蝉の運命 6
スーパーは思っていたよりも広かったけど、そこには食料品だけじゃなくて雑貨からちょっとした衣料品まで売られていた。
さしてクーラーも効いていない店内を駆け足で歩いて、二人分のパンや飲み物をを籠に入れてレジに向かおうとした時だった。
「!?」
僕の籠がクンっと引っ張られ、僕はつんのめってしまった。
何かに引っかかったのか?そう思って振り返ると、そこには無言でこちらを見て いるハヤテが立っていた。
ハヤテは僕の籠を掴んだまま、怖い顔で僕を睨んでいる。
大きめの目や細い線の顎なんかは、一見女の子と間違いそうなほど華奢なのに、僕を睨む視線だけは強烈で、僕は不覚にもこの年下の男の子に怯んでしまった。
「何?」
悔し紛れに僕は彼の手を振り払うように籠を振った。
でも、彼の手は簡単には離れてくれない。
手を離す代わりに彼はチラリと籠の中を見ると僕に訊いた。
「誰の分?」
短い言葉の強さが、僕を非難している。僕は昨夜、彼が僕に言った事を思い出して何だか後ろめたい気持ちになった。アヤメの事は彼には話しちゃいけない、そんな気がして……。
「関係ないだろ」
そう言うと、ようやく彼の手を振りほどいた。
ハヤテはそんな返事に納得するはずなく、払われた手を握りしめると
「光がいないんだ」
僕の反応を窺うように言った。
僕は目をそらして、籠に目を落とす。
「知ってる。おじさんにさっきそこで会って訊かれたからさ。でも、僕は知らないよ」
そんな僕の横顔にハヤテの視線は刺さったままだ。ハヤテは何かを見抜こうとするように僕を見つめる。
「土屋のおばあちゃん、君は朝から出かけたって言ってた」
「散歩だよ」
「光のおばちゃんは、光は君と会うために出たって言ってた」
「知らないよ」
「じゃ、これは誰の分なの?」
「おばあちゃんのだよ!」
矢継ぎ早の質問に短く答える僕を、ハヤテはじっと見つめる。
そっと、目だけを上げてみた。彼のその眼は僕を見ているようでいて、見ていなかった。何かを僕の中から見つけ出そうとしている、そんな感じで……その視線は謎だらけのアヤメよりよっぽど気味が悪い。
一瞬だけ交わった視線にハヤテは目を伏せると、少し怒ったような顔をした。
「……アヤメお姉ちゃんが、帰って来たんだね」
震える声を、ハヤテは飲みこむように口を噤む。握りしめられた手の色が変わり、力がこもっていくのが見えた。
何なんだ、こいつは。
それにお姉ちゃんって?
さっきのおじさんの様子といい、何なんだ?
「なぁ……」
「昨日も言ったよね? お姉ちゃんには近付かない方がいい」
アヤメの事を訊こうと口を開いた時、それを遮ったのは彼の方だった。ハヤテはさっきのおじさんの様に顔を少し青ざめさせ、切実な目で僕を見つめた。
胸がモヤモヤし始める。
どうしてそんな事言うんだ? おじさんにしろ、ハヤテにしろ。彼女が一体なんだっていうんだ?
「しつこいな! 知らないって言ってるだろ!」
僕は彼に背を向けるとさっさとレジに向かった。
彼女は一体、この村にとって何なんだ? 帰って来た? 彼女の思い出を辿る? 彼女はここにはいないはずの人間って事?
確かに不思議な子だ。でも、大人から子供まで、そんなに彼女を倦厭する理由がわからなかった。
色んなことが頭の中にぐるぐると渦を巻く。
初めて会ったあの時の事から、今までの事。それを煩雑とした感じで思い出していくうちに、何かの輪郭がぼんやりと見えてきた気がした。
白い帽子
祭りの人影に紛れた横顔
夜道に見つめる目
暗闇の声
さっきまで繋いでいた手……
もう見えてきているはずなのに、まるでわからない。そんなもどかしさに舌打ちしたくなる。
何なんだ、一体。何が……?
「翼君」
「……」
僕は呼ばれて振り返った。
ハヤテは変わらず怖い顔をしていたけど、もう僕に手を伸ばす様子はなかった。ただ、僕をじっと見つめている。
「何?」
「お姉ちゃんには関わらないで」
「なんの事かわからないよ」
うそぶく僕に、彼は眉を寄せると、一度視線を外し、言葉を選ぶようにこう言った。
「アヤメ姉ちゃんは空蝉なんだ」
と……。




