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108.あの時と変わらない

ご覧いただきありがとうございます。

 


 ◆◆◆



 回想は一瞬だった。が、表情から何かを感じ取ったのか、レイティが心配気に目を細める。


「どうかしたのか。まさか、どこか怪我を――」

「いいえ、違うのです」


 白珠は軽く頭を振って微笑んだ。


「初めてあなたと会った時のことを思い出しました」


 それを聞いた水色の眼が、痛むような光を宿す。自分たちの初対面は、白珠にとってまさに悪夢のような出来事の中で起こったからだ。

 僅か十を数えるだけの時間で白珠の危機を察し、かつ場所を探し当てて駆け付けてくれたレイティは、どれほど必死で動いてくれたことだろう。


「先程、宗基家当主の言葉であの記憶が蘇って……それが引き金になったのでしょう」


 後に、せっかく助けに来てくれたにも関わらず拒絶し、物を投げてしまったことを謝ると、レイティは全く気にしていないと言ってくれた。


『姫もあの時は混乱しておられたでしょうから、仕方のないことです。ところで、私も一つお聞きしてよろしいですか。あの時、枕やクッションを投げておられましたが、金の置物を投げなかったのは何故ですか?』


 一度は手に取ったものの、戻してしまった置物のことだ。柔らかい枕や座布団に比べれば、攻撃力が高いことは一目瞭然である。少しでも高確率でレイティを遠ざけたいのであれば、迷わずそれをぶつけるべきだったのに。

 白珠は素直に答えた。


『あれは、とても硬くて重たかったので……投げつけて当たれば、あなたに怪我をさせてしまうかもしれないと思いました』


 答えを聞いたレイティは、驚いた顔をしてから微笑んだ。


『あの状況でも咄嗟に相手のことを思いやるとは……あなたはとても優しいお方ですね』


 穏やかに紡がれた声を回想しながら、白珠は眉を下げた。


「あの記憶が明香に――義娘に伝わってしまいました。とても驚かせてしまったことでしょう。申し訳ないことをしました」


 対するレイティは、どこか愉快そうに笑う。


「そうだな。だが、威勢良く宗基当主を張り飛ばしていたじゃないか」


 当初は物腰柔らかな青年として白珠に接していたレイティだが、仲を深めるに連れて次第に本来の喋り方に戻っていった。とはいえ、どちらであってもその魅力に変わりはない。


(ヴェル様はずっと私を護って下さっている)


 ショアーコンに陵辱されかかったあの一件以来、女性として男と接することに恐怖を覚えるようになった白珠に、ならば気休めかもしれないが男装してみてはどうかと提案したのもレイティだ。白珠がそれに応じ、外での装いや口調を男のものに改めると、それは自分の悋気(りんき)が原因であるという噂を流し、さらりと汚名をかぶってしまった。


(私の最愛の夫……)


 その時、床からぎしりという鈍い音がした。何事かと見下ろすと、レイティの足下に踏み敷かれた長剣が、体重をかけられて軋んでいる。


「……ヴェル様、神器からおかしな音がしておりますが」


 レイティは鼻で笑って足元を一瞥した。


「俺の宝玉を襲おうとした。これくらい当然だ。これを下賜された祖神様とて、正当防衛だとお認め下さるさ」

「そうでしょうけれど……」


 至高神の同胞への愛は、まさしく限りが無い。愛しい末裔を守護するために与えたはずの神器が、護るどころか逆に傷付けようとしたとなれば、神器に対して怒り狂うだろう。神器を踏み付けるレイティを、嗜めるどころか良くやったと絶賛しかねない。


「祖神様の神器と言えど天威師には及びません。現に私は無事でした。少々ひやりとする局面にはなりましたが、体には結界を纏っていましたし、ヴェル様も来て下さいました」


 神器を下賜された側としてこのまま放置することも忍びなかったため、白珠は宥めるように微笑んだ。


「ですから許してやって下さい」

「我が至宝が望むのならば」


 レイティがようやく神器から足を退けた。爪先で軽く蹴り付けると、暴走抑止の封が施される。ぞんざいな扱い方だが、テアやローアンたちも同様の対応をしていた。

 天威師にとって敬うべきはあくまで祖神であり、神器はただの道具にすぎない。例え祖神が創ったものであってもだ。


「これで全ての神器に封ができました。後は、光の柱を抑えるだけです」


 言いながら、白珠はレイティを見た。最愛の夫は、しっかりと自分を抱え込んで離さない。


(いつまで抱かれていればいいのでしょう……)


 レイティは少し思案するように外に目を向ける。


「事態を収集させるのだな」

「ええ」

「そうか」


 頷いた眼差しは、しかし、どこか不穏な光を帯びている。真帝族は人界にも人間にも思い入れはない。

 真皇族がいるがゆえに辛うじて自分を抑え、地上に留まっているだけで、本当はすぐにでも天に還りたいだ。命令の力で真皇族を従わせて強制的に昇天しないだけ、まだ譲歩している。

 ゆえに、この状況は千載一遇の好機でもあった。このまま時を動かせば、世界は自ずと滅びる。護るべき世が無くなれば、真皇族は天界に戻るしかなくなる。皆で祖神の懐に還れるのだ。


「ヴェル様、私との賭けをお忘れではありませんでしょう」


 危うげな兆しを断つように、白珠はレイティに呼びかけた。己に課された全てを抱え込み、精神をとことん追い詰めてしまう白珠にとって、鮮烈な光を以って気鬱の沼を祓ってくれるレイティは太陽そのものだった。


「ああ、もちろん」


 即座に答える湖の瞳を正面から見て、語りかける。


「私は神千国皇帝として、国のため民のためになすべきことをいたします」


 レイティは白珠の側に寄り添い、その意に沿って惜しみなく尽力し続けてくれた。時には前に出て先導し、時には後ろに回って支え、時には横に並んで共に歩み。いついかなる時でも、どのような状況であっても、ただ一声呼べば閃光よりも早く馳せ参じてくれる。


「この世界を護りたい。帝国皇帝レイティ=ヴェル殿、どうか私に力を貸して下さい」


 ふと、昔の記憶が蘇る。

 15歳になった時の光景だ。初々しい漆黒の瞳に、緊張と意気込み、そして抱負を乗せた白珠は、精一杯の力を込めてレイティを見上げる。


『私はこの世界をもっと良くしていけるよう邁進いたします』

『神が少しでもお怒りを薄め、一人でも多くの者がこの世に生まれ来て幸せであったと思えるように』

『橙日太子レイティ=ヴェル様、私にお力をお貸し下さい。私と共に同じ道を歩んで欲しいのです』


 当時18歳であったレイティは、日だまりのように微笑んで跪いた。


(あなたは私の声に応えてくれる。最初から今まで、そしてきっとこれからも)


 レイティが、祭壇の脇にある豪奢な御座に白珠を下ろす。そして、あの時と同じ微笑を浮かべ、同じように片膝を付いて胸に手を当てる。


 口から紡ぎ出される言葉もまた、あの時と変わらない。


仰せの(Yes, as)ままに(you wish,)我が宝玉(my jewel.)

ありがとうございました。

最後の英訳は適当です。

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