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ピクニック


 精霊のイタズラに怯えるリュシルの目の前を、光が左右に行ったり来たりする。


「……あなたにそんな事はしないと言っていますよ」


 ララノアがリュシルに告げると、精霊はくるりと円を描いた。


「そ、そうですか……」


 リュシルは少し安心して、表情を和らげる。

 バンディの毛を改めて掴むと、フスッと鼻を鳴らしてバンディは歩き出した。皆も姿の見えない精霊を気にしないように気持ちを入れ替えて足を進める。

 少し湾曲しただけの並木道が終わり、原っぱに到着するとバンディが静かに伏せをした。


「バンディさん、ありがとうございました」


 バンディの背を撫で、ヴィクトルの手に支えられながら降りる。バンディはリュシルを乗せて歩けたことが嬉しくて、尻尾を振りながらリュシルの背中に擦り寄った。


「きゃっ」


 バンディは頭を擦り付けただけのはずだったが、華奢なリュシルには力が強かったようで、小さな悲鳴と共にリュシルの身体は押された勢いで前に傾いていく。

 トスッと軽い音を立ててリュシルがヴィクトルの胸に収まった。降りた直後だったので、まだヴィクトルに両手を支えられていたのが幸いして怪我はなかったが、リュシルは突然の接触に固まってしまった。

 ヴィクトルは溜息を一つつくと、リュシルの肩を掴んで体勢を直してやる。


「……怪我は?」


 顔を赤くしたままふるふると首を振り、赤い顔を隠すように両手で顔を覆う。


「……すみません……」


 ヴィクトルは何事も無かったかのように、ぽんと一度だけ頭を撫でた。


 …………恥ずかしいっ……!


「リュシル大丈夫?」

 

「れ……レナさん……お恥ずかしいところを……」


「気にしない気にしない!」


 リュシルの赤い顔を隠すようにレナはすぐ傍まで来て、落ち着くようにと肩をさすっている。


「バンディ、嬉しいのはわかるがお前は力が強いんだから……ごめんな、リュシル」


「だ、大丈夫ですっ」


 レナ越しに声を掛けられ、慌てて返事をする。何度か深呼吸をしてリュシルは眉を下げて微笑んだ。


「レナさん、ありがとうございます」


「えへへっ可愛いリュシルが見れて役得かなっ」


 少し悪戯に笑いながら、リュシルの手を引いて原っぱの中央に向かう。

 レオンとジークは先に座っていた。

 レオンの隣にレナ、ジークの隣にリュシルが座り、召喚獣はそれぞれ主の後ろに座る。

 リュシルは少しドキドキしていた。こんな風に地面に座って食事を取ったことなどないのだ。

 ランチを取り出すと膝の上に置いて、皆で「いただきます」と食事を始める。

 リュシルは座ったすぐ隣に咲く花にそっと指で触れて微笑むと、ランチのサンドウィッチを手に取った。

 ジークはそんな姿を見て、可愛いなと思うと同時に先程の「人外に話しかけるな」と忠告したヴィクトルの気持ちが分かる気がした。

 

 ……そう言えば、バンディにも普通に自己紹介してたな……あの調子で精霊にも話していたのだったら注意も必要だろうな……


「そう言えば、中距離クラスの授業はどんな感じなの?」


「あ……私はまだ午前しか授業に出てなくて……でも、教科書と魔法練習を半々に進めているみたいです」


「そっかー中距離だと魔法が主だもんね」


 レナがうんうんと頷きながらリュシルの話を聞く。

 その隣でレオンが首を傾げた。


「なんで午前だけ?」


「魔力過多の措置だそうで、無理をしないようにと言われています。明日からは午後もあるみたいですけど」


「へー」


「……リュシルは過多症、なのか?」


 レオンが納得して、今度は隣のジークが驚きの声を上げた。


「はい……ジークさんにはまだ言ってませんでしたね」


「だ、大丈夫なのか……?」


「はい、大丈夫です。ヴィクトルさんが魔力を使ってくれるので、こうして皆さんと一緒に過ごせます」


 穏やかに微笑むリュシルだが、ジークは何故か心配そうな表情のままだ。どうしたのかとリュシルは小首を傾げる。


「……いや……、大丈夫なら良かった」


 ジークはハッとして、表情を取り繕うと何でもないようにサンドウィッチを口に運ぶ。

 リュシルも深く聞かない方がいい気がして頷くと食事を再開させた。


「それにしても……サシャも一緒に来れたら良かったのにね」


「あー……家に呼ばれたってなんだろうな?縁談か?」


「まぁ……そういうやつだろうね」


 レナとレオンが溜息混じりに話し始める。

 サシャは宮廷魔術師団長の次男と言う立場と、整った顔立ちに加えてあの穏やかな優しさを持っているため、とても女性ウケが良いのだ。レナ曰く、五本の指に入るほどのモテっぷりなのだそう。

 因みに、一番人気は言わずもがな王太子殿下で、二番手はリュシルの長兄だった。……長兄には婚約者が居たはずだが、それでもアプローチをする女性は居るらしい。


「……レナさん、お詳しいんですね……」


 長兄の話を聞いたのは初めてだった。家では関わりがなかったリュシルは、兄が何をしているのか全く知らないのだ。子供の頃の、何の感情も映さない瞳しか記憶になかった。


「あ……ごめん、お家の人の話はあんまり聞きたくない、かな……?」

 

 レナは少しバツが悪そうに口元を押さえる。それを見て今度はリュシルが慌ててしまった。非難しているわけではないのだ。


「いいえっそうではなく……私、兄達が何をしているのかもあまり知らなくて……なので、教えていただけると嬉しいです」


「そっか……じゃぁ、私が知ってること話すね!」


「お願いします」


 レナが笑顔を見せるとリュシルもホッとしたように微笑み、レナの話に耳を傾ける。


 リュシルの長兄、アルベールは現在、殿下の側近を務めているらしい。婚約者とはもう十年の付き合いだが、殿下の婚約者が決まるまでは結婚しないと言っているとか。

 ……一度だけ、婚約者の方にお会いしたことはあるけれど……

 子供の頃のことはぼんやりとした記憶しかないリュシルは、やはり名前しか覚えていなかった。むしろ、アルベールの顔すら覚えていないのだ。一度だけ会った婚約者の顔なんて分かるはずがなかった。

 次兄であるテオドールはアカデミーの卒業後から文官として王宮で働いているらしい。

 宰相を務める父、殿下の側近と文官の兄達。

 自分が落ちこぼれと言われるのも納得してしまうほど、優秀な家族だ。仲の良い家族だったならば、自慢して歩きたくなるほどに。

 でも……家族との思い出なんて……一つもない……

 

「……なんて言うか……凄いな……」


 レナの話を聞いて、ジークがポツリと呟いた。

 レナとレオンもうんうんと頷いて同意している。


「でも……皆さんもそうじゃないですか?」


「あー……まぁ、うちの親父も兄も王宮勤めなのは一緒か」


「そうですよ。お二人のお父様は総司令官じゃないですか」


 レナとレオンの父は王国総司令官を務めている。二人の戦闘力の高さも頷けるというものだ。


「皆エリートだなぁ」


 自分は関係ないように笑うジークだが、彼もまた北部を守る辺境伯家なのだ。


「ジークさんも、北部辺境伯は国防の要なんですよ!」


「そ、そうか……」


「何より、ジークさんはご実家を支えるお立場でしょう?」


「……確かに。私らは冒険者になるけど、ジークは家に戻らないとだよね?」


 レナとレオンは家門を継ぐ必要がないため、冒険者として活動するらしい。リュシルも家に戻る気はないので、その予定だ。


「そうだなぁ……俺は兄と一緒に北部を守らないと。ここに来たのも戦術知識と召喚獣が目当てだったからな」


「俺らの中で一番責任ある立場じゃん。俺とレナは気軽で身軽だけど……リュシルは卒業したらどうするんだ?」


「私は……出来れば、冒険者になりたいです」


 腕輪をぎゅっと抱きしめるようにしてリュシルは微笑んだ。後ろで本を読んでいたヴィクトルは、視線を本に落としたまま、リュシルの言葉に僅かに口角を上げている。


「それならさ、パーティ組もうよ!前衛と中衛だから丁度いいじゃん?」


 パチンっと手を叩いてレナが提案した。リュシルが嬉しそうに微笑んで頷けば、レオンとジークが何故か焦った顔をする。


「待て待て待て、レナと二人じゃ危ないだろうよ……」


「……レナと二人は危険だから、俺も入るからな」


「ちょっと二人とも、どういう意味よ?」


「だって……なぁ?」


「あぁ……リュシルが危険だろ……」


「だから、どういう意味なのよ!」


 ふふっとリュシルが声を漏らすと皆も笑い始めて、原っぱに笑い声が響いた。


 楽しくランチが終わると、魔法の練習をしようとレナが提案する。温室や原っぱを荒らすわけにはいかないと、次は野外訓練場へ移動することになった。

 バンディはまるで当たり前のことのようにリュシルの前で伏せる。


「……バンディさん?」


「ははっ、乗れってさ」


「そ、そんなに甘えるわけには……」


「いいじゃんっ私も乗せてよ!」


「わふっ!」


 遠慮しようとするリュシルの後ろからレナが顔を出してバンディに聞くと、バンディは元気に返事をした。


「やったね!一緒に乗せてもらおうよっ」


「えっ一緒に乗っても大丈夫なんですか?」


「バンディなら二人くらい平気だから心配しなくていい」


 レナはヒラリとバンディの背に飛び乗り、リュシルに手を差し出す。ずっとヴィクトルに乗せられていたリュシルは、差し出された手を掴んだもののどうすれば良いのか困惑してしまった。

 見かねたヴィクトルは小さな嘆息と共に、先程と同じようにリュシルを抱えてレナの後ろに乗せる。


「ふふっ、ごめんね、リュシルは跨いで座らないよね」


「いえ……あの……すみません……」


 まるで荷物を乗せるかのようなヴィクトルの態度に笑うレナと、またしても抱え上げられたことに頬を染めるリュシル。何だかもう見慣れてしまったジークの隣でレオンは少し遠い目をしていた。

 ……俺は何を見させられているんだ……?

 召喚獣との距離感はあれで良いのかと疑問が浮かび上がるが、すぐに「寝ている猫は起こすなって言うし……」と考えることをやめた。


「リュシル、私に掴まっててね」


「はいっ」


 レナの腰元に腕を回し、きゅっと掴む。それを確認してから、レナはバンディの首元をポンポンと撫でた。


「よーし、バンディ行くよっ」


「わぅっ!」


 元気に返事をして起き上がると、軽やかに歩き出した。両隣にはジークとヴィクトルが並び、その後ろからララノアとレオンが着いて行く。


「アグノールは出さないのですか?」


「……え、出して欲しい?」


「……いえ。拗ねているのではないかと思っただけです。念話が煩いのでは?」


「あぁ、もう……ずっとなんか言ってる……俺そろそろ悟り開けるかもしれない」


「フッ……」


 レオンの返しに、ララノアが珍しく口元を押さえた。肩が震えている。

 レオンも一緒に頬を緩めて、二人で小さく笑っていた。


『何やら楽しそうではないか主?妹君のエルフが僕の悪口でも言っているんじゃないのかい?そもそも、私を顕現させないのはやはりどう考えてもおかしいと思うのだよっ!私以外は皆、外に居るではないか!狼くんも居る!オマケにレディたちを乗せて居るではないかっ私もレディをこの身に乗せ——』


『——やめろ』


 レオンはこめかみ辺りを指で押さえて、ふーっと息を吐いた。

 何を言い出すのだ。何を。

 楽しい気分が台無しだ。

 でも、この後は魔法練習だな……出す、か……?

 ………………いや、実家でも一人で魔法鍛錬はいっぱいやってた訳だし。今日は出さないでいいかな……面倒だし……


 本当にそろそろ悟りが開けるのではないかと思うレオンと、楽しそうに訓練場を目指す一行は並木道を抜けた。

 薬草園の脇を通り抜け、野外訓練場に着くとリュシルとレナを降ろしたバンディは元気に駆け回る。


「わぁ……!バンディさん元気ですねっ」


「走るのが好きみたいでな。毎日走らせないと念話がうるさいんだ」


 ジークは肩を竦めて見せるが、その表情はとても楽しそうだ。


「ところで、どうやって練習する?的当てでもやるか?」


「的当てやるやるー!」


「……的は、どうするんですか?」


「俺に任せてくれ」


 ジークは地面に手を触れると十メートル先辺りの地面が隆起して、四本の小さな塔が出来上がった。

 軽く手を叩いて、皆の方を振り向くと笑顔を見せる。


「こんなので良いか?」


「凄いです……!」


「さすがジーク!」


 リュシルとレナが賞賛すれば少し照れたように頬を掻いた。レオンは何だか疲れた表情で一番端の塔の線上に立つ。


「ヴィクトルさん、どうしたら良いですか……?」


 レオンの隣にジークが移動し、その隣にレナ、そして端にリュシルが並び、それぞれ的に向かって魔法を放つ。

 リュシルはヴィクトルを見上げ、指示を仰いだ。


「先日の針を作り、的に当てるだけで良い」


「はいっ」


 念の為、とヴィクトルの手を握り水の球を針の形に変えていく。大きさと密度を意識して、十本ほど作り上げた。


「……ど、どうやって飛ばすのでしょうか……」


「意識するだけでも可能だが……指先に魔力を意識して、的へ向けてみなさい」


「分かりました……えいっ」


 可愛らしい掛け声と共に、的へ向けて指を振る。

 すると、リュシルの周りに浮いていた針達が一斉に的へと飛んでいった。

 ストトトッと半分ほどの針達が的へ突き刺さる。

 的を外れた針は地面へと刺さっていた。


「あ……当たりました!」


「ふむ……半分か。まぁ、初めてにしては上出来だ。」


 ヴィクトルの言葉に嬉しそうに握っている手を揺らし、もう一度、と水の球を再び作っていく。


「……ジーク、お前は何個まで作れる?」


「あー……俺はバンディも居ると保持するのは二~三個が限界だな……」


「だよなぁ……英霊出し続けたまま、あれだけの球作れるのってやっぱ魔力過多だからなのか?」


「……そう、だな……。と言うか、俺はそもそもお前達より魔力少ないんだからな?レオンはどれくらい保持できるんだよ」


「俺は……一人なら七個くらい。アグノールが居たら……子供の姿で五個出せれば良い方かもしれないな……」


 エルフを召喚出来るのはそれなりに魔力量の多い者だ。S級が英霊で、次がA級のエルフ、大型獣はB級召喚獣と呼ばれる。このランクは主に召喚師の魔力量で計られているようで、魔力の少ない者ほど小型の召喚獣となる。

 少年二人がリュシルの魔力はどうなっているのかと思いながら的当てをする横で、レナは火の球と言うには些か大きいものを的に向かって投げるように腕を振っていた。


「はぁ……レナ……もう少し調整をしてください……」


「してるしてる!」


「出来ていません。その調子では私は顕現していられません」


「むー……」


 ララノアに指導されながら、レナは火の球を小さく作るように練習し始める。

 リュシルはまた十本の針を作り「えいっ」と指を振る。また的に当たったのは五本だった。


「君は……五本から始めて、全て当たったら一本ずつ増やしていけば良い」


「分かりました」


 一つ頷いて五本の針を生成していく。

 深呼吸をして、的を見つめると「えいっ」と指を振った。

 五本の針は全て的に突き刺さり、リュシルはほっと胸を撫で下ろした。

 ヴィクトルは他の子達にも目を向け、魔力量を確認する。アグノールを出していないレオンはまだ余裕があるが、朝からバンディを出していたジークはそろそろ辞めさせた方が良さそうだ。


「……犬を戻しなさい。それ以上消費すれば魔力欠乏を起こすぞ」


「犬って……俺に言ってたのか」


「魔力の残りが少ないだろう」


「ははっ、バレてたか。……バンディ、戻ってくれ」


「ぅをんっ」

 

 バンディはひと鳴きして腕輪に戻って行った。

 ジークはその場に胡座をかいて座り、額の汗を拭う。レオンはそのやり取りを驚いた顔で見ていた。

 ……魔力が、見えてる……?


『琥珀の瞳は人族ではないのだよ、主。』


『……何?』


 

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