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薬草園


「……今、勝手に出てきたのか……?」


 レオンが驚きを隠せない様子で聞いてくる。


「 ? はい。自由に出入りしてます。」


「自由なんだ……」


 キョトンとして答えるリュシルにレナも驚いて呟いていた。


「リュシル嬢……すまない……俺、馬鹿力だから……」


 大きな体でシュンと項垂れるジークフリードは、まるで怒られた大型犬のようだった。


「顔を上げてください。怪我をしたわけじゃありませんし、赤くなりやすいだけなので、大丈夫です。」


「……ありがとう。」


 まだ少ししょんぼりとしたまま、ジークフリードは食事を始める。

 それを見て、三人も食事を再開させる。


「今日は三人で出掛けるのか?」


「んーん。出掛けるのは私とレオン。」


「私は学園散策です。」


「お前も市場行く?」


 レオンの言葉に少し考えて、ジークフリードの橙の瞳がリュシルを見た。


「散策、一緒してもいいか?」


『——却下だ。』


 ジークフリードの言葉に即座に脳内に声が響く。


「え、と……。」


「……ダメか?」


『却下だ。』


「っ…………、すみません……。」


 ぐぐぐっと苦悶の表情を浮かべるリュシルを見て、何かを察したらしいレオンとレナが生温かい目をしていた。


「ははっ、良いよ。そんな申し訳なさそうな顔しないでくれ。さっきの奴がダメだって言ってんだろ?」


 特に気にした様子もなく笑って、理解を示してくれたことに安堵する。


「……悪気があった訳じゃないんだ。本当に、折れてしまいそうでびっくりしたんだ。北部にはそんな細い子、居ないからさ。」


「あ。やっぱり北部の方ですよね。」


「知ってるのか?」


「はい。王国の主要貴族は勉強していました。」


 ヴァルグレン辺境伯は、王国北部を守る守護者だ。北部は一年の大半を雪に覆われた厳しい土地として知られている。

 北部地方は強い女性も多く、男性は女性を褒める事が礼儀にもなっていると聞いたこともあった。先程のレナに対しての発言を見る限り、どうやらその噂は本当らしい。


「そうか。リュシル嬢は聡明なのだな。」


「いえ……。」


 ただ、覚えなさいと言われたから記憶していただけだ。褒められることではない……。


「……やっぱり噂と実際は違うもんだな。良かったらこれから仲良くしてくれると嬉しい。」


「あ……こちらこそ。」


「ちょっとジーク、言い方!」


「あれ?なんか悪かったか?」


「ふふっ……」


 つい、笑ってしまった。

 ハッと口元を抑えると、三人がこちらを見ていた。


「なんだ。ちゃんと笑えるんじゃないか。そっちの方がいいと思うぞ。」


 柔らかい笑顔でジークフリードが言った。レナも安心したような笑顔を見せている。レオンは目が合うと逸らされてしまったが、もうあまり邪険には思っていないようだ。

 どう反応したらいいのか分からなくて、こくりと頷いた。


「レナ、そろそろ出ないと定期馬車の時間に間に合わない」


「あ!そうだった。ごめんね、リュシル〜また今度ゆっくり話そうね!」


「はい、また。行ってらっしゃい。」


 バタバタと手を振って去っていくレナに手を振り返して見送る。ジークフリードは二人を見送ってリュシルの向かいの席に移動した。


「アイツら休みの日は起きるの早いんだな。」


「……そう言えば朝にお会いしたことありませんね。」


「二人とも、朝が苦手らしい。クラスにもいつも遅刻ギリギリに走ってくる。」


「ふふっ、そうなんですか。」


 教室に駆け込む二人を想像して、くすくすと笑ってしまう。近接戦闘クラスは毎日賑やかそうだ。


「あー……、リュシルって呼んでいいか?俺の事はジークでいい。」


「はい。では……ジークさん、で良いですか?」


「さんもいらないけど、それで良いよ。ありがとうリュシル。」


 互いに笑みを交わした。

 リュシルはフルーツをパクリと食べて、酸っぱさに思わず目を閉じる。向かいからフッと笑う声がした。そろりと目を開ければジークが肩を震わせている。

 恥ずかしさに下を向けば頭に大きな手が乗った。


「はははっ、お前、可愛いな」


「……酸っぱかったんです」


「知ってる。くくっ……悪い悪い……」

 

 悪いと言いながら、笑いが収まる様子はない。ジークはどうやらツボにハマってしまったらしい。笑いながら、頭に乗った大きな手が左右に揺れた。

 撫でられている。ヴィクトルとは違う、温かい手。


「もう……笑ってないで食べてください。私もそろそろ行きますよ。」


「あぁ、待ってくれ。俺も外に出るから一緒に行こう。」


 何とか笑いを引っ込めて、食事を進める。ジークは食べるスピードが早かった。トレーの食事があっという間に無くなっていく。

 リュシルが残りのフルーツを食べている間に、ジークもほぼ食べ終わっていた。


「ごちそうさまでした。」


「ごちそうさま。」


 ジークは自分とリュシルのトレーも持って立ち上がる。


「え?」


「これくらいさせてくれ。さっきのお詫びだ。」


「ありがとう、ございます。」


 さっきまで座っていたからあまり気にならなかったが、ジークは背が高い。低身長のリュシルと並ぶと大人と子供のようだった。


「リュシルはどこを散策するんだ?」


「特に決めてはいないのですが……温室や薬草園を見たいと思ってます。」


「そうか。俺は野外訓練場に行くから別方向だな。一緒に行けなくて残念だ。」


「ふふっ、今度、時間が合う時に是非。」


「ありがとう。……じゃぁ。またな。」


 食堂から話しながら歩いて、寮の受付前で別れる。

 温室や薬草園は寮の脇から道が続いているが、訓練場は校舎側なので別方向なのだ。

 ジークも居なくなると、周りに人がいない為、とても静かだ。

 リュシルは朝の空気を吸い込むと、よし、と小さく気合を入れて歩き出す。

 寮の建物脇を抜けると、隣にヴィクトルが姿を現した。どうやら一緒に歩いてくれるらしい。


「先程はありがとうございました。」


「……手は平気か?」


「はい。少し赤くなっただけで痛くはありません。」


「なら良い。」


 笑顔で見上げれば、ぽんぽんとまた頭を撫でられる。ヴィクトルのひんやりした手が何故か心地良かった。

 暫く言葉もなく歩いていく。


 ……ずっと、見えているのに辿り着きません……


 前方に温室のガラスドームは見えているのに中々辿り着かない。木々の向こうに見える温室の天井であろうガラスドームは陽の光を浴びてキラキラと輝いて見える。

 焦る気持ちも加わってだんだんとリュシルの呼吸が大きくなっていた。


「少し休むか?」


「はぁ……いえ……まだ、大丈夫です。」


「……無理をする必要は無い。」


 ヴィクトルの差し出してきた手に掴まると、そのまま木陰に導かれる。木の根元にハンカチを敷かれ、座るように促された。


「すみません……」


「まだ始めたばかりだろう。」


「はい……」


「今日だけじゃないんだ。焦らなくていい。」


 ぽんと優しく頭に手が乗せられる。


「温室よりも薬草園の方が近いはずだ。今日はそっちにしたらどうだ?」


「そうですね……薬草園も見たかったので今日はそうします。」


 頷いて答えれば、乗せられていた手が前髪を揺らす。くすぐったくて小さく笑い声が漏れた。


 そうだ……今日から始めたばかりだ。ゆっくり、自分のペースで良いんだ……


「薬草園は選択授業でも使用するのでしょうか?」


「恐らくな。薬草採取の指導なんかもあるだろう。」


「そうなんですね。……楽しみです。」


 座って休んだおかげで呼吸が整うまでそんなに時間は掛からなかった。ヴィクトルの敷いてくれたハンカチを取り、立ち上がる。


「もう、大丈夫です。ありがとうございました。」


 授業で使うまでには一人で行けるようにならなければ。

 落とせる汚れを叩いて落とし、洗浄魔法を唱えた。

 畳んで渡し、再び歩き出す。薬草園は図書館の裏手側。直進していた道を右手に折れ、並木を抜ければガラスハウスが見えた。


「あ。見えましたっヴィクトルさん!薬草園ですっ」


 無邪気に声を上げ、ヴィクトルの服を掴んだ。

 珍しい事をするもんだとリュシルを見下ろすヴィクトルと、薬草園に辿り着けて嬉しそうな顔でヴィクトルを見上げるリュシル。


「……あ。す、すみませんっ……!」


 服を掴んでいる事に気付いたらしいリュシルが、慌てて手を離して半歩距離を取った。


「……必要なら腕を貸すが?」


 そう言って、右手を背に回し、左腕を軽く出してエスコートの形をとるヴィクトル。リュシルは赤くなる顔を両手で隠し、小さな声で「大丈夫です」と言って首を振った。


「……すみません、忘れてください……」


「……何故?」


「恥ずかしいからですっ!」


「……」


 ……エスコートは何度かしている気がするが……平時は恥ずかしい……?

 自分から触れた事に対してか……?

 ……この子は本当に分からない子だ……


 嘆息して止めていた足を動かした。二、三歩進めば、後ろからトトトッ……と追ってくる足音。少しスピードを落として隣に並ぶ。軽く腕を出せば「大丈夫ですっ」と少しむくれる顔がおかしくて、ヴィクトルの目元が緩んだ。

 そうして戯れているうちに薬草園の入口に辿り着いた。


「……失礼、します」


 ドキドキしながら扉を開けた。

 すると、薬草の独特の香りと温かい空気が二人を包む。その中に仄かに焦げた匂いを感じたヴィクトルは僅かに眉間に皺を寄せた。


「誰か居るな」


「管理人さん、とかでしょうか……?」


「そうだな……」


 ……薬草園で煙草を吸う管理人……が、居るのか?


「入っても大丈夫ですか?」


「あぁ。」


 扉を閉め、石畳になっている道を進む。細かく区分けされて薬草が育てられている。花から取れるものもあるのだろう、あちこちに鮮やかな花々も咲き誇っていて庭園のように美しかった。


「……薬草って、葉っぱだけではないんですね」


 屈んで花に手を伸ばしたリュシル。

 ヴィクトルはその手が花に触れる前に掴まえた。


「触れてはいけない。」


「え?」


「素手ではかぶれる。」


「そうなんですか……!……すみません、止めてくださってありがとうございます……」


「——おや。お詳しい。」


「!」


 音もなく、後ろから気怠げな声がした。

 驚いて振り向けば、先日、教務室で扉を開けてくれた教師がいた。

 ボサボサの寝起きのような頭。無精髭もそのままに、眼鏡をかけた先生だ。今日は白衣を着ている。

 

「あ……お、お邪魔しています。」


「はい。ごゆっくりどうぞ。ですが、ここは危険な植物もありますので触らないようにお願いします。」


「はいっ、すみません。」


 リュシルはぺこりと頭を下げる。


「いいえ。……そちらの方がいるなら平気でしょう。」


 ニコリと口元が弧を描いた。目元はモサモサとした前髪で分からない。しかし、何故かヴィクトルの苛立つような気持ちが伝わってくる。


「……貴様、本当に教師か?」


「はい。ローラン・ベルティエと申します。薬草学を担当しています。あとここの管理ですね。」


「……以前の教師は?」


「前任は昨年で定年退職です。なので、今年から私が入りました。」


 警戒を崩さないヴィクトルの態度に、リュシルが不安げに二人を交互に見る。

 それに気付いたヴィクトルは静かに長く息を吐くと、リュシルの背に手を当て移動を促した。


「え……あの……ヴィクトルさん?」


「……見て回るのだろう?行くぞ。」


「はい……」


 ローランに会釈をして歩き出す。ローランは手を振って見送った。


「……あれがヴィクトル様、ね。」


 S級召喚獣の英霊。その中でも扱いづらいと有名な爆弾英霊と聞いていたけど……想像していたのと違わないか?

 おかしいなぁ……魔力消費の大きい契約者クラッシャーだとか言ってたの誰だよ……普通に顕現してんじゃん。

 魔力過多にも差があるのか?あのお嬢様はジャンヌより魔力多いとか?

 分からんねぇ……


 ローランは徐に胸ポケットから煙草を出して口に咥える。火を点けようとして止まった。

 

 ……おっと。今はあの二人がいるんだった。


 煙草を戻し、白衣のポケットに両手を突っ込む。


 ……面倒だなぁ……。



 ——————……


「……ローラン先生と、何かあったのですか?」


「いや……あれは教師というより、暗殺型の冒険者だ。」


「えっ」


「……教師と兼任してる可能性はある。こ(・)の(・)道(・)で、足音の立たないものはそう居ない。」


 そう言ってつま先でタンタンと石畳を叩く。

 砂や砂利もある石畳。確かに、気を付けていても何かしらの音が鳴るような所だ。


「……言われてみれば……足音、しませんでしたね。」


「この学園に標的が居るかどうかは知らないが。……君は一人で来ない方がいいだろう。」


 リュシルは不安げに頷いた。その頭にぽんと手を置き撫でる。


「……今は僕も居る。好きに見て周りなさい。」


「……ありがとうございます」


 少しホッとしたように微笑んで、薬草たちに目を向けた。

 色々な形の葉っぱや、鮮やかな花、道端に咲いているような草花もあった。その中に見覚えのある赤い薔薇を見つける。


「薔薇も……お薬になるのですか?」


「昔から香油や茶に使用されている。」


「なるほど。」


「君に渡した食後のハーブティーも薔薇が入っている。」


「そうだったのですか……!」


 あの甘酸っぱいハーブティーに薔薇が入っていたとは知らなかった。いや、良く考えれば薔薇に似た香りはしていた気がする。そして言われてみればこの艶やかな赤色はあのハーブティーの色と似ている。


「きっと、他にも知らずに食べたり飲んだりしているんですね……。私、もっと色々知りたいです。」


「これから学べば良い。いくらでも。」


「はいっ!」


 笑顔で頷いて歩き出す。広い薬草園を見て回る。歩きながら気になったものをヴィクトルに聞き、楽しそうに巡った。

 しかし、やはり体力は足りなくて……


「……掴まりなさい。」


「はぁ、……はぁ……、すみませ……」


 楽しくてはしゃいでしまったせいもあって、薬草園の半分程で息が上がっていた。

 ヴィクトルが手を差し出せば、縋るように手を伸ばしてくる。


 ……体力の低下時は本能的に掴まる、か。


 ヴィクトルはリュシルの行動を観察する。

 初めはただの箱入り令嬢だと思った。

 しかし蓋を開けてみれば令嬢の服を着せられた子供だ。幼い子供と変わらない。何も知らず、教えれば面白いように吸収していく。

 そのくせ、無邪気に振る舞うのが下手な小さな少女だった。


 休めるところはないかと見渡せば、庭園同様にキオスクが見えた。リュシルの身体を支えるようにしてそちらへ移動する。


 その姿を、ローランが見ているとも知らずに……。



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