紡ぐ
「……そっ、か……ごめんね、意地悪なこと言っちゃったね」
「いえっ……ご心配、ありがとうございます」
その時、教室の扉が開いて担任のジャンヌが姿を現した。
「はーい、皆おはよう。週末はしっかり休めたかしら?今週はどんどん魔法練習していくからねっ基本的に午前は座学、午後は魔法練習って感じになるわ。じゃあ、今から座学の時間よー」
皆が教科書を取り出し、頁を捲る。リュシルは先程から開いていた教科書を数頁戻してジャンヌの言葉を待った。
ジャンヌの体験談を混じえながら近接クラスの課題になっていた頁になると、近接クラス同様、課題として出された。しかし、こちらは全部の問いではなく明日までの課題なので三問のみらしい。
中距離の戦闘タイプの人は一問につき、自分のみが戦う場合・召喚獣のみが戦う場合・そして共に戦う場合の三通りを答えろとの事だった。
因みに、長距離の戦闘タイプは戦闘能力を持たないため、近距離や中距離の人へどのような支援を行うかの回答となるらしい。
昼になるまでの数分間、課題に取り組む時間が与えられ、午前の授業が終わった。
リュシルは自分なりに考えていた戦術をメモして、昼休みにヴィクトルに確認を取ろうと考えた。
「……それじゃあ、午前の授業はここまで!昼食後は野外訓練場に集まってちょうだい」
それだけ言って、ジャンヌは教室を出て行く。
リュシルが教材を片付けていると扉からレナが顔を出した。
「リュっシル〜!ねー聞いて!昨日リュシルの考えてくれた戦術、先生から褒められたの!」
跳ねる足取りでリュシルのいる席まで来ると、座るリュシルに抱き着きながら報告をする。とても嬉しそうだ。
「それは良かったです!お役に立てて私も嬉しいです」
「ありがとうねっ!」
「ふふっ、どういたしまして。こちらのクラスでも課題になりました。私も自分なりの戦術を考えているところなんです」
「そっか!リュシルの戦術も楽しみだなぁ」
二人がくっついたままキャッキャッと楽しげに話していると、サシャがコホンと一つ咳払いをした。
「あれ?サシャ居たの?」
「え、酷くない?」
「あははっ冗談だよっ!二人とも、お昼一緒に行かない?レオンとジークも廊下で待ってるんだ」
「はい、是非」
「うん、行こう」
気が付けばクラスメイトの姿はなく、リュシル達は廊下で待つレオンとジークと合流すると食堂へ向かった。
「リュシル、課題助かったってヴィクトルに伝えておいてくれるか?」
「はい」
『……聞こえている』
「あ。聞いているそうです、レオンさん」
「そか。ありがとうな」
レオンはフッと笑ってお礼を言うとさっさと歩いて行ってしまった。
その様子をサシャは後ろから眺めていた。
「……なんか……僕がいない間に皆ずいぶん仲良くなってない……?」
「昨日、レナとレオンはヴィクトルに課題の指導してもらってな。俺もトマ達も戦術についてヴィクトルと議論させてもらったから、皆リュシルに感謝してるんだ」
サシャの隣を歩いていたジークがこの週末の出来事を簡潔にサシャに教えると、サシャは驚いたように目を開いた。
「は?ヴィクトル様が?……嘘でしょ……?」
「ホントホント。また週末に講義してもらうんだってトマがウキウキしてたぞ?」
……何、それ……
……家にある本にもヴィクトル様がそんな優しい人物だなんて、載ってなかったじゃないか……
「そう、なんだ……」
かろうじて笑顔を浮かべて、サシャはそれだけ答えた。
「ヴィクトル……最初は凄い怖かったけどな……」
苦笑いを浮かべるジークに、サシャは『何かやらかしたんだろうな』と胡乱な目で見上げる。サシャのその視線に、ジークは軽く頬をかいて視線を少しばかり泳がした。
「でも……話は分かるし、リュシルを大事にしてるし……良い奴だぞ」
サシャの方を向いたジークはそう言って屈託のない笑みを浮かべる。サシャは嘆息して、少し眉を下げながら笑顔を返した。
「……ヴィクトル様ってさ……うちにある本には危険な英霊って書かれてるんだよ。オマケに、うちの兄の時代に一度呼び出されていて……一週間程度で契約者の魔力が枯渇したって言ってたから……」
「……そうなのか?……魔力に関してはリュシルは問題なさそうだが……ヴィクトルが、危険……?」
サシャの話を信じられないというような顔で、前方を歩くリュシルの楽しそうな後ろ姿を見やる。
危険とは、契約者が枯渇する程の魔力消費の激しさを言っているのか、その存在自体を言っているのか……。ジークは出会いこそ良くはなかったが、口調は厳しくともリュシルを大事にしている姿ばかりを目にしているため、にわかには信じがたい話だった。
「……どうやら、情報に誤りがあるみたいだね。……もしくはリュシルさんに毒気を抜かれたか……?」
「あー……それはありそうだな……リュシルには優しい目をしてるからなぁ」
ジークの脳裏に、楽しそうにするリュシルを見ていたあの瞳がふと思い浮かんだ。一瞬だけだったが、あれは確かに何かしらの情がある瞳だったと思う。
だからこそ、今朝の談話室の出来事も素直に相談出来たのだ。
「……優しい目、ね……」
サシャはジークに聞こえない声で、口の中で呟いた。
……今朝のリュシルさんの魔力に混じって感じた異物感は……多分ヴィクトル様の魔力だよね……
……なんで? マーキングでもしてるわけ?
優しい目って……リュシルさんのことを契約者以上に見てるってこと……?
「——ともあれ、多分サシャも見てれば分かるよ。ヴィクトルが優しい奴だって」
「……うん。僕も自分の目で確かめてみるよ」
胸に湧き上がる仄暗い感情を飲み込み、サシャは笑顔を見せた。
サシャとジークがそんな話をしている間に食堂に辿り着き、リュシルがトレーを二人に差し出す。
「……何だか難しい顔をしていますが大丈夫ですか?」
「ありがとう。大丈夫だ。何でもないよ」
「取ってくれてありがとう」
二人はトレーを受け取ると何でもないと微笑んだ。
流石に、ヴィクトルの事を話していた、なんて言えない。何よりサシャは今朝の時点で既にリュシルに『ヴィクトルは優しい』と聞かされているのだ。それを蒸し返してまで話す話題でもない。
それぞれメニューを選び、皆で席に着く。
他愛ない話をしながら食事を進め、食べ終わったら何をするかという話になった。
「リュシルはこの後どうするの?」
「そうですね……私はヴィクトルさんと相談しながら課題を進めようかと思っていましたが……レナさんは?」
「そっかー。私はどうしようかな……休み時間まで勉強はしたくないし……」
「俺はバンディ走らせに行くから一緒に行くか?」
「それなら行く!バンディと遊びたいっ」
「ははっバンディも喜ぶよ」
ジークの提案にレナが嬉しそうに身を乗り出した。
そしてそのままレオンを見やる。
「レオンは?」
「ん〜……俺は寝るかな……」
「……寝過ごさないようにね?」
苦笑混じりにサシャが言えば、既に眠そうなレオンはこくりと頷いた。
「サシャさんはこの後はどうするんですか?」
「そうだねぇ……僕は……」
サシャの瞳がチラリと別のテーブルへ向いた。リュシルとレナはその視線を辿り、イネスの姿を見つける。
「え……イネスと話進める感じ?」
「……んー……このまま他の縁談を受けるより、向こうの条件を飲んだ方がマシかなぁってね」
「……モテる男はつらいなぁ」
レオンが頬杖をつきながらクツクツと喉の奥で笑っていた。サシャは軽く溜息をついて眉を下げる。
「僕だって好きで縁談受けてるんじゃないんだから……そのうちレオにも来るだろうけど」
「俺は来たところで、だな」
「そうだろうけど、断れない相手とかだと形だけでもって……あー……カステル家に断れない相手なんて王家くらいしかいないか……」
「……同年代はリュシルだけだしな」
フォンテーヌとカステル以外の公爵家は、もう成人した子息と令嬢しかいない。仕事関係で見ても、カステル公爵は王国総司令官を務めているため並の貴族からの縁談なら容易に断れるだろう。
サシャの侯爵家も断ろうと思えば断れる立場ではあるのだが、如何せん父親が魔術以外の事に興味が薄く、社交性に欠ける性格のために政治的な駆け引きが出来ないのだ。
ある程度は母親がカバーしているようだが、同じ侯爵家では断りきれず、このような事態になっていた。
「……まぁ、とにかく……お互いの利害が一致してるからね、イネスとは」
溜息混じりにサシャが言うと、レオンは何も言わずにポンポンとサシャの頭を撫でた。サシャは苦笑を漏らしながらその手を払いのける。
幼馴染らしく戯れ合う二人に微笑みながらも、リュシルは自分に魔力過多という瑕疵がなかったら今頃どうなっていたのだろうかと想像し、小さく身震いした。
……今はもう、私には関係ない……。
お兄様が殿下の側近をしているなら、私が婚約者に選ばれることはない。
宰相と側近を出し、更に王太子の婚約者まで出すことになれば、他の貴族が許さないだろう。フォンテーヌ家がそこまでの権力を持ってはいけないのだ。
大丈夫だと分かっているのに、幼い頃に植え付けられた恐怖心がひたひたと湧き出てきてしまうのを抑えられなかった。
「リュシル?どうしたの?」
「大丈夫か?」
「……え……あ、すみません……大丈夫です」
名前を呼ばれて、ハッと顔を上げた。いつの間にか俯いて、呼吸が浅くなっていたらしい。レナとジークが心配そうに覗き込んでいた。
「ごめんなさい、少し……考え事をしていました……もう、大丈夫です」
心配をかけないようにと二人に笑いかける。
気が付けば皆食べ終わっていた。リュシルは少し急いで食事を口に運んだ。
「俺、先に戻るわ。ねっみぃ……」
「おやすみ。……僕も、行ってくるよ。また後でね、リュシルさん」
「はい、行ってらっしゃいサシャさん」
レオンとサシャがトレーを片付けて食堂を後にした。もぐもぐと必死に咀嚼をして飲み込むと、リュシルはレナとジークを交互に見た。
「私のことは気にせずに、お二人もバンディさんと遊んで来てください」
「んーん。待ってるよー」
「あぁ。気にしないでゆっくり食べていい」
微笑んで見守る体制に入っている二人に、リュシルは眉を下げてしまう。申し訳ない気持ちと、それでも嬉しいと思ってしまう気持ちでなるべく急いで口を動かすが、レナもジークもクラスの出来事などを話しながら、リュシルが急がなくてもいい空気を作ってくれていた。
「——ごちそうさまでした。お待たせしてすみません……」
「気にしないでよ」
「こっちが好きで待ってただけさ」
「はい……ありがとうございます」
リュシルが微笑むと二人も安心したようで、三人でトレーを片付けて食堂を出た。
「リュシルは部屋で課題やるのか?」
「いえ、図書館に行こうと思ってます」
「そうか……なら、図書館まで送ろう」
「え?い、いえっそんな事までする必要は……!」
リュシルはジークの提案に慌てて首を振った。しかし、ジークはそうする事が当たり前だと言わんばかりの態度だ。
寮を出てジークがバンディを呼び出すと、レナが慣れたようにバンディの首元を撫でながら歩き出す。
「れ、レナさん?」
「野外訓練場で走ってるねー。リュシル、またね!」
「おー、頼んだ」
「えっ……あの……」
「さぁ、行こう」
レナもジークも笑顔で、リュシルを送ることが当たり前だと言うように行動していた。リュシル一人だけが困惑して、おずおずと一歩前で待っているジークの隣に並んだ。ジークはリュシルの速度に合わせて隣を歩く。
「……あの……なぜ、送ってくださるのですか……?」
人からの好意に慣れていないリュシルは、いくら考えても、ジークが何故送ってくれるのかが分からなかった。
不安げに問いかけるリュシルに、ジークは小首を傾げてしまう。
「なぜって……一人じゃ寂しいだろ?」
「え……?」
「それに……何かあったら嫌だからな」
「何かなんて……学園内じゃないですか」
「学園内でも、何も無いとは言えないんだよ」
大袈裟だと言いたげなリュシルに、ジークは苦笑いを浮かべた。リュシルは危険さを理解出来ずに小首を傾げている。ジークは困ったように笑いながらリュシルの頭を軽く撫でて、図書館へ足を進めた。
「……女の子は、なるべく一人にならない方がいい。ここは紳士ばかりではないからな」
「そう、なのですか……」
「あぁ。だから、いつでも遠慮なく声を掛けてくれ」
「ありがとうございます」
ジークの優しさにお礼を伝えつつも、リュシルは少し困った様に眉が下がってしまう。「遠慮なく」と言われても、どうしても「迷惑なのでは……」と考えてしまうのだ。
……メイド達は嫌な顔をしていたし……
私は……一人が当たり前だった……
話しているうちに図書館への渡り廊下に着いた。
「ジークさん、ここで大丈夫ですよ」
「そうか……?」
「はい。ヴィクトルさんも居ますから」
「わかった。じゃあ、またな」
「ありがとうございましたっ」
手を振って歩いていくジークを見送り、リュシルも図書館へ向かった。
渡り廊下を抜けて重厚な扉を開く。
図書館に他の人は見当たらなかった。
リュシルが館内を見渡していると隣にヴィクトルが姿を現す。
「……人の気配は無いな」
「そうみたいですね……良かったです」
「課題をやるんだったか」
「はい。……良いですか?」
「……僕が戦う案も必要なのだろう?共にやらずにどう回答する」
「……はい。宜しくお願いします」
二人は階下の長机に移動するとすぐに課題に取り掛かった。
一問目、前方からゴブリン五体。
二問目、後方からゴブリン三体。
三問目、三体のゴブリンが援軍を呼び全部で六体。
「針を一体につき一本では倒しきることは出来ないでしょうか?」
「場所によるな。頭なら即死。体ならまだ息があるだろう。確実に倒すなら一体につき三本が妥当だな」
「そうなのですね。……では、二十本程の針を作り……一斉に攻撃して……打ち損じを追加で追撃……と、いう感じでしょうか?」
「それで構わない」
「ヴィクトルさんの戦法は?」
「そうだな……一斉に頭部を水泡で包み溺死で良いだろう」
「……一斉に……溺死……」
ノートに書き込みながら、そのような倒し方もあるのかと驚いた。
戦い方というものをもう少し学ばないといけませんね……。
「共に戦うものはどうしますか?」
「君の打ち損じを僕が仕留めよう」
「わかりました」
あっという間に一問目が終わった。
二問目も殆ど同じで問題ないということで、三問目に移る。
「ヴィクトルさん、えっと……水を糸のようにして針で縫うことは出来ますか……?」
「……水を糸のようにか……君なら出来るんじゃないか?」
そう言って、ヴィクトルは片手で針と糸のように細い水を作り出した。掌の上で螺旋を描き、パッと霧散していく。
「わぁぁ!凄いです!」
「午後の魔法練習でやってみればいい」
「はいっ!この三問目の援軍をその糸で一時的に拘束出来れば、と思っていたので練習してみます」
「なるほど。それなら君はその案を。僕の所は……そうだな……援軍を氷結とでも書いておけばいい。共闘は君が拘束、僕が討伐」
「はいっわかりました」
課題がこんなにすぐに終わると思わなかったリュシルは書き終わると笑顔でヴィクトルを見上げた。
「ヴィクトルさん、ありがとうございました!午後の授業までまだ時間がありますし、ヴィクトルさんも何か本を読みますか?」
「あぁ。丁度調べたいものがあった所だ」
「それなら良かったです」
二人はそれぞれ読みたい本を探すと、リュシルは本棚の合間にあるソファに座り、ヴィクトルはリュシルの姿が見える位置に移動してから本を開く。
午後の授業時間になるまで、二人は静かにそれぞれの時間を過ごしていた。




