蝉の運命 7
「光、見つかるといいね」
僕は捨てぜルフのようにそう言うと、ハヤテを振り切るようにさっさとレジを済ませ、彼から逃げるようにスーパーを後にした。
僕はハヤテが追ってこないか後ろを気にしながら考えを巡らせる。
まただ。
またあの単語だ。
―― ウツセミ
蝉? どういう事なんだろう?
そんな蝉の名前聞いたことない。この村にいる蝉の事だろうか?
真昼の太陽がジリジリと僕を焦がす。
見通しのいい道の先に彼女の姿はなかったけど、隠れているんだと何となくわかった。
詳しくはわからない。
でも、見えてきたのは、彼女はこの村の人に会いたくなくて、この村の人間にとって彼女はここにはいないはずの人間って事。
もしくは、いちゃいけない人間?
瞬間、僕の胸がドキリと音を立てた。
僕を送り出した母さんが浮かぶ。
大きなお腹をさすり、日立の隣に立つ母さん。
僕は……あそこにいちゃいけない人間だったんだ。いちゃいけない、いると邪魔な存在。だから、僕はここにいるわけで……。
アヤメも、もしかしたらこの村にとって、そんな存在なの?
僕は昨日の木の根元まで来ると、その向こうに広がる林を見つめた。暗い闇はひんやりとした空気を運んで、気味の悪さは拭えないけど、でも……居場所のないものを匿ってくれる深さを感じた。
「アヤメちゃん。どこ?」
僕は周囲を気にしながらそっと声をかけた。
「……誰にも気付かれなかった?」
僕は周囲を見回す。
「大丈夫。誰にも話してないし、ここにもいないよ」
「良かった」
その声は小さく、安堵に揺れていた。
草が揺れる音がして、木の向こう側から白い影が浮かび上がる。
僕はその、頼りなげな影を見つめた。
アヤメは不安げにこちらを見つめている。
ここにいていいの?
自分はどこにいればいいの?
その切れ長の眼は、僕にそう問いかけているようで僕の胸は締め付けられた。
同時に、どうしようもないほどの息苦しさを覚え、鼓動が動き出す。
「翼君」
彼女の手が伸びた。
さっきまで何の躊躇いもなしに握る事の出来たそれに、触れることすらためらわれる。
柔らかそうで、小さくて、細い指。
胸が早鐘に強く打たれる。
風が行き過ぎた。
それは僕の頬に宿った熱を、彼女の帽子のつばを、僕らの頭上の梢を揺らし遠くに駆け抜けていく。
「翼君?」
アヤメが不安げに眉を寄せた。
正直、彼女に触りたいと思った。
でも、そんな事考えちゃいけない気もした。
僕はどうしちゃったんだ?
彼女の手を見つめてから、林に目を移す。
彼女は得体が知れない子なんだ、昨日の夜、僕の腕を思いっきり掴んだり、物凄い力でドアを破ったような子なんだ。村の皆だって倦厭するような……そんな子なんだ。
でも、僕の鼓動は、それでも胸を震わすのを止めようとはしなかった。
「翼く……」
「行こう」
彼女の手が下がりかけた時、僕は思い切って彼女の手を取った。
途端に体中に緊張が走る。さっきまでどうやって彼女の手をつないでいたのかわからない。でも、手の中の感触はマシュマロのようで、相変わらず冷たかったけど、それすらもなんだか乱暴に扱っちゃいけないような気がして、僕は少し手の力を解いた。
彼女はホッとした顔をして微笑むと
「次は川に行くんだよね?」
そう小首を傾げた。
その頬笑みに、僕の顔はさらに熱を帯びて僕は頷くと同時にそれを伏せた。
「一番、行きたかった場所なの」
彼女が嬉しそうにそう言う。僕はそれが嬉しくて、そしてもっと彼女を喜ばせたくて、手を引いた。
「行こう。僕の思い出もそこにあるんだ」
父さんと遊んだあの河原。
遠い記憶の中で、一番鮮明なあの場所。
アヤメの方を振り向くと、彼女はまた泣き出しそうな顔で目を細めていた。
「そこに……素敵な記憶があるのね?」
「うん」
顔を上げるとさっきより色鮮やかな景色がそこには広がっていた。
色を変えたその景色は、僕達を優しく歓迎しているように見えた。
僕は彼女の手を引きながら、彼女の方を見る事は出来なかったけど、一緒に見ているこの景色を、忘れたくない、忘れないと思った。




