第1話 始まりは告白から
「……私の恋人になってください……」
俺、佐藤由汰はいま、クラスメイトの水撫奏子から告白されている。今朝、靴箱にラブレターが入っていたのだ。いかにも女の子らしい丸文字で『佐藤くんにお願いしたいことがあります。昼休みに屋上に来てください』と綴られていた。
差出人の名前は書かれていなかった。
まさか水撫だったとは……。
水撫は、ずいぶん特徴的なヘアスタイルをしている。ウェーブのかかった漆黒のロングヘアなのだが、前髪が長すぎて瞳が隠れてしまっているのだ。これだと、フードを目深に被った魔術師みたいでミステリアスだ。
「ダメ……ですか?」
俺が黙っていると、心配そうに小首を傾げる水撫。4月上旬。まだ桜の匂いのする春風が吹き抜けて、彼女の髪と膝丈のスカートをなびかせた。
水撫は、いわゆる『陰キャぼっち』というやつだ。いつも誰とも会話をせず、ひとりぼっちで俯き加減。俺は、たまたま席が近かったので挨拶だけは交わしていたのだが、まさか告白されるとは。
「どうして俺なんだ? おまえに好かれるようなことは、なにもしていないぞ?」
「いいえ。私は、どうしても佐藤くんと恋人同士になりたいのです。その必要があるのです」
「必要がある……だと?」
まさか罰ゲームとかじゃないよな、この告白は。俺は屋上の出入口を睨んだが、コソコソ隠れているような連中はいなかった。屋上には、俺と水撫の2人きりだ。
「佐藤くん、私の恋人になってください」
「……」
恋人……か。
いまの俺には情熱を傾けられるようなものがなにも無い。平凡で退屈な高校生活を過ごしているところだ。このあたりで、そんな日常にひとつ花を添えてみるのも、悪くないかもしれん。
俺は言った。
「水撫。まずは俺に告白してくれて、ありがとう。こんなこと初めてだから、正直、すごく嬉しいし、光栄だ」
「それは……どもどもなのです」
ぺこぺこと会釈をする水撫。その不器用でたどたどしい挙動に、ギュッと胸が締め付けられる。彼女なりに一生懸命なのだ。
次の台詞が躊躇われる。
……だが、俺は言った。
「俺の返事は……NOだ。いきなり恋人同士になるのは、やはり違うと思うぞ?」
「……」
「俺たちはクラスメイトになってまだ1週間だ。お互いのことをなにも知らない。俺を必要としてくれるのは嬉しいが、その期待には応えられない」
「……」
前髪のせいで水撫の表情がわからない。だが、薄桃色の唇はギュッと真一文字に結ばれており、小さな肩も震えている。泣いてしまったのかもしれない。
これで終わるのは不憫だな……。
俺は、ひとつ提案をした。
「……だから、ここは友達同士からスタートさせてみないか? まずは、お互いのことをもっとよく知らないとな。恋人同士になるのは、それからでも遅くないはずだろう」
「……」
「これが……俺の返事だ」
しばしの沈黙があった。
すると、水撫は顔をあげて……。
「ダメです」
「ダメだと!?」
「ダメです。友達はダメです」
「ど……どういうことだ、それは?」
意味がわからない。告白を断ったその返事が『ダメです』って、会話としておかしくないだろうか?
「佐藤くん、私は恋人同士になりたいって告白してるんですよ? 友達ではないのですよ?」
腰に両手を当て、わずかに前のめりになっている水撫。まるで、子供の悪戯を注意しているお姉さんのようだ。わからん。なぜ俺が叱られている?
「いやだから、将来的に恋人同士になることを前向きに検討しながら、いまは友達として……」
「佐藤くんは、私の恋人になってくれるんですか? なってくれないんですか? どっちなんですか?」
「いやいや、だからその……」
「私の恋人になってください。友達はダメです」
「なんだそのオール・オア・ナッシング!?」
挨拶しか交わしたことがない女の子と、いきなり恋人同士になんかなれるわけがないだろうが。どうして友達としてスタートさせるのがダメなんだ?
「はやく私の恋人になってくださいよ。昼休みが終わっちゃうじゃないですか。んもうッ!」
ダメだ。まるで会話が通じない。
なんなんだよ、この女の子は!?
「……なぜだ?」
「む?」
「なぜ、そこまで恋人同士にこだわる?」
「そんなの決まってるじゃないですか」
すると、水撫はポッと頬を赤らめて……。
「私は、佐藤くんと恋人同士じゃないとできないことがしたいのです」
「な……なんだとッ!?」
そ……それはつまりエッ……。
いや、なにを言ってるんだ、コイツは?
「私はもう……限界なのですよぉ!」
「み……水撫?」
「教室で佐藤くんに挨拶されるたびに、私、やりたくてやりたくて、堪らなくドキドキしちゃうのです」
「……そ……そんな馬鹿なッ!?」
俺は、思わず手の甲や脇の匂いを嗅いでいた。まさか、なにか特殊なフェロモンでも放出されているのではあるまいな?
「それでも私は、我慢するしかないのですよね? 佐藤くんは、やっぱり恋人同士になってからじゃないと……ダメなんですよね?」
水撫は、丸い肩をぷるぷると震わせながら怒っている。
俺は弁明するように言った。
「そ……それが普通じゃないのか?」
「だから、こうして告白してるんですよ。それなのに佐藤くんは……佐藤くんったら……!」
水撫はなにかを決意したように頷くと、ズカズカと接近してきた。じりじりと後退する俺を容赦なく追い詰めてくる。これは貞操の危機というやつなのか? 男でも怖いものだな……。
「佐藤くん……私と……私と……!」
「いや水撫、ちょ……ちょっと待て……」
背中がフェンスにぶつかった。
虚しく響く、カシャンという音。
「まずい! これ以上は……!」
「佐藤くん……私と……」
いやいや、近い近い近い……!
近いぞ、水撫!
腹のあたりに、ふにゃりと柔らかな感触がぶつかってきた。水撫のおっぱいだ。脳に強烈な電撃が走る。ブレザーのせいで気づかなかったが、かなり大きい。俺の口から飛びだす「ひょえ!」という情けない声。
「……ぐッ!」←俺。
「……むむぅ!」←水撫。
漆黒の前髪の向こうから、こちらを見つめる熱烈な視線を感じる。ゼロ距離にある水撫の顔は、よく見れば小顔だし、鼻筋も通っている。ひょっとしたらすごい美少女かもしれない。いや、いまそんなことはどうでもいい。
「佐藤くん、私の恋人になってください!」
「わかった! わかったから離れろ!」
「その『わかった』っていうのは、恋人になってくれるってことなのですか?」
「え? いや、その……」
「どうなんですか、佐藤くんッ!?」
ダメだ! 押しつけられる感触に脳みそを焼かれてしまいそうだ。逃げたいが、フェンスと水撫のあいだで挟まれて身動きがとれない……!
「わかった、なるよ! なればいいんだろッ!?」
なんてことだ……!
告白をゴリ押しされた……だと!?
「やったぁぁぁぁ!!」
快哉の叫びをあげるや否や、俺の腕にギュッと抱きついてくる水撫。女の子特有の、甘いシャンプーみたいな香りに眩暈を覚える。いや、それは多分、この状況に思考が追いついていないせいだろう。
「それじゃ、さっそくやりましょう!」
「やるって……なにをだ!?」
「決まってるじゃないですか」
水撫は俺を見上げながら口元を綻ばせ、唇に人差し指をあてて秘密めかしたポーズ。
「恋人同士じゃないとできないこと……ですよ♡」
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