表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
110/155

110.繋がっていく符号

ご覧いただきありがとうございます。

今回ちょっと長いです。すみません。

「やれやれ……子は親を選べない。外れくじを引いた子どもは大変ですねぇ。父、父たらずといえども子は子たらざるべからず、とはよく言ったものです。子にとっては理不尽でしかない」


 淡々と発された声が、しわがれた老人のものから若い青年のものに変わっていく。瞬くような光と共にその身長が伸び、すらりとした容姿に早変わりする。

 白珠と高嶺に酷似した、女神の如き美貌。青みがかった黒い双眸。左目の下の泣きぼくろ。

 てっきり北の御子だとばかり思っていたあの青年だ。


碧陽(へきよう)謙皇、陛下……」


 茫然自失と言った体で、豪栄が言葉を零す。青年の優しげな双眸が、明香を見てふわりと和んだ。

 綺羅がこっそりと囁いてきた。


「よろしければ、我が父のことも私事では名で呼んであげて下さい。喜びますから」


(ああ、やっぱり――)


 はいと頷きながら、明香の中で何かがすとんと腑に落ちた。図書館で会ったあの人は誰だったのかと考えた時に組み上がった推測の通りだ。


(この方は、碧陽謙皇陛下……志帆(しほ)様)


 白珠の弟である碧陽謙皇は、その御名を志帆というのだ。母たる黒曜が、身重の体を推して海上での公務に出た際、船の上で産気づいたことから名付けられたそうだ。


『……し、しゅほ、さま?』

『はい、そうですが』


 あの時、図書館で呼びかけた明香に対し、謙皇――志帆はそう答えた。そして、高嶺から聞いたのだという明香の台詞に納得していた。だが、実はそこから互いに勘違いが始まっていたのだ。


(私、確かに名前をお呼びしたけど。でも図書館の中だったから……口の中で小さくこもらせるような声しか出さなかった)


 喉の奥で、ぼそぼそとくぐもった小声で呟いたため、はっきり発音できていなかったかもしれない。


(だから、きっと志帆様は聞き違えたんだ。『しゅほ』を、『しほ』って)


 そして、高嶺が謙皇であり叔父でもある自分のことを明香に話したと思ったのかもしれない。お付きの童子と童女は志帆を『御子様』と呼んでいたが、皇族が私用でどこかを訪れる際は、目立たぬよう陛下や殿下ではなく御子と呼ばせることもあるそうだ。


(会う度に胸の奥がきゅっとなってたのは、多分共鳴。だって、エリちゃんに会った時も同じような感じがしてたもの。陽神と日神で神格が離れてるから、日神同士の時みたいな強い呼応は起こらなかった)


 とはいえ、同じ太陽神であるし、陽神も結局は日神に辿り着くのだ。加えて、日神という真の神格は、抑えられているだけできちんと志帆の中にある。

 ゆえに弱いながらも共鳴が起こり、胸の奥が疼いていたのではないだろうか。図書館で会った時の方が疼きが強かったのは、その時は明香が完全に天威に覚醒していたからだ。初対面の際は、徴は出たもののまだ半端にしか目覚めていなかった。


(それに、前に佳良様から教えてもらった。志帆様は謙皇として、皇宮の北の区画一帯を管轄下に置かれてるんだって。義兄様が北の御子として住んでる宮は――北の宮は、きっとその中にあるんだ)


 それならば、『我が北の宮』に白珠がお越しになると言ったことも説明がつく。


(目が青みがかってるのは、帝家のご先祖様の血が隔世遺伝で出たか、天威の出し過ぎが原因ってことかな)


 天威師は、人間としての器の容量を超える力を発揮すると、抑えている神格が露出して神に戻ってしまう。そうなりかけたものの間一髪で踏み止まったとしても、何らかの痕跡が残る場合がある。

 高嶺によると、志帆は危うく天威を過剰放出しかけて神に戻りそうになったことがあったというから、その際に出しすぎた力の名残が瞳に沈殿し、青みがかっているのかもしれない。志帆の気の色は碧なのだから。


(全部勝手な想像だから、ちゃんと確認しないと駄目だけど)


 だが、おそらくこれらの推測に関しては当たっているような気がした。確証はないが、天威師の勘とでもいうべきものが、それで正しいと告げているのだ。


(そうだよ、思い出してみれば――図書館で、志帆様は私にお辞儀しなかった)


 図書館での別れ際、志帆は会釈すらせずにさっさと明香の前を辞した。あれは謙皇帝だったからこそできた行為だったのだ。


(むしろ私の方が叩頭しなきゃいけなかったんじゃ……)


 通常の天威師である謙皇帝と、全き天威師である皇女。どちらが上かと言えば難しいが、おそらくは前者が上位になるだろう。

 御威至上主義の法則に則れば、明香の方に軍配が上がる。しかし、天威師に関しては例外で、『全き天威師は特別中の特別として扱われるものの、通常の天威師も実質的に全き天威師と同等と見なされる』という二律背反の状態にあるのだ。通常の天威師も、最後は全き天威師と同じ域に到達するためである。

 それを勘案した場合、残る判断要素となる身分や地位では、当然ながら謙皇帝の方が皇女より上位となる。謙皇帝は自らの意思で謙っているだけであり、正式な皇帝であることに変わりはない。つまり、志帆の方が明香より高位にあると考えられる。


(まずい、失礼なことしちゃったかも。後で確認した時に謝ろう)


 じっとりと冷や汗をかきながら、改めて志帆と紗羅を見る。北の御子だと思い込んでいた人物の正体が判明したことは何よりだが、ここに来て新たな疑問が生まれてしまった。


(でもさ、どうして志帆様が松庵様になってたの?)


 何故、志帆は松庵に変化していたのだろうか。

 考えてみれば、松庵と対面した時は僅かに胸の最奥が高鳴っていた。集中していなければ自覚できないほど小さなものだったが、あれはきっと共鳴だったのだ。松庵に変化していた時は太陽神の気を極限まで抑えていたはずだから、本当に最低限の反応しか起こらなかったということだろうが――そもそも何故姿を変えていたのか。紗羅が恵奈になっていたことも含めて、一体何がどうなっているのだろうか。


(松庵様に化けた志帆様と少しだけでも呼応したんだから、恵奈様になってた紗羅様と会った時も、きっと僅かには共鳴してたんだ。でも、気付かなかった。だってあの時は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。限界まで月の神の気配を抑えてた紗羅様との共鳴は感じ取れなかった)


 推測の欠片を繋ぎ合わせて予想を組み立てて行きながら、ふと思い出す。


(そういえば、四大高位神様も松庵様には妙に遠慮がちだった。あれって正体が分かってたからなんじゃ……)


 だが、明香がそれを尋ねる前に、豪栄が裏返った声で吠えた。


「どういうことだ、何故恵奈が纁朏皇女で神官長が碧陽謙皇なのだ!」


(あ、聞きたかったこと言ってくれた)


 すると、今まで黙っていた白珠似の女性がくすりと笑みを零した。


「あらあら、まぁまぁ明香ちゃんったら。代わりに聞いてくれて良かった、という顔をしているわよ。分かりやすい子ねぇ。可愛いからいいけれど」

「え……」


 容貌から考えれば、この女性が誰かは容易に想像できる。


茜陽(せんよう)謙皇、透石様。蒼月皇陛下の妹君で、リィおじさんの妻。フー君とエリちゃんのお母様だよね。でも……)


 今の話し方は非常に聞き覚えがあった。声や容姿は全く異なるが、内容も口調も間の取り方もほぼ同じものを聞いたことがある。

 脳裏に浮かぶのは一人の女性の姿だ。緩く結んだ髪に愛嬌のある黒い瞳、40代半ばほどの外見をした中肉中背の女性。いつも気の良さそうな笑顔を浮かべ、朗らかな声で話しかけてくれた。


『あらあら、まぁまぁ日香ちゃんったら。今日のおやつは大盛りだから嬉しいなー、って顔をしてるわよ。分かりやすい子ねぇ。可愛いからいいけど』


(何で、茜陽謙皇陛下があのおばちゃんと同じ台詞を仰るの?)


 近所に住んでいた、面倒見のいいおばちゃん。世話焼きな性格で、遊び相手や悩みの話し相手になってくれた他、様々なことを教えてくれ、茶菓や食事の差し入れも持ってきてくれた。家が全焼した時は、斎縁家で雇用してもらえるよう口利きをしてくれた。

 (きゃつ)と乱闘した明香が徴を発現した時は、野次馬の中で真っ先に駆けつけてきて、これは徴だと騒ぎ神官を呼ばせた。おそらく白珠の息がかかっていたのだと予測していたが、まさか謙皇が変化していたのか。


「私たちはあなたをずっと側で見守っていたのよ。近所の人々を装ってあなたの周囲に配置された形代を、覚醒済みの天威師たちが交代で動かしたりもしていたわ」

「……」


 ということは、近くにいた親切な大人たちやよく一緒に遊んでくれたお兄さんお姉さん、同年代の子どもたちも形代で、綺羅や沙羅、志帆たちが動かしていた時もあったということだろうか。


「あぁそうそう、私的なところでは私のことは透石(とうせき)と呼んでちょうだいね」

「はい……」


 衝撃で固まっているところに続けて言われ、半ば無意識に頷く。同時に小さな疑問が浮き上がって来た。


(でも、透石様も陽神のはずなのに志帆様みたいに胸がこそばゆくならないなぁ)


 弱くとも共鳴が起きてもいいと思うのだが。心の中で首を捻っていると、わなわなと震えていた豪栄が力の限り怒鳴った。


「お前らわしが聞いていることに答えろ!」


 喉を痛めるのではないかと思うほどの声だ。対照的に落ち着いた声で答えたのは志帆だった。


「紅日皇女たちの入宮と公表に備え、諸々の用意を行うためですよ。謙皇として動けば目立ってしまいますので、聖威師・松庵という架空の人物を作り、神官長の地位に就き、密かに神官府における準備を進めていたのです。むろん、一部の高官や要職者たちにはその旨を開示し、密かに協力してもらっていました。ああ、本物の大神官も承知の上でしたよ」


 神である天威師は、神官が集結する神官府とは切っても切れぬ関係にある。新たな真皇族が登場するのであれば、神官府における準備と調整も必須になるのだ。


(要職者には開示……でも、佳良様は何も聞かされてなかったっぽいよね。聖威師なのに)


 何故だろうと気になったが、ここで聞くことではないので頭の片隅に流しておく。続いて綺羅も口を開き、明香に説明する形で補足してくれた。


「皇族側の準備を行う藍闇太子殿下との連携を、より綿密かつ円滑に行うため、私は太子付きの官吏・永樹に変装してご両者の繋ぎ役をしておりました」

「そうだったのですか。真皇族のお務めだけでもお忙しいでしょうに……一人で二役をこなされるのは大変だったのでは」


 言いながら、明香は気付いた。


(いや、義兄様の方が大変だったんじゃない?)


 秀峰は、黇死太子・蒼の使徒・斎縁泰斗・北の御子という四役をこなしていたのだ。黇死太子と蒼の使徒は実質的に同一だったかもしれないが、それでも三役だ。

 加えて、斎縁泰斗という役柄の中には、皇帝たちの専属技師と明香の教育係という二つの側面があった。

 北の御子とて、いくら影が薄い存在とは言え、何もしないというわけにはいかないだろう。

 それらの役割を全て一人で並行していた義兄は、一体いつ寝ていたのだろうか。天威師なので睡眠や休息は必要ないのかもしれないが、それでも大変なことに変わりはない。


(義兄様って化け物並みにすごいんじゃ……)


 密かに戦慄していると、綺羅が苦笑した。


「そうですね、色々と考えたり工夫するところはありました。天威で分裂できれば楽なのですが、それは禁止されておりますし」


(あ、そうだよね。増えられればそれで解決なのに)


 神格を持つ天威師と聖威師は、分身や分裂、複製などを用いて力を落とすことなく己を複数に増やしたり、同時に幾つもの場所に存在することができる。だが、それを実行することは原則禁止されている。


(初代陛下方がその手法を乱用しすぎたから……天の至高神たちに、それは反則だって禁止にされちゃったんだよね)


 初代皇帝たちが降臨した当時、荒廃した世界は滅ぼされる寸前であり、建て直しのための時間も人材も資源も何もかもが余りに不足していた。それらを早急に補うためには、天威師が増えて物量で対処するしかなかったのだ。

 感情に対して素直に振る舞う緋日皇だけでなく、先々のことまで見据えて冷静に動く翠月帝すら同様の行動を取ったというのだから、そうする以外には間に合わなかったのだろう。

 だが、それは反則技に近い方法であるということで、建国を成し遂げると同時に祖神から禁止令が出た。

 ゆえに以降の子孫たちは、自身の力を注いだ神獣や形代を分身に近い存在として使役することはできても、自分自身を増やすということはできなくなった。


 他にも、時間操作や空間操作、死者蘇生、国の全土に及ぶ遠視、その他幾つかの行為は同様の理由で、反則行為として使用を禁止あるいは制限されている。


(禁を破って実行すれば、その時点で天界に強制送還されちゃう)


 だからこそ、秀峰も志帆も綺羅も、一つの体で何役もこなさねばならなかったのだ。相当苦労したのではないだろうか。だが、それに疑問を呈したのは豪栄であった。


「準備や連絡役など形代か腹心の子飼いにでもやらせればいい。真皇族が自ら臣下に身をやつしてまで動くことなのか」


 途端に綺羅は嫌そうな顔になった。明香に向けて話したつもりが、豪栄が反応してきたからだろう。

 秀峰が代わりのように答える。


「紅日皇女の件だけではない。第四の至高神たる死神の公表に向けた準備や、私の太子就任の発表と周知などに関する用意もしなくてはならなかった。それに、()()()()()()をお披露目する段取りも……。どれも非常に重要であるゆえ、真皇族が手ずから行うのが望ましかった。お手数をおかけいたしました」


 最後は志帆と綺羅に対しての陳謝だ。


「珠歩が気にすることなどないのですよ」

「ええ、当然の仕事をいたしたまでですので」


 豪栄に相対していた時とは打って変わって好意的な態度で、志帆と綺羅が返した。当の豪栄は目を白黒させている。


「い、今一人の皇女? まさか、まだ表に出ていない皇族がいるのか!?」

ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ