィクトルを見上げるといつもと同じ無表情のはずなのに、何故か剣呑な雰囲気にリュシルは言葉が続かない。
「……キミは、食事を取らなければいけないのを理解しているか?」
「う………………はい……」
「……購買で購入して庭園で食べれば気分も違うだろう」
「 ! はい」
今朝の事もあって、食堂に行く気になれなかったリュシルはホッとしたように頷いた。軽食程度ならば気負わずに食べられるかもしれない。
荷物を持って購買部へ向かう。ヴィクトルはリュシルの後ろを歩いていた。
「ヴィクトルさんもなにかお召し上がりになりますか?」
「不要だ」
「そうですか……」
残念そうに眉を下げながら、斜め後ろに居るのは何故なのかと思っていると肩に手を置かれ引き寄せられる。前方から来ていた人と接触する前に庇ってくれたようだ。
後方から、ヴィクトルのものでは無い舌打ちが聞こえた。
「……え?」
「振り返らなくていい。……ワザとぶつかろうとしていたのだろう。」
「ありがとうございます……でも、何故でしょう……?」
「さぁな」
その後も、ゆっくり歩くリュシルに合わせて後ろから着いて行くヴィクトル。女子生徒はヴィクトルに見惚れて立ち止まる人がいたり、剣呑な雰囲気を出すヴィクトルを避ける人がいたりで、何とも言い難い気持ちを抱えながら購買部に辿り着いた。
「……混んでますね」
「昼時だからな」
「うーん……何があるのか……」
「……食べられないものはあるか?」
「いえ、特には……?」
「カードを貸しなさい」
「え……あ……はい」
有無を言わさぬ様子に、何も言えずにカードキーを渡す。
ぽんっと一瞬頭に手を置かれ、ヴィクトルは生徒で溢れる購買部の中へ進んで行く。背が高いヴィクトルは入口付近からでも場所が分かった。驚くほどスムーズに商品を購入して戻ってくる。
「行くぞ」
「は、はいっ」
ヴィクトルの後を慌てて追いかけたが、リュシルの歩幅に合わせてくれていたらしくすぐに隣に並んだ。
リュシルを壁側に寄せて先程とは逆に半歩前を歩いて行く。階段の所まで来ると自然と手を差し出され、リュシルは大人しく手を重ねた。とても自然なエスコートに、上っている最中に段々と頭にクエスチョンマークが浮かび上がっていく。
三階まで上がり、手を引いたままヴィクトルが程近くのドアを開いた。
「……庭園だ」
「……わぁぁ……!」
ドアが開くとフワッと風に乗って花の香りがリュシルを包んだ。目の前には綺麗な暖色の花々。爽やかな青空と鮮やかな花々にリュシルは暫し目を奪われていた。
階段の疲れも忘れ、庭園を弾むように歩いていく。
「すごい、綺麗……ふふっ、可愛い……」
楽しそうに眺めていくリュシルにヴィクトルはただ黙って着いていく。
こうして見るとどこか抜けているおっとりしたただの少女なのに、内包する魔力量の異常さが恐ろしい。昨日彼女から吸い上げた魔力は、内包する量の恐らく4分の1もない。それなのに自由に実体化してもまだ魔力が残っている。いや、余っている。
この子の魔力は湧水湖のようだ……先程魔力を使ったのにも関わらず、今朝よりも魔力量が増えている……
「そろそろ落ち着いて食事にしなさい」
「あ……そうでした」
恥ずかしげに頬を染めて、近くのベンチに座った。ヴィクトルは先程買ってきた袋を差し出す。中にはサンドウィッチとクッキーが入っていた。
「ありがとうございます。いただきます。」
リュシルが食事を取り始めたのを確認すると、ヴィクトルはいつものように亜空間から本を取り出し、隣に座って読み始めた。
リュシルは小さな口でもぐもぐと食べながら花を眺めている。風に揺れる花に微笑み、飛び交う蝶に目を奪われながら、ちまちまと食べ進めていた。
「キミは付与術は経験あるか?」
口の物が入っているため、リュシルは口元を抑えてふるふると首を横に振った。
「……そうか。ならば食べ終わってから試してもらいたい」
ヴィクトルの提案に微笑んで頷く。
静かに食事を続け、サンドウィッチを3分の2程食べた所でリュシルが止まってしまった。
「……すみません、ごちそうさまです。」
「今朝よりは食べれたじゃないか」
「はい……」
いつもよりは食べれたけれど、残してしまった……ヴィクトルさんが買ってきてくれたのに……
包まれていた紙に残りを包み直そうとした所に、隣から伸びてきた手がサンドウィッチを攫っていく。ヴィクトルがパクりと口を付けた。
「た、食べかけですよ……!?」
「……そうだな」
二口であっと言う間に食べてしまったヴィクトルを赤い顔でアワアワとしながら見上げるリュシル。
ヴィクトルは眉間に皺を寄せ、まるで不思議なものを見るようにリュシルを見た。
「……問題が?」
「な……なん……たべ……」
……そういえば公爵令嬢だったか……
「……勿体ないと思っただけだ。他意はない。ほら、付与術の練習だ」
面倒臭いと言う顔をしながら亜空間から空の魔石を取り出してリュシルの前に見せる。
「……ま、せき?」
「……術式も必要か」
再び亜空間を開き今度は魔法陣の書かれた布を取り出した。座っている二人の間に魔法陣の布を敷き、上に魔石を置く。
「魔石に魔力を流してみろ。魔法陣が補助してくれるから流すだけでいい」
「分かりました」
そっと魔石に触れ、魔力を流していく。
流すだけで良いと言われたので、ヴィクトルに魔力を渡した時のように細い小川のイメージをして流していった。
「……もう少し多くして良い」
「は、はい」
細い小川の幅を広げて量を増やす。
魔石は蒼白い光を放ちながらリュシルの魔力を溜め込んでいく。少しすると、光が消えてピタリと魔力の吸収が終わった。
「……ほぉ……やはり純度が高いな。こんなに綺麗な魔力は見たことがないくらいだ。」
魔力の入った魔石を持ち上げて空に透かして見上げる。蒼い水属性になった魔石。光に透かすとキラキラと時折星の瞬きのようなものが見える。
「まるでブルーダイアモンドだな……ほら、キミの初めて作った水魔石だ」
コロンと掌に転がった魔石。リュシルはヴィクトルがしていたように空に透かして見る。
私が……自分で付与した初めての魔石……
手で包み込み一度ギュッと抱き締めるように握って、ヴィクトルへ差し出した。
「ヴィクトルさんが持っていてください」
「僕が?」
「はい。私が初めて付与した魔石。ヴィクトルさんに持っていて欲しいです。」
「……では、有難く頂こう。」
「魔石って魔物の体内から取れるんですよね?それが人の道具になってるなんて凄いですよね。魔力を使わなくても魔石があれば水も火も使えるなんて思い付いた人は凄いですね」
「……僕だが?」
「……え?」
「魔石のエネルギー理論。提唱したのは僕だよ。」
「……知りませんでした……!」
驚きに大声を上げそうになる口を両手で抑え、瞳が零れ落ちそうなくらいに開いてヴィクトルを見た。
ヴィクトルはそんな羨望の眼差しを一瞥して視線を逸らす。彼にとっては、褒められるべきことではないのだ。
「……今では当たり前になりすぎて発祥がいつかなんぞ気にもせんだろう。」
「でも、このエネルギーで救われた人も沢山いらしたんじゃないですか?」
ヴィクトルは何も答えなかった。
暫しの沈黙の後、小さな声が零れる。
「……死んだ者も沢山いたさ……」
「え……?」
「……図書館へ行くんだろ」
ヴィクトルはリュシルを振り返ることなくドアへ向かう。まるでこの話をしたくないような態度に、リュシルは黙って追い掛けた。
先程と同じように階段をエスコートしてくれるものの、何か雰囲気が違う。
……悪いことを言ってしまったかしら……
図書館の前まで来ると、ヴィクトルは一瞬だけリュシルを見て、しかし何も言わずに腕輪へ戻ってしまった。リュシルは少し寂しさを覚えつつ、今は自分で出来ることをしようと魔力に関する本棚へ向かう。
魔力の基礎が書かれた本と魔力過多について書かれた本を取り、近くにある席へ着いた。
魔力とは――
『人は母体の胎盤から栄養と共に魔力も供給されている。魔力は遺伝的要因が大きく、両親のどちらか或いは両方から属性を継承し、一つ又は二つ以上の属性を持つこともある。』
『胎児の頃から魔力に触れているため乳児の時点で魔力耐性が着き、遅くても二歳前後で魔力酔いは無くなる事が多い。魔力量が多い場合は五歳頃まで起きることもあるが、多くはない。それ以降も魔力酔いなどの症状が出るものを魔力過多症と定義される。』
『魔力は溜め込むと不調を来すため、エネルギー循環の為に幼少期より無属性の魔法を覚え始めるのが良いとされる。』
――溜め込むと、不調を来す……?
……家庭教師は危険な魔力だから出してはいけないと……立派なレディになるには魔力は不要だと、言っていたのに……
私は……何故……真逆の指導をされていたの……?
どうして……
『――キミ、落ち着きなさい。この魔力の乱れは危険だ』
脳に響く少し焦った声。
「あ…………っ、……すみません……」
ハッとして深呼吸を繰り返した。こんな所で魔力を暴れさせてはいけない。
家庭教師の知識不足なのか故意なのか、今となっては分からない。だが、あの日次兄に言われた『フォンテーヌの落ちこぼれ』の意味は理解した。あれはきっと『制御出来ない』ではなく『扱えない』ことに対しての言葉だったのだ。
――しかし、そう考えると家庭教師は故意に私に魔法の扱いを教えなかったということだ……。
リュシルの瞳に涙が滲む。
フォンテーヌの落ちこぼれ――そうだ……兄に言われる前にも、お茶会の時に言われた事があった。
頻繁に暴発していた当時は言われても仕方がないと諦めていたし、魔力を抑えるのに必死で気にも止めなかった。
だがしかし、あれらが故意で――
悪意を持って行われていたとしたなら。
「……っ」
視界が滲んだ。
瞬きと共に雫がこぼれ落ちる。一度溢れてしまうと、もう止められなかった。ぽたぽたとキツくスカートを握りしめた手の甲へ雫が落ちていく。




