第5話 佐藤由汰VS水撫奏子③
◇佐藤由汰 HP 950
◇水撫奏子 HP 500
水撫の〈アクアドラゴン〉の攻撃でクリティカル・ダメージを受けた俺は、手札から防御エレメント〈ダブルテイルズ・フォックス〉を召喚していた。このエレメントはダメージを軽減することはできないが、代わりに強力な防御スキルを持っている。
「〈ダブルテイルズ・フォックス〉のスキル発動。デッキから2体のエレメントを選んで召喚することができる。俺はこの効果で〈ダンシングトーチ〉と〈モンスターペリカン〉を召喚!」
ダンシング・トーチ
火属性/BP 1300
モンスターペリカン
風属性/BP 1000
〈ダンシング・トーチ〉は躍動する人型の炎で、〈モンスターペリカン〉はその名の通り巨大なペリカンだ。
「佐藤くん、私の場には3個の強化カウンターによってBP2700になった〈アクアドラゴン〉と、BP1500の〈十七剣孔雀〉がいるのです。今更そんな子たちを召喚しても、私の優位は変わらないのですよ?」
「水撫。次のターン、俺は〈アクアドラゴン〉を撃破し、おまえにクリティカル・ダメージを叩き込む。このままターン終了でいいのか?」
「……ッ! いいですよ!」
水撫のターン終了時、効果により〈ダブルテイルズ・フォックス〉は墓地に送られる。
「俺のターン、ドロー! まずは〈バッファローの狂戦士〉を召喚する!」
バッファローの狂戦士
無属性/BP 1500
気性の荒そうなバッファローに跨っている半裸のマッチョマンだ。巨大な斧を掲げながら、天に向かって雄叫びをあげている。スキルは無いもののBPだけは高い。
「〈バッファローの狂戦士〉の攻撃で、水撫の〈十七剣孔雀〉を撃破だ!」
「……まあいいでしょう。では、見せてもらうのですよ。佐藤くんがどうやって私の〈アクアドラゴン〉を撃破するのかを?」
「ああ、見せてやるぜ。次は〈モンスターペリカン〉で攻撃。攻撃対象は〈アクアドラゴン〉だ!」
「返り討ちです!」
「それはどうかな? 〈モンスターペリカン〉の攻撃スキルが発動する。デッキからカードを5枚めくって墓地に捨て、この方法で捨てられた風属性カード1枚につき、戦闘終了時までBP+300することができる!」
「まさかとは思いますが、そのスキルで〈アクアドラゴン〉のBPを超えるつもりなのですか? 〈モンスターペリカン〉のBPは1000。1枚につき+300なら、有利属性効果を加えても5枚すべて引き当てなければならないのですよ? それは不可能なのです」
水撫の指摘はごもっともだ。
だが、俺は鼻で笑った。
「俺は、こういう博打も嫌いじゃないんだよ。いくぜ! まず1枚目! 〈フェアリアル・ドレイク〉……風属性!」
「……」
「2枚目! 〈ラフォル渓谷の魔女〉……風属性!」
「佐藤くん、ラッキーですね!」
「3枚目! 〈沈黙の嬢王・ブリュンセルス〉……風属性!」
「うぐッ!」
「4枚目! 〈迅雷の竜騎士・ライトニングドラグーン〉……風属性!」
「そ……そんな馬鹿なッ!?」
「5枚目! 〈エンシャント・ボブキャット〉……光属性!」
「きゃあぁぁぁぁ〜!! ……って、ひ……光属性??」
水撫は堪えきれずに吹きだした。
足をバタバタさせて大笑いしている。
「アハ……アハハハハ! 残念でしたね、佐藤くん。あと一歩でした。まあまあ、そんなに上手くいくなんて、初めから思ってなかったですけどね〜!」
俺は、戦闘に敗れた〈モンスターペリカン〉を墓地に捨てながら、フッと鼻で笑った。
「む? 佐藤くん、なにか可笑しいのですか?」
「さあな?」
馬鹿め。いまの攻撃で〈アクアドラゴン〉を撃破できるなんてハナから思っちゃいない。俺の狙いは上位エレメントの召喚。そして、その召喚条件は『墓地にある上位エレメントの数』だ。
俺の墓地にはすでに2枚の上位エレメントがあった。いま〈モンスターペリカン〉のスキルによって、さらに〈沈黙の嬢王・ブリュンセルス〉を含む2枚の上位エレメントを墓地に送ることに成功した。
……あと1枚だ。
必ず引き当ててみせる!
「次は〈ダンシング・トーチ〉の魔法スキルを発動させる。デッキからカードを5枚めくって墓地に捨て、この方法で捨てられた火属性エレメント1枚につき、敵キャスターに100ダメージを与える!」
「まさか、そのスキルで私のHPを0にさせるつもりなのですか? そ……そんなに簡単にはいかないのですよッ!?」
「俺のドロー運を舐めるなよ? いくぜ! まず1枚目! 〈レッドガーディアン〉……火属性!」
「んぐぐぅ……!」
「2枚目! 〈火羽根のフェアリー〉……火属性!」
「なんでぇぇぇ〜!?」
「3枚目!」
………。
……。
…。
◇水撫奏子 HP 500 → 200
スカートの衣擦れの音が響いた。
見れば、椅子の上で姿勢を正している水撫。
「……佐藤くん。私は、あなたと肩を並べたくて自分なりにずっと頑張ってきました、約束を交わしたあの日から。そして、やっとここまで来たのです」
「俺に追いついた……そう言いたいのか?」
「はい!」
前髪のせいで表情はよくわからないが、唇には晴れ晴れした笑みを浮かべている。おめでたい奴だ。もう俺に勝ったと思ってやがる。
「そうか。じゃあ最後にひとつだけ試練を与えてやろう」
「試練?」
キョトンと首を傾げている水撫。
俺はパチンと指を鳴らした。
「召喚条件クリア!」
「えッ!?」
「このエレメントは、俺の墓地にある5枚の上位エレメントをゲームから除外することによって、手札から召喚できる。いくぜ! 上位エレメント〈ファフニール〉召喚!」
ファフニール
無属性/BP 2500
4枚の翼を広げた超巨大な碧竜だ。山に前脚をかけながら、眼下に広がる城下町を見下ろしている。凶悪そうな舌舐めずりをしながら。
「ふぁ……〈ファフニール〉ですって!? まさか、その子を召喚するためにデッキからカードを墓地に!?」
やっと気づいたか、水撫。
だが、もう遅いんだよ!
「〈ファフニール〉の攻撃。攻撃スキル発動でBP+300。〈アクアドラゴン〉を撃破!」
「わ……私の〈アクアドラゴン〉がぁぁぁ!」
「これで水撫のエレメントは全滅した。さらに、俺は手札から強襲スキルを発動する。〈炎爪のリザーディアス〉!」
炎爪のリザーディアス
火属性/BP 1000
炎の爪を生やした大蜥蜴の怪物だ。『強襲スキル』とは、手札からくりだされる奇襲攻撃。BPは低いが、クリティカルが確定した状況においては致命的な一撃となる。
「この攻撃はクリティカルとなる。終わりだ!」
「まだです。私は手札から防御エレメント〈水蛇のウェンディ〉を召喚するのです!」
水蛇のウェンディ
水属性/BP 1000
青髪のロングヘアをした裸の少女だ。魔法のような水蛇が2体、身体に纏わりついている。甘いな、防御エレメントの召喚は読んでいた。
「無駄だ。俺の〈炎爪のリザーディアス〉のスキルが発動している。クリティカル発生時はBP+300。このダメージは軽減しきれない。俺の勝ちだ!」
「いいえ。私のウェンディちゃんの防御スキルを舐めてはいけないのです。手札のカードを捨てることによって、その1枚につき、さらにダメージを100軽減できるのです!」
「なにッ!?」
「私は手札からカードを2枚捨て、ウェンディちゃんのBPと合わせてダメージを1200軽減するのです!」
◇水撫奏子 HP 200 → 100
やられた!
ダメージ軽減値をアップする……だと!?
いまはそんな防御エレメントもあるのか……。
〈炎爪のリザーディアス〉のスキルによって、戦闘終了時、俺のHPは600失われる。勝ちを焦ったような結果になってしまったかッ……!
◇佐藤由汰 HP 950 → 350
「私は……諦めないのです!」
「俺のターンは……終了だ」
次の1手で勝敗が決まるギリギリの距離。空気はぴんと張り詰めている。そうだ。やはり悪くない、懐かしい気分だ。
盤面を確認する。
俺のエレメントは3体。
バッファローの狂戦士
無属性/BP 1500
ダンシング・トーチ
火属性/BP 1300
ファフニール
無属性/BP 2500
これに対し、水撫のエレメントは全滅。次のターンで俺の〈ファフニール〉を撃破できるかどうかで勝敗が決定する。
「私の……ターンです……!」
ドローしようとする指先が震えている。何万回と見てきた光景だ。絶体絶命の窮地に追い込まれたが、デッキにはまだ逆転の可能性が残されている。その1枚を引き当てられるか否かの、運命のジャッジメント・ドロー。
なあ水撫、俺に追いついたんだよな?
ならば、引き当ててみせろ。
逆転のカードを!
「……ドロー!!」
ついに水撫が動いた。だが、カードを確認するや、がっくりと肩を落として項垂れてしまった。どうやら勝敗は決したようだな……。
「水撫、おまえは強かった。〈アクアドラゴン〉を召喚するまでの策略は見事だったし、デッキの編成を見るに水属性への理解も深いだろう。勝敗はどうあれ、俺の評価は変わらない」
「ダメですよ、佐藤くん」
「……?」
俯いている水撫の唇が、フッと笑った。
「ちゃんと約束したじゃないですか、『次に対戦するときは私が勝ってみせる』って。だから私は、その約束を果たすのですよ。いまここで、このカードによって……!」
水撫は、指に挟んでいたカードをくるりと反転させた。
「私が引いたカードは……〈水竜召喚のラプソディア〉!」
水竜召喚のラプソディア
水属性/BP 1200
青色のローブを纏った女だ。フードを目深に被っており、両手を高らかに掲げた先には巨大な魔法陣。そして、その魔法陣からは見覚えのある凶悪な黒竜が召喚されている。
「なッ……そのカードは!?」
「これは私の切り札なのです。ラプソディアちゃんは、その召喚スキルによって、墓地から〈アクアドラゴン〉を召喚することができるのです!」
「〈アクアドラゴン〉をッ? 馬鹿なッ!」
「もちろん制限はあります。ひとつは、私のHPを半分にすること。もうひとつは、このトライアル中に1度でも〈アクアドラゴン〉の召喚条件を満たして召喚していること」
◇水撫奏子 HP 100 → 50
水撫は墓地から〈アクアドラゴン〉を抜きだすと、そのカードを指に挟み、手札を持った手と交差させて、あのポーズを決めていた。
「爆ぜろ、私の水域! 〈水竜召喚のラプソディア〉のスキルにより、上位エレメント〈アクアドラゴン〉召喚!」
アクアドラゴン
水属性/BP 2400
「くそッ!!」
まずい。この状況で〈アクアドラゴン〉の攻撃スキルを発動されたら、俺の陣形は完全に崩壊する!
「さらにこのターン、私は〈ブルー&ダークネス・ウィスプス〉の援護スキルを発動するのです!」
ブルー&ダークネス・ウィスプス
複合属性(水&闇)/BP 1450
青色と紫色の人魂が、互いに絡まるように渦巻いている。は? いや、ちょっと待て……。
「おい、なんだその属性表示は?」
「これは複合属性というものです」
「複合属性……なんだそれは??」
水撫の説明によると『複合属性』とは、異なる2つの属性を併せ持つエレメントのことで、より多角的なスキルを扱うことができるという。
「〈ブルー&ダークネス・ウィスプス〉の援護スキルは、私の墓地からエレメントを1体選んで召喚し、同時に、敵エレメント1体に弱化カウンターを2個置くことができるのです!」
この効果で水撫が墓地から選んだのは〈十七剣孔雀〉。そして、弱化カウンターは、やはり〈バッファローの狂戦士〉に置かれた。
十七剣孔雀
水属性/BP 1500
コイツの召喚スキルは『手札からカードを1枚捨てる』というデメリットのみの効果。だが、召喚スキルというのは手札から通常プレイしたときにしか発動しない。よって、こんなふうにスキルの効果によって召喚させるのが定石なのだ。よくわかってるじゃないか、水撫!
バッファローの狂戦士
無属性/BP 1500 → 1300
これでBP1400以下。つまり〈アクアドラゴン〉の全体ダメージでも撃破圏内というわけか……!
「〈アクアドラゴン〉の攻撃。全体1400ダメージにより、佐藤くんの〈バッファローの狂戦士〉と〈ダンシング・トーチ〉を撃破。2体撃破により、追加攻撃のBPは3000になります。〈ファフニール〉も撃破なのです!」
「くそ……!」
たった1体の攻撃スキルで全滅かよ……!
凶悪すぎるだろうが、このエレメントはッ!
「さらに〈十七剣孔雀〉の攻撃が続くのです。この攻撃はクリティカルなのです!」
「俺は手札から防御エレメント〈古大樹の護り子〉を召喚……したところで、そのダメージは防ぎきれないな。悔しいが認めるしかあるまい」
俺は手札をテーブルに置いた。
「俺の負けだ、水撫」
◇佐藤由汰 HP 350 → 0
◇水撫奏子 HP 50(WIN)
「やったぁぁぁぁー!!」
水撫は椅子から飛びあがって、パタパタとテーブルの周囲を走りまわった。子供みたいだ。
「私はやったのですよ。ついに……ついに佐藤くんに追いついたのですよぉ!」
「そうか。それはよかったな」
「はい!」
晴れやかな笑みを唇に咲かせながら、力強く頷いている。そこまで喜んでもらえたなら、負けた甲斐もあるというものか。
「佐藤くん、もう1戦やりましょうッ!」
「いや、そのまえに俺はおまえに訊きたいことがあるんだが……」
「ダメなのです。もう1回なのです!」
俺はやれやれと肩をすくめた。
この我儘も愛嬌ということか?
「時間は大丈夫……じゃないな。あと2分で5限目の始業チャイムが鳴るぞ。諦めろ」
「大丈夫なのです。5限目は日本史で九條先生なのです。あの先生なら、ちょっとくらい遅れても怒られないのですよ」
「ああ、そういえば次は日本史だったな。だが、あんまり九條先生を苛めるのは可哀想だから、これっきりだぞ?」
俺と水撫はカードを集めてシャッフルし、初手のカード5枚をドローする。図書室のスライドドアが開閉される音が聞こえた。図書委員が出て行ったのだろう。
「次は佐藤くんの先攻で始めましょう」
「リベンジだ。覚悟しろよ?」
水撫との2度目のトライアルが始まった。すでに戦略も知れたところなので、正直、まったく負ける気がしないが。
「俺のターン、ドロー。まずは手札から〈身代わりの魔女・リリィステス〉を召喚……」
……しようとしたところで、ある恐ろしい事実に気づいてしまった。
「おい、み……水撫……!」
「ん? なんですか?」
「今日……九條先生って休みじゃなかったか?」
「え?」
そうだ。昨日から体調不良で休んでいるのだ。どうやら流行り風邪にやられたらしい。いや、そんなことはどうでもいい。問題なのは、その代わりに教室にやってくる先生が……。
「「鬼ヶ島先生!!」」
俺たちは同時に悲鳴をあげて、すばやくカードをかき集めた。水撫も俺も、デッキはブレザー内側ポケットにしまい、ボタンを留める。
「ひぃぃぃ! 殺されるのですよぉぉ!」
「大丈夫だ。まだチャンスはある。走るぞ!」
「は……はい!」
俺たちは駆けだした。図書室のスライドドアを乱暴に開けて、足音を響かせながら廊下を突っ走る。
「うわっとと……!」
「おい、しっかりしろ! 走れ!」
「……あ……」
廊下の曲がり角で転びそうになった水撫の手を掴んで、俺たちは必死で教室を目指して駆けていった。




