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薬草園2



 ……は?


 あのヴィクトル様が……お嬢様をエスコート?


 いや……待て待て待て……!

 そんな情報聞いてねぇよ!

 何なんだよあのお嬢様は……合理主義者も絆されるって?

 嘘だろ……あの甲斐甲斐しさはなんだ……


 聞いていた「噂」と違いすぎるヴィクトルの姿に、ローランの思考は完全に停止していた。

 ポタ……と記録用の紙にインクが落ちる。

 脳内は大混乱だ。

 合理主義者で排他的な危険英霊の噂は、本当にどこまでも噂だったのか。それとも、彼女が例外なのか……。

 先程対峙した際の威圧は後者な気がするが、それにしても噂で聞いていた姿と真逆すぎではないだろうか……と。


 しかし、貴族にも雇われることのある冒険者ローランは表情に出さない。それに……もしもここで笑ってしまえばあの冷徹漢に殺されかねない。それだけは勘弁だ。

 自分は「見ていない、聞いていない」を貫いて薬草の記録をいつものように付けていく。

 キオスクから程近くの机は普段からローランが仕事用に使用している。

 俺は普段通り仕事しているだけだ。勝手に見える位置に来たのは向こうなんだ——そう自分に言い聞かせながら、極力キオスクに目を向けず、意識だけ向けて作業を続けていた。

 必死に、笑いを堪えながら……。



「飲みなさい」


 キオスク内のベンチに座らせると、亜空間BOXに入れていた手持ちのカップを取り出した。そこに魔法で出した水を入れてリュシルに差し出す。リュシルは両手で受け取り、コクコクと少しずつ飲む。


「……ありがとうございます」


 少し落ち着いた様子のリュシルは数回、深呼吸をした。


「すみません。……はしゃいでしまいました。」


「……はしゃぐことの何が悪い?」


「え……いや……はしたないかと……」


「……あれくらい普通ではないか?」


 言外に「子供なら」と入っている気がして、リュシルは少し眉間に皺を寄せる。


「……私は子供の年齢じゃありません……」


 ハァ……と頭上で溜息が漏れた。怒らせてしまったかと恐る恐る視線を上げれば、頭へと伸ばされた手が邪魔をしてヴィクトルの顔が見えない。


「ぶふっ……ゲホッ、ゴホッゴホッ!」


 キオスクの外で咳き込む声が聞こえた。

 声の方を見遣れば、ローランがカップを片手に盛大に咳き込んでいる。


「ろ、ローラン先生、大丈夫ですか……?」


「ぅぐっ……う、ん!大丈夫大丈夫……すみません……ゔんっ……」


 リュシルは心配そうにローランを見ていたが、チラリと見たヴィクトルの顔は恐ろしい程冷え切っていた。


 やめてくれ……俺はまだ死にたくない……

 死にたくないが……これ以上耐えられる気がしない……!


「失礼します」とローランは足早に薬草園を出て、二人から死角になる図書館の壁に手を付いた。


「……本当に、勘弁してくれ……ふっ、……あはははははっ!」


 何なんだよあの二人は。

 ヴィクトル様が過保護とか聞いてないよ。

 いやー……これは面白い。


 声を出して笑ったら少し落ち着いたらしいローランは煙草を取り出して火をつける。壁に背を預け、紫煙を燻らせる。

 あんなに困った顔をしてお嬢様を撫でるヴィクトル様が拝めるとは……


「フフッ……楽しい仕(・)事(・)が出来そうだ。」


 くつくつと喉の奥で笑い、煙草を吸う。

 モサモサの前髪と丸眼鏡で隠された瞳は鋭い光を放っていた——。



「……先生、大丈夫でしょうか……?」


「……平気だろ。」


 小さく舌打ちをしながら吐き捨てる。

 先程からこちらを伺っていたのは気付いていた。害意は無さそうだから無視していたが、少し釘を刺しておいたほうが良かったか……などと考えながらヴィクトルもベンチに腰を下ろした。

 

 呼吸の落ち着いてきたリュシルは座ったまま、薬草達を眺める。みんな生き生きと輝いて見える。

 きっと、ローラン先生がきちんとお手入れをしている証拠だろう。先程咳込んでいた机を見れば幾つかの薬草が並べられている。記載しているのは成長記録のようなものだろうか。

 薬棚もあるし調合台や乳鉢なども見えるので、先生は普段からここで調剤しているのかもしれない。

 ここに来れば、いつでもローラン先生はいるのかな、なんて思っていると隣から視線を感じる。


「……どう、しました?」


「今、何を考えていた?」


「……えっと……」


 たまに遊びに来ようかと考えていたことが伝わってしまったらしい。


「……来る時は僕を呼びなさい」


「はい……」


 悪いことをしている訳ではないのに何故か怒られているような気分になる。チラリとヴィクトルを見れば眉間に皺が寄っていた。

 聞き分けの悪い子だと思われているのだろうか。少ししょんぼりとしていると、ぽんぽんと頭を撫でられる。


 その時、扉の開閉音が聞こえて、ローランが戻ってきた。二人を見て一瞬だけ足を止める。そして、何事も無かったかのようにまた記録用紙に視線を落とした。


 ……なんでまた撫でてるんですかね……。


 落ち着いて戻ってきたのにまた、理解が追いつかない。

 

 これ……ありのままを報告して大丈夫か?

 というか、召喚獣ってあんななの?

 戦闘の時だけ出てくるんじゃないのか?

 

 ……分からない。

 

 少なくともあんなに距離の近い召喚士と人型召喚獣は見た事がない。愛玩系ならペットのように連れてる奴もいる。

 けど……人型は無い。

 つーか、そもそもそんなアホみたいな魔力持ってるやつが居ないからな……


 だんだん、遠い目になっていく。

 考えるのすら、もう面倒臭い。


 くそ……今回の依頼、簡単そうだと思ったんだが……

 今までで一番厄介じゃねぇか……


 溜息をつきながら、ガリガリと記入していく。

『9月10日 10:38 薬草園にて対象接触 召喚獣S級英霊 関係良好』


 ……良好、で、良いんだよな……

 親密……とは、違うよな……?


 先程の会話内容から察するに男女のそれとは違う……と、思う。

 お嬢様が従えていると言うか、面倒を見られている感じ、だよな?


 誰に問うでもなく自分自身に確認する。見たままを記録して来いとか言われたけど……見たままを記録するのは少し気が引けた。

 屋敷で見かけたお嬢様は人形のように無表情だった。それが、ここではどうだ。照れて笑って拗ねて……ちゃんと、15歳の少女だ。

 下手な事を書いて公爵様の反感を買いたくはない。


 俺はまだ長生きしたいんでね……。


 記録にそれ以上のことは記入せず、用紙を仕舞った。

 次に、机に並べていた薬草を手に取ると水桶で洗い始めた。綺麗なタオルで水気を拭き取り、ガラスの壁面に吊るされた紐に括っていく。

 それが終わると隣で既に干されていた薬草を取り外し、葉と茎に千切り、葉は乳鉢に、茎はビーカーに手際よく分けていく。茎は煮出し、葉はすり潰すようだ。


 リュシルはそれをキラキラとした瞳でじぃっと食い入るように見詰めている。

 痛いほどの視線に、ローランは小さく笑った。


「……近くで見ますか?」


 ぴくんとリュシルの肩が跳ねた。キラキラした瞳のまま、ヴィクトルを振り返る。

 ヴィクトルは溜息をついて立ち上がるとリュシルに手を差し出した。


「ありがとうございますっ」


 素直に手を重ね、立ち上がる。そのままローランの近くまで移動し、椅子に座らせた。


「それは何を作るのですか?」


「これは体力回復ポーションです。ここで作って医務室に届けます。」


「そうなのですね」


 会話をしているがリュシルの瞳はローランの手元から離れない。ローランも手を止めることなく、薬草や効能を説明していく。

 滑らかにすり潰した葉の乳鉢に湯がいた茎も加えて更にすり潰す。全て滑らかになるとビーカーに残る水へ投入し攪拌。布を敷いたザルに流し、濾していく。

 濾した液体にローランが魔力を流すと緑色だった液体が淡い輝きを放ち、見た事のあるポーションの色になった。


「わぁぁ……!」


 ローランがポーション用の瓶に詰め替えていく。その一本をリュシルに渡した。


「どうぞ。薬草園(ここ)に来た記念に差し上げます。……変なものじゃないから大丈夫でしょう?」


 ヴィクトルを見て言えば、ローランを胡乱な目で見てはいるが「構わない」と許可を出した。


「ありがとうございます!」


 嬉しそうにキラキラした瞳で受け取るリュシルをローランも優しい顔で見ていた。

 

 その時、突然ヴィクトルとローランが二人同時に動き出す。

 ヴィクトルはリュシルを抱き寄せ、ローランは二人を庇うように前に出た。



 ————ダンッ!!!



 薬草園のガラスの壁に白い影が見えて、何かが当たる音が響く。


 そして——




 


『ハッハッハッハッ……





 わふっ!』





 

「「………………」」


 ヴィクトルとローランがピタリと止まる。

 そして、二人揃って長い溜め息を吐いた。


「……大丈夫か?」


 咄嗟に抱き寄せてしまったリュシルを解放して問う。しかし、返事はない。

 リュシルは顔を真っ赤にして固まっていた。


「あーらら……固まってますねぇ」


「……はぁ……すまなかった。」


 ヴィクトルがぽんと頭に手を置くと、ぎこちなく動き出す。


「だ……大丈夫、です……」


 ……顔が、熱い……

 今のは、緊急だったから仕方ないのです……

 わ、私はもう大人なんだから、こんな事で動揺しませんっ


 スっと小さく息を吸うと令嬢の仮面を被った。両手を揃え、二人に頭を下げる。


「……迅速な対応、ありがとうございました。」


「ほぉ……どう致しまして。危険がなくて良かったです。」


 ローランは紳士の礼をして応える。

 ヴィクトルはリュシルが令嬢の仕草をした事に舌打ちをして視線を逸らした。


「…………わんちゃん……に、しては大きいですよね……?」


 リュシルはヴィクトルの態度に一瞬、悲しそうな顔をした。

 しかしすぐに、未だにガラスの壁に前足を乗せて立ち上がっている生き物に目を向ける。


「誰かの召喚獣、ですかね……今日は一年生しか学園に残ってないはずですが……」


「……この魔力はアレだ。」


「アレ?」


「食堂で会った大きな奴の魔力と同じだ。」


 大きいと言えば……ジークさん、でしょうか


「……ヴィクトル様は魔力が分かるのですか?」


「……僕を誰だと思っている?」


「あー……失礼しました。」


 探るなと言外に伝え、大きな犬が張り付いている方を見る。リュシルがガラス越しに犬と手を合わせていた。


「わぁ……私より大きいです。」


 楽しそうな声をあげるリュシル。微笑ましい光景ではあるが、如何せん犬が大きい。

 そこへ外から声が聞こえてきた。

 

『バンディ!どこまで行くんだ!』


『わふっ!』


「……やんちゃ坊主、か」


「そのまんまですね」


 召喚獣の名前にヴィクトルとローランが揃って呆れた顔をしていた。

 ローランは気が抜けたのか胸ポケットから煙草を取り出す。咥えようとして、ヴィクトルの視線に気付いた。


「……あの子の前で吸うな」


「申し訳ない」


 ……過保護かよ……


 しかし、確かに子供の前で吸うのは教師として宜しくは無い。仕方なしに仕舞って机に置いてあるカップを手にした。

 リュシルはガラス越しにジークを見つけたらしい。

 

「ヴィクトルさん、外に行ってもいいですか?」


「……」


 リュシルの視線を受け、ガラスの向こうにいる召喚獣へ目を向ける。

 ……躾がなって無さそうだが、害はない、か?


「交流は大事ですよ。……彼女は特に。」


 横からローランが呟いた。


「……分かっている。」


 溜息混じりに答えて、リュシルに頷くと出入口に向かう。リュシルは嬉しそうにその後を追った。


「……これは、面白そうだな」


 ローランは手に取ったカップの中身を飲み干すと、出入口へ歩き出した。


「——ジークさんっ」


「リュシル!ここは……そうか、薬草園に居たのか」


「はい。」


 リュシルと同じ目線の大きな召喚獣を撫でながら、ジークは辺りを見回した。召喚獣を追い掛けていて周りを見ていなかったのだ。


「悪かったなこいつが急に走り出してしまって……デカイから怖い思いをしなかったか?」


「あ……いえ、だ、大丈夫ですっ」


 先程のヴィクトルに抱き寄せられたことを思い出し、僅かに頬を赤らめながら首を振った。


「そうか?それならいいんだが……ほら、バンディもちゃんと謝れ」


「わっわふっ!」


 バンディが弾むようにリュシルに向かって来る。


 チッ……躾がなってないっ


「きゃっ——」


「——止まれ。」


 ヴィクトルは再び飛びかかってくるバンディを右手で止め、左手はリュシルを引き寄せていた。


「リュシルっすまないっ!戻れバンディ!」


 ジークはバンディを腕輪へ戻した。

 召喚獣が消え、目の前に片手でリュシルを抱き寄せるヴィクトルの姿が見える。


「……っ……すみません、危ない目に合わせてしまって……」


「……放し飼いをするならきちんと躾ろ。」


「はい……」


 ぐっと拳を握りジークはヴィクトルに頭を下げた。

 それを見てからリュシルを解放する。また軽く頭を撫でて、ヴィクトルはそこから少し離れた。

 その時に視界の端でローランが笑いを堪えているのが見えてまた一つ舌打ちをした。


「……リュシル、大丈夫か?」


 ジークが心配そうにリュシルの顔を覗き込む。


「……だ、大丈夫、です……ビックリしました……」


 またしてもヴィクトルさんが……!

 両手を頬に当てて、何度か深呼吸をした。


「すまない……俺は迷惑ばかりかけてしまうな」


「そ、そんなことありませんっ大丈夫ですよっ」


 しゅんとするジークにどうしたら良いのだろうとリュシルはオロオロしてしまう。


「……バンディさんを撫でさせてもらうことはできますか?」


「良いのか?今、怖い思いをしただろう?」


「いいえ。びっくりしただけです。だから、大丈夫なんですよ。」


 微笑むリュシルを見て安堵する。一瞬ヴィクトルへ目を向けてから、腕輪に魔力を流した。


「わっふぅ!」


「暴れたら今日はもう出してやらないからなっ」


「わぅっ」


「リュシルがお前を撫でたいそうだ。大人しくできるな?」


「わふっ」


 返事をするように鳴いて、ペタンと伏せる。


「よしよし。……リュシル、撫でさせてくれるそうだ。」


「ありがとうございます。……バンディさん、初めまして。リュシルと申します。」


 ソッと手を伸ばした。

 表層の毛は少し硬くて内側の毛はとてもフワフワしている。リュシルにとって初めて触れる、動物だった。


「わぁぁ……あったかい……可愛い……」


「俺の召喚獣、狼だ。こいつは白銀狼(シルバーウルフ)って言うらしい。」


「狼さんだったんですね……綺麗な毛色ですねバンディさん」


「くぅん」


 褒められて嬉しいのか甘えた声を出してリュシルに頭を擦り付けている。


「……おい、バンディ……変なことを言うな。」


「どうしたんですか?」


「あっいや……念話でちょっと、変なこと言ってきただけだ……」


 リュシルから目を逸らして、バンディを叩くように撫でている。リュシルはどうしたのだろうと首を傾げながら、もふもふを堪能していた。


 ……番(つがい) にしろとか言うなよ……


 熱くなる顔を片手で隠して、この気持ちはまだそんなんじゃ無いと首を振る。

 バンディはリュシルが気に入ったらしく、甘えた声を出して擦り寄っている。リュシルも楽しそうに笑っていた。


「……一本吸います?」


「要らん。……あの子の前で吸うなと言っただろ。」


「フフッ……分かってますよ。でも……吸いたくなったらいつでもどうぞ」


「……僕は吸わない」


 ヴィクトルの言葉にローランは驚いて一瞬固まった。

 学者なんて煙草とコーヒーが付き物だろう……?てっきり吸っているものだと思っていた。


「……コーヒーは飲みます?」


「豆があるならいただく」


「お好みは?」


「カネフォラ」


「……ありますねぇ。」


 ローランの口元が弧を描く。


「さて……どうしましょうか?」


「はぁ……」


 面倒臭そうに亜空間BOXに手を入れ、何かを取り出すとそのままローランに投げる。難なく受け取り、掌に収まるそれをローランは首を傾げながら見た。


「……あの子の魔力だ」


「は?……まじか。良いのか?」


「要らんなら返せ。」


「……有難く頂戴します。……定期的に仕入れておきますね。」


 ローランも亜空間BOXからコーヒー豆を取り出すとヴィクトルへ渡した。

 交渉成立だ。


 

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