幽霊屋敷 4
「う……うわぁーっ!!!」
僕は思いっきり叫ぶと、空いているドアの方へとにかく走った。
何なんだ。もう嫌だ。もう、こんな場所は!
そう思った瞬間、ドアから手が伸びた。不可避の距離で、まるでドアから生えたように伸びる。腕は、これまで感じた事のないような荒々しさで僕の腕を掴むと、部屋の中に引きずり込んだ!
僕の体は半ば宙に舞い、声を出す余裕すら与えられないままに、床に叩きつけられる。体に衝撃がのしかかったような感覚に、呼吸がままならなくなる。
「いった……い?」
うっすらと僕は、目を開けた。
今の衝撃で吹っ飛んでしまったのか、遠くの方で懐中電灯が転がっている。その明かりが何かを照らしていた。
電池が切れかかっているのか、頼りない青白く闇に浮かび上がるその安全地帯の先に見えたのは……。
それが何かわかった瞬間、僕の眼はこれ以上ないほどに見開かれた。
だって、それは……。
「ひかっ!」
叫ぼうとしたとたん、僕の口が何者かによって塞がれた。って言うより、口にあてがわれた手で床に押し付けられた。
「むぐぅ!?」
恐怖に僕がその手の主に目をやる。
「しっ。静かに……」
しかし、耳の届いたのは意外なほど優しく穏やかな男の声で……僕はその男の顔に息をのんだ。
僕は自分の目を疑った。そして次の瞬間、胸の奥から熱いものがこみあげてきた。
叫び出しそうになる。
それは怖いからなんかじゃない。逃げ出したいからなんかじゃない。嬉しいからだ。
だって、だって……目の前にいる、その人は。
「父さん!」
死んだはずの僕の父さんだった。
父さんは一瞬、僕の言葉に動揺したように顔を歪めたが、すぐにそのままの姿勢で振り返った。見ると、ドアは閉められてはいたけどあの『音』が確実に近づいて来ているのがわかった。
びちゃり
びちゃり
ドンドンドン
なんの前触れもなく壁が揺れるほどの激しい音がした。
濡れぞうきんを絞らずに床に這わせたような音が、だんだん近づいて来てはドアを一つ一つい叩いているのだ。
ドアが蹴破られる音がした。次いで何か声の様なぐもったものが聞こえ、再びあの不快な濡れた音が再開する。
「探しているんだ。君達を……」
父さんはそう言うと、僕らを隠すようにドアに向かって立ちはだかった。
「どうし……」
「友達を起こして、二人で窓から飛び降りなさい!」
その声は躊躇なく、また鋭かった。
僕は気を失っているのか、ぐったりしている光を振り返る。
飛び降りる? でも、ここは2階で……。戸惑っていると、父さんはもどかしそうに声を殺して言った。
「大丈夫。ここの真下は噴水だ。十分な深さもある。少なくとも、このままここにいるよりは……」
びちゃり
また音がして、今度は隣のドアが蹴破られた。衝撃がこちらの部屋にまで伝わり、僕は心臓が止まりそうになる。
「でも、父さんは……」
「俺はいいから!」
ドアを睨みつけながらそう言うと、もう、僕を待ちきれなくなったのか、そのまま後ずさり、光の頬を軽く叩いた。
びちゃり
音が、移動を始める。
「ん……」
頬を叩かれた光は、目を開けるとさっきの僕と同じように口を押さえられた。
びちゃり
音が、向かいに止まる。
そして壁を叩き割らんかの勢いでドアが悲鳴を上げた。
驚く光と、竦む僕に、父さんは冷静に話した。
「いいかい。彼女がここをノックしたら、思いきって飛び降りるんだ。大丈夫。水は深い。でも、すぐに噴水から出て、家に帰れ。じゃないと……」
バン!
向かいのドアが破られた。
そして、僕の耳にハッキリとその声は聞こえたんだ。
「ここにもいない……どこに行った……」
僕は息を飲む。ドアの向こうに見えないはずの彼女の濡れそぼた姿が見える気がした。
その声は再び移動を始める。
びちゃり
びちゃり
そしてピタリとその音は、僕らのドアの前で止まった。




