第7話 奏子は人見知りです
「由汰く〜ん! ここなのですよ〜!」
午前8時35分。駅前の広場にやってくると、目印にしていた噴水のそばで、こちらに向かって大きく手を振っている女の子がいた。フードを目深に被ったミステリアスな魔術師のように、長すぎる前髪で瞳を隠しているのは、水撫奏子。俺の恋人だ。
「いちいち手を振るんじゃない」
「私を見つけやすいと思ったのです」
「恥ずかしいからやめろ。なんのために待ち合わせ場所を決めたと思ってる?」
まったく、この女は……。
朝っぱらから溜息をつかされる。
『私たちは、これから毎朝、一緒に登校しなければならないのです』
昨夜、奏子からLINEでそう送られてきたので、俺は、場所と時間だけの素っ気ない返事をしてやった。『由汰くん、おやすみ♡』という、いかにも恋人みたいなメッセージは、既読スルー。塩対応だ。この恋愛において、どちらが主導権を握っているのかを、きちんとわからせておく必要があるからな。
「おはようございます、由汰くん♡」
「おい、やめろッ!」
奏子はスキップしながら近づいてくると、がっしりと俺の腕をホールドしてきた。しまった、俺としたことがすっかり忘れていた。この女はいちいち抱きついてくるのだった。
「場所と時間を考えろ。クラスメイトに見られたらどうするつもりだ!?」
「私はべつに構わないのですよ?」
「俺は噂されたり揶揄われたりするのが大嫌いなんだよ。放せ!」
「ダメです。場所と時間を選んだのは由汰くんなのです。由汰くんが悪いのです。大切な恋人のことを、もっとよく理解してあげなければなりません」
「ぐッ!」
「さあ、今日も学校に行くのですよ〜!」
まるで冒険に出かける子供のように、意気揚々と拳を上げている奏子。頬が朱に染まっているところを見ると、なんだかんだ言ってコイツも照れているようだが。
繁華街の歩道を、奏子と一緒に歩いていく。
「あ! そうなのですよ、由汰くん!」
「だから、耳元で大声をだすんじゃないッ!」
「新エキスパンション『魔術師ドムドーラ謀略』なのです! 由汰くんの狙っている子はなんですか?」
「……ッ!」
そうだった。TCG『ディバイン・ストーンズ』では、毎年4月と10月に新しいエキスパンションが発売される。新カードが大量に登場するというわけだ。そして、公式ホームページでは、それに先だって全カードが掲載されるのである。
「由汰くんレベルなら、新しい戦術なんかも閃いてるんじゃないですか?」
楽しそうに腕を引っ張る奏子。
俺は舌打ちをして答えた。
「白状するが、俺はおまえに言われるまで、新しいエキスパンションの存在さえ、忘れてしまっていた」
「ええ〜ッ! 今日、私たちはその話で盛り上がらなければならないのですよ? なにをやってるんですかぁ、由汰く〜んッ!?」
「……」
頬を膨らませて怒っている奏子。俺と話したかった気持ちもわかる。新エキスパンションの登場は、全キャスターにとって一大イベントなのだ。どうする? 下手に言い訳しても火に油を注ぐ可能性があるし、謝罪すれば彼氏としての俺の立場がダメージを受ける。ならば、ここは話を逸らすのが得策か。
「後で調べてやる。それで、おまえの気になっているカードはなんだ?」
「私は〈シュトラヘザの蛇剣〉なのです♪」
「よし。見せてみろ。俺がおまえのデッキに必要かどうか、ジャッジしてやる」
「由汰くんもびっくりするのです。私ともあろうものが、一目惚れをしてしまったのですから」
ふくれっ面はどこへやら、上機嫌にスマホを操作する奏子。カードを扱うときは手品師みたく鮮やかだったくせに、スマホになると嘘みたいに不器用だから不思議だ。いまにも落としそうで怖い。ちなみに、LINEの交換方法も知らなかったので、俺が教えてやったのだ。
「これなのです! じゃ〜ん!」
シュトラヘザの蛇剣
水属性/BP1350
奏子のスマホに映っているのは、魔法陣に突き刺された剣に巻きついている2頭の蛇だ。片方は普通の青蛇だが、もう片方は水色のシルエットになっている。スキル・シンボルは魔法陣。つまり召喚スキル。俺はテキストを読んだ。
あなたのターンの開始時、このエレメントを墓地に捨てることを選んでもよい。そうしたならば、デッキにある水属性カード1枚を選んで手札に加える。
俺は鼻で笑った。
「ゴミだな」
「そんなッ! すごく強いのですよ!?」
どうしてこんな雑魚を強いと思えるのか、理解に苦しむ。
「一応聞いておくが、このパイプスの上位は?」
「パイプスってなんですか?」
知らんのか?
基本的な用語だぞ?
「『パイプス』というのは、上位エレメントとの繋がりを意味する。つまり、このエレメントのスキルが、どの上位エレメントの召喚条件に関与しているのかと訊いているんだ」
「もちろん〈アクアドラゴン〉なのです」
「だとしたら、このエレメントの編成は致命的なミスだ。〈アクアドラゴン〉のパイプスとして、まるで機能してない。〈睡蓮の妖精たち〉のほうが優秀だ」
「なんでですか?」
「〈アクアドラゴン〉の召喚条件はなんだ?」
「墓地に水属性カード7枚なのです」
「そうだ。なら、そのパイプスとしての仕事は、墓地のカードを増やすことだろうが。この〈シュトラヘザの蛇剣〉のスキルは、それが弱すぎる」
「それでも、この子は、デッキに眠っている〈アクアドラゴン〉を手札に呼ぶことができるのですよ?」
「BP1350では、スキル発動前に撃破されてしまう危険性が高い。サーチが欲しいなら別のカードにしろ。判決を伝える。この〈シュトラヘザの蛇剣〉は、なんの役にも立たない意味の無いカードだ。以上だ」
奏子が、グイッと俺の腕を引っ張ってくる。
「控訴するのです。『数多あるカードのなかで、意味の無いカードなど存在しない』って、アニメの主人公も言っていたのですよ?」
「それは理想論だな。事実はこうだ。『数多あるカードのなかで、使えるカードはごく一部しかない』。上位互換という言葉を辞書で引いてみるんだな」
「むむむ〜ッ!」
抗議するように頬を膨らませている奏子。この女、キャスターとしての強さは完全に上級者のレベルなのに、デッキの編成はまるで素人なのか。基本用語も知らないし、いったいどういう環境でここまで強くなったんだ?
まあいい。ちょうどいい機会だ。
デッキの編成について教えてやるか。
「奏子。エレメントを編成するときは、そのスキルが上位エレメントの召喚条件に対して、どれくらい役に立てるかどうかで決めろ。ストライカーは、とにかくスピードが命なんだからな」
「ストライカーってなんですか?」
やはりそれも知らんか。
俺は説明した。
「上位エレメントの強さは、その召喚条件の難易度に比例する。『ストライカー』とは、デッキの上位エレメントを超強力なものに絞り、特化したパイプスを使って高速で召喚、強烈な一撃で盤面を圧倒する戦術だ。〈アクアドラゴン〉を中心に攻めるおまえのデッキは、まさにこのタイプなんだよ」
「な……なんかカッコイイですね。私はストライカーだったんですかぁ……ウフフ♡」
謎に喜んでいる奏子である。
いや、誰も褒めてないんだが?
「由汰くんは?」
「は?」
「私がストライカーだったら、由汰くんはなんですか?」
「俺は『フロントアタッカー』といって、とにかく相手のHPを減らすことを最優先に考えられたデッキだ。戦術の幅が広く、勝率も安定する」
「他にはどんなものがあるのか、教えてほしいのです!」
グイグイと腕を引っ張ってくる。やめろ。
なにがとは言わんが肘に当たってるんだ!
「『ディバイン・ストーンズ』におけるデッキの方向性は5パターンある。ストライカー、フロントアタッカー、バックアタッカー、ディフェンダー、そして、フィニッシュ・オーダーだ」
「そういうの面白いのです。もっと詳しく教えてほしいのですよ!」
「断る。話が脱線しているぞ。とにかくだ。〈アクアドラゴン〉のパイプスを編成するなら、どれだけ召喚条件の達成に貢献できるかで考えろ。そのうえで、なるべくBPが高いものを選べ。すべてのエレメントは、上位エレメントを召喚するためだけに存在するといっても過言ではないんだ。おまえは編成が甘すぎる、もっと尖った考え方をしろ。以上だ」
「うう……。由汰くんはやっぱり厳しいのです。私だって……ちゃんと真面目に考えているのですよ? でも、なかなか良い子が見つからないというのが、現状なのです」
肩を落としている奏子。俺は、編成するカードを直接指図するのは好きじゃないが、1枚くらいなら、まあいいだろう。
「奏子、俺は現在のカードは知らんが、昔のカードならすべて把握している。おまえのデッキに最適なエレメントを教えてやろう。〈沼地の巨大ザリガニ〉だ。検索してみろ」
「〈沼地の巨大ザリガニ〉……ですね。ええっと……」
ポチポチとスマホを操作する奏子。
いちいち遅いので苛々するが……我慢だ。
「あ……出ました。これですね」
沼地の巨大ザリガニ
水属性/BP1200
スマホの画面には、多数の人骨が浮かんだ不気味な沼地で、威嚇するようにハサミをかかげている巨大なザリガニの姿。懐かしい。このエレメントの召喚スキルは超強力だ。デッキからカードを5枚めくって墓地に捨て、この方法で捨てられた水属性カード1枚につき強化カウンターが置かれる。
「とりあえず、おまえはそのエレメントを編成しろ。そいつは〈アクアドラゴン〉のパイプスとしては、まさしくお手本みたいなエレメントだからな」
だが、奏子は浮かない表情だ。
てっきり大喜びすると思っていたのだが。
「う〜ん……せっかく由汰くんからオススメしてもらったのに申し訳ないんですけど、私のデッキには、この子はちょっと入れてあげられないのです」
「そんな馬鹿な!?」
召喚するだけで墓地にカードを5枚も積めて、しかも、単一属性のデッキなら確実に上限3個の強化カウンターが置かれる。ノーリスク&ハイリターンでBP1500。その圧倒的な強さから、当時の環境では『鬼ザリ』の異名で恐れられた伝説のエレメントなんだぞ。これを編成しない理由なんてあるわけが……。
「だってブサイクなんだもん」
「……ッ!?」
な……なにを言ってるんだ、この女は??
馬鹿か? 馬鹿なのか!?
「私は、神秘的な子や可愛らしい子をデッキに入れたいのですよ。この〈沼地の巨大ザリガニ〉は、どう見てもただの汚いザリガニじゃないですか。しかも、なんか髑髏とかもあって、ちょっと怖い雰囲気なのです」
「イラストなんかどうでもいいだろうがッ!」
「よくないのです!」
奏子はきっぱりと首を振った。
ふわふわと揺れる、黒髪のウェーブ。
「私は、自分が好きなカードだけでデッキを作りたいのです!」
「……好きなカード……だとッ?」
「デッキはキャスターの魂なのですから、そこにある強さも、弱さも、好みも、全部を受け入れなければならないのです」
大真面目に頷きながら話している奏子。
いや、意味がわからんのだが……?
「それはつまり、おまえは好きなイラストのカードだけで戦っているというのか? それは矛盾しているぞ、奏子。おまえは俺に追いつきたいんじゃなかったのか?」
「もちろん頑張って強くなりますよ? 由汰くんにも勝ちたいのです。でも、勝つためだけにカードを選んだりするの、私はしたくないのです」
「……」
奏子の前髪の向こうから、強い意志が込められた視線を感じる。俺はなにも言えなかった。呆れたのが半分、気圧されたのがもう半分という感じだ。
「昨日、私は由汰くんに言われた通り、デッキを強化してきたのですよ?」
ブレザーのボタンを外して、内ポケットからデッキをとりだす奏子。露わになった白ブラウスの膨らみに目を奪われる。奏子は、デッキから1枚のカードを抜くと、それを天に掲げた。俺の知らないエレメントだった。
「新しく加えたこの子が、どんな風に活躍するんだろうって想像すると、次の対戦もすごくワクワクするのです。そして、もしもこの子がちょっとでも活躍できたら、もうそれだけで、私はとっても楽しくなってしまうのです」
「冴えない自己満足だぞ、奏子。そんなものは敗北の2文字の前では、なんの慰めにもならん。これは対戦ゲームなんだぞ?」
俺は厳しく言ってやった。奏子の言っている意味が理解できない。だが、理解できないにも関わらず、この胸に広がっていく『悔しさ』の正体はなんだ?
ありえん。俺が奏子に負けたのは最初の1度だけ。しかも、1年半のブランクという不利な要素が多すぎる上での完全なる奇跡。いや、そもそも俺はカードを辞めているんだ。もうキャスターじゃない。ただの平凡な男子高校生だ。今更、奏子に悔しさを覚えるはずがない。
「『最強』の由汰くんは私の憧れなのです。私も由汰くんみたいに、たくさんの人たちから敬われる伝説のキャスターになりたいのです」
奏子は掲げていたカードを口元まで下げた。前髪の下にある薄桃色の唇に、柔らかな笑みを咲かせながら……。
「でもね、由汰くん」
奏子は言った。
「勝つためだけにTCGで遊ぶのって、私はちょっともったいないと思ってしまうのです」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
繁華街を抜けて、閑静な住宅街を歩いていく俺たち。腕に抱きついている奏子がスマホの画面を見せてくる。そこに表示されているのは新エキスパンションに登場するエレメントだ。
「この子とかは、どうですか?」
「ゴミだな。BPが低すぎる」
「じゃあこの子は強いんじゃないですか?」
「ゴミだな。手札を2枚も捨てるなど絶対にありえん。究極のゴミだ」
「こ……この子は絶対に強いと思うのです!」
「ゴミだな。そのスキルでは手札で腐る可能性が高い。比喩的表現じゃないゴミだ」
「んむぅ〜!」
頬を膨らませてプンスカと怒る奏子。
「由汰くんは意地悪なのです! なんで私が選ぶ子は全部ゴミなんですかッ?」
「仕方がないだろうが、全部ゴミなんだ!」
「私は怒ってしまったのですよ。こうなったら、この子たちを使って絶対に由汰くんに勝ってみせるのですッ!」
「手加減なんか期待するなよ。俺は負けるのが嫌いなんだよ。特にイラストでカードを選んでいるような馬鹿にはな」
「むッ! いま、私のことを馬鹿って言いましたか!?」
「ああ言ったさ。それがどうした?」
「馬鹿って言ったほうが馬鹿なんですよッ?」
「小学生か、おまえはッ!」
俺が呆れて溜息をついた……そのとき、背後からいきなりドンと突き飛ばされ、ついで、ヘッドロックをかけられた。
「おいおい佐藤、誰だよ、その女は? ちゃんと紹介しろって」
180センチを超える上背と、真っ赤に燃えるようなウルフカットをした不良。こいつは俺の友人のひとり、赤城亮介だ。
「ぐッ! 放せ、赤城ッ!」
「ひとりだけ抜け駆けか? まったく、友達甲斐の無い野郎だぜ」
「ほざけ。貴様の道理など知らん」
ヘッドロックから解放された俺は、乱れた制服を整えながら、悪びれもなく笑っている赤城を睨みつけた。
「佐藤くん、その子……ひょっとしてリアル彼女かい?」
スマホを向けながら近づいてきた男は、東大寺慶太。俺のもうひとりの友人だ。眼鏡がよく似合う真面目そうな印象だが、生粋の二次元美少女オタクである。
『由汰様、おはようございます』
東大寺のスマホから聞こえる音声は、星乃宮リリィというAIキャラクター。画面には、銀色のロングヘアをして、青紫色の大きな瞳をした清楚系美少女が映っている。
「東大寺、おまえはなんでも現実のものに『リアル』とつけるのをやめろ。どっちの世界を生きてるつもりだ?」
「どっちかって言われると、迷っちゃうかな?」
「迷うな」
『由汰様、ここは御学友として厳しく仰ってください。慶太様ったら昨日喫茶店で、私にケーキを食べさせようとしてきたんですよ?』
「リリィ、それはデートの雰囲気を楽しむために『あーん』をしてあげようとしただけだよ。僕の愛情ゆえの行動さ」
『いくら超高性能AIだからって、できないものはできませんからね?』
スマホの画面の二次元美少女に向かって『あーん』をする男子高校生か、しかも喫茶店で。傍目にも厳しいものがあるな。
「それで、佐藤、その女の子は?」
赤城に促されて、俺は奏子を紹介した。
「ああ。彼女は水撫奏子だ。クラスメイト。俺と昨日から付き合っている。奏子、コイツらは俺の友人の赤城亮介と東大寺慶太だ。安心しろ、悪い奴じゃない」
「……」
「奏子?」
奏子が俯いたまま喋らない。無言のまま俺に近づいてくると、ギュッと手を握ってきた。おい、さっきまでの元気はどうした?
「ハハ……ずいぶんシャイな子じゃねえか、奏子ちゃんは」
「水撫さん……でいいかな? よろしくね」
「……」
駄目だ。赤城と東大寺が笑いかけても、奏子は俯いたまま喋らない。ぎこちない空気が充満していく。どうなってるんだ? まるで俺に告白する以前の彼女に戻ってしまったかのようだ。
『奏子様、貴女の黒髪はとても綺麗ですわね』
「それは……どもどもなのです」
ぺこぺこと頭を下げる奏子。
星乃宮リリィには反応するのか?
『ふふ♡ お声も可愛らしいですわね。はじめまして。私は星乃宮リリィでございます。いまこのスマホを握っている現実と二次元の区別もできないクズ……じゃなくて慶太様の恋人……という設定の、超高性能AIですわ。以後、お見知り置きを』
「リリィ、いまのちょっと酷くないッ!?」
泣きそうな慶太の様子がおかしくて、俺たちは笑った。奏子は笑わなかったものの、こくこくと頷いている。どうにか場の空気がマシになったところで、赤城の「行こうぜ!」の合図で俺たちは歩きだした。
赤城も東大寺も、奏子に気を遣って話しかけてくれていたが、彼女は相変わらず無言のまま俯いて、まるで反応しない。例外は、俺とAIの星乃宮リリィが話しかけたときだけ。
……ああ、そうか。
……そういうことか。
奏子の強烈なキャラクターにすっかり慣れてしまっていたが、水撫奏子は、そもそも陰キャぼっちの人見知りだ。過去になにかしらの繋がりがある俺となら話せるが、それ以外の『人間』は受け付けられない……というわけか!
ならば、考えられる対抗策は2つある。
ひとつは荒療治だ。冷たく突き放す。奏子は俺のことが大好きだ。その恋愛感情を利用して殻を破る方法。……気は進まんが。
もうひとつは、やはりTCG『ディバイン・ストーンズ』。奏子は対戦が超大好きだ。対戦をすれば、赤城や東大寺とも普通に会話ができる可能性がある。……正直、こっちの作戦のほうが可能性は高いだろう。
だが、俺はもうキャスターを引退している。黒歴史ではないが、自慢できる過去でもない。高校で知り合った赤城や東大寺には、できれば話したくないのが本音だ。
つまり、どちらにしても気は進まないというわけだが、奏子のため……いや、俺の彼氏としての立場のために、やるしかない。
俺は立ち止まった。
「奏子、先に行け」
「……え?」
「俺の友達とは話したくないんだろ? ならば、おまえはひとりで登校しろ」
「い……いえ、違うのです。これは……」
「赤城も東大寺も、おまえに気を遣って話しかけているのに、なぜ無視をする? はっきり言って気分が悪いんだよ。このまま変わるつもりがないというなら、俺は、おまえとは一緒に登校できない」
「……ゆ……由汰くん……ッ!」
腕に縋りついてくる奏子。だが、俺はそれを振り払い、肩を押してやった。
「行けよ」
「由汰くん……」
「はやく行け」
「……ッ!」
前髪の向こうから突き刺さってくる視線。だが、ここで顔を背けるわけにはいかない。泣いてしまったのか、肩をプルプルと震わせている奏子だったが、やがて、キッと顔を上げると叫んだ。
「由汰くんは馬鹿なのです!!」
そして走り去っていった。
やはり駄目だったか。
奏子の力では変えられないのだ。
通りの角を曲がって、奏子の姿が見えなくなった……と思いきや、ひょっこり顔を覗かせて、両頬を引っ張って舌をだす『ベロベロバァー』をやってきた。なにやってんだ、はやく行け。
奏子の姿が完全に見えなくなると、俺は溜息をついた。
「おい佐藤、いまのは無えんじゃねえの。奏子ちゃん、怒っちまったぜ?」
「佐藤くん、僕たちのことは気にしなくてよかったんだ。リアル彼女のほうを大切にしてくれよ」
奏子のことを心配する赤城と東大寺。
俺は肩をすくめて答えた。
「悪いが、俺は問題を先送りにするのは好きじゃないんでな」
『それにしても由汰様、さすがに急ぎ過ぎだと思いますわ。奏子様は人見知りなのでしょう。彼女のような性格は、打ち解けるのに時間がかかるものです』
星乃宮リリィの言っていることは、もっともだと思う。だが、奏子が普通に喋れるようになるまで、どのくらいかかるかわからない。そのあいだずっと、みんなに気を遣わせることになる。そういうわけにはいかない。
「大丈夫だ。俺に作戦がある。だがそれは、おまえたちの協力が不可欠だ」
頭を下げるのは嫌いだ。我ながら情けない。
俺は、代わりに顔を背けていた。
「だからその……手を貸してくれないか?」
赤城はニヤリと笑った。
東大寺も、眼鏡を押し上げて真剣に頷いた。
「はッ! いいぜ。やってやるよ。佐藤の作戦はいつも上手くいくからな!」
「それは水撫さんのためなんだよね? ならいいよ。なんでも言ってくれ」
星乃宮リリィはキョトンとした顔。
『なんですの、作戦というのは?』
俺は肩をすくめた。まさか2人にキャスターだった過去を打ち明ける日が来るとはな。やれやれだぜ。奏子、おまえはどこまで俺の平穏を引っ掻き回せば気が済むんだよ。
俺は説明した。
「『ディバイン・ストーンズ』というTCGがあるんだが……」




