波紋
「では……エトワール、私はご飯に行ってきますね。……待っていてくださいね?」
「わかったの!エル待てるの!」
リュシルに抱き着き、スリスリと頬擦りをしてから離れる。そして、扉に向かうリュシルに着いて歩き、一歩手前で止まった。
リュシルはそこに居るだけで可愛い存在のエトワールに、目尻が下がりっぱなしだ。
「ルシー、いってらっしゃい、なの!」
「はい。行ってきますっ」
エトワールの頭を撫でて部屋を出た。一度部屋を振り向いて、談話室に向かう。
階段を下りれば、扉を出てすぐ近くのソファにジークとレオンが居た。待っているのはジークだけだと思っていたリュシルは、少し驚きながらも二人に声を掛ける。
「ジークさん、レオンさん、こんばんは」
「……っす」
「こんばんは、リュシル」
「お待たせしてしまいましたか?」
「まだレナが来てないから、お前も座ってろよ」
グッタリとソファに埋もれるレオンが気怠げに向かいのソファを指さした。リュシルはこくりと頷いて腰を落ち着ける。いつもに増して疲れた様子のレオンにリュシルは心配そうに眉を下げた。
「……レオンさん、お疲れですか……?」
「……寝不足……」
「お昼は眠れなかったんですか?」
「昨日から、アグノールのマシンガントークで眠れねぇんだ……」
「昨日のピクニックで出してやらなかったことを拗ねてるらしい」
ジークが苦笑混じりにレオンの補足をした。レオンは頷いているのか船を漕いでいるのか分からない状態で、酷く険しい表情をしている。
そう言えば、アグノールさんは戻ってきた生徒がいると伝えてくださったけれど、実体化はしていませんでしたね…
「アグノールさんに、次は一緒にピクニックしましょうとお伝えください」
「……あぁ、聞いてるって……なんか……お前の事、褒め讃えてる…………あー、はいはい。頼むわ……」
レオンはげんなりしながら、念話もし忘れてアグノールに返事をしていた。リュシルは申し訳ないと思いつつも少し笑ってしまう。レオンの隣ではジークも苦笑を零していた。
一頻り笑って落ち着くと、ジークが思い出したように声を上げた。
「あ。そう言えば……今日の午後の授業、俺たち教室からそっちのクラスの実技見てたんだよ」
「まぁ、そうだったんですか?」
「あぁ。トマがリュシルの針を見て大興奮してた」
「……え?」
針を見て大興奮とは何故だろう、とリュシルは小首を傾げる。
何か特別なことをしているわけではないと思うのだけれど……どうしてでしょう?
「……アカデミーでは球の保持は教わらないんだよ。出したら撃つ。それが基本。……魔力多くても、増やした分威力が落ちるから推奨されてない」
レオンの説明をリュシルは頷きながら聞いていた。
つまり、他の人がやらない事をやっていたから興味があるといった事なのかと理解して、なるほどと顎に手を添える。
そして、レオンは一度言葉を切ると少し言いにくそうに視線を彷徨わせた。
「あと……レナがヴィクトルから教わったって事を話したもんだから……トマ達が羨ましがってて……。だから、その……週末の勉強会は実技になりそうなんだけど……」
レオンとジークが一瞬互いを見合って、二人して同時に頭を下げた。
「レナを止められなくて悪い……」と付け加えて。
「い、いえ!頭を上げてくださいっ」
慌てて二人の頭を上げさせる。レオンもジークも申し訳なさそうな顔のままだ。
『……ヴィクトルさん、今のお話なんですが……』
『聞いている。君の練習も兼ねるのだから少しくらい増えても問題ない』
『ありがとうございます!』
ヴィクトルから了承を示されたことが嬉しかったリュシルは腕輪を抱きしめて微笑んだ。レオンはリュシルのその仕草を不思議そうに見つめ、僅かに首を傾げている。
「……大丈夫です。ヴィクトルさんの許可も出ました」
「ホントか!」
「良かったー」
二人はほっとしたようで、やっと笑顔を見せた。
リュシルも週末が楽しみだと微笑んで、ふとフィアクラが言っていたことを思い出した。
「そう言えば、来週末はパーティーがあると聞いたのですが……お二人はご存知ですか?」
「あぁ、豊穣祭だろ?昼間は一年が葡萄踏みして、夕方から生徒会主催の学園パーティーらしい」
「葡萄……なんてありました?」
敷地内を全部見ていないリュシルは、何処にあるのだろうと少しワクワクして二人に尋ねた。
しかし、レオンもジークも首を振る。
「それが施設案内で見たことないんだよな」
「葡萄畑だけ学園の外とか?」
三人でどこにあるのか話していると女子寮へ続く階段の扉が開いた。
「おっまたせ〜!」
レナがリュシルの座るソファの後ろから顔を出した。扉を背にしていたリュシルは驚き、男子二人は呆れた顔をしている。
「おせーよ」
「ごめんごめん」
「ふふっ……食堂に移動しますか?」
「あぁ、行くか」
四人で食堂に向かった。
リュシル達以外の一年生はもう食堂に居たようで、それぞれクラスの人達で固まっている。
中長距離クラスの人達と一緒に居るサシャはリュシル達を見つけると和かに笑って手を振った。リュシルは軽く会釈をして返し、レオンとジークは片手を上げて、レナは皆に手を振るように大きく振っていた。
近距離クラスのトマはリュシルを見付けて立ち上がると、興奮気味に声を掛ける。
「フォンテーヌ嬢!ぜひお伺いしたいことがあるのですが…!」
「え……ぁ……は、はいっ」
「こほん……食事を選び終わったら、こちらにご一緒いたしませんか?」
驚いて返事をするリュシルを見て、軽く咳払いをして落ち着いたトマは伺うように小首を傾げて夕飯に誘う。
リュシルはどうしようかとレナ達を見たが、三人とも、頷き返してくれた。それを見てリュシルもホッとしたように微笑むとトマに向き直る。
「……はい。少しお待ちくださいね」
「ありがとうございますっ」
リュシル達はメニューを選ぶとトマやエヴァ、サンドラの居るテーブルの席に着いた。
「リュシルさん、こんばんは〜」
「ごめんね、トマが」
エヴァとサンドラは向かい合わせに座っていて、トマはエヴァの隣だった為、リュシルはサンドラの隣のトマの向かいに座った。
リュシルの隣にレナが座り、その向かいにレオンとジークが並んで座る。
「こんばんは。えっと……トマさんのお話とは……?」
「はいっ、今日フォンテーヌ嬢が実技で見せていた球の保持についてお伺いしたくて!」
「……なるほど」
大体の想像はついていたが、やはり談話室でレオンとジークから聞いた話だ。
一つ頷いて、どう話せばいいのかと逡巡していると、トマの頭の上に後ろから手が乗った。
「……その話、自分も聞いていいだろうか?」
「! あ、は、はい……」
今日の授業で梟を連れていたアドニスだ。
トマは頭を肘置きのようにされても特に気にすることもなく、リュシルの話を待っている。
「……ふふっ……」
隣のサンドラから何か含み笑いが聞こえた。確か、アグノールがヴィクトルの瞳を観察していた時も黄色い声が上がっていた気がする……が、今はそんなことよりも説明だとリュシルは再び言葉を選ぶ。
「えっとですね……まず……私はここに入学するまで魔法が使えなくて……いえ、使い方を知らなくて、魔法を使ったことがありませんでした。ですが、召喚した英霊のヴィクトルさんがとても魔法の扱いが得意な方で、ご指導いただいて使えるようになったのです。……なので、皆さんがアカデミーで習っていた方法は知らず、ヴィクトルさんの教えで覚えたので説明が分かりにくかったらすみません。」
そこで ひと息ついて、恐る恐る皆を見回す。
リュシルの事情を知っているレナ達は微笑んで話を聞いていたが、近接クラスの三人とアドニスは今の話に僅かに驚いた様子だった。
それもそうだろう。
公爵家の娘が『魔法の使い方を知らない』なんて俄には信じられない話なのだから。
リュシルは少し困ったような笑みを浮かべて、続きを話し始めた。
「最初は普通の水球を教えていただきました。ただの水の球。ですが、武器選定の時だったのでただの水の球では攻撃が弱いという事で、球の中に魔力を込めることを教わって、質量を高めて……ええと、魔法はイメージだと言うことで、作った球を『置いておく』とイメージしたんです」
これで質問の答えになっているのだろうかと不安な気持ちを抱えつつ、身振りを混じえながら説明していく。
「それで……ヴィクトルさんは無数の球を空間に保持していらしたので、私も出来るのかなって気持ちだったのですが、魔力を込めることで意識が乗ると言いますか……そこにいると言いますか……」
表現が難しい……と頬に手を当てて少し悩んでしまった。
「うーん……」と小さく唸りながらトマの方へ顔を向ければ、アドニスの隣にノアとベアトリスも居た。
リュシルが驚いて目を見開くと、ベアトリスはにっこりと微笑んで首を傾げる様な会釈をした。
「……えと……魔力を込めた球を、一つずつ増やしていって……私は魔力量が多いので、ヴィクトルさんと練習した時は五十個くらい出すことも出来たのですが……コントロールはまだまだで、今日のように十個くらい保持して、その内の七つ程度までなら狙いを付けられる、と言う感じ、です……」
皆の視線が自分に向いていることにだんだん恥ずかしくなってきて、俯きながら説明を終えた。
皆、静かだ。誰も何も喋らない。
説明が分かりにくかったせいかな……変なこと言ってると思われてしまったかな……
不安になり、ぎゅっと目を閉じた。
「……空間に置くという発想はなかったな……」
「出したら撃つとしか聞かないもんなー」
「……球の中に魔力を込める……そんな方法もあったんですね……」
アドニスとノアが驚きのまま声を出すと、トマも呟くようにリュシルの説明を思い返していた。
「……ねぇ……魔力量が多いのに魔法を使わずに居たなんて……身体は大丈夫なの?」
エヴァが心配そうに眉を寄せてリュシルに声を掛けた。サンドラも同じように眉を寄せてコクコクと頷いている。
「あ……はい、入学するまではまともな生活は出来ませんでしたが……今は、ヴィクトルさんが魔力を調整してくれているので元気ですっ」
両手で握り拳を作って、元気さをアピールして微笑んだ。
まさか心配してくれるとは思わず、じんわりと胸が温かくなる。エヴァとサンドラはリュシルの返事に安堵したように微笑み返してくれた。
「そのやり方ってぇ……魔力が多くないと出来ないかしらぁ?」
ベアトリスが小首を傾げながら声を上げた。
その声に、皆も「あ……」と声を漏らす。
「どう、でしょう……?」
リュシルでは答えは分からない。皆は試してみたくてウズウズとしている空気を感じる。
『……魔力量が少なくとも魔力の運用次第で可能だ』
溜息混じりのヴィクトルの声が脳に響く。その声にリュシルは嬉しそうに頬を緩めて一人で頷いた。
「ヴィクトルさんが言うには、魔力の運用次第で出来るそうです」
リュシルがベアトリスの問いに答えれば、トマがキラキラと輝く瞳で喜んでいた。
「運用次第……!つまり、コントロールが大事なんですね!コントロールと言えば、レオンくんは試しましたか!?」
トマは勢い良くレオンの方へ振り向き、レオンは僅かに身を引いた。
「あ……あぁ、一応。球のサイズにも寄るけど、五個くらいは出せた。あれは……魔力の内包で無意識に意識下に置かれてる感じはする」
その言葉にリュシルは驚いた。レオンが見たのは昨日なのに、もう既にレオンが試していたとは思わなかったのだ。しかもリュシルが表現出来なかった部分を言語化してくれている。
「レオンくんで五個ですか……」
「多分だけど……無意識でも『そこにある』って意識が向いてるから、すげぇ疲れるんだよな……精神力鍛えられる感じ。俺はアグノールの制御もあるから十個なんて保持出来ねぇな」
「……精神力……」
「オレ無理そー……」
「ノアは鍛えた方がいいんじゃないかしらぁ?」
「えー……?オレ軟弱ってこと?」
「ふふふ……そうじゃなくてぇ。フリューとの連携のため」
「あぁ、ね……」
ノアは溜息をついて遠い目をする。ベアトリスはそんなノアを見上げてくすくすと笑っていた。
「自分も明日の授業で試してみよう」
「アドニスくん、メンタル強いですもんね」
「……そうでも無いと思うが……」
「アド、ストイックだもん」
トマとアドニスとエヴァが話し始める。この三人も仲が良さそうだ。
皆がそれぞれ話しているのを微笑んでみていたリュシルの腕を、レナがトントンと優しく叩く。どうしたのかと顔を向ければ優しく笑ってくれていた。
「楽しいねっ」
「……はい……!」
「でも、リュシルはご飯食べな?まだ全然食べれてないでしょ?」
「あ……忘れてました。いただきます」
慌てて食事を取り始めたリュシルにレナは優しく微笑んで、自分も食事を再開させる。
「あっ……すみません、食べる前に質問してしまって……」
「いいえ、大丈夫です……!」
リュシルは慌てて首を振り食事を進めた。皆は既に試したというレオンと球の保持について話している。
レオンは課題の時は勉強が苦手な印象だったが、表現の言語化はとても上手く感じた。
……もしかして、課題が面倒だっただけなのでは……
食べながらレオンの話を聞いていると随分と分析しているようだった。
「……んで、どこまで意識下に置かれるのか内包する魔力量変えたりして——」
「アグノールを出してるか出してないかと、子供と大人での違いとか——」
『……奴はあのエルフを随分上手く制御しているようだな』
『ふふっ……そうですね。……保持についてもあんなに分析していて凄いです』
『課題もやり方を示すだけで出来ていたからな。地頭は良いんだろう』
『……今日の寝不足の原因って……』
『……エルフだけじゃないだろうな』
そんな事を念話で話しながら、リュシルは食事を進めた。
少しして、上級生が食堂に来始める。先程までは一年生のみだったので静かだった食堂が賑やかになり始めた。
中長距離クラスの人達はいつの間にか姿はなく、保持について話してる人達だけが食堂に残っている。エヴァとサンドラも食べ終わって二人共「またね」と食堂を後にした。空いた席にノアとベアトリスが座り、二人はリュシルを見ていた。
「……?」
視線に気付いたリュシルがもぐもぐとしながら口元を押さえて小首を傾げる。
お二人ともこちらを見ていますが……どうしたのでしょう……?
何か失礼なことをしてしまったでしょうか……
リュシルが不安そうに眉を下げ始めたところで、隣に座ったベアトリスが口を開いた。
「……リュシル、って呼んでも良いかしらぁ?」
「……は、はい……」
ごくんっと飲み込んで驚きつつも頷く。
「こうして話すの初めてよねぇ。私、ベアトリス・フェラン。あっちはノア・ラボルド」
「ベアトリスさんとノアさんですね。リュシル・フォンテーヌです」
「うふふっ……知ってるわぁ。私ね、召喚獣のこと色々調べていたんだけど、リュシルの英霊ってヴィクトル・ルサージュさんで間違いないかしらぁ?」
「はい、そうです」
「食べながらで良いわぁ。……本で読んだだけなのだけど、そのヴィクトルさんと契約した方達はみんな魔力が枯渇して契約解除になっているみたいなの。リュシルは平気なのかしらぁ?」
「……そう、なのですか?……私は魔力過多なので、何も問題は無いですが……」
「魔力過多……そうだったのねぇ。大丈夫なら良かったわぁ」
ヴィクトルの過去の契約者の事を聞くのは初めてだ。どこかで、いつかヴィクトルが話してくれたら聞きたいと思っていたことを、思い掛けず聞いてしまったことにリュシルは複雑な気持ちだった。
調べようと思えばいくらでも調べる機会もあったし、聞こうと思えば聞くことは可能だっただろう。だが、何故か知りたくないという気持ちもどこかにあったのだ。
それと同時に、先生方が心配気な態度だったのはそのせいなのかと腑に落ちた。




