幽霊屋敷 5
また、あの激しい音がするんじゃないか、そう思って僕はドアを凝視する。
「いいかい。迷わず走るんだ」
「でも、おじさんは……」
光が躊躇っている。
そうだ、僕らを逃がして、父さんはどうなる?って言うか、どうして死んだはずの父さんがここに?
振り返ると、父さんは僕の方を見ていた。
その眼は、優しくてそして……。
その時だった。『声』がしたのは……。
「翼君、みぃつけた」
瞬間、激しくドアが軋んだ!
「行きなさい!」
父さんの大きな手が僕を押した。
でも、せっかく会えたのに!こんなに危険なのに!!
「父さん一人、置いていけないよ!」
「いいから行きなさい!」
父さんは今にも破られそうなドアに突っ込むと、背中で抑えるように立った。
「翼! 今はおじさんの言う事を聞いた方がいい!」
「でも!」
でも!父さんがここにいるのに!優しくて、賢くて、大好きだった父さんが!
ドアが大きくたわんだ。その隙間から白い手が覗く。
「早く! 早く行くんだ!」
父さんの叫び声がした。
「翼!」
光が僕の手を引っ張る。
でも……でも……!
寂しかったんだ。父さんが死んで。
いつだって父さんは僕の目標だった。
いつだって父さんと母さんと僕のその幸せを疑ったことはなかった。
いなくなってから、僕は……僕は……っ!
「明日、朝6時に月詠のご神体の所に来なさい! 俺はそこに行く!」
父さんが声を上げた。途端に、ドアが生き物の様に跳ねた。父さんの背中を押して、あの、白い手が……!
「翼! いくぞ!」
光の声がした。
「うん!」
僕は頷くと次の瞬間、僕たちは窓を破って外に飛び出していた。
月光に煌めくガラスの破片。僕らの叫び声。ドアが外れ床が怒鳴る音。そして、水に飛び込むその瞬間……僕は、僕を呼ぶ声を、聞いた気がした。
――
それから僕たちは死に物狂いで噴水を飛び出し、あの雑木林を抜け、家路を走った。
走って走って、自分達の靴が片方抜けていても、泥だらけになっていても、とにかく足を止めず振り返りもしないで走った。
僕らが足を止めたのは、僕らを探しに出ていた光のお兄さんにみつけられた時だった。
自転車に跨った、警官姿の光のお兄さんのライトに照らされた僕たちは、酷い格好をしていた。二人とも全身びしょぬれで泥と草に塗れ、しかも二人とも死人の様な真っ青な顔だったらしい。
情けない事に僕らはその光に照らされた瞬間、二人ともその場で腰を抜かして泣いてしまった。
どうして泣いたのかはわからない。とにかく、ほっとした……そう言う事だった気がする。
それから、僕たちは光の家に連れて行かれ、風呂に入らされた。
湯船につかりながら、光はぼそっと僕に聞いた。
「あれ、本物だったよな?」
それまで何の言葉も交わさなかった彼から出た言葉に、僕は目をそらす。
思い出したくないのが本音だった。
光のお兄さんに会って、光の家に上がらせてもらって、明るい場所に来ると、さっきの事がまるで夢か何かだったように思えてくる。そのくせ、ちょっとの隙間や、何かの物音もあの子の視線や声に思えて震えてしまった。
僕は湯船を見つめながら。
「わからない」
とだけ力なく答えた。
だって、そうだ。あんな細い女の子が、怪物みたいな力を持っていて、僕を探していて、しかも死んだはずの父さんまでいて……あの幽霊屋敷で起こった事全てが非現実的なんだ。
認めるとしたら……。
僕は湯に沈んでいる僕の腕を見た。
そこにはくっきりと、指の跡と爪跡が残っていた。
「わからないって、お前も聞いただろ? すっげえ怖かったぜ。俺は、2階に上がってすぐにあの部屋に引っ張られたけど、お前あの幽霊見たんだろ? お前の事探してたじゃんか!」
光の方は僕とは対照的に、安全地帯に逃れた安堵感からか逆に興奮して饒舌になっていた。むしろ、一度堰をきった感情は、もともとの好奇心が相まってとめどなく溢れているようだ。
光は思い出しながら、不快な顔をする僕にお構いなしに一通りあの屋敷の話をすると、ついに僕の父さんの話まで口にし始めた。
「しかもさ、俺、お前の父ちゃんの顔、覚えてなかったけど、あのおっちゃん、お前の父ちゃんの幽れ……」
「わかんないって言ってるだろ!」
僕は何だか嫌な気分になって思わず怒鳴る。
確かに……あそこにいたのは父さんだ。でも、父さんが2年前に病気で死んだのも僕は死っているんだ。だからいるはずない。いるはずないけど、あの父さんを幽霊だなんて思いたくなかった。
そう、父さんは幽霊なんかじゃない!生き返ったんだ!
僕はキョトンとする光を睨みつけると
「2度と父さんを幽霊だなんて言うな」
そう、目一杯の低い声を出して湯船から上がった。
そうだとも、父さんは生きていたんだ。僕が寂しがったから、ピンチだったから。あの怖いお化けや、あの男から守るために帰ってきてくれたに違いない! きっと……。
「翼」
背中で光の声がした。
「翼、お前……じゃ、明日、朝、神社に行くのかよ?」
その声は試しているようでもあり、心配しているようにも聞こえた。でも、どちらにしても煩わしくて……僕は結局答えずに風呂場を後にした。




