第十二演目 【演出魔王】
ウィンドウには、頭部を失った暗黒微笑の二人が消えていく様子が映っていた。
遠距離から放たれた高速の水魔法。それにより、暗黒微笑は殺された。
魔族は聖界で死ぬと、〝魔石〟を残して肉体が消え、魔界へと帰っていく。
ロルムたちは、その姿をただ見守る事しかできなかった……
「暗黒微笑殿……クッ……」
ゴードンが拳を握りしめる。
会話すら、させてもらえなかった。
この世界の理不尽さは、知っていたはずなのに。
何も対策してやれなかった……
「あの魔法使いがやったんだよね……ちょうどいいや……」
本当は、あまり使いたくなかった奥の手。
思いついてしまった、最低な作戦。
でも、勇者のプロフィールには、こんな記載があった。
[――パーティメンバー全員を、抱きたいと思っている。]
師匠に吹き込まれたとはいえ、勇者が変態であることは間違いない。
そして、そっちに容赦が無いのなら、こっちも手段を選ぶつもりはない。
ロルムは『設定』の準備をする。
この作戦のS魔力の消費は――残量のすべて……か。
この設定が失敗したら、もう召喚ができなくなるな。
でも、変態の楽しませ方は知っているし、これで決めれば問題はない!
「設定開始――バブルウォッシュスライム」
映像に、一匹のスライムが現れた。
ピンクの石鹸のようなフォルムで、地面を滑るように移動するスライム。
召喚場所は、勇者一行の進路上――約30m先。コイツを隠す気はない。
スライムは魔法使いを捉えると、急加速して突進していく。
ビュ――――――ンッ!
そして、魔法使いに対し高速で接近し、心臓目がけて飛び跳ねる。
――パァンッ!
しかし、砲弾のような水魔法により、空中で迎撃されてしまった。
スライムの体が花火のように弾け、飛び散った体液が魔法使いに降りかかる。
「よし。当たった!」
それは、奥の手の成功を意味する。
魔法使いの肌に、スライムの飛び散った体液が一滴だけ付着した。
――すると、魔法使いの服は水となり、バシャッと地面に落ちる。
彼女は、何が起こったのか理解できないまま、晴天の平野にその生身を晒した。
ボクがバブルウォッシュスライムに設定したもの。
・体を洗うことに特化したスライム。
・体を洗うために邪魔な障害は取り除く。
・体を素早く洗うために高速移動が可能。
・体液が体に付着した相手は、魔法を3秒間使えなくなる。
本来なら、服を消すため全身を駆け巡らせる必要があると思っていた。
しかし、魔法使いの服は好都合にも魔法できている。
つまり一滴でも、体に付着させれれば――
――勇者に裸を見せられる。
そして3秒後には、また自分で服を着れるはず……
勇者が変態じゃなかったら、まず思いつかない策。
そして思いついてもやりたくない奥の手……
だが、これは仇討ちだ。
「ボクの寿命の為、悪いけど犠牲になってもらうっ」
ロルムは悪い笑みを浮かべて結果を確認する。
映像では、じっくり裸を観察していた勇者が、服を造りなおした魔法使いに
近くの木まで水魔法で吹き飛ばされていた。
「よしっ!」
――勇者は確実に見たっ!
――それは、確実に楽しんだってことだ!
ロルムはさっと自分の寿命を確認する。
[――――魔王の寿命はあと12時間11分。――――]
「へっ……!?」
延びて……いない?
いや、一時間だけ延びている。
たった一時間?
それとも、勇者はあまり楽しんでいなかったのか?
でも勇者は、確かに見ていたはずだ。楽しんでいないわけがない。
その一部始終を見ていたゴードンは、ロルムの奇行を理解できないでいた。
「あの……ロルム様。さっきのスライムはいったい……?」
「奥の手だよ。勇者は変態だろ?だから女性の裸を見せると、楽しいと感じて、
ボクの寿命が延びる。そういう必勝の策。のはずだったんだけど……」
ロルムは心底不思議そうな顔でゴードンを見つめ返す。
すると、後ろからポンポンと肩を叩かれた。どうせ、セワスだ。
人差し指が立てられていると踏んで、振り返らずに会話をする。
「姫様。さすがに、楽しいは無理があるのでは?」
「なんでだ?情報だと、勇者は変態なんだぞ?」
……。
しばしの沈黙。
顔を見合わせる男たち。先に動いたのはゴードンだった。
「……ロルム様が〝変態〟にどういうイメージをお持ちかは分かりませんが、
他者の裸をみて感じるのは、楽しさよりも羞恥や気まずさではありませんか?」
「……そんなことは分かっているよ。召喚時、ボクがどれだけ裸を見せられてきたと思ってるんだ」
しかし、それはボクが変態ではないことの証明で。
変態は女性を裸にして楽しむ生き物のはずで。
なのにどうして、寿命が一時間しか延びないんだ……?
……。
いや、そんなことを考えている場合じゃない。
――結果として、ボクは失敗した。
仲間を二人、失った。
S魔力も、空っぽだ。
もうキャラクターは創作れない。
そうか、ボクはこの世界の理不尽に負けてしまったのか……
ロルムは、ペタッとその場の床に座り込んだ。
「なにしてるんだろうな……ボクは」
無意識に小さく呟いた。
ほんと、なにしてるんだろう。
突然、隕石が降ってきて、たぶん死んで。
異世界に連れてこられて、魔王だって言われて。
寿命が7日しかないだの、勇者を楽しませろだの。
舞台は雪山、ヒロインは無し、能力は制限だらけ。
そして、やることなすことに理不尽が付きまとう。
ははっ……相変わらず無茶苦茶な設定だ。
「……ロルム様、まだ時間はあります。次の策を……」
ゴードンが目線の高さを合わせて、励まそうとしてくれている。
「次かぁ……もう『設定』が使えないんだ。何もできないよ……」
あとは寿命を待つだけ……か。ロルムは天井を見あげる。ボロボロな天井を。
木々の隙間から風が鳴き、梁には霧氷が覆っている。
……。視界が少し潤んできた。
謎のもやもやだけが、胸の内に積み上がっていく。
長い瞬きを一つ。
目を開けると、不謹慎なほど不敵な笑みを浮かべるセワスが、上から覗き込んでいた。
「うわっ!」
「『設定』が使えないだけ、でございますよね?」
「……はぁ、お前ほんとすごいな。キャラクターが作れないボクに何しろっていうんだ?」
「ふっふっふ。何しろもなにも、姫様はまだ何もしてませんよね?」
コイツ、今まで何を見てたんだ?
ゴブリンを召喚して、勇者に送るも失敗して。
スライムを召喚して、勇者に送るも失敗したじゃないか。
……ん?
……あれ?
「ボクの要素って、何も……ない?」
パッっと、前世の記憶がフラッシュバックする。
相手の望む『自分』を演じ続けた少年。
心の中ではこうしたい。そう思っていても『役』を演じ続けた少年。
――今回も同じだ。
ゴブリンたちに、演出をすべて任せきりにした。
スライムでは、変態の求めるであろう演出をして、楽しませようとした。
やりたいように演ると言っておきながら、結局ボクは、相手に合わせていただけだった。
――ボク自身のやりたい演出は、まだ何も試していない。
思い込んでた……『設定』で役を創作ることだけが、ボクの全てだって。
どうせ……いつかは寿命で死ぬんだ……
せめて、やりたいことを演ってから死んでやる……!
それに、『設定』が使えなくたって、ボクに残されているものはある。
そうだよ。命懸けだけど、せっかくやりたい役を自由に演じられる異世界に来たんだ。
何もしないで死ぬだけなんて、もったいないじゃないか。
勇者パーティ全員……いや、この世界を彩ってやる……!
凍えた瞳に、また火が灯る。
そしてロルムは腰を上げると、仲間の姿を真っ直ぐに見た。
「ごめん、まだイケそうだったよ。それで……できるか分かんないんだけど、
ちょっと手伝ってほしいことが……」
「御意に」「承りました」
「まだ何も言ってないんだけどっ!?……ははっ、まあ、頼むよ……!」
こうして、この異世界劇場の幕があがっていく。
暗黒な笑顔に包まれた三人の魔族が仕掛ける、勇者へ、世界への大演出。
ボクがこの世界で演じたい役は、ただの魔王じゃない……
――この異世界を楽しさで満たす、〝演出魔王〟だ。
ここまでご観劇いただき、ありがとうございます。
発光する系の泡です。
まだ本編が始まってもいないのに、ここまで見て頂いた皆様には、
本当に感謝しかありません。
以上を持ちまして、魔王の幕前編は終了となります。
この先の演目は、劇場の幕開け編に続くのですが、
――その前に、この劇場にはもう一人の主人公が存在します。
次演では、勇者の幕前編が開演いたします。
本当にあのプロフィールは正しいのでしょうか。
ぜひ自分の目でお確かめください。




