127.真相①一斎縁泰斗と蒼の使途の誕生
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本話から135話まで9回過去編になるので、また投稿数を増やすかと思います。
『皇家の御子、秀峰。そなたを神千国の皇子とし、真皇族の一員に迎え、黇死太子に冊立する』
天威師たちが見守る中、跪拝した秀峰の前に立つ白珠が言った。
『さて、そなたの今後の身の振り方について、橙日帝陛下および謙皇帝たちと急ぎ打ち合わせを行った。……死神が降臨可能になる時が訪れるまで、そなたは御威に覚醒したことを公にせず、市井にて匿っている双子の教師係に就いてもらいたいと思っている。皇家の者に必要な知識や作法、教養、心構えなどを授けてやって欲しい』
本来は、理由を付けて皇宮に引き取ってしまいたい。しかし、双子の妹を皇宮に近付けると、始まりの神器が波長を乱して危険な状態になってしまうのだという。そのため、妹が神託の御子なのではと目されている。妹御子の内に眠っているであろう潜在的な日神の力と、同じく日神の力で創られた始まりの神器が、変に干渉し合ってそのようになるのではないかと。
『今の時点で双子を皇宮に呼び寄せることは難しい。妹御子が成長して自身を律せるようになり、その上で徴を発現させてからでなければ危険なのだ』
距離のある離宮に入れることも試したが、駄目だった。離宮も皇宮の一部と見なされるため、皇宮に入って接近したと同じだと認識されてしまうらしく、妹御子を近付けた時点で、やはり始まりの神器が不調になってしまう。
『双子が皇宮の外で生まれたことは僥倖であったのやもしれぬ。通常通りであれば、皇宮で誕生した瞬間に始まりの神器が不安定になり、一大事になっていた可能性もある』
何がどう転んで吉となるかは分からないものだ。白珠は切れ長の瞳で秀峰を見据えた。その奥に宿る、全幅といってのいいほどの信頼。
『生まれてから幼少期までの根本教育は、私たちの方で行なっている。その先を任せたいのだ。拠点となる邸を準備するゆえ、そこで指導を頼む。双子たちも同じ場所に引っ越しさせる』
そして、思案するような顔で続けた。
『また、これは推測だが――おそらく、双子は通常よりも覚醒が遅い。あの子たちは己が皇家の者であるとは想像もしておらぬ。当然、自身が御威を持つなどと考えたこともない。根本的な自認が不足している分、特例で目覚めが遅くなると思う』
皇宮で生まれ、太祖の血を引くことを自覚し、周囲の期待を受け、自身が御威持ちである可能性を常に念頭に置きながら育つ通常の御子とは境遇が異なるのだ。
『特に日神である妹御子は、始まりの神器と必要以上に干渉せぬよう、本能的に己が力を奥に抑え込むだろう。確実に力を制御できるまで心身が成長してからでなければ、覚醒しないかもしれぬ。……神託の子が複数いると分かった今、死神であるゆえに覚醒が遅いという可能性も浮上してきたが』
本来は、天威師か否かはともかく、皇家の血筋であることは先行して教えた方がいい。しかし、妹御子が自分は皇家の者だと自覚すれば、無意識下で始まりの神器との繋がりが強まってしまい、皇宮の外にいても遠隔で相互干渉を起こしてしまうかもしれない。
消耗している始まりの神器は、非常に不安定な状態になっている。ここで迂闊な刺激を与えない方がいいのだという。
『多少遅くなったとしても、妹御子の内で準備が整えば天威は自然に覚醒する。それまでは、自分の血筋については下手に認識しないままでいてもらった方が安全なのだ。姉御子だけに教えたとしても、そんな大事を伝えられたら挙動不審になってしまうだろう』
事情と要請を聞いた秀峰は即座に頭を下げた。
『委細承知いたしました。陛下の仰せの通りにいたします』
『ありがとう。それでは、そなたは細工師の家系の末裔、斎縁泰斗という人間に扮して栄生たちと共に市井の拠点に移り、正体を隠して双子達を導くのだ。皇宮と繋がりがあれば皇家に詳しくても説明がつくだろうから、私の専属ということにする』
『仰せのままに……ですが、何故細工師なのです? 官吏など皇宮に関わる職にあるという設定でもいいのでは』
『そなたは物作りが好きだろう。好きなことに没頭できれば心も休まる』
さらりと白珠が答える。その裏にある真意を悟り、秀峰ははっとした。北の御子として心をすり減らしていた自分。その魂を養生させるために、あえて職人の設定を与えたのだ。
『そなたの魂は休息が必要だ。精神を癒す期間を取らねばならぬ』
だからこそ、覚醒したことを公表しないのだ。御威に目覚め皇族入りしたことを公にすれば、一気に注目が集まってしまう。一挙一足一言が注視される皇族となれば、気が休まる暇などない。数年単位でじっくりと英気を養うことなど不可能だろう。
『そなたの不在を気取られぬよう、北の宮には目くらましをかけておく。また、橙日帝陛下とも相談して決めたことだが、そなたは御威無しゆえに彼の方の怒りを買ったことにする。さすれば完全に腫れもの扱いとなり、誰もそなたの宮には近付かなくなるだろう。そなたを太子として公表する際、それらのことも説明して不名誉を雪ぐゆえ、数年我慢してくれ』
皇宮外に出して休養させるには、無価値で影が薄い北の御子の方が都合がいい。双子の御子と秀峰、どちらも護るために、この選択肢を用意したのだ。
『とはいえ、覚醒したからには真皇族としての務めも果たさねばならぬ。そなたには私の直属として代理権限を与える。斎縁泰斗とはまた別の仮の姿で、公務と政務を行ってもらう。いずれそなたを太子として披露する際にはそのことも公表し、仮の姿で打ち立てた成果は全て黇死太子の実績として振り替える』
その仮の姿こそが蒼の使徒である。真皇族となった以上、どれだけ心が疲れていようが傷付いていようが、自身の使命を遂行しなくてはならない。務めを全うしなければ、天威師は地上にいられないのだ。
『これらの件については、近日中に大神官、宰相、総督を始めとする要職者や関係部署の長、一部の信頼できる臣には知らせ、連携体制を確立しておくこととする。真皇族、真帝族、重臣たちが総出でそなたを支えるゆえ、心配は要らぬ』
『承知いたしました。……最後に一つお聞きしてもよろしいでしょうか』
天威師たちが一丸となって後押ししてくれる上、三長と高官たちにも根回ししておけば、憂いはないだろう。
まさかこの翌朝、高官たちの本音を聴いてしまい大きな衝撃を受けることになるとは予想していない秀峰は、気になっていたことを聞いた。
『姉御子も天威師ではないかという予想はどこから?』
『以前、妹御子が皇宮に近付いた時、始まりの神器が変調をきたしたと言っただろう。その際、保護者として側にいた謙皇帝たちがすぐに遠ざけたのだが、共にいた姉御子も妹を引っ張って移動させようとしたのだ』
『それは――』
『姉の方も何かを嫌な予感を感じたのだと思う。だが、日神同士の力が干渉し合っているところに割り込んで袖を引くなど、ただ人には不可能だ。普通ならば不可視の重圧で動けなくなるはず』
『だから、姉御子も天威師なのではないかと思われたのですね』
その後、双子を別々に皇宮の近くに連れて行き、始まりの神器が反応するのは妹御子の方であると確信した。
『ああ。そなたもすぐにあの子たちに会うことになる。妹御子は藍闇太子の天命の伴侶ゆえ、いずれそなたの義妹になる。どうかよしなに頼むぞ』
白珠が微笑む。こちらを信じ、任せてくれていることが伝わって来る笑みだった。
◆◆◆
さっそく事態が動いたのは、それから間もなく……秀峰が斎縁泰斗兼蒼の使徒となった直後のことだ。
『珠歩』
澄んだ声が脳裏に響いた。白珠からの念話だ。
『たった今、御子が覚醒した。予想通り天威師だった』
『! どちらですか』
斎縁邸にいた秀峰は即座に聞いた。御子たち、と複数形にしなかったのだから、目覚めたのは一人だけだろう。
『姉御子の方だ。神格は月神』
『月神――』
光と夜の双方を司り、時として死にすらも通ずる調和の神。
『では、全き天威師なのですね。申し訳ありません、覚醒を察知できませんでした。妹御子と始まりの神器は大事ございませんか?』
『問題ない。私は同じ月神として目覚めの予兆を感じたゆえ、覚醒の瞬間に姉御子を別空間に隔離したのだ。妹御子と始まりの神器が影響を受けぬよう、念のためにな。そなたが目覚めを感じ取れずとも当然だ』
このような事態も織り込み済みだったのだろう、白珠の口調には些かの狼狽も見られない。あるいは、実は内心では動揺しているもののそれを一切悟らせぬようにしているのか。いずれにしても、皇帝として冷静な即応をしていた。
『姉御子には私が緊急講義を行い、素性を教えると共に、最低限は力を抑えられるよう導く。その後の後見と指導はそなたに引き継ぐ。それまでは高嶺と共に私の公務を代行して欲しい』
高官たちにも情報を共有すると言われた秀峰は、何の感慨も覚えぬまま左様ですか、とだけ言って頷いた。
つい先日まで北の御子を嘲っていた高官たちは、真実を知らされるなり手の平を返して秀峰を絶賛し、忠誠を誓い、身命を賭して協力いたしますと熱弁を振るっていた。だが、それに関してはもはや無以外の何をも感じなかった。
あの花咲き乱れる丘の上で思いの丈を叫んだ時――空の青さに気付いた時、秀峰は彼らに対する期待を丸ごと捨てたのだ。
それを鑑みると、父レイティの方があるいは慈悲深いのかもしれない。赤眼になるということは怒りを抱いているということ。そして怒ると言うことは、まだ相手に対して何らかの期待なり感情なりを持っているということなのだから。
そのようなことを考え、すぐに頭を振って思考を切り替える。あの者たちのことはもうどうでもいい。今は目覚めたという姉御子の方だ。皇家の者としてやるべきことをまとめつつ、どんな子なのだろう、親しくなれるだろうか、と期待と不安が浮かぶ。同時に、自分にもまだそんな年相応の想いがあったのだと驚き、密かに苦笑した。
ありがとうございました。




