後輩侍女は観察する おまけのおまけ
セルク視点による、侍女ちゃん視点のおまけのさらにおまけ。
タイトル→後輩侍女ちゃんは、鋭い
俺に、人生最大のモテ期が訪れたのは、シーリィちゃんの婚約式の後だった。
正直意味が分からない。あの日俺は全身でアイリアちゃんへの愛を体現し、周囲には目も向けなかったといっても過言ではない。
本当はちゃんと周りに注意を払って危険はないか注意していたし、アイリアちゃんへの不埒な視線を殺気で振り払ってやりましたけど。
その結果、モテ期がやってきたとか、なんなの?
本当に意味が分からないわけではないのがつらいところだ。
俺たち武家は下位とはいえ貴族は貴族。本当なら単純に恋だの愛だのだけでは動けない。
うちとアイリアちゃんの家が縁付いたら面白くない家もあるだろうし、単純にアートレスと結びつきたいところもあるだろうな。
あの日俺はアイリアちゃんとの間にいかにも何かありそうな気配を漂わせておいたけど、実際に何かあるわけではない。正式に婚約なんてことになる前に、何とかしたい面々は今動くしかないんだろう。
当主の意向で俺なんかに言い寄る羽目になったお嬢さんたちにはとても申し訳ない気持ちもある。
でもだからって、暴言は許せるものじゃないよね。
近頃、俺に言い寄ってくる人たちの手法は様々だ。直接縁談を持ちかけてくる家もあれば、世間話を装って遠回しに話を持っていこうとする人もある。
そういうのはまあ、断りやすいよね。
直接的なら当たり障りなく「王女殿下のご成婚がなるまでは」なんていって仕事を盾に断れば角は立ちにくいし、遠回しなら気づかない振りをすればいいんだもん。
色仕掛けは……まあ、俺も若いので少々困るんですけど、簡単に引っかかるようなお子ちゃまではないんでいいんですよ。彼女たちが接触してくる場所は王城の公の場なので、色仕掛けっていってもたかがしれてるし。
ただねえ。重ねて言うけど、暴言は許せるものじゃないよね。
それも事実無根の、妄想の入った暴言は。
俺は別に自分が将来騎士団長になるために、現騎士団長の娘に嫌々近づいているわけじゃないんで。
そんなことをしなくても大丈夫と俺を持ち上げた上で、アイリアちゃんをこき下ろすとかやめてもらえないかなー。
仕事が絡むとただでさえ真面目なのがド真面目になっちゃうアイリアちゃんだけど、案外抜けたところもあるし根は素直でいい子なのよ?
その可愛さは、まあ別にほかの誰にも理解してもらわなくてもいいんだけど。
少なくとも俺はよーく理解しているし、シーリィちゃんもレイちゃんもきっと知っている。あと、彼女のご家族とかも。
彼女にとって大事な人が知っていれば、十分だと思う。万人に理解されるなんて絵空事でしょ。
アイリアちゃんの一面を遠目で見て知ったつもりになって、ああだこうだ言うのは、ホント勘弁して欲しいよね。
出来れば聞かずに無視して立ち去りたいところだ。そうできない宮仕えの俺はつらい。いちおーは筆頭武家の当主だからって、まだまだ立場が弱いのよね、俺。
俺に言い寄ってくるお嬢さんたちは軽くはあしらえない背景をお持ちだから困る。
日頃色気も素っ気もないのは職務に忠実なだけだし、別に悪いことじゃないじゃん。普段から無駄に色気を振りまかれても俺が困る。
余計な野郎をひっかけても困るけど、俺の抑制が利かなくなるのが一番困るじゃん?
シーリィちゃんたちの婚約式の日に俺がアイリアちゃんにべったりだったのは俺自身の都合であって、別に彼女が王女殿下に我が儘を言って俺を側に侍らしたわけじゃないし。
あー、あんな面白味がない人といい家庭が作れるわけがないって知った風な口をきくのもやめて欲しいなーぁ。心配しなくても俺の愛は深いし、アイリアちゃんだって――たぶん、きっとそうに違いない。
満たされなかった期間が長かった分、たとえ相容れない部分があってもお互い努力しますとも。赤の他人に親切ぶったご心配をしていただかなくても結構ですー。
あの子は愛情深いから、こどもが生まれたら俺なんかそっちのけで夢中になっちゃいそうなのが心配だけど、そのときには俺だってこどもを可愛がるつもりだもんね。
庇護する対象に嫉妬するほど幼くもないし、心配しなくてもこどもはいずれ成長して巣立っていくもんなんだよ。その時に寂しさを感じるアイリアちゃんを慰めるのが俺の役目ですよ。
俺は努めて冷静に、変な言質を取られないような相づちを打ちながら、目の前のお嬢さんの上から目線の失礼な発言を大方聞き流す。
お前にそんな心配してもらう必要ねーよとか、ホントは言いたいけどなあ。
アイリアちゃんと内々の約束はしたけどまだ公にしていいものじゃないし、心変わりを狙うお嬢さんにそんなこと言っても火に油を注ぐだけだよね。
どうやったら当たり障りなく、このお嬢さんが二度と俺の目の前に来る気がなくなるようにできるかなー。
可能なら、アイリアちゃんとそこかしこでいちゃついて俺たちの愛を世間に広めたいところだけど……うん、そんなの絶対無理だよね。
まずアイリアちゃんが人前でそういうことを認めるとは思えないし。え、それ以前の問題だって?
いや、まさか、そんなはずは!
なーんてなことを考えていたら、ですね。
「セルクさま!」
と俺に呼びかける声が背後から聞こえた。
目の前のお嬢さんがわずかに顔をしかめるのにかまわず振り向くと、そこには見知った姿があった。
これがアイリアちゃんだったら反応に困るところなんだけど、彼女と同じお仕着せを着たその子は彼女の後輩侍女ちゃんの一人だ。
「どうかした?」
「お話中に申し訳ありません」
言葉通り本当に申し訳なさそうな顔で俺に答えた侍女ちゃんは、お嬢さんの方にも丁寧に頭を下げている。
「ここでお話しするには少々差し障りが……。申し訳ないのですが、少しお戻りいただけますか?」
そう言ってくれたのをいいことに、俺はお嬢さんから戦略的撤退を果たした。結局彼女が俺のところに来るのをやめようと思うような決定的なことは何も言えなかったからまた来るかもしれないけど、その時までに対策を考えておけばその次はないように出来るかも。
「何か問題でもあったかな? 俺がいた時点では特に何もなかったけど」
俺は侍女ちゃんの後を追いはじめながら問いかける。
「いえ、あの……」
よほどのことがあるのか、侍女ちゃんは口ごもる。
女の子が早足でも追うのには支障がない。追い抜かすわけにもいかないまま後に続きつつ、俺は呼び出しの中身を考えようとした、んだけど。
侍女ちゃんの足取りは少しずつ鈍った。そうかと思えばすぐに立ち止まってしまう。
ぶつからないように踏みとどまった俺、彼女との近さを感じて一歩退き、適正な距離をとった。
「申し訳ありません。嘘をつきました!」
くるっと振り返ったかと思いきや、侍女ちゃんは勢いよく頭を下げた。
「えええ?」
シーリィちゃん付きの侍女ちゃんたちは、アイリアちゃんの教育の成果かみんな真面目な子だ。アイリアちゃんよりは浮ついた面もあるように見受けられるけど、嘘をつくような子たちとは思えない。
今も正直に告白して頭を下げたまんまだし。
「なんでまた、そんなことを」
「出来心、です」
口を割る気はない顔で侍女ちゃんはそれだけ口にする。
簡単に言ってくれちゃうけど、王女殿下の護衛騎士を意味ありげに呼び立てるなんて下手すれば大問題だ。
王女殿下の――シーリィちゃんの名をかたるようなことがなかったし、あの言い方ならまあ許されるだろうけど。
君がそんなことをするとは思えないと言い切れるほど、俺は侍女ちゃんたちと関わっていない。だって彼女たちはアイリアちゃんの管轄だし、性根を入れ替えた俺はアイリアちゃん以外の女性とはあまり深く関わる気がないのですよ。
それこそが俺がアイリアちゃんに見せる誠意ってヤツじゃない?
あっ、もちろん主であるシーリィちゃんは除きますよ?
まあそんなわけであんまり親しくはないけど、悪くない子たちだなあとは常々思っている。
特にこの間! 率先してアイリアちゃんを飾りたててくれたのは彼女たちの発案だっていうじゃない?
上司を慕う様子に嘘はないように思えたし、その中の一人が悪意を持って主の騎士である俺に嘘をつくとは思いたくない。これでも見る目はある方なので、なんとなーくわかるんですよ。
何でわかるんだよと問われたら、重ねた人生経験による勘としか言いようがないので証明は出来ないんだけども。
俺は頭を下げたままの侍女ちゃんの後ろ頭をじーっと見つめた。
「どうして出来心を抱いちゃったのかな?」
俺には人生最大のモテ期が訪れている。その効力が侍女ちゃんたちまで効果を発揮したんだろうか?
――いや、ないな。それはないな。
俺はどの子にも遠巻きにされている。この子が「実は」なんてことは、たぶんないんじゃない?
シーリィちゃんに俺がレイドルを想っているなんて疑惑を持たせたのは侍女ちゃんたちだ。意味ありげに見られることもあるけど、それはきっとそういう方向の興味ではないはずだ。
じゃあ何の出来心だ?
さっぱりわからなくてふうと息を吐くと、彼女の方はふるりと震えた。脅かすつもりはなかったので悪いなと思いながら、もう一度息を吐いた。
王女殿下の護衛任務を終えて、騎士団内に戻るまでの間は、一応は勤務時間外――休憩時間だ。そう自分に言い聞かせて、しゃがんで侍女ちゃんの顔をのぞき込む。
それを受けて慌てて顔を上げる動きがコミカルで、笑みがこみ上げた。
「おにーさんは今のところ別に怒ってはいないので、素直に言ってごらん?」
だからこそついぞ侍女ちゃんの前では使わなかった以前のノリで言ってみた。
「それは、その」
それが功を奏したか、しばしの逡巡のあとで侍女ちゃんは理由を口にした。
「――セルクさまがお困りのように見えましたので」
「え」
驚く俺に、侍女ちゃんは続けてとつとつと理由を語った。
その語り口に俺を驚かせる意図なんてかけらもなさそうだったのに、彼女の口から飛び出た言葉は俺を驚かせて、なんというか、ものすごーく恥ずかしくなって叫びながら逃げ出したい気分にさせる内容だった。
これでも簡単に人に真意を悟らせない自信はあったつもりなんだけど。そうですか、俺のあふれんばかりのアイリアちゃんへの愛がダダ漏れでしたか……っ。
その思いが報われる気配がなさそうだと考えられている様子がその言葉の節々から溢れているように聞こえると、なんでだろう? なんだかちょっとへこむよね。
心配しなくても大丈夫なんですけど、やめて同情のまなざしを向けるのはやめて。
「アイリアさまに誤解されるのは望ましくないと考えまして」
そう結ぶ侍女ちゃんにはすでにためらいがない。
「そ、そーだね」
誤解は望ましくないのは間違いないので同意するしかないけど、素直にうなずくのが悔しいのは何故だろう。
だからってアイリアちゃんとの未来の約束をここで口に乗せるのは時期尚早だし、苦々しい気持ちで笑うしかなかった。
応援しているんですとかお似合いですとか言われて、悪い気はしないわけだしね。うん……別に協力は必要としないけど、俺たちを二人きりにしてあげたいとかその心意気はありがたいよね!
アイリアちゃんがその気にならないとそんなの無理だろうけど。
ああ、でも。
「さっきみたいな手合いをどうにかうまく煙に巻く方法はないかなあ?」
協力を申し出てくれているんだから、ちょっと尋ねてみることにした。今のところ良案はないし、女の子の方が女の子のことわかりそうなもんだよね。
「お二人の関係が正式なものになることが良いではないでしょうか」
やがて侍女ちゃんが口にした言わずもがなの事実は今のところ受け入れるわけにはいかない。
それを何とかしようと思えば、なるだろうけどさ。
そんなことした時のシーリィちゃんの反応が怖いよね。あの子未だに俺に対してみょーな誤解してるっぽいもん。下手にあの子に反対されたらアイリアちゃんがどうするか――本当に怖いのはそこだ。
俺のビミョーな顔に侍女ちゃんは感じることがあったらしい。
「あ、あの……私は大丈夫だと思うのです!」
きっとそのうち何とかなるはずですと、勢い込む侍女ちゃんは最終的に俺を持ち上げてくれる気はあったらしい。今のところ望み薄だと思ってそうだけど、将来的にはどうにかなるはずだと言葉を尽くしてくれる。
知っているはずのことでも、他の人の目でアイリアちゃんが俺を意識しているようだと教えてもらえると、うれしいもんだよね。
俺はあんまり女の子と親しくするつもりはなかったけど、協力を申し出てくれるこの後輩ちゃんには親しみを覚えた。
実に信じがたいことだけど、アイリアちゃんの後輩侍女ちゃんたちはみんな俺とアイリアちゃんのことを応援してくれてるとか……ホントなのかと疑いながらも、何となく嬉しいじゃない。
だってさっきみたいな手合いにアイリアちゃんのことを悪く言われて似合わないなんて言われた直後だもん。
そんなわけで。
以後、俺は侍女ちゃん達と前よりも交流を深めることになった。
その結果、まあまあいいことがあったと言える。
身の回りの侍女ちゃん達が俺たちに対して好意的なら、そのうちシーリィちゃんの強固な誤解もどうにかしてもらえそうな気がすることがまずひとつ。
それから彼女たちが、俺がご令嬢方に言い寄られることに辟易していると見るや何くれとなく助けてくれたのは特に良かった。
お返しに彼女たちによさげーなお相手をさりげなーく紹介したりもしたことも、彼女たちが俺により親身になってくれた理由かな。
その結果ちょっと仲良くなりすぎたのか、アイリアちゃんに嫉妬されたのは痛手だったけど、誤解を解消して歩み寄れたし。
うん、実にいい感じだ。
これも神のお導きってヤツだと俺は思うね!
これにて完結です。お読みくださってありがとうございました。




