近接クラス
談話室に着くと早々に声をかけられる。
跳ねるように駆け寄ってきた太陽のような笑顔。
「レナさん!おかえりなさい。楽しめましたか?」
「ただいま!楽しかったよー!見て見てっカードポーチ見つけたの!」
レナはベルトに付けたカードポーチをリュシルに見えるように少し持ち上げた。レナのものは革で作られた男性でも使えるようなデザインだった。名前も入っている。
「素敵です!レナさんにとても似合ってます」
「えへへっありがとう」
レナが照れたように笑っていると、後ろからレオンがレナの頭の上に何かを乗せた。
「……これ、忘れてんぞ」
「あ!」
レナは慌ててそれを手に取り、リュシルへ差し出す。
「これ、リュシルにプレゼントっ」
「え?……私に?」
「うんっ市場のお土産」
「ありがとうございます!……開けても、良いですか?」
「もちろん!」
貴族のマナーとしてはその場で開けてはいけない。けれど、友達からのプレゼントなんて初めてのリュシルは、その喜びをすぐにでも伝えたかった。
逸る気持ちを抑えて、受け取ったケースを開ける。
「……わぁ!綺麗……本当に、私が頂いて良いんですか?」
「当たり前じゃん!リュシルに似合うと思って買ってきたんだからっ」
「ありがとうございます……!」
レナからのプレゼントは髪飾りだった。銀細工で花の模様が作られ、小さい真珠が飾られている。
早速付けようと髪に手を伸ばすと、後ろから髪を持ち上げられる。驚いて振り向こうとするリュシルの頭を軽く抑え、ヴィクトルは無言のまま髪を結い始めた。
ハーフアップのお団子にレナからのプレゼントを留めて、ヴィクトルの手が離れていく。
「すごっ……え……ヴィクトルさん凄い上手!」
レナが驚きつつもリュシルの髪を覗き込んで感動している。
「ヴィクトルさん、ありがとうございます」
「……守護魔法が付いているのか」
「あ!そうそう。一回分だけだけど付いてるって」
ヴィクトルに言われて、思い出したようにレナが付け加える。
「え……ほ、本当に頂いていいのですか?」
守護魔法の付いた髪留めなんて高価なものでは……
私にお返し出来るほどのものなんて何もないのに……
心配そうにするリュシルにレナは何の衒いもなく笑う。
「これ見た瞬間に『あ、リュシルだ』って思っちゃったんだもん。受け取ってよ。友達になれた記念に!」
「レナさん……はいっありがとうございます……!」
レナの気持ちに、リュシルは嬉しくて笑顔が零れる。花が綻ぶような笑顔だ。
「リュシル〜可愛い〜!」
レナは耐えられないという風にリュシルをきゅっと抱きしめる。女の子二人で盛り上がっていると、レオンが再びやって来てレナの頭をパシッと叩く。
「いい加減メシ行くぞ。」
「ったぁ……叩かなくてもいいでしょうが!もうっ」
「ふふっ……行きましょうか?」
「うん!……あ。リュシルはヴィクトルさん出てるし私も出そうかな」
そう言うとレナは腕輪に魔力を流し自身の契約したエルフを召喚した。
「私の召喚獣、エルフのララノアよ。」
「…………。」
「ララノアさんと仰るのですね。私はリュシルです。よろしくお願いします。」
「……こちらこそ。」
召喚されたララノアはジッとリュシルの隣を見ていた。その視線が何かを追うようにリュシルの頭上に移動する。
ヴィクトルはララノアのその視線で気付いたらしく、ララノアに小さく首を振る。ララノアは僅かに眉間に皺を寄せながらも、何も言わずに小さく頷いた。
「ん?どしたの?」
「……いいえ。」
「そう?……まぁ、食堂行こっか 」
「はいっ」
レナとリュシルの後ろからララノアとヴィクトルが続く。レオンは暫し逡巡して、彼もまた召喚獣を呼び出した。
「——おいおい、何だか賑やかだな?美人がいっぱいだ。」
食堂で料理を選んでいると、後方から声が聞こえてきた。ジークだ。
「こういうのもたまには良いでしょ?」
「そうだな。……俺のはここじゃぁ出せないのが残念だ」
「バンディさんに今度また触らせてくださいね」
「あぁ。いつでも大歓迎だ」
ジークとリュシルのやり取りを聞いてレオンが首を傾げる。
「……ジークの召喚獣、会ったのか?」
「はい。今日のお昼間にモフモフさせて頂きました」
「……良く許して貰えたな……?」
今朝のやり取りを思い出したレオンがチラリとヴィクトルに視線を向けた。
今朝は一緒に散策する事を拒否ってた気がするが……
レオンの視線の意味に気付いたヴィクトルが、溜息と共に吐き出した。
「躾のなってない駄犬が突っ込んできたからな。」
「……その説はご迷惑を……」
ヴィクトルの言葉にジークが片手で顔を覆った。
「……構わん。……次にやったら殺処分するまでだ。」
「ヴィクトルさんっ!なんてこと言うんですか!そんなの駄目ですっ」
リュシルが慌ててヴィクトルを諌めると、ヴィクトルは舌打ちをして顔を背けた。
レオンはそのやり取りに口元を抑えて肩を震わせている。
「主ぃ〜?何笑ってんだぁ?」
「いや……フッ……ハハッ……」
レオンの笑い声にリュシルは驚いて見上げた。いつも怒っている顔しか見ていなかったから、笑っているのは初めて見る。
リュシルに見られていることに気付いたレオンは、ハッとして軽く咳払いをすると足早に会計へ移動してしまった。
「ふふっ、さっ私達も早く行こっジークも一緒に食べるでしょ?」
「あぁ。そうさせてくれ」
レナに促されて料理を選び会計へ向かった。
ララノアはレナの隣を歩きながら、リュシルの周りに警戒をしている。ヴィクトルはリュシルの後ろから着いていき、レオンの召喚獣であるエルフのアグノールを注意していた。アグノールは少し幼い容姿相応の言動がさっきから見られるのだ。今も一足先に席に着いたレオンの隣でテーブルに両手で頬杖をつき、足をゆらゆらと揺らしている。
子供というのは良くも悪くも素直なのだ。不用意に精霊の存在を暴露されては困る。
レオンの向かいにレナが、その隣にリュシルが座った。それぞれ自分の隣に召喚獣も座る。レオンの隣にジークも座るとみんなで食事を始めた。
「結局今日は2人で散策したのか?」
「いや、俺は昼前に会った程度だ。バンディが薬草園に向かって走っていって、追いかけてたら会った感じ」
「はい。私は薬草園でローラン先生の調合を見てたんです。そうしたらガラスハウスにどーんってバンディさんが突撃していらして……」
「バンディ大きいからビックリするよね〜」
レナもレオンも近接クラスでジークの召喚獣は見慣れているため、容易に想像出来たようで苦笑している。
「私、動物に触ったのが初めてだったのでとても楽しかったです」
「そっかぁ、動物に触れる機会ってあんまり無いもんね。」
レナも家では馬くらいしか触った事がないなと思い返していた。近接クラスでは白銀狼の他に九尾と豹が二体。レナはみんなの毛並みを堪能させてもらっている。
「お昼前ってことは、午後は何してたの?」
「私は温室に行きました」
「俺は部屋で課題してた」
ジークの『課題』という発言にレナとレオンが明らさまに動揺し始めた。
「……か、課題……?」
「……何すんだっけ?」
「お前らなぁ……」
ジークは溜息と共に首を振った。亜空間BOXから教科書を取り出して課題に関連するページを開いて二人に見せる。
「ここから、ここまでの戦術。……自分ならどのように戦うかを纏めろって言われてただろ?」
「「……あぁ……」」
二人の声が揃う。二人のエルフが残念なものを見るような瞳で自分の主人を見ていた。
「……面白い事をしているな。貴様はこっちの戦術をどう組み立てた?」
ヴィクトルが教科書を手に取り、ジークに問い掛ける。ジークは一瞬目を見開いて、すぐに自分の出した戦術について話し始める。
ヴィクトルとジークは二人で、この場合は……こうなったら……と戦術の議論を始めてしまった。
レオンも教科書を取り出して眺めている。
「レナさんは課題、大丈夫そうですか?」
「……私、まとめるの苦手なんだよね。ララノア、手伝ってね?」
「……仕方ありませんね。」
その様子にリュシルはクスクスと笑い声を零した。
一年しかいない食堂は、召喚獣を出しているリュシル達をみんなチラチラと見ていたのだが、課題の話題が聞こえた近接クラスの人達がジークの後ろに寄ってきていた。
「あ、あのっ……僕の戦術も、見てもらっていいですか……?」
用紙を両手で持ちながら、ジークの後ろから小柄な男子がヴィクトルに声を掛けた。
「お。トマも課題終わったのか?」
「うん。……良い、ですか?」
ヴィクトルはリュシルの方を見て「どうする?」と視線で問う。リュシルは微笑んで頷いた。主の許可が降りると、ヴィクトルはトマと呼ばれた男子に向き直る。
「……構わない。貴様の召喚獣は?」
「あ、ありがとうございます!僕は九尾です。」
トマはヴィクトルとリュシルに軽く頭を下げて、ジークの隣の席に座った。用紙をヴィクトルに渡して姿勢良く待っている。ざっと目を通したヴィクトルが用紙をトマに向けて訂正箇所を指摘していく。
その様子を見ていた女子二人も恐る恐るという感じで近付いてきた。
「あの……」
「私達も……良いですか?」
近接クラスが勢揃いしてしまった。
ヴィクトルは溜息をついて、課題の書かれた用紙を受け取る。後から来た女子二人はどちらも召喚獣は豹との事。
「……レナもご指導いただけば良いのでは?」
ララノアが皆の様子を見てレナに声をかける。
「……でも……私、あんな議論できない……」
いつも元気なレナが情けない顔でテーブルに突っ伏した。どうやらレナは勉強が苦手なようだ。そしてその向かい側でレオンも項垂れている。
「……明日、良かったら一緒にやりますか……?」
リュシルは課題がある訳では無いが、何か力になれないかと二人に声をかけると、同時にバッと顔を上げた。
「良いな。それ、俺も付き合うぞ?」
ジークも笑顔で加わってくれる。
見る見るうちに、レナが嬉しそうに瞳を輝かせた。
「やるやる!リュシルと一緒なら出来る気がする!」
「レオンもやるだろ?」
「……頼む。」
「では明日はみんなでお勉強会ですね」
リュシルは嬉しそうに笑った。そんな姿を、遠巻きに自分のクラスメイトが見ていたことをリュシルは気付かない。
「どこでやる?部屋じゃ出来ないし……談話室だと二、三年生帰ってきた時ちょっとあれだよね……」
うーん、と四人で勉強する場所を考えて、リュシルはジークと目が合うと「あっ」と声を上げた。
「薬草園はどうですか?バンディさんもお外に出られますし、ローラン先生なら多分アドバイスをいただけるんじゃないでしょうか?」
「あぁ、確かに。」
「おいらバンディと遊ぶー!」
「……アグノール、明日の話だからな?」
「わかってるよぉ!」
アグノールは少し頬を膨らませて、拗ねた仕草を見せる。
「……そういえば、アグノールさんは幼い姿なんですね?エルフさんはこう……大人のイメージでした」
リュシルは小首を傾げてアグノールを見た。ララノアは大人の姿だが、何故アグノールは子供の姿なのだろうと。
レオンが「……あぁ、知らないのか」と呟き、腕輪に魔力を流す。すると、子供の姿だったアグノールが青年ほどの見た目に変わった。
「——えっ?」
「流す魔力量で姿を変えられる。子供の姿の方が低燃費なんだよ。」
「ふふっ驚いた?レオンは魔力の調整が上手いんだ。私は細かいのが苦手で……出力調整とか出来ないからさぁ」
「そうなんですね!レオンさん凄いです!」
魔力量でそんなことも出来るのかとリュシルは驚いて、レオンを尊敬するような眼差しで見ていた。
「ただ……言動まで幼くなるのが欠点だな……」
「やぁ主よ、それは仕方がないというものなのだよ。少ない魔力で身体を補うために内臓機能へは極力回していないのだからね。脳が動かなければ直感的な物事に理性を働かせることが出来なくなるのだよ。結果として短絡的な年相応の言動になってしまうということだね。」
大人の姿のアグノールは先程と売って変わって、さながら舞台俳優のように少し大袈裟な身振り手振りを交えて話し始める。
「……話も長ぇんだ……」
レオンは少し面倒臭そうな表情で溜息を着いた。リュシルはくすくす笑ってアグノールへ視線を移す。
「大人の姿のアグノールさんも宜しくお願いします」
「やぁやぁ、麗しいレディ。丁寧にどうもありがとう。先程までの私は少々礼儀がなっていなくて失礼したね。」
言いながら、アグノールはフワリと浮遊し、テーブルを超えてリュシルの斜め後ろに降り立った。
「——お詫びの印に私からの口付けを贈らせていただきたい」
「……え?」
アグノールは左手でリュシルの肩を抱き、右手でリュシルの手を攫うとそれを唇へ引き寄せる。
「ばっ……やめろっ!」
周囲の温度が急激に下がり、レオンが慌てて止めに入った。
「——おや?」
手に唇がつく前にアグノールが止まる。その視線の先には酷く冷たい手に掴まれた自分の左手。
「……主から手を離していただこうか?」
先程まで近接クラスの子達と戦術議論をしていたヴィクトルが、リュシルの肩を抱くアグノールの手を掴んでいる。金琥珀の瞳が冷たくアグノールを睨んでいた。
「おやおやおや、その瞳……とても麗しいね!」
アグノールはリュシルの手を離すとヴィクトルの頬を両手で挟んで上向かせる。
「——は?」
「ふんふん、なるほど……君の瞳に琥珀がいるではないか。素晴らしいね。君の血族は異種婚を受け入れていたのだね。太古の昔から忌むべきものと言われていたのに素晴らしい決断をされたのだね。うーん……君に近い世代であったのか先祖返りのものなのかとても気になる代物だねぇ……」
アグノールが何やら興奮気味にじぃっとヴィクトルの瞳を覗き込みながら語り始めていた。
とても距離が近い。
ヴィクトルは珍しく固まり、近接クラスの女子二人が頬を赤く染めながら小さく黄色い悲鳴を漏らしている。
「……っ……」
不快感がリュシルに流れ込むと同時に、ヴィクトルが腕輪へ戻って行った。
「おや。……逃げられてしまったね?」
楽しそうな声でリュシルに振り向く。そしてすぐにアグノールの姿も消えた。レオンが腕輪に戻したらしい。
「悪い……あの姿だと、奔放過ぎて……」
「いえっ大丈夫です。……あの、皆さんすみません、お話中だったのに……」
ヴィクトルと議論を交わしていた近接クラスの三人に頭を下げた。
「いいえ。こちらこそ、フォンテーヌ嬢の召喚獣をお借りしてしまってすみません。お陰で課題も出来ました。ありがとうございました。」
トマが笑顔でリュシルに礼を伝えると、先程何やら黄色い悲鳴をあげていた二人、エヴァとサンドラもコクコクと頷いた。
「ありがとう、リュシルさん」
「助かりました。……良いものも見られたし。」
サンドラの最後の言葉に首を傾げながらも、リュシルは感謝の言葉に微笑んだ。
戦術議論を終えた三人は口々に別れを告げて食堂を後にした。リュシル達も食事を済ませて談話室に移動する。
「週末ってもっと人が溢れているものだと思っていました。」
「うんうん、私も最初思った。でも、二、三年生になると課題でギルドの依頼受けたりとか、家の手伝いとかお茶会とか……寮に居ないことの方が多いらしいよ。」
「そうなんですか。ギルドの依頼は課題で出たりするんですね。」
「課題じゃなくても、ギルドランク上げたい人とか稼ぎたい人とかも居るらしいぞ?」
レナとジークの説明を聞き、なるほどと頷く。週末にゆっくりと過ごせるのはこの一年だけになりそうだ。
一年のうちに人並みの体力をつけられるように頑張ろうとリュシルは改めて思った。
少し疲れていたリュシルは三人と明日の約束をして部屋へ戻る。
「……ふぅ……今日は沢山歩けました」
机に向かって日記帳を開く。
薬草園に行ったこと、バンディと遊んだこと、温室に行ったこと、そして……目の前の精霊のこと。
部屋に着くと精霊は姿を現しリュシルの近くを漂っていた。ヴィクトルの言いつけをきちんと守っていたらしい。今はペンの先に止まっているようで、リュシルがペンを動かす度に光が一緒に動いている。
ついつい微笑みかけてはハッとして、日記帳に視線を移すことを繰り返していた。




