信頼
「はぁい、次ベティがやるわぁ」
おっとりとした声で肩に鷹を乗せた少女が手を挙げた。
「次はベアトリスさんね。準備はいいかしら?」
「えぇ、お願いしまぁす」
低い位置で二つに結ばれたミルクティー色の髪を揺らしながら、位置に着いたベアトリスと呼ばれた少女が召喚獣の鷹を撫でる。
「三、二、一、スタート!」
「……ベル、行っておいで」
音も無く、ベルと呼ばれた鷹が高く飛び上がったと思えば的へ一直線に下降していく。一つ撃破すると再び上空へ羽ばたいて、また急降下していった。ベアトリスは手を銃のように見立てて風魔法を放つ。
「——はい、そこまで!ベアトリスさんは……三分二十秒ね。うん。狙いは良かったけど、あとはタイミングね」
ベアトリスとベルは何度か的の入れ替わりのタイミングと重なってしまい、タイムロスしてしまっていた。
「……ふぅ……中々難しいわねぇ。ベル、お疲れ様。良い子」
ベルを撫でながら待機場に戻ってきたベアトリスと入れ替わって次はイネスが前に出た。
「ベティ、お疲れ様。次は私が行くわ。……先生、宜しくお願いします」
「イネス頑張ってねぇ」
ベアトリスの声に一つ頷いて、イネスがエルフを顕現させた。
「イネスさんね、いくわよ。……三、二、一、スタート!」
的が現れると、イネスは両手を広げ風を巻き起こす。エルフがその風に乗ってクルクルと舞うように回ると、暴れていた風が次第に大きな竜巻に変わっていく。
「——アリゼ」
イネスがエルフの名を呼び、アリゼと呼ばれたエルフは、作り上げた竜巻を先導するように宙を泳いで散らばる的の中心へ向かった。
浮かび上がっていた二十個前後の的が、全て竜巻に飲み込まれた。
「はい、そこまで!タイムは……一分十三秒!……的全部の破壊とは凄いわね。敵の数が多い時は全体攻撃は良い判断よ」
「ありがとうございます」
風で乱れた髪を払いながら、イネスが待機場へ戻った。一瞬だけリュシルを見て、話しかけてきたベアトリスへ視線を移す。
……何なのかしら、あの子……拍手を送られるようなことをした覚えは無いのだけれど……
「んじゃ、次オレやる〜」
「……先を越されたか……」
「ん?アドニス行く?」
「いや、ノアが先に声を上げたのだから、自分は後でいい」
「ハハッ、悪いな。……じゃあセンセ、お願ーい」
制服を少し着崩した気怠げな少年が前に出た。エルフが隣にいる。
「次はノア君ね。……三、二、一、スタート!」
「フリュー、右側頼むよ」
ノアは右の掌を突き出して、水の弾を的へ飛ばす。エルフは指先から、同じように水の弾を飛ばして的を撃ち抜いていく。
エルフは的を五枚撃ち抜くと、自分の仕事は終わったと言わんばかりにピタリと攻撃を止めてしまった。
「……は?ちょっと、フリュイドっ何でやめてんの!」
「……半分終わりました。残りはノアの分です」
「何でだよっ、そっちが多く撃てばいいだろっ」
「その様に指示は受けていません。右側を頼まれただけです」
「じゃあ半分だけって指示もしてないよね!?」
ノアとエルフのフリュイドはとうとう口論を始めてしまった。どうやらアグノールとはまた違った癖の強いエルフのようだ。
「——ノア、タイムが遅くなりますよ?」
「そう思うなら撃ってくれない!?」
くそっと悪態をつきながら、ノアは残りの的を狙う。しかし、焦りもあるせいか中々的を撃ち落とせない。
「——はい、そこまで。ノア君は……八分四十秒!……もう少し召喚獣とのコミュニケーションを大事にしなさいね。これが魔物なら待っててくれないわよ」
「はぁい……はぁ……」
ノアはエルフを腕輪に戻し、頭をガシガシと掻きながら待機場に戻った。
「ノア、お疲れぇ。よしよし」
「……ベティ、届かないんだから撫でなくていいよ……」
そう言いつつもノアはベアトリスの手が届くように頭を下げて撫でられている。
「次は……自分が行ってもいいだろうか?」
先程、アドニスと呼ばれていた少年がリュシルの方を振り向いて小首を傾げた。
「あ……はいっ、どうぞ……」
話し掛けられると思っていなかったリュシルは慌ててコクコクと頷いて了承する。
「ありがとう。……先生、お願いします」
「アドニス君ね、いくわよー。……三、二、一、スタート!」
スタートの掛け声と同時に梟が姿を現した。アドニスの腕に止まった梟は、先程のベアトリスの鷹と同じように上空に飛び上がって的を目掛けて滑空していく。一つを破壊するとそのまま旋回して二つ、三つと連続で破壊した。
「そっかぁ、ベティもそうすれば良かったのねぇ」
アドニスの攻撃方法を見てベアトリスがおっとりと声を上げた。
梟が再び上空へ上がっていく間に、アドニスが闇属性の球を放って的を撃ち抜く。無駄の無い連携に見えた。
「そこまで!アドニス君のタイムは、一分四十七秒ね!いい連携が取れているわね。上昇のロスタイムを上手くカバー出来ていたわ」
「ありがとうございます。ベアトリスが先にやってくれたおかげです」
「良いわね。そうやってこれからも切磋琢磨していってちょうだい」
アドニスが一礼して待機場に戻ってきた。リュシルは静かに移動する。
アドニスが皆の元に着くと早速ベアトリスが召喚獣の鷹と一緒に、アドニスのやっていた攻撃の方法を尋ねている。
「最後はリュシルさんね、準備はいいかしら?」
「はいっ!宜しくお願いします」
リュシルは一礼して、ヴィクトルはその後ろに立つ。
「ではいくわよ。三、二——」
「……針を十本。一斉に飛ばせばいい。外れたものは僕が撃ち抜く」
ジャンヌがカウントダウンを始めると、ヴィクトルはリュシルの両肩に手を置き僅かに身を屈めて冷静な声で告げる。
その声にリュシルはコクリと頷いた。
「——スタート!」
ジャンヌの合図と共に、リュシルの周りに針が一つずつ増えていく。肩に置かれたヴィクトルの手に安心して、スムーズに針が出せた。
そして、十本になるとリュシルは指を振った。
「……えいっ」
可愛らしい掛け声に合わせて、針が一斉に飛び出していく。
針が七つの的を撃ち抜き、すぐさまヴィクトルの鉛色の水球が三つの的を破壊した。
「そ、そこまで!……リュシルさんのタイムは……凄いわ!二十秒!」
「え?」
「サシャより早い……?」
「何、今の……?」
「……魔法、使えないんじゃなかったの……?」
ジャンヌの告げたタイムとリュシルの戦術に、呆然とするクラスメイト。
「……八つ目の操作がまだ甘いな」
「昨日も七本までしか当たりませんでした……」
待機場とその後ろの長距離クラスの人達がリュシルのタイムにどよめく中、リュシルとヴィクトルは自分たちの課題を話し合っていた。
「素晴らしい連携ね。……良いコミュニケーションが取れているようで安心したわ」
「あ、ありがとうございましたっ」
ジャンヌに微笑まれてリュシルは慌てて一礼する。そして、元いた場所へと戻って行った。
「これで全員終わったわね。思ってたよりも皆早くてビックリしたわ。今見たもので、取り入れられるものはどんどん取り入れて、腕を磨いていきなさい。これからもこのゲームは難易度を上げながらやっていくから楽しみにしててね!残りの時間はまた魔法練習と、この魔道具を使いたい人は仲良く使ってちょうだい」
ジャンヌの言葉に口々に返事をして、また各自で散らばって魔法練習を始めた。
話し終わったジャンヌは長距離組の方へ行くとレポートについての説明をしている。
リュシルとヴィクトルも周りと少し距離をとって、再び水の針と糸を練習し始めた。サシャは皆の輪から外れた所にいる二人を自身のエルフ越しに見ていた。
……なんで、わざわざ触れ合うのかな……
さっきも、今も、また手を握って……
「——っ……!」
その時、ヴィクトルの視線がサシャを射抜いた。
ビクリとサシャの身体が震えて、一瞬、視線を逸らしてしまった。もう一度ヴィクトルへ視線を向ければ、もうこちらを見てはいない。
……なに、今の……
「……サシャ?どうしたのですか?」
「……あぁ、いや……何でもないよ、メロディ」
心配そうな表情でこちらを見るエルフに微笑み、魔法練習を始める。サシャが使うのは無属性の派生である空間属性だ。
座標さえ特定出来れば、テレポートが出来るというのが特徴だが、自分のこの属性が戦闘向きでないことは承知している。それでも、召喚したエルフは中距離適正なのだ。
無属性特有の無色の球を、先程のリュシルのように保持出来るのかと試しながら再びリュシルとヴィクトルを盗み見る。
……さっき一瞬、目が合った……
見ていたのがバレた……?まさか、ね……
「ヴィクトルさん?どうしました?」
「……いや。……集中しないとまた濡れるぞ?」
「も、もう大丈夫ですっ」
リュシルは僅かに頬を染めながら、視線を針と糸に戻した。今は一つの水球からどのくらいまで糸を伸ばせるのかを検証している。
……あの黒髪はこの子を見ているのかと思ったが……僕の方だったか。
ヴィクトルは午後の授業が始まってから、ずっと視線には気付いていた。クラスメイトのそれぞれから送られてくる、自分とリュシルに向けられる探るような視線。
リュシルが一人でいれば話しかけて来るであろうサシャも、ヴィクトルが居るせいか集団の中からこちらを見ていた。
リュシルに害があるならば動く気でいたが、どうやらそんな子供はいないようだと、ヴィクトルはそれらの視線を全て無視してリュシルの指導をしていた。
そして先程のゲームでそれなりの結果を残せた事で、向けられる視線は半分に減っている。正しくは視線の質が変わった。何人かはリュシルの行った魔法の保持を試しているのだ。
ヴィクトルはクラスメイトを見渡して魔力の確認をした。
少女は二人とも風。少年たちは水と闇と無。
……黒髪の風の少女とやる気のなさそうな水の少年が一際魔力量が多い、か。
どちらもついているのはエルフ。あの黒髪も含めてエルフは全部で三人。あとは猛禽類。中距離適性として平均的な子供達だろう。
ヴィクトルは魔力からある程度の情報を読み取れる。属性と魔力量、そして混ざり合う魔力。互いに送り合った魔力や、身体的な接触でも魔力は混ざる。
生前は知りたくも無い情報を見ないようにしていたが、リュシルに喚び出されてから情報を得るために見るようにしていた。
ヴィクトルの瞳の琥珀が揺れる。
クラスの子供達の情報を読み取ると、嘆息してリュシルへ視線を戻した。
「……水球一つで一メートルといった所か」
「……これ以上細くすると、捕縛力が無くなりそうです……」
つまり、魔力を乗せられず糸の意味を成さない。
片方は硬く、片方は柔軟にと別々の意識を向けなければならないため、リュシルの眉間に徐々に皺が寄っていく。
「君は今まで針の維持をどうしていた?」
「え?」
「そこまで意識を向けていたか?」
「……あ」
ヴィクトルに言われて、針の意識は『置いておく』というイメージだった事を思い出した。
「針はいつも通りにして、糸の方に集中すればいいんですね!」
「そうだ。針の保持は初めからずっと出来ているのだから、同じように考えたらいい」
「はいっ」
重ねているリュシルの手がきゅっとヴィクトルの手を握る。ヴィクトルの視線が一瞬手に移動して再びリュシルを見た。リュシルの目は変わらず針と糸に向いているため無意識なのだろう。
ヴィクトルもそっと握り返し、糸の制御を見守った。
深呼吸をしたリュシルは針の意識を今まで通りに戻し、糸の方に集中させた。すると、今度は糸が細く長く伸びていく。
リュシルの魔力で蒼く輝く糸は美しかった。
先程の倍くらいの長さになった糸が、ゆらゆらと揺らめく。
「それで良い。それを硬くしたり柔らかくしたり、思う通りに動かしてみなさい」
「はいっ」
針を持って、縫うイメージで……
凍らせなくても、硬度は変えられる……
針の時のように魔力を内包させて……
リュシルが針を作った時のように水球に魔力を満たすイメージで糸へ魔力を流すと、糸がチカチカと瞬き、次の瞬間——
——ボンッ!!
「きゃっ」
爆発音と小さな悲鳴にクラスメイトも何事かとリュシル達を見る。土煙が晴れると、自分のコートでリュシルを庇うヴィクトルの姿が見えた。
「——大丈夫かしら?怪我は?」
ジャンヌが駆け寄り、リュシルとヴィクトルに何があったのかと聞いている。
爆発の一部始終を見ていたサシャは、睨むようにヴィクトルを見ていた。
「……サシャ、今日は随分余裕が無さそうね?」
「……本当にね。君が隣に居ると顔が作れないんだけど」
「……ふっ……ふふふっ……」
「なんで笑うの……」
「さあ?なんでかしらね?……ふふっ……」
そんな二人の姿を見ていたベアトリスがノアの服の裾を引く。
「んあ?どしたの、ベティ?」
「イネスが……すごぉく笑ってるのぉ」
「……ホントだ。珍し……俺、笑いかけられたことないんだけど?」
「ふふっ……イネスはだらしない男、嫌いだもの」
「えー?俺だらしない?」
「んーん。……ベティにはノアはとっても可愛い男の子なのぉ」
「……かっこいいの方が嬉しいんだけど?」
「ふふふっ……」
ベアトリスは微笑みながらノアの頭へ手を伸ばす。ノアは困った顔で笑いながらベアトリスの手が届く位置に頭を下げた。
幼馴染のこの二人の習慣だ。領地が隣同士で親同士も仲が良い。生まれながらの許嫁だった。
面倒臭がりのノアと、おっとりしているがしっかり者のベアトリス。小さな頃からベアトリスはノアの頭を撫でていたために、二人にとっては当たり前のやり取りだ。
ノアはベアトリスが召喚士になりたいと言ったから着いてきただけだった。
しかし、ベアトリスはノアのためにこの学園を選んでいた。昔から一緒に魔法練習などをしていく中で、ノアの魔力量が多いだろうことに気付いていたベアトリス。何をするのも面倒臭がり、やる気を見せないノアだが、ベアトリスに対してはいつも傍で見守り大事にしていた。だからこそ、ベアトリスは召喚士の道を選び、ノア自身にノアの凄さを教えてあげたかったのだ。
入学してまだ一ヶ月も経っていない今は、ノアのやる気も見えないけれど、卒業までにノアが自分の魅力に気付いてくれたら嬉しいとベアトリスは思っていた。
「——はーい、今日の授業はここまで!明日、課題の提出よー忘れないでね!解散ー!」
「「ありがとうございました」」
リュシルの爆発も問題無いことが確認出来、時刻も16時になるためジャンヌが授業の終わりを告げた。
皆それぞれに礼をして寮へ戻って行く。
「リュシルさんは学園長が呼んでいるから学長室に行ってちょうだい」
「あ、わ、わかりましたっ!ありがとうございました」
「えぇ。それじゃあ、また明日」
「はい、さようなら」
リュシルが一礼するとジャンヌは微笑んで頷き、一足先に戻っていく。
「学園長先生……精霊さんの事、ですよね?」
「あぁ」
複雑な表情を浮かべるリュシルの頭をぽんと撫でてヴィクトルは歩き出した。リュシルが慌てて追い掛けるとヴィクトルは僅かに速度を落として隣に並ぶ。それに気付いたリュシルは頬を緩めて、足取りが軽くなった。
……ヴィクトルさんが居るから、大丈夫……




