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111.集まる天威師

ご覧いただきありがとうございます。

「……」


 秀峰の目が明香に向く。切なげな眼差しが、明香の身の奥に潜む誰かを見つめるように細められた。

 さらに問い詰めようとしたか、豪栄が再び口を開きかけるが、その前に紗羅が割り込むように言葉を差し入れた。豪栄をにっこりと見下ろして言う。


「次は私が恵奈になっていた理由ね。あの子本人が庇護を求めて来たの。宗基家にある神杖が酷く穢れてしまい、余りに穢れすぎて自分の聖威まで澱んできたから助けて欲しいと」


 奇跡の御子である恵奈は、真皇族にも目通りが叶いやすい立場だ。大神官という地位にあるため、松庵が志帆であるということも知らされ、陰から援護していた。それらの縁を活用して志帆に助けを乞うたのだという。


「私たちは恵奈を清浄な離宮に隔離し、彼女の聖威が浄化できるまでは私が入れ替わって大神官を代行することにしたの。奇跡の御子が穢れかかっているなどと公表できるはずがないから、秘密裏にね。入れ替わってもう三月(みつき)ほどになるかしら」


 その時期は、ちょうど花梨が神器を手に入れ、日神の御子を自称していた頃だ。横暴な振る舞いで皇宮全体がぴりぴりしており、余計に大変だったのだという。


「あなたは本当に、何一つ気付いていなかったわね」


 いっそ明るささえ感じさせる声音で言い切られ、豪栄が蒼白になって唇をぱくぱくと開閉した。そこに、力強い気が幾つも出現した。


「仕方ないよぉ、そいつ頭空っぽなんだから」


 空間を割って現れたティルがひらりと着地する。


「昔はまだマシだったのだけれど、堕ちるところまで堕ちてしまったのだね」


 苦味を宿した表情で呟くアドルフも、音もなく降り立った。ラウとクルーセラも続いて現れる。

 そして、各々の対と思われる真皇族に――アドルフは志帆に、クルーセラは透石に、ラウは秀峰に、ティルは高嶺に――駆け寄ると宝玉の挨拶を行った。


(おじさん、おばさん、お義兄様!)


 明香はぱっと目を輝かせた。これで真帝族が揃ったのだ。


「それでもノルギアスの先代大公よりはましでしょう」

「ええ、先代大公は珠歩を……」


 剣呑な瞳を閃かせるクルーセラに続き、凄絶な怒りを帯びたラウが言いかけるが、バタバタと足音が聞こえてきたので中断した。


「ただ今戻りました!」

「神器はもう大丈夫ですわ」


 折よく、テア、ミア、ローアン、ソフィーヌも殿舎に戻ってきたのだ。手には幾つもの神器を抱えている。


「ご苦労様でした」

「一応僕たちにも確認させてくれるかな?」


 クルーセラとアドルフが微笑し、志帆と透石と共に神器を受け取った。

 手ぶらになったテアたちはラウとティルの側に歩み寄る。

 ソフィーヌは紗羅に近付き、宝玉の挨拶をしてからそれに続いた。


「太子殿下、担当を代わっていただいてありがとうございました」

「おかげさまで紅日皇女と話ができましたわ」


 ローアンとソフィーヌが頭を下げると、ラウとティルが微笑んで頷く。

 ミアがティルの方を見て尋ねた。


「帝城の神器の状況はいかがですの?」

「暴走していた神器は全部処置が終わったよぉ」

「では、後は光の柱を鎮め、始まりの神器に対処するのみですね!」

「それが一番難しいのだが……」


 元気に言うテアに、ラウが苦笑する。そして、揃って顔を巡らせ、秀峰の手にある小鳥を注視した。秀峰が眉を寄せて首を横に振る。


「死の影は取り払った。けれど、元々の摩耗が大きすぎる。これでは移送に耐えられない」


 綺羅と紗羅も難しい顔になっている。


「長くとも千年程の使用期間を想定していたはずが、三千年に延びてしまいましたからね」

「もう帝家の呼び声が聞こえるかも怪しいわ。どう?」


 紗羅に問いかけられたソフィーヌが、小鳥に向かって口を開く。


「皇国太祖が創りし宝器よ。私の声が聞こえますか? 我が名は帝国帝女ソフィーヌ=エリン」

「同じく帝国帝子ローアン=フェイ。この声が聞こえているのであればお応えを」


 ローアンも続けて小鳥に呼びかけた。皆が固唾を呑んで見つめる中、少しの間を開けた後に小鳥の羽根が僅かに動く。今にも消え入りそうな鳴き声が聞こえた。


『ぴゅぃ……』


「もう応える力がないのか。皇家の者が創った神器ならば、自らの護り手たる帝家の声には即座に反応するはずなのに」


 まずいな、と呟いたのは高嶺だ。小鳥が放つ光も随分と薄く弱くなっている。この光が消えてしまえば万事休すだ。神器を確認していた志帆と透石が手を止め、小鳥の反応に眉を顰める。


「何とか聞こえてはいるようですが……消耗が激しいですね。かと言って、陽神たる私の力では、日神が創った神器を修復するには出力が足りない」

「私が真に陽神であれば、共に力を込められたのですけれど。本当は冥神ですから……」


 悔し気に発された声に、邪魔にならないようにと状況を静観していた明香は目を瞬いた。


(透石様――茜陽の称号を名乗っていらっしゃるけど、本当は冥神なんだ。茜冥(せんめい)が本当の称ってこと?)


 だから共鳴が起こらなかったのか。先達や綺羅と同様、死の神であることを秘して他の至高神の神格を称しているのだろう。

 アドルフとクルーセラが同様に小鳥を眺めてさっと目を見交わす。


「うーん、これはもう無理かもしれないね」

「いくら終わりを遠のかせても、本体自体がここまで弱っていては」


 不穏な台詞が放たれると、殿舎内の気配が一気に緊迫したものに変わる。

 そのような中、全く空気を読めない豪栄が声を上げた。


「なん……原初の神器が潰れるのか!? それでは皇室と宗基家の権威はどうなる!? そ、そうだ、無能な庶子を一匹か二匹生贄にすれば回復するのではないか!? そこにいる穀潰しの北の御子を八つ裂きにして、生き血を全て神器に捧げればいいのだ!」

「……」


 しん、と沈黙が落ちた。


(す……すごいこと言い出したよ)


 悪神(あくじん)の召喚儀式ではあるまいし、そんな凄惨な方法で光を司る日神の神器が復活するはずがない。宗基家の当主でなくとも、一般常識で分かることのはずだ。


(ていうか、義兄様は天威師なんだって。何でまだ庶子ってことになってるの)


 それを指摘しようと口を開きかけるが、豪栄の様相を見て言葉を呑み込む。


(……何か、目がおかしくない?)


 白目が充血し、瞳孔が開き、焦点は虚ろになっている。端的に言えば、まるで正気を感じられない目付きだったのだ。


(え、この人いつからこんな状態だったの?)


 困惑していると、謙皇帝たちが今にも舌打ちしそうな表情で豪栄を睥睨した。

 特にアドルフとクルーセラは、この場で首を斬り落としかねないほどの眼光を放っている。常であれば優しい青を湛えている瞳が、溶岩のような赤に染まっていた。


「ああ、やはり既に()()()()()。穢れた気に呑み込まれたか。生ける害悪だ」

「まこと、愚かなことを申すもの。いっそ舌を切り取った方がいいかしら」


 ひそひそと物騒な言葉を囁き合う兄妹に、志帆と透石が溜め息混じりに声をかけた。


「二人とも気を静めて下さい。この男は5年前より神々の管轄下にある。私たちが手を下すことではありません」

「余り殺気立っては皇家の子たちを怖がらせてしまいますよ」


 それを聞いたアドルフとクルーセラが瞬時に気迫を霧散させ、赤い瞳がすぅっと碧眼に戻る。

 明香は二人の言葉を反芻した。


(既に狂ってる? 5年前? ……前からおかしかったってこと? でも、さっきまでは普通に話して――いや、本当に普通だった?)


 思い返してみれば、いくら神杖が穢れたからと言って、禁術で世界の時間を止めて皇宮の特別区に侵入し、初代の神器を勝手に使おうとするだろうか。失敗した時の代償が大きすぎる上、余りにも非常識な思考だ。


(もしかして、()()()()()()()の?)


 愕然とする明香の前で、口から泡を飛ばす豪栄はなおも喚き立てる。


「このまま始まりの神器を失わせる気か! 我が祖の御稜威が損なわれ、世界が滅びるのだぞ!」

「いいや、神器は失わせぬ。世界も存続させてみせる」


 凛とした声が、混迷を帯びた空気を一瞬で打ち払った。


ありがとうございました。

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