126.真相を知る
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生と死、始まりと終焉は双方共に神聖な事象であり森羅万象に欠かせぬものだ。有はいずれ無に還る。そしていつか再び、無から生まれ出て新たな有となる。どちらか片方だけが強調された状況が続くことは良くない。
しかし、滅亡間近であった地上を延命に向かわせるため、三千年もの間、生の神が前面に立って世界を統べ続けた。結果、神の怒りは薄れ人の世は安定したものの、生と死の均衡は崩れつつあった。ゆえに、生の神の力に溢れた世界は、死の神の降臨を待ち望んでいた。
死もまた、万物にとっての救済であり希望なのだ。
緋色の烈光が迸る。生の神威が暴走し、死をもたらす力に転じた光が。
だが、正真正銘の死の力を司る死神の敵ではない。
怒涛のように世界を包み込まんとする光に向けて、死神の鎌が一閃される。ただ一薙ぎ、その軌跡だけで十分だった。しゃん、と、澄んだ鐘の音のような調べが響く。
虹色がかった黇色の輝きが圧倒的な威力と制御技術を持って放たれ、緋色の光を瞬時に呑み込んで制圧した。
(義兄様、すごい……)
むろん、テアと透石と綺羅も共に力を振るい、補佐したのだろう。だがそれを差し引いても、余りに迅速かつ鮮やかな――瞬きする間もない神業であった。
「見事だ」
ポツリと呟いたのはルーディだ。思わず本音が飛び出してしまったような、最上級の賞賛。
「やはり珠歩の技量は素晴らしいこと。文句の付けようがありません」
「ああ。恐るべき手腕だ。まさに傑物と言っても差し支えない」
見守っていた黒曜と二人で、掛け値無しの感嘆を舌に乗せている。
「始まりの神器を!」
白珠の号令に応え、秀峰が流れるような動作で体ごと反転し、こちらに向き直る。
『秀峰様!』
己の内から聞こえた声と共に、朱色の天威が放たれた。それは三日月の光となり、秀峰が掲げる鎌の刃にぴたりと重なった。朱の色に染まった刃を翻し、秀峰が再度死神の力を始まりの神器に放出する。小鳥を覆い尽くしていた終幕の影が取り払われた。
「今だ、力を注げ」
高嶺の合図と共に、明香は練り上げた力を一気に神器に注ぎ込んだ。
(お願い、元気になって!)
乱れる力がぶれて小鳥から逸れそうになる度、外からは高嶺が、内からは月香が、流れを修正してくれる。さらに、この場にいる全ての天威師たちが微細な調整を行ない、支えてくれていた。
(頑張れ私……もっと、もっと!)
皆の援護を受けながら一心に天威を放ち続けている内に、両手がじんじん痺れて来た。ぶるぶると左右の腕が震え、冬場で冷め切った体のように己が身の感覚が遠くなる。限界まで消耗した神器を前に、力の放出が追い付かない。
(頑張れ、自分頑張れ。ここで崩れたらもう終わり。頑張れ頑ばれがんばれ、がん……ば……)
何かが目から溢れ、たらりと頰を伝った。涙か汗だろうかと思ったが、地面に滴り落ちたその雫は赤い色をしていた。噛み締めた唇からも同じ色をした鮮血が零れ出る。喉の奥で鉄錆に似た味がした。
(……うぅ……も………………むり、かも……)
ほんの一瞬弱気になりかけ、力の均衡が崩れようとした時。
たくさんの温かなものが触れてきた。そっと腕を支え、あるいは背を押し、崩れかけた心に寄り添ってくれる多くの手。
(何? いや、誰……?)
頭の片隅で誰だろうと考えると、誰に教えられるでもなく直感で答えが浮かんだ。魂の最奥に刻まれた記憶が答えを教えてくれる。これは――自分の中に継がれる先祖たちの欠片だ。
およそ三千年に渡り、世界を護り人を生かし続けて来た皇家と帝家の先達たちの信念と意思。真擬庶を問わず、彼らが抱いて来た想いと紡ぎ続けた軌跡は、末裔である己の中に受け継がれ、赤い血潮となって確かにこの身に流れている。
今は天に還り、至高の神としての精神を取り戻した祖神とて、下界にいる間は確かに人と地上を護ろうとしていた。その気持ちは決してうそではなかったはずだ。数多の先人たちの心が、魂が、受け継がれた精神が、自身とこの場の天威師たちを支え、共に戦っているのだ。
それを自覚した瞬間、今までの疲労と損耗が清水に洗われるように消えて行った。己の奥底がうねりを上げるように大きく奮い立ち、消えかけていた光と活力が蘇る。膨大な天威が渦を巻いて湧き上がった。
(――あ……)
その時、自らを後押しする手の中に、懐かしい感触を感じた。それは間違えようがないほどに、明香がよく知っているものだった。
思わず瞠目した時、放出された天威が紅色の光と化して爆発する。ぐったりとしていた神器にぐんぐんとその力が流れ込んで行き、小鳥がぱちりと目を開いた。
同時に神器を介して再び秀峰と繋がり、共鳴が起こった。
◆◆◆
気が付くと、色も音も何も無い真っ白な空間に浮かんでいた。
「月香!」
横で同じように浮遊していた片割れに向かって呼びかけると、落ち着いた微笑みが返って来る。
「ここは私とあなたの意識が重なった精神世界。神器の力と私たちの心が、相互に作用して生まれてしまったのね」
そしてある一方を指さした。そちらを見晴るかすと、彼方にポツンと光が見える。
「出口はあっち。早く外に出ましょう。ここには秀峰様の記憶も流れ込んで来ているみたいだから、あなたはきっと、私たちに起こった出来事を視ることになる」
意識の底で湧き上がっていた予感が強まる。今この場で、自分は今までに起こった真相を知るのだという予感が。
「日香、走れる?」
「うん、大丈夫」
ここは精神世界であるためか、あるいは先ほど疲労感が引いて行った時に無意識に回復していたのか、体は羽のように軽い。目や口から流れていた血も跡形もなく無くなっていた。
「良かった。じゃあ行きましょう」
その言葉と共に、朱色の輝きが一本の道を創り出した。長く伸びたその輝きは、遥か向こうに灯る出口の光にまで繋がっている。片割れが朱色の道に沿って駆け出した。ものすごい速度で光ある方へと向かっている。
「あ、待ってよ!」
置いていかれまいと、天威を込めた脚で地面に当たる場所を蹴る。片割れを追いかけて疾走を開始すると、空間を満たす白が揺らぎ、彩が生まれた。駆けている朱色の道の両側を埋め尽くすように、幾つもの映像が次々に流れ出す。
それは、秀峰の記憶の欠片と想いの断片だった。死神として覚醒し、そして明香という存在が生まれるまでに起こった出来事が、脇道を濁流のごとく流れて行った。
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