表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
123/155

123.黇の追想⑧一初代皇帝たちの言葉

ご覧いただきありがとうございます。

今回は長めです。すみません。

 ルーディが案じるような眼差しで秀峰を眺め、自身の手にある魂の粉塵に視線を移した。


「ひとまず治癒で最低限は元に戻すよ」


 虹色を纏う皓い光が放たれると、粉が浮き上がり、寄り集まってゆっくりと歪んだ球形になっていった。


「完治まではしない。後は自分で頑張ってごらん。楽しいことをたくさんして嬉しい気持ちになれば早く回復する。逆に、無理をして自分を追い込めば、すぐにまた崩れてしまうよ」


 十分に気を付けてと念を押し、魂をそっと秀峰の中に戻してくれる。


「お祖父様、ありがとうございます」


 礼を言った時、原初神と顔を突き合わせていた白死神が、不承不承と言った様子で頷いた。


「……うむ、そうだな。まぁ、我らがその気になれば、愛し子が絶望の果てにいようとも癒してやれる。万一の時はそうすればよかろうて」


 そして秀峰の方を振り向き、優雅な足取りで歩み寄る。虹色を閃かせる白い輝きが、陽炎のようにゆらゆらと揺らいだ。


「黇の愛し子。そなたは先程、世界と人を嫌いだと言うた。そう思えるように、言えるようになったのだ。今までとは違う。痛覚と声を取り戻した今のそなたであれば、生きながら虚ろになることはないであろう」


 自分は辛かった。今も辛い。

 それを自覚し、言葉にできるようになった。

 その事実は時に剣となり盾となり、堅実に秀峰の心を護るだろう。


「それに免じて、こたびは我らがそなたに配慮しよう。天威師の強制送還はひとまず取りやめる」

「白死神様――」


 瞳を輝かせた秀峰と目線を合わせ、白い神はただし、と続けた。


「ただし、条件がある。そなたと地上の愛し子たちは、これから述べる2つの指示を守れ」

「どのようなご指示でしょうか」

「一つはそなたのこと。そなたは今後も己の痛みと向き合って歩め。再び殻に閉じこもり、中から壊れていくようなことあらば、その時は躊躇なく天に連れ戻す」

「はい」

「今一つは、地上の愛し子たち――そなたの家族たちにも、我らの意を伝えよ。自身が傷付くことを是とする姿勢は決して好ましいものではない。それを自覚するようにとな」


 余りにも無理を続けるようであれば、すぐに帰還させる。

 そう言い切った白死神の声に、迷いはない。


「愛し子たちが己をすり減らす形で在り続けることを、我らは許さぬ。それは覚えておくがよい」


 祖神にとって――特に原初神にとって、末裔たちはただの愛し子だ。皇帝とその一族として見てなどいない。ゆえに、統治者の義務や君臨する者の責任、地上の理屈などを述べられても、知ったことではない。


「今後も定期的にそなたらと対話し、心身の様子を確認する。もしも指示に従っていないと判断すれば、あるいは他の見過ごせぬ問題が発生していれば、その時は強制送還だ。よいな」

「承知いたしました」


 応と答える以外に選択肢はない。ここで、少しでも有利な条件を引きだそうと画策するほど愚かではない。

 白死神が秀峰を抱きしめた。


「離しとうない。このままずっと愛ででいたいものだが……行くのであろう?」

「はい。申し訳ありません」


 祖神たちが、地上に戻らせたくないというように名残惜しげな気配を放っている。


「……束の間の別れだ。何、百年かそこらなどほんの瞬きする刹那」


 自らに言い聞かせるようにぶつぶつと呟く白き始祖の脇を通り、二つの光球が秀峰の前に舞い降りる。

 緋と翠の光が弾け、人型を取った。

 一柱は、底の見えぬ情を秘める、儚げで美しい黒眼の女神。おっとりとした垂れ目に、流れるような黒髪の一部を編み込むように結い上げ、薄く軽やかな領巾をたなびかせている。

 いま一柱は、果て無き理知を帯びる、凛として麗しい碧眼の男神。精悍な面差しを持ち、肩にかかるほどのさらりとした金髪を揺らし、外套のような神衣を羽織っている。

 二柱の正体が分からないはずがない。


「初代、陛下――」


(跪拝しなければ。……いや、白死神様が)


 初代神を前に棒立ちなど有り得ない。だが、自分は未だに白き神の腕に抱擁されている。初代神に挨拶するために、更に目上の存在である始祖神の腕を振りほどけば、そちらの方が無礼ではないだろうか。


(ど、どうすれば)


 内心で進退窮まっていると、それを察したらしい翠月神が端的に言った。


「そのままで良い」


 どれだけ激情した者でも瞬時に鎮火せるような、静かな声が紡がれる。

 いかなる時も動じず、常に冷静沈着であったと謳われる帝国の太祖。その碧眼は、まるで絵に描かれた海のようだ。僅かなさざ波すら立つことが無い、静止した碧。

 だが目を凝らして見れば、その奥には実は、誰よりも熱く燃え滾る同胞への愛と慈しみが潜んでいる。


「我が愛しき(すえ)よ。私の選択が永き末の子らにまで影響を及ぼしていることに詫びを言います」

「千年で終わると思っていたのだが、まさか三千年経っても神々の怒りが続くとは」


 儚げな容貌を翳らせて俯く緋日神と、眉を顰めて唸る翠月神。伝説の初代を目の当たりにした衝撃に硬直していた秀峰は、無言で目を伏せた。


「ノルギアスと宗基は、我らが国を建てた頃よりの忠臣であった。だが、時が流れれば澄んだ水にも濁りが混じる。清水を穢す汚物は取り除かねばならぬ」


 怒りを含んだ声で、翠月神が言う。手首にはめた金の腕輪が、しゃらりと微かな音を立てた。


「そも、神器を濫用し、天蜜と命令を悪用するとは許し難い。蒼の愛し子に至っては、帝家の支配がトラウマになってしまっている」


 ショアーコンに暴行され、命令で縛り付けられたあの事件は、白珠の心に深い傷を残した。本来であれば、皇家の者は帝家が己を慈しみ護ってくれる存在であると本能的に察知するため、支配に対する恐怖を必要以上に感じることはない。せいぜい、多少緊張する程度だ。しかし白珠の場合、完全に恐れと絶望を抱いてしまっているのだという。


 きっとノルギアス家も宗基家も、ずっと前から少しずつ澱みが重なって来ていたのだ。君主の家に生まれながら御威を持たず、直近の天威師からの血も遠く後ろ盾も少ない。そのような中、無能と蔑まれながら生きて来た庶子たちが一定数降っている家なのだから。表には出せない感情や鬱憤が凝っていただろう。それらは三千年という星霜を経る中、少しずつ積もり重なり、溜まっていき、ついにショアーコンの代で爆発し、とてつもない邪な心を持つ怪物が誕生してしまった。


「何とかしなくては。かくなる上は、今よりも確実かつ迅速に、帝家が皇家を護れる手立てを考えねばならぬ」


 皇家の者が、模倣された帝家の特権を利用して傷付けられたことは、源流たる帝家の者にとっては有り得ないことなのだ。皇家を護ることが帝家の信条なのだから。


「天蜜と命令は、規則を犯して地上へ干渉する皇家への神罰だ。ゆえに無くしてやることはできないが、対策を講じることはできる」


 剣呑な双眸で呟いた翠月神は、ふと眦を下げて秀峰を見た。


「近々、地上の愛し子らに神託を降ろす。――帝家と皇家を近くに在らせねば。帝家の目が直に届くよう、()()()()()()()()

「……かしこまりました。御言葉をお待ちしております」


(一体どんな神託を降ろすつもりなのだろうか)


 何かとんでもない内容が告げられそうな予感がする。不安を感じながら頷く秀峰に、白死神が辛そうな笑みを浮かべて囁く。


「黇の愛し子。くれぐれも無理をしてはならぬ。こたびは妥協したが、天威師の強制送還はいつでも行える。それを忘れるでない」

「承知しております」

「うむ。ならば良い。では行っておいで」


 余りにも心地よい腕から抜け出た秀峰は、ずっとここにいたいと思う気持ちが込み上げるのを堪えた。ここは間違いなく自分の居場所。いずれ還るところ。だが今は、まだ人界に留まると決めたのだ。

 力の入らない体に喝を入れ、最後の力を振り絞って祖神たちに向かって跪拝する。


「行ってまいります」


 そして、見送るように瞬く光の点滅を浴びながら、ルーディが差し出した手を取った。

 ぐんと体が引っ張られ、視界が遠のいた。



◆◆◆



「珠歩!」

「兄上!」

「お従兄様!」


 家族たちがそれぞれの声を上げ、我先に駆け寄ってくる。ルーディに抱えられた秀峰はのろのろと頭を巡らせた。


(ああ、戻って来たのだ)


 息苦しく生きにくく、たくさん傷付けられ続けて来た世界に。

 今すぐ家族たちを引っ張って祖神たちのところに還りたくなったが、ぐっと我慢する。


 家族たちが一斉に秀峰を見つめた。表面ではなく、その魂を注視している。秀峰が祖神から譲歩を引き出せるとすれば、それは己の精神と正しく向き合い、殻を打ち破った時のみだ。魂を読めば大体の結果は分かる。

 多少いびつな形であっても、外壁無しの在るがままの姿で輝く魂を認めた皆の顔が、一様に明るくなった。


「この子、やったよ。すごいねぇ」


 くすくす笑いながら言ったルーディが、秀峰を寝台に横たえてくれた。


「天威師の強制送還はひとまず取りやめ。君たちの勝ちだ」


 白珠とレイティが秀峰の両手を取った。


「よく頑張りました。あなたは偉い子です」

「珠歩、お前は本当にすごい。よくやった」


 口から零れ出たのは、皇帝ではなく親としての称賛だった。それがとても嬉しかった。


「頑張ったご褒美に、天界でのことは僕が伝えてあげよう。白死神様からの指示と、初代帝から近々託宣が下る件も含めて全てね。君は休んでなさい」


 ぽんぽんと秀峰の頭を撫でたルーディが軽く指を鳴らす。皓い光が指先に灯った。


「天界であったことをそのまま君たちの頭に送るよ」


 皓光がぱちんと弾け、家族たちがそれぞれ、軽く目を瞬かせたり額を抑えたりと反応を見せた。だが、全員が秀峰を労わるような眼差しを向けている。白珠がうっすらと涙ぐんだ。


「本当に良かった……この子の心を救って下さり、ありがとうございます」


 皆、秀峰の内面の惨状を見透しており、心配で心配で仕方がなかったのだろう。目を瞑り耳をふさいで耐えていた秀峰は、そのことに気付く余裕が無かったのだ。

 ルーディが優しく己の子どもたちを見つめる。


「珠歩は特別だからね。三千年ぶりに顕現した全き天威師を両親に持ち、弟たちも同様に全き天威師に覚醒した。だから、普通よりもずっと期待値が高かった」


 皇家と帝家の者は御威を得ることを義務付けられ、期待され、それを果たせなければ落胆と失望の眼差しに晒される。だが、通常は秀峰のような状況まで追い込まれることは少ない。


「この子の覚醒は、本来はもう少し遅かった。死の神は自身の力を抑え込むから目覚めが遅い。死神となればなおさら。ただし荒神は例外だから、僕は誕生と同時に覚醒していたけれどね。両親と協力して公表時期を調整したんだ」


 死の神がなかなか覚醒しないのは、万一にも自身の力で世界を滅ぼすことがないようにと、無意識に己の力を奥に押し込めてしまうためだ。

 だが、荒ぶる神は人間や世界に対しての愛着や思い入れが極端に少ないため、力を抑えようという意識が少ない。


「珠歩の場合、本当は18歳くらいで目覚めていたはずだった。けれど神罰牢を抑え込んだ際、自衛のために力が解放されたんだね。……ともあれ、これで本命の死神が目覚めた。天威師と世界を取り巻く環境は、また一つ変わる」


 そして、部屋に集まった天威師たちを見回して言う。


「いつか神の怒りが薄れれば、皇帝が親政を行って民を導く必要はなくなる。そうなれば、時機を見て天威師たちは天界に引き揚げる」


 それはまだまだ先の未来の話だ。自分たちの子孫がいつか辿る結末。その時、既にここにいる天威師たちは人としての生を終えて天界に還っているため、祖神として子孫を出迎える立場になる。

 ――それまでに天威師たちが強制送還されなければの話だが。


「僕も君たちも、その日まで連綿と続く系譜の一部となるだろう」


 感慨深げに告げたルーディの瞳は、ずっと先の未来を見ているかのようだった。

 至高神に還った祖父の神眼には、この世界が辿る結末が既に映っているのだろうか。



 ◆◆◆



 くれぐれも無理をしないようにと言い置いて、ルーディは止めていた時間を再開させ、天に還って行った。

 人が、命が、空気が、再び動き出す。自分の日常も。


 怒涛の覚醒を迎えた日の翌朝、秀峰は皇宮を歩いていた。いつもと同じ、くすんだ緋色をした石畳を眺める。


(宗基豪栄とテイヤー・ノルギアスは、揃って昨日のことを覚えていなかった)


 自分たちが何をしたのか、何があったのか、まるで記憶に残っていないらしいのだ。


(一体どういうことなのだろう)


 あの二人は、正気ならば考え付かないような破綻した思考と言動を繰り返していた。徴を発現させる霊具の開発にしろ秀峰への拉致暴行にしろ、昨日のような行いをすれば間違いなく皇家と帝家に察知されるというのに、その可能性に思い至る様子すらないまま暴走していた。そこに加えての記憶の消滅だ。

 これらの不可解な現象については、両親たちが調べてくれている。


(そう言えば、あの疫神様が大公を見て言っていた)


『お前、中に何を飼っている? ああ、父親の残り滓』


 あれはどういう意味だったのだろう。白珠に不埒な真似をした先代大公ショアーコンは、とっくに死罪となったはずなのに。


(宗基当主と大公のことは、まだまだ謎が多い。これから調べていく中で明らかになるだろうが)


 ちらと視線を上げると、斜め前を歩く高嶺の姿が映った。体調不良の秀峰を見舞うという名目で、時間をこじ開けて来てくれたのだ。


(いずれにせよ、私は覚醒した。残る神託の御子たちも、きっと遠からず覚醒する)


 祖父は、去り際に笑いながら爆弾を落としていった。


『ああそうだ、最後に一つだけ教えてあげるよ。僕も至高神に戻って神側の立場になってから分かるようになったことなんだけど。神託が示す御子って実は()()()()()()()()()


 朗らかな笑顔と共に明かされた事実に、普段は泰然としているヴェルも含めた全員が凍り付いた。


『あんまりヒントを与えるのは良くないから、これ以上は言わない。よく感覚を研ぎ澄ませて、残りの庶子たちを確認してごらん』


(神託の御子は()()()()。それはどちらの神託のことなのだろう)


 日神か、死神か。

 あるいはどちらもか。


(もしかすると、私の他にも未覚醒の死神がいるかもしれないということか。候補は……西の御子、ミアの姉、市井にいる双子の姉妹)


 花梨の対である帝家の庶子は、既に死亡しているので含めない。

 残り四人の中に、神託が告げた残りの御子たちがいるのだ。

ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ