変化
リュシルはこれ以上聞いていいのか分からず、ベアトリスから視線を外してしまった。
伯爵家の令嬢であるベアトリスは、リュシルのその視線の動きに気付くとぴたりと口を閉じた。おっとりとしていても、社交マナーはきちんと覚えているのだ。
「……ベティ?」
それを社交マナーをあまり把握していないノアは不思議そうにベアトリスを見る。話がしたかったのではないかとノアの目が言っていた。
「……ごめんなさい。不快にさせてしまったかしらぁ?」
視線を外したリュシルに申し訳なさそうに首を傾げる。その言葉に、リュシルはハッとして視線を戻した。
「いえっ、その……違うんです。その、なんと言いますか……ヴィクトルさんのことは……ご本人から、聞きたいなと……思って……」
申し訳なさそうに、戸惑いながら言葉にするリュシルに、ベアトリスはうんうんと頷いた。
「余計なことを言ってしまってごめんなさいねぇ。ベティねぇ、リュシルと話してみたかったの。でも子供の頃のお茶会でも会ったことは無いし、アカデミーにも居なかったから……話すきっかけが欲しくて召喚獣について調べたんだけれど……そんなのなくても、良かったわねぇ」
「……私と……?」
話してみたかった、と言われて瞳を瞬く。ベアトリスはずいっとリュシルに近付いて、力強く頷いた。
「ベティねぇ、小さくて可愛いものが大好きなの。あ、リュシルを物として見てるわけじゃないわよ?ベティも背が低いから周りはみぃんな大きくて、可愛いって言われるのは嬉しいけれど、ベティも可愛がりたいの。ノアも昔は小さくて可愛かったのに今はこぉんなに大きくなっちゃってぇ……撫でるのも一苦労なのよぉ」
「ベティ、オレのことは撫でなくていいんだって……」
急に話題に出されたノアは頬を掻きながら困ったように笑っている。そんなノアを無視してベアトリスは更に続けた。
「でもでもぉ、リュシルが同じクラスに来て『なんて可愛らしいのかしらぁ』って思ったんだけど、色んな噂ばかり聞こえてきてあなたの事が分からなかったから……どうしたらいいのかしらぁって思ってたのぉ。そしたら珍しい召喚獣を連れているじゃない?英霊なんて珍しい召喚獣は周りに見ないし、気になって調べたら魔力消費が激しいって書かれてるしぃ……お友達になれる前にもし学園を辞めることになっちゃったらもう二度と関わることが無くなっちゃうんじゃないかと思ってぇ……魔法練習の時に話し掛けたかったけど、ヴィクトルさんに睨まれちゃうしぃ……」
「……え?ヴィクトルさんがですか?」
ヴィクトルが睨んだりするのでしょうか……?
リュシルはベアトリスの言葉にまさかと声を上げてしまった。すると、隣でレナが笑い出してしまった。
「ん、ふふっ……リュシル、あのね……リュシルの見てるヴィクトルさんと、周りが見てるヴィクトルさんはだいぶ印象違うと思う……ふふっ」
「え……え?そうなんですか?」
「……あらぁ、そういうタイプの方なのねぇ?」
「んふふっ……多分、ヴィクトルさんは見ただけなんだと思うよ、ベティ」
くすくすと笑いながらレナがベアトリスに説明している。ベアトリスにヴィクトルがどう見えたのか分からないが、リュシルはレナの言葉にうんうんと頷いた。
「ヴィクトルさんは優しいので、無闇に睨んだりはしないと思います。……よく眉間に皺は寄りますが……怒られたりはしないですよ?」
「そうなのねぇ……そう言えば爆発していた時もリュシルの事、ちゃんと守っていたものねぇ」
ベアトリスが授業中の事を思い出して言えばリュシルの頬は段々と赤みを帯びていく。糸状にしていた球に魔力を込めすぎて爆発させ、ヴィクトルのコートに庇われたことを思い出した。
「……ふはっ、真っ赤じゃん」
「ノアは黙っててねぇ?」
「……はい」
ベアトリスに注意されたノアは素直に返事をすると頬杖をついてそっぽを向いた。
リュシルは恥ずかしさに両手で頬を押さえている。レナはそんなリュシルの頭を撫でた。
「リュシル可愛い〜」
「あ。レナずるいわぁ」
ベアトリスもリュシルの頭に手を伸ばした。爆発の時のことは恥ずかしい。更に今は両隣から撫でられている事に困惑してリュシルから言葉にならない声が漏れている。
「あ……う……あの……?」
「……お前らいい加減にしないと三年が来る時間になるぞ?」
レオンが呆れた様子で声を掛けるとリュシルとレナがハッとする。ベアトリスはそれがどうかしたのかと、レオンを見て首を傾げた。
「……なるべく殿下に会いたくないんだよ」
レオンは周りを一瞬だけ確認すると、小声でベアトリスの疑問に答えた。
ベアトリスが隣に視線を向ければ、否定も肯定もしないが複雑な表情をしながら残りの食事を口に運ぶリュシルが居る。
……そう言えば、筆頭候補だったわねぇ……
理解を示すように一つ頷いて、リュシルの顔を覗き込むように首を傾げる。
「明日からも、話しかけていいかしらぁ?」
「はいっ、嬉しいです」
「良かったぁ。……ご飯の邪魔しちゃってごめんなさいねぇ。また明日ね、リュシル、レナ」
「はい、また明日」
「じゃあねー」
ベアトリスとノアは手を振って食堂を後にする。気が付けばアドニスとトマの姿も無かった。
「トマが『ありがとう』ってよ。今度改めてお礼がしたいって言ってた」
レオンがリュシルの視線で気付いたらしく、教えてくれた。ベアトリスが話し始めると長いというのを皆知っているため、トマは伝言を残したらしい。
「そんな……ありがとうの言葉だけで構わないと明日伝えていただいても良いですか?」
「ん」
レオンは欠伸を噛み殺しながら頷いた。
リュシルのトレーには一口大のフルーツが数個。ウトウトし始めたレオンと自分のトレーを交互に見て、先に戻るように声を掛けようとした所で、入口付近で何やら黄色い声が聞こえてきた。
……これは……もしや……
「……早いな……」
入口の方を見てジークが呟く。
「まぁ、こっちに気付くか分からないし、焦らなくても大丈夫だよー」
レナが安心させるように言って、ゆっくり食べるように勧めた。リュシルも頷いてフルーツを口に運ぶ。
そうですよね……今の時間は全学年がいるわけですし……殿下は聡明な方ですし、ご自分の影響力はご理解されていらっしゃいますよね……
うんと自分の考えに頷いて、もぐもぐと口を動かした。しかし、リュシルの心拍は不安と緊張から先程よりも早くなっている。
何とか最後のフルーツを口に入れて、食事を食べきった。
「……ご馳走様でした」
何とか食べきれました……!
ほっと息を吐き、トレーを片付けようと立ち上がった。すると両隣にレナとジークが並ぶ。あれ?と後ろを振り向けば、レオンが欠伸をしながら後ろから着いてくる。
「皆さん……」
「ほらほら、早く片して行こっ」
「リュシルは小さいから隠しやすくていいな」
ジークが少し揶揄うように笑った。しかしその眼は素早く周囲を確認している。
「……あ。もう席に着いてるからこのまま外に出られそうだな」
ジークの言葉に、リュシルもそろりと黄色い声がする方を覗き見る。何やら書類を片手に周りの人と話をしているらしい。どうやらこちらには気付いてないようだと安堵して前に向き直る直前、ルイの碧眼がリュシルを捉えた。
「……っ……!」
慌てて姿勢を戻せば、レオンに頭を小突かれてしまう。
「こら。お前の方から見てどうすんだよ。」
「す、すみません……」
素直に謝るリュシルにレオンは呆れたような笑みを零し、ジークはレオンが小突いたところを撫でている。レナはレオンの隣に移動すると、その頬を抓った。
「リュシルを小突くとかありえないんだけど」
「こいひゅが見りゅかりゃらろ……」
頬を抓られながらも反論を忘れないレオン。その不安定な滑舌に皆して笑い出してしまう。
「ふっ……ふふふっ」
「ははっ」
「あはははっ」
「お前らなぁ……」
四人で楽しげに食器を片付け、食堂を出ていく姿を、ルイは見ていた。
いつもはポーカーフェイスを崩さない王太子。そんな彼が、リュシルの笑顔を見て柔らかく目尻を下げた。
……リュシルが、笑ってる……
あんな風に笑っている姿は初めてだ……あぁ……なんて可愛らしいんだろう……
いつか僕にも、あの笑顔を向けてくれないだろうか……
僕だけに、笑いかけてくれはしないだろうか……
「——ルイ様、こちらの書類は……」
「……あぁ、すまない。それは明日に——」
生徒会主催のイベントである豊穣祭に向けて、 生徒会長を務めているルイは準備に追われていた。
そんな忙しさの中、思い掛けず目にしたリュシルの柔らかい笑顔に癒しのプレゼントを貰った気分だった。
豊穣祭では……リュシルのドレス姿が見れるのか……
ダンスに誘ったら、答えてくれるだろうか……
僅かに頬を緩めながら、周りに指示を出していく。豊穣祭が終わればバカンス。ルイは王城に戻り、今度は王太子としての仕事がある。
……バカンス前に、リュシルと話したい……豊穣祭でダンスを踊りたい……
……彼女に……触れたい……
淡い期待を胸に、ルイはイベントを成功させるために寝る間も惜しんで生徒会長として準備を進めていた。
「忙しそうだったね」
「来週末がイベントだからな。まぁ、お陰で出れたんじゃね?」
四人で談話室に移動し、ふぅと息を吐く。
「皆さん、お気遣いありがとうございました」
リュシルが頭を下げればジークもレナも優しく微笑んで、レオンはそっぽを向く。
一人でいたら以前のように話しかけられていたかもしれない。そう思うと、レナ達の優しさが堪らなく嬉しかった。
……ヴィクトルさんが「一人じゃない」と言ってくれたのは……こういう事なのでしょうか……
「そういえば、リュシルのドレスってどんなの?私はオレンジのスレンダーラインなんだけど」
「あ……あまり見てはないのですが、ブルーグラデーションのエンパイアだったと思います」
「ブルー……」
ポツリとレオンが呟く。
……まぁ、公爵家からしたら忠誠を示す色でもあるか……アグノールが言うように殿下がリュシルに好意を寄せてるなら見たら盛大な勘違いしそうだな……
「二人とも似合うだろうな。パーティが楽しみだ」
レオンが思案している横で、ジークが笑顔で二人のドレス姿が楽しみだと告げた。レナは自信満々に「楽しみにしててね」と返し、リュシルは恥ずかしそうに微笑んでいる。
「リュシル、ドレス着付けるとき手伝いが必要だったら声掛けてねっ」
「はい、ありがとうございます。レナさんも何かあったら言ってくださいね」
「うんっ」
「くぁ……あー……俺先に戻るわ。……殿下が来る前に戻れよ」
レオンは大きな欠伸をすると、立ち上がってレナの頭を指先でトントンと撫で、ヒラヒラと手を振って部屋へ戻って行った。
「……珍しいことしていったな」
「……アイツ……寝惚けてる……」
「寝惚けてるとあんな仕草するんですか?」
「なぁんか接触が多くなるんだよねぇ。子供の頃は抱き着いたりとかしてたけど、成長するにつれて手を握るとか頭撫でるとかに変わっていった」
「へぇ……レオンは普段ツンツンしてるけど、そういう所もあるんだなぁ」
ちょっと可愛いと思ってしまったリュシルは言ったら怒られそうな気がして、ジークの言葉に同意するように頷いてくすくすと笑みを零した。
「レオンには言わないでね、怒りそうだから……って言うか、本人、気付いてないから」
レナがいたずらっ子のような笑顔でそう付け加える。リュシルとジークが頷いたのを見て、自分たちも戻ろうかとジークと別れてリュシルとレナは女子寮の階段を上がっていく。
……そうだ、レナさんにはエトワールのことを……
「れ、……レナさん、この後少しお時間ありますか……?」
「ん?あるよー。どうしたの?」
「お部屋に、来ていただけると嬉しいのですが……」
「行っていいの!?行く行く!」
レナの嬉しそうな声に、リュシルは安堵しながら自分の部屋の前に立った。ドキドキしながら鍵を開け、扉を開けてレナを招待する。
「レナさん、どうぞ」
「おっ邪魔しまーす!」
自分も入るとパタンとドアを閉めて、レナの後ろからエトワールを探した。
「ただいま戻りました」
エトワールからの返事がない。どうしたのかと部屋を見回すと、整えていたはずのベッドがこんもりと膨らんでいた。
「……きちんと守っているようだな」
リュシルがレナをソファに促していると、背後に顕現したヴィクトルがベッドを眺めて言った。
……そうでした。人前に出ないと約束していたんでした。私がいきなりレナさんを連れてきたからベッドに隠れたのですね……
「……ん?」
ヴィクトルの声にレナがキョトンと小首を傾げる。
リュシルはどう切り出そうかと考えながらティーセットの準備をし始めた。
「あ。リュシル、ララノア出してもいい?」
「はい、大丈夫ですよ」
「ありがと」
レナはお礼を言うと腕輪に魔力を流してララノアを顕現させた。レナの傍らに現れたララノアは睨むようにヴィクトルを見据えている。
レナとリュシルはララノアの様子に驚いて、ヴィクトルとララノアを交互に見ていた。
「……貴方、一体何をしたのです?」
「?……僕は何もしていないが?」
「とぼけないでください。……アレから人の子の色と貴方の色が混じって見えます。人の子の魂に干渉したのですか?なんの権限があって?」
「……待て。何の話だ。魂に干渉だと?僕がそこまで出来るわけがないだろう?」
「ならばどうして二人の色が混ざっているのですか!」
「僕には色など見えん。……君に見えているものを教えてもらいたい」
ヴィクトルとララノアが言い合っている。いや、ララノアがヴィクトルに対して怒っている、という感じだろうか。
リュシルとレナは突然の言い争いに何事かと、二人で並んでソファに座り寄り添っている。
「ら、ララノア……?落ち着いてよ、ね?」
レナが心配そうにララノアの手を取った。レナの声にハッとしてララノアが、大きく息を吐く。
「すみません……」
「うん……とりあえず、ちゃんと話、しよ?」
レナとリュシルは頷き合うと、リュシルは向かいのソファに座り直し、ヴィクトルとララノアもそれぞれの隣に腰を下ろした。
「……呼んでも良いですか?」
リュシルの問い掛けに、ヴィクトルが頷く。リュシルはホッとした表情を見せるとベッドの方を見た。
「……エトワール、大丈夫なのでこっちに来てください」
「…………はい、なの」
モゾモゾとベッドの膨らみが動き、ぴょこんと三角の耳と頭が出てきた。レナは目を丸くしている。
ちょこちょこと歩いてリュシルの所まで来ると、その膝にゴロゴロと頬を擦り寄せた。
「え……リュシル、その子って……」
「はい。先日、私の傍に居た精霊さんです。……ほらエトワール、レナさんにご挨拶しましょう」
「はいっ!エルはね、エトワールなのっルシーとけいやくしたのっ」
エトワールは元気よく両前足を上げて、レナとララノアに挨拶をする。
レナはぽかんとして、ララノアは何かを探るように眉間に皺を寄せていた。
「……あの時の、精霊が……この子?」
「はい。契約をして、今は妖精になったらしいです。……この子をレナさんにご紹介したくて今日は声を掛けさせてもらったんです」
「そっかぁ!エトワール、私はレナ。宜しくね!可愛いねー!」
「れにゃ!よろしくなのっ」
「……それで、この猫の色がなんだって?」
挨拶が終わったところで、ヴィクトルがララノアに問い掛ける。ララノアは眉間に皺を寄せたまま、ずっとエトワールを見ていた。
「……契約した精霊は、通常、契約者の魂と同じ色になります。でも……この子の中には、お二人の色があるのですよ……」
更新遅くなりました。
なかなか筆が進まず、伏線ばかり増えていって泣けてくる。
誰だよこんな面倒なストーリー考えたヤツ。
私ですね。はい。
ちょっと筆が乗るまで更新が遅くなるかもしれません。元々不定期更新ではあるのですが。
更新を待ってる方々がいらっしゃると信じて頑張ります。




