114.先代皇帝降臨
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明香がちらと小鳥を見ると、既に虫の息になっている。いくら秀峰が終わりを退けても、根本的な解決にはならない。神器自体を元気にしてやらなければならないのだ。
秀峰がどこか眩しげに目を細め、明香の横顔を眺めている。
白珠が続けて口を開いた。
「では、ここからの流れを説明する」
切れ長の瞳が殿舎の外に向けられる。未だに時を止めたままの世界に。
「まずは時間停止を解除する。いつまでも禁術を継続しているのはまずい。時間を動かせばその瞬間に日付が変わり、死の神が降臨可能になる。黇死太子は即座に力を解放し、光の柱に対処しろ。この光は、暴走した日神の神威が死の力に転じたことにより生じたものだ。ゆえに、真なる死の神の力で正面から打ち破れ」
さすれば狂った神威は鎮まり、本来の生の力に戻るのだという。
「一瞬で片を付けろ。光が世界に死をもたらす前に」
「陛下の御意のままに」
秀峰が冷静に応を返す。同じ死の神である透石、綺羅、テアがすぐさま申し出た。
「私も共に力を合わせますからね」
「及ばずながら私も補佐をいたします」
「もちろん一緒にやらせていただきますとも!」
秀峰は無表情で会釈しただけだったが、ほんの僅かに肩の力を抜いたようだった。
だが、光の柱への対処は前半戦に過ぎない。白珠はさらに続ける。
「それが終われば、次は始まりの神器だ。黇死太子、死の神の力を総動員し、始まりの神器に迫る終わりを限界まで取り払え。そこに紅日皇女が日神の力を注ぎ込み、一気に修復する。細かな制御や後押しに関しては残りの天威師が補完する。むろん、私もだ」
「はい」
生唾を飲み込みながら、明香は頷いた。秀峰もそれに倣うが、こちらは非常に落ち着いている。
(義兄様、すごいなぁ)
感嘆していると、レイティがはっと上を見上げた。殿舎の外で光が炸裂する。光り輝くように煌々とした、真っ白な光だ。
明香は息を呑んだ。
(こ、今度は何? 時間、まだ動かしてないよね?)
「父上」
レイティが呟き、外に走り出た。アドルフとクルーセラもだ。
慌てて追いかけると、外では空が割れ、皓い光の道が地上まで降りていた。光の中には純白の羽が等間隔でひらひらと浮いている。それを足場にするように、ゆったりと降りて来る影があった。
明香は呼吸も忘れてその姿を見つめる。
「やぁ、僕の可愛い家族たち」
そう言って慈悲深く微笑む美貌は、帝国分庁の塔で見た肖像そのままであった。ただし、皇帝姿ではなく、領巾を纏った神衣を着用している。
(先帝陛下……何で地上に!?)
天に還ったはずの先帝ルーディが、柔らかな笑みと共に降臨していた。レイティが迷わずに跪き、最上級の礼を取った。その後ろに、アドルフとクルーセラが並んで拝礼する。
「皓死神ルーディ=オルト様。ようこそお越し下さいました。帝国皇帝レイティ=ヴェル、並びにアドルフ=リラ、クルーセラ=サナがご挨拶申し上げます」
皇帝位にある者を代表して告げたレイティの奏上に、ルーディは笑顔で返した。
「あぁうん。ありがとう。元気にしてたかい、僕の愛しい子どもたち。うーん相変わらず可愛いねぇ、あははは」
「……」
何て軽い至高神だ。美しく繊細な顔立ちからは想像もできない性格に、跪拝した明香は目眩を感じた。
生前は皓暗帝と称し、昇天して後は皓闇神に昇華したと思われている先帝ルーディだが、その本性は死の神であった。ゆえに、天に還って後は皓死神となり、祖神の一柱に連なっているのだ。
(昇天した祖神様ってそんな簡単に降りてきていいの? 一度天に還ったら地上には不干渉、それが大前提のはずだよね)
混乱しながらもそろりと周囲を伺うと、後を追ってきた他の天威師たちも恭しく平伏している。ルーディは全員をぐるりと見渡し、満足気に目を細める。
「皆、顔を上げておくれ。僕の大事な宝玉たちに会えて嬉しいよ。珠歩も変わりないね」
「祖神様方のお慈悲をもちまして」
ちょうど明香の隣で頭を垂れていた秀峰が典雅に返答した。
「それは何より。でも、僕のことは祖神ではなく祖父として扱ってくれていいよ。祖神として言葉を下ろす時は個別にそう言うからさ」
頷いたルーディは、次いで明香を見ると相好を崩す。優しくて悲しい笑みだった。
「君の方とは初めて会うかな。会えて嬉しいよ」
「っ、恐縮でございます」
反射的に受け答えする明香を眺めたルーディは、ふむと顎に手を当てた。
「うん、もう起き時のようだだね。いい頃合いじゃないか」
そして、次に殿舎を見る。
「あそこに穢れてしまった神杖があるだろう。それを貰いに来たんだ」
豪栄によって穢されたあの神杖。かつてそれを授けた緋日神が、このまま置いていては天威師たちに汚損の被害が及ぶのではと憂慮し、神器を引き揚げると言い出したらしい。
「だったら僕が取りに行って来ますって言ったんだ。祖神の中では僕が一番昇天してからの日が浅い……つまりまだ地上に近い立場だから。皆に会いたかったからちょうどいいしね」
そしてひらりと手を振ると、一瞬でその掌中に神杖が握られていた。テアの天威で包み、隔離してある状態のままだ。
「あーあ、本当に穢れてる。よくここまでめちゃくちゃにできたものだ」
感心半分、呆れ半分で杖を眺めたルーディはうーんと首を傾げ、にこっとレイティに笑いかけた。
「用事は済んだけど……どうせなら最後まで見届けて行こうかな。これから光の柱と始まりの神器に対処するんだろう? ねぇ、僕も見ていていいよね」
「承知いたしました」
レイティが即答で頷いた。気のせいか、目がきらきらしている。
(お義父様?)
「ああ、分かっていると思うけれど、僕のことは祖神じゃなくて父親として接してくれたらいいからね」
「はい、父上」
「それにしても眩しい光だ。目が痛くなったりしていないかい?」
「はい、大丈夫です」
「そうかい、ヴェルは強い子だからちょっとくらいなら我慢できるんだね」
「我慢できます」
先程までの泰然さはすっかりなりを潜め、まるで小さな少年のように答えるレイティに唖然としていた明香は、はっと思い至った。
(お義父様って、生まれた時からずっと迫害状態だったんだよね。味方の中で唯一大人だったのは、きっと先帝陛下だけだった)
だとすれば、全力で自分を護ってくれる父は、まさに頼れる英雄のように映っていたのではないだろうか。
(まさかお義父様って、お父さん大好きっ子とかそういう感じ……?)
よく見れば、アドルフとクルーセラもレイティと同じような顔でルーディを見ている。
と、空の割れ目から、深い漆黒の光が降りて来た。時が止まり、風も吹かぬはずの世界で、長い黒髪がひらりと揺れる。白珠と瓜二つの美貌が淑やかな微笑を湛えて天威師たちを包み込んでいた。
「我が子たちよ、息災でおりますか」
「玄闇神様」
白珠たちが再度頭を下げる。
(ななな何で!? 先皇陛下まで来ちゃったよ!)
何故このようなことになっているのかと明香が慄いていると、ルーディが喜色を浮かべて先皇黒曜を見る。
「やぁ、君も来たのかい」
ひらりと繊手を翻し、礼を解くようにと仕草で意思表示した黒曜は、迷わずルーディの元に歩み寄った。先の御代において、唯一の皇帝として世界を統べていた兄妹は当たり前のように寄り添い、互いの腕を絡めて微笑み合う。
「ええ。私も立ち会いますわ。三千年越しの死神降臨の瞬間ですもの。それに……失敗すればその時点で世界は滅びるか、天威師が強制送還になるかです。そうなればこの子たちは泣くでしょうから、真っ先に側で慰めたくて」
光の柱への対処に失敗すれば、世界は焼き尽くされて滅びる。その後の始まりの神器の修復に失敗すれば、神器を失った天威師たちは地上にいられなくなり、天に強制送還となる。慈愛に満ちた眼差しが天威師たちに順繰りに注がれ、最後は秀峰と明香に据えられる。
「祖神の一柱として言葉を授けます。黇死太子、紅日皇女、気負うことはありません。失敗したとしても、我らがそなたらを責めることはない。その時は天に還り、以降は皆で平穏に暮らすのみです」
「そ、それは……」
明香が声を上げようとした時、隣で控える秀峰が平坦な声音で返した。
「お言葉を賜わり恐悦至極にございます。ただこの身の死力を尽くす所存にございます」
黒曜の言葉におもねるでも反論するでもなく、さらりと流す。黒曜は優しく笑い、そう、と頷いた。
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