第2話 2人きりの図書室で♡
いま、俺と水撫は手を繋ぎながら廊下を走っている。聞こえるのは2人分の足音と2人分の息遣い。窓から差し込む陽光に、空中の埃が煌めいて見えた。
「おっとと……!」
「佐藤くん、早く早くぅ!」
「そ……そんなに焦らなくても……」
廊下の曲がり角にさしかかったとき、よろけてしまった俺を引っ張り、走り続ける水撫。彼女の要望で、俺たちはこれから『恋人じゃないとできないこと』をする。それはつまりアレだろう。女の子のほうから誘われるなんて夢みたいな話ではあるが。
「ここなのですよ」
やってきたのは図書室。スライドドアを開けると、水撫は走るのをやめて歩きだした。他の利用者はゼロで、不気味なくらいに静まり返っている。
「佐藤くん、久しぶりじゃないですか?」
「いや、俺は……初心者だ」
「謙遜しないでください。百戦錬磨じゃないですか」
「おまえは俺をなんだと思ってるんだ!?」
水撫に案内されたのは図書室の片隅。本棚に挟まれた空間にテーブルと椅子が設えられており、そこだけ小部屋みたいになっている。西側の窓からはグラウンドが見渡せた。
「さてさて、お昼休みの時間には限りがありますので、さっさと始めますよ?」
「……ッ!」
水撫は秘密めかした笑みを浮かべながら、ブレザーのボタンをひとつ、またひとつと外していく。露わになった白ブラウスの膨らみに俺は息を呑んだ。グラビアアイドルもかくやと思わせる大きさだ。
ど……どうすればいいんだッ!? 触ってもいいのか? いや、まだ恋人になって3分も経ってないんだぞ? いきなりそんな破廉恥なことなんてッ……!
俺が無様に立ち尽くしていると……。
「はい」
「……え?」
水撫は、ブレザーの内側ポケットから『カードの束』をとりだしていた。魔法陣を内包した水晶玉を中央に、外周には文字の刻まれた円環。このカード裏のデザインを俺が忘れるはずはない。TCG『ディバイン・ストーンズ』だ。
どういうことだ?
なぜ、いま俺にカードを渡す?
「このデッキは佐藤くんにあげるのです」
「……??」
「私のはこっちなのです」
まるで状況が飲み込めないものの、俺は差しだされたデッキを受け取っていた。水撫も、スカートのポケットからもうひとつのデッキを取りだしている。そして、指先で1枚のカードを挟んで、ビシッとポーズを決めて……
「さあ、佐藤くん、私と対戦してください。この瞬間を、私はずっと待っていたのですよ!」
いや、意味がわからない。
なにを言ってるんだ、この女の子は?
「……水撫」
「なんですか?」
「ちょっと状況を整理するぞ」
俺は本棚にもたれかかった。
腕組みをして、水撫を睨みつける。
「水撫が告白して、俺たちは(強制的に)恋人同士になった。そうだよな?」
「はい。そうですよ」
「そのとき、おまえは俺と恋人になりたい理由として『恋人同士じゃないとできないことがしたい』と、そう言っていたよな?」
「はい。言いました」
「そして、俺たちはいまからここで……」
「はい! ここで、キャスターの血を滾らせる熱きトライアルを、いざ!」
「カードゲームは『恋人同士じゃないとできないこと』じゃないだろうがッ!」
俺は盛大に突っ込んでやった。
だが、水撫はキョトンと首を傾げている。
「え? 佐藤くん……そうなんですか?」
「……なんだその反応は?」
「だって、佐藤くんが言っていたのですよ?」
「俺が言っていただと……馬鹿なッ!?」
「忘れたのですか? んもぅ〜!」
いや、そんなことを言った覚えはない。ぷくっと頬を膨らませている水撫は可愛いが、これは理不尽というものだ。
「とにかくです。私たちは戦わなければならないのです。その必要があるのです。佐藤くん、はい、そっちに座ってください!」
椅子に座ってサッと足を組みながら、テーブルの反対側を指差している水撫。
「わけがわからんぞ、まったく……!」
俺はテーブルの反対側にまわり、ドカッと椅子に腰かけた。告白を断ったらゴリ押しされて、アレを期待したら待っていたのはカードゲームだ。つくづく先の読めない昼休みもあったものだ。
俺は諦めて、溜息をつきながらデッキを確認した。俺の知っているカードばかりだ。指先に伝わる感触も懐かしい。ちなみに、さっき水撫が言っていた『トライアル』というのは、このTCGにおける1回の対戦のことを指す。
俺は言った。
「俺は、おまえの作ったデッキで戦うんだぞ。それがどういうことなのか、ちゃんとわかっているんだろうな?」
「その心配はいらないのです。綿密なテストプレイを重ねた結果、10回に1回くらいはそっちのデッキでも勝てることが判明しました」
「ふん。まあ、いいだろう」
わかっているからデッキを作りなおせ! なにが綿密なテストプレイだ、この卑怯者め!
「佐藤くん、ちゃんと本気をだしてくださいね?」
水撫はデッキをシャッフルしている。
唇には楽しげな笑み。
「愚問だ。『勝負には常に全力で挑む』それが俺の流儀だからな。言っておくが、勝率90%にあぐらをかくなよ? 俺は……」
「ええ、知っているのですよ。佐藤由汰くんは過去『最強』だったのですよね?」
「……ッ!」
そうだ。俺は、このTCG『ディバイン・ストーンズ』において、かなり名の知れた強豪プレイヤーのひとりだった。だが、それは中学時代の話だ。なぜ高校で出会ったはずの水撫が、俺の過去を知っている?
「先攻後攻、どうしますか?」
「かかってこい」
「そう言うと思ったのです」
シャッフルを終えて、デッキを置く。
お互いに初手のカードを引く。5枚だ。
「いきますよ、佐藤くん。私は、このときをずっと待っていたのです。あなたに見てもらうのですよ、いまの私を!」
駄目だ。どれだけ記憶を巡らしても水撫のことは思い出せない。俺と話したことがあると言っていたが、いったいどこでだ?
……いや、いま考えるのはやめよう。とりあえず、この対戦に付き合ってやるしかない。俺との因縁について訊くのは、その後でいいだろう。
◇佐藤由汰 HP5000
◇水撫奏子 HP5000
水撫の指がデッキに触れる。
彼女は、デッキからカードを1枚引いた。
「私のターン! ドロー!」




