第8話 クラスで1番強い奴は?
4限目終了のチャイムが鳴ると、途端に騒がしくなる2年F組の教室。いきなり叫びながら走りだす男子。スマホの音楽を爆音で流しだす女子。動物園のほうがまだマシだ。だが、それもそのはず。私立・城仙高校の偏差値は、神奈川県でもワーストクラスなのである。隣席の奏子も、この騒がしさに目を覚ました。
「ん? ああ……やっと終わったのですね……」
前髪の奥で瞼を擦りながら、欠伸をひとつ。
俺は溜息をついた。
「奏子、居眠りしてないでちゃんと授業を受けるんだ。追試になっても知らんぞ。俺は面倒見てやらんからな?」
「大丈夫なのです。私は由汰くんに養ってもらうつもりなので、勉強なんかしなくても将来は安泰なのです」
「馬鹿なことを言うんじゃない。3日前に付き合ったばかりの男だろうが」
だが、本当にスーツケースひとつで部屋に転がり込んできそうなのが、この女の怖いところである。『由汰くんは、今日から私を養わなければならないのです』とか言いながらな。城仙高校には学食もあるが、俺は持参した昼飯を教室で食べるスタイルを貫いている。奏子もそうだった。
「由汰くん、それで足りるのですか?」
「俺はこれで十分だ」
「もっと食べたほうがいいと思うのです。愛妻弁当、作ってきましょうか?」
「いらん世話だ」
俺の昼飯はスニッカーズと缶コーヒーだが、奏子は3段重ねの弁当箱。よく食べる女である。夢中でパクパク食べている奏子は、小動物みたいで可愛いのだが。
昨日、俺は人見知りの奏子を冷たく突き放してしまった。そのせいで、彼女は昼休みまで1度も話しかけてこなかった。ふと視線に気づいて振り向くと、そこには膨れっ面の奏子……という状況が100回くらい続いた。
正直、ちゃんと謝りたかったが、そんなことをしたら、彼氏としての主導権を完全に手放してしまうことになる。それだけは絶対にできん。
「さあ由汰くん、図書室に行くのですよ!」
デッキを手に立ち上がる奏子。
既視感。昨日とまったく同じ台詞である。
……だが、俺は3冊のノートを奏子の机に叩きつけた。
「奏子、おまえは2限目からずっと居眠りしていただろうが。昼休みにカードゲームで遊んでる暇があるんだったら、まずはサボっていた授業のノートを写せ」
「せっかくのお昼休みなのに、勉強してる暇なんてありません。私たちは、楽しく対戦しなければならないのです」
「駄目だ。ノートを写せ。本気だぞ?」
「ええ〜ッ!?」
悲鳴をあげる奏子。
俺はフンと鼻を鳴らした。
「俺は勉強できない奴が嫌いなんだよ。昼休みのあいだにノートを写さなければ、もう勝負してやらんからな?」
「そ……それはダメなのですよ!?」
「だったらさっさとやれ。以上だ」
「由汰くんは鬼なのです……!」
泣きそうな声でノートを開く奏子。実力テストは全教科0点だったらしい。それでどうやって進級できたのかは知らんが、ちゃんと勉強しないと今度こそ落第することになりかねん。
「ちなみに青ペンで線が引いてある部分は、俺が過去の出題傾向から分析したテスト対策だ。おまえも線を引いておけ。……言っておくが、ちゃんと丁寧に書くんだぞ?」
「せっかくのお昼休みなのに……ッ!」
泣き言をこぼしながら必死でペンを走らせる奏子。俺はそんな彼女を横目に、スマホでTCG『ディバイン・ストーンズ』のカードを調べていた。
……昨日、デッキを強化した奏子は劇的に強くなっていた。俺も、そろそろデッキを強化しなければならない。キャスターはもう引退しているが、それと彼氏としての立場は別問題だ。
ガラッ!!
教室の扉が乱暴に開けられた。入ってきたのは赤城だった。いきなり現れた真っ赤に燃えるウルフカットの不良に、クラスメイト全員の視線が集まる。
「このクラスで1番強ぇ奴はどいつだぁ!?」
教卓に両手をついて、いきなりの宣戦布告。
なにやってんだ、おまえは?
「「俺だぁ!!」」
立ち上がったのは2人。影山と小笠原だ。影山は金髪のオールバックをした不良、小笠原は柔道部のエースだ。自信満々に立ち上がった2人を、赤城はギロリと睨みつけた。
「ああッ!? なんだテメら?」
「「あ……どうぞ」」
赤城の剣幕に尻込みして、速攻でクラス最強の座を譲り合っている影山と小笠原。爆音を鳴らしていたギャル軍団のリーダー・佐山が、スマホを止めると颯爽と立ち上がった。チュッパチャプスをビシッと向ける。
「ここ喧嘩禁止なんだけど?」
「いいや、喧嘩じゃねえよ」
「じゃあ、なんで来たわけ?」
首を傾げながら、チュッパチャプスを咥える佐山。ブレザーの前を開け、ブラウスのボタンを4つも外しており、ピンク色のブラジャーと胸の谷間を露出させている。スカートも極めて短い。この学校のギャルの定番ファッションだ。
「これだ!」
赤城は、ブレザーの内ポケットからデッキを取り出した。
TCG『ディバイン・ストーンズ』だ。
「なにそれ?」
「『ディバイン・ストーンズ』っていう流行りのTCGだ。俺はこれで遊びに来たんだよ」
馬鹿ッ……なにやってんだ、赤城! 奏子の性格上、教室では対戦できない可能性がある。放課後の図書室で仕掛ける作戦だったはずだぞ!?
「このクラスで1番強ぇ奴はどいつだぁ!?」
改めて宣戦布告をする赤城。
すると、隣でガタッと音がした。
「私だぁ!!」
なんと奏子が立ち上がっていた。しかも、デッキからカードを1枚抜いて、ビシッとポーズを決めているではないか。この女……カードのことになると、こんなにも強気になれるのか?
突然の事件に、興味津々のギャル軍団。
「え? 水撫が……マジ?」
「あの子ってカードゲームやってんの?」
「こんな大声出せるなんて意外だね」
「ってか、面白そうだからギャラろうよ?」
赤城が、デッキを片手にズカズカと近づいてきた。奏子のすぐ前の席にいたガリ勉の杉本が、次の展開を察して、そそくさと参考書を抱えながら逃げていった。
「これは真剣勝負だぜ、奏子ちゃん?」
「私は、いつだって真剣なのですよ、赤城くん」
「ほう……面白えじゃねえか!」
杉本の椅子にドカッと腰かける赤城。デッキをシャッフルしている奏子。ギャル軍団が集まってギャラリーとなり、佐山が、あたりまえのように俺の机に座ってきた。
「おい佐山、俺の机に座るんじゃない。どけ」
「いいじゃん、べつに」
佐山はサッと足を組んだ。白い太股がすぐ目の前にある。机の上でスカートが広がっている……つまり、パンツ越しの尻が直に押しつけられているということだ。ドキッとしたが、ここで焦ったら負けだ。俺は佐山を睨みつけた。
「駄目だ。許さん。どけ」
「細かいこと気にすんなし。佐藤くんってさ、なんかいつも苛々してるよね。お昼ご飯も全然食べてないし、ビタミン足りてないんじゃない?」
「大きなお世話だ。どけ」
「これあげる」
佐山は、ブレザーのポケットからとりだした飴玉を手渡してきた。
レモンキャンディだ。要らん。
……すると、赤城が宣言した。
「俺が勝ったら、佐山のスカートは5センチカットな。拒否ったら杉本をボコる!」
しーんと静まり返った教室。
次の瞬間、歓声と悲鳴が同時にあがった。
「いいぞ赤城! 絶対に勝ってくれよぉ!」
「ちょっと赤城くん、最低なんだけど!?」
「なるほど! これがリアル闇のゲームか!」
「杉本くん可哀想〜! あははッ!」
もちろん佐山は大慌てだ。
「はぁ!? ふざけんなしッ! ご……5センチカットとかできるわけないじゃん!? 拒否するわ、拒否。断固拒否。絶対に嫌よッ!」
すると、杉本がダッシュでやってきて、佐山にスライディング土下座をした。杉本は、頭に『東大合格』と書かれた鉢巻を巻いている。
「拒否しないでくれよ、佐山さん! キミが拒否ったら僕がボコられるわけだろ!? パンツくらいべつにいいじゃないか。そうじゃなくたって、いつもチラチラ見えてるんだから!」
「ぶっ殺されたいの、杉本くん!?」
「ぶわッ!」
佐山に蹴り飛ばされた杉本は、今度は奏子に縋りついた。床に両膝をつきながら、右手は肩、左手は太腿を掴んでいる。おい杉本、人の彼女を触るんじゃない……!
「頼むよ……勝ってくれ、水撫さん!」
佐山も、申し訳なさそうに肩をすくめた。
「アタシからもお願いね、水撫さん。杉本くんがボコられるのも可哀想だし……」
奏子はこくこくと頷いていた。
「大丈夫なのです。杉本くんも、佐山さんのスカートも、私が守ってあげるのです。私はとっても強いので、2人とも安心していいのです」
俺はフッと笑った。どうやら、俺は見くびっていたようだな。カードさえあれば、おまえは普通に人と話せるというわけか。
……さて、奏子VS赤城か。赤城の実力は知らんが、奏子が遅れをとっているとは思えん。いつも通り、ブチかまして見せろ。
赤城はデッキを机に叩きつけた。
初手5枚をドローする。
「さあ、ウダウダやってたら昼休みが終わっちまうからな、さっさとおっ始めるとするか。俺が先攻で行くぜ!」
◇赤城亮介 HP 5000
「かかって来るのです、赤城くん。この『ディバイン・ストーンズ』というゲームは甘くないのです。私が教えてあげるのです!」
◇水撫奏子 HP 5000
赤城の目はギラついていた。
「行くぜ! 俺のターン、ドロー!」




