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10.ゴールデンウィークはいつまで続くのか。

「じゃあ、わたしたちは試着してくるから、ちょっと待っててねー」



そう言い残してはや数十分。


姉さんたちの行方は知れずーーーなどということはないが、この場所に1人で放置される俺の身にもなってもらいたい。


ランジェリーショップ…から少しだけ離れた自動販売機の前に俺はいた。


さすがに彼氏でもない男が下着売り場に入っていくのは気が引けたし(というか嫌だ)、荷物持ちとして待っているつもりだったのだが、ひとつ忘れていた。


女の買い物は長いということだ。


前世の妹もそうだったな、たしか。

付き合わされた記憶がある。


妹の場合、服のようなものではなくて、ゲームやアニメ、グッズだった。


そしてあの時も荷物持ちだった。


妹はインドア派でもやしっ子だったので、重いものは怖くて持たせられなかったのだ。なにしろ自分で「ゲーム機より重い物は持ったことがないよ!」と言い張るほどだったから始末に負えない。



ゲーム機も昔は結構重かったと思うけど。



それと比べれば、姉さん達は幾分かアクティブだ。用事がなくても出かけるのは好きで、こうして俺も連れ出されることは珍しくない。


小学生の頃は、よく公園で遊んだっけ。


スマホをぽちぽちといじりながら、昔に想いをはせる。ずっとランジェリーショップを凝視しているわけにもいかないので、極力視線は別方向へ向けるようにする。



「あ、LIMEきてる」


通知を見るに画像が送られてきたようで、内容を確認しようとアプリを開


「嶺」

「うわっ…ってなんだ、(なお)か」


ーーーこうとしたら、曲さんの弟である直に背後から羽交い締めにされた。脱出を試みるも、筋肉の塊には勝てなかった。


くそ、これが格差社会か。


「…いきなりこんな奇怪な行動をする友人を持った覚えはない」


「すまん、オレも友達を生贄にするような真似はしたくないんだが」


「待って今物騒な単語が聞こえた」


「キノセイダヨー」


「隠す気あるのか?」


あからさまな棒読みと白々しいまでの目逸らし。


生まれ変わっても俳優にはなれないだろう、この少年の名は佐藤(さとう)(なお)


名前の通り真っ直ぐなヤツである。


彼との付き合いはそこそこ長い。


「で?生贄…って?」


「話すと長くなるんだけどな」


「三行でよろしく」


「呼び出される

逆らえない

嶺犠牲」


「よくわからないが俺の危機だということだけはわかった」


必死の形相で言う直の姿に、切羽詰まった様子が伝わってきた。


そうだ、こいつは下衆野郎ではない。根は真面目で良い奴なのだ。


たとえ現在のこの状況が、いかつくて強面(こわもて)の顔、バスケ部エースとして有利に働く背の高さ、やたらある筋肉、謎のサングラス、以上の条件が組み合わさったことにより、傍目から見れば麗しい美少年が不良か不審者かにでも絡まれているように見え、一定の距離を保ってこちらを窺っている上品なおば様が携帯を取り出してどこかに連絡しようとしていてもだ。



おそらく通報である。


「直、お前の人生に傷をつけられたくなければ今すぐこの手を離して俺を解放しろ」


直も周りの様子を見て、自分の立場の危うさを理解したみたいだ。


「…逃げないか?」

「うん、逃げないよ」


パッと解放された瞬間、俺は脱兎のごとく逃げた。


数秒後捕まった。


「だからなんで俺を捕獲するんだよ?」


羽交い締めでなくなった分ましだが、がっちりを手を繋がれていた。力がこもりすぎていて、正直痛いし絵面も酷い。


直はバツが悪そうに口をごもごもと動かしていたが、決心がついたのか俺としっかり目を合わせた。


「許してくれ嶺。姉貴に頼まれたんだ!」

「許した」


速攻で許すしかなかった。


曲さんに頼まれたなら仕方ないことだ。あの人は俺の知り合いの中では(ここ重要)常識人であるものの、実は極度の可愛い物好きだ。女性が可愛い物が好きなのは、一般的であり、大抵の場合当てはまるだろう。


しかし曲さんは違う。


端的に言えば、価値観がズレている。例をあげるとするならば、弟である直の鋭い眼光も彼女の『可愛い』の対象だし、ホラーやスプラッタ映画に出てくるゾンビに「べりーキュートじゃ」と頬を赤らめてうっとりしているし、ことあるごとに俺に女装させようとして撮った写真をアルバムにしている。

佐藤(さとう)(まがり)にとっての可愛いの守備範囲は、とてつもなく広いのだ。



ラノベなどで見る危険人物のように盗撮の類いはせず、律儀に俺や姉に許可をとっているのが曲さんらしいといったところか。


大抵のことに許可を出す姉さんと俺も、あの人には随分と甘いのかもしれないが。


「そうか、わかってくれたか。姉貴特製のプリンが報酬とあっちゃあ、お前を犠牲にするぐらいわけないよな」


当然のような顔で頷かれたが、俺はプリンに負けたのか…。


洋菓子職人を目指す曲さんの作るプリンはそこらで買うより断然美味しいと俺も思っているが、プリンで簡単に覆る友情って悲しい。


「でも、どうせまた女装とかだよね?それぐらいなら今更逃げるほどじゃないけど」


「え、マジで?うちの姉貴のせいで大切な何かを失わせてごめんって謝罪しなくていいのか?」


男として女装に思うところがあるのか、申し訳なさそうに眉を下げる。


「直が謝る必要はないだろ。曲さんにもない。本当に嫌だったらいくら俺でも断るからね」


「姉さん大好きな嶺なら、姉の友達ってだけで嫌でも無条件に受け入れるんだろ」


このシスコンめ、と笑いながら言われる。


「そんなことないさ。俺だって人間だから、許せないことだってある。姉さん達は、そういう領域を綺麗に避けてくれるだけ」


「ふーん…まあ、嶺が本当に嫌だってんならオレは姉貴相手でも止めるから、その時はちゃんと言えよ。これでも一応、お前の友達やってるんだから」


「ありがとう」


表情は冗談の延長のような苦笑い。それとは反対に、こちらを心配する、優しさが隠しきれない真剣な声。


やっぱり直は生まれ変わっても俳優にはなれないよ、と声には出さずに呟いた。




そういえば『この七罪嶺』となってから会うのは初めてだったが、特に違和感なく話せているな。


俺の最大の目的は、この二度目の人生を平和に謳歌することだから、概ね良い傾向だといえよう。



「姉貴、今回はゴスロリに挑戦するって言ってたからがんばれ」


やはり逃げたほうがいいのでは。

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