Chapter Six Ce que Cache le Silence
翌朝、また父に呼ばれた。
執務室の扉を開けると、父は机の前に立っていた。
珍しいことだった。
この人は普段、客人の前でも書き物を続けながら話す。
立って待っているということは、それだけ今朝の用件が普通ではないということだ。
そしてもう一人、部屋にいた。
窓際の椅子に、ベネディクトが座っていた。
穏やかな顔をしていた。
昨夜のことなど何もなかったように、いつもと変わらない顔で。
「ミシェルローズ、座りなさい」
私は父の前の椅子に座った。
ベネディクトとは斜め向かいになる位置だった。
「昨夜のことの報告は聞いた。ダリウス侯爵の手の者だな」
「おそらく」
「悪いことは言わない。手を引け」
「いいえ」
父の目が細くなった。
怒っているのか、あるいは別の何かなのか、この人の表情はいつも読みにくい。
「理由を聞かせろ」
「王太子殿下と侯爵の取引です」
父は心配で私に手を引けと言っているのかわからないけれど、ここで引き下がるわけにはいかない。
「昨夜、襲ってきた男たちが口にしました。その内容がどれほど深いものか、まだ全部は見えていません。だから手を引けない」
部屋に沈黙が落ち、父はしばらく私を見ていた。
それから、ゆっくりとベネディクトへ視線を移した。
「ベネディクトは、どう見ている」
ベネディクトは少し間を置いてから答えた
「彼女が正しいと思います」
「なぜ、そう思う」
「この件は、手を引いて終わる話ではない。むしろ中途半端に退いた方が危険です」
父は考えるように、また黙った。
私はそんな父の顔を見ていた。
ベネディクトは窓の外を見ていた。
三人がそれぞれ別の場所を見ながら、同じ時間の中にいた。
「分かった」
やがて父は口を開いた
「ただし、一人で動くな。いいな」
「はい」
父はそれきり書き物に戻った。
話は終わった、という合図なので私は立ち上がり、ベネディクトも立ち上がり二人で執務室を出た。
✦ ✦ ✦
廊下に出た瞬間、私は歩くのをやめた。
「聞かせてください。ベネディクト」
ベネディクトが振り返った。
「なぜあの場所にいたのか。昨夜、偶然だと言ったけれど」
「嘘です」
ベネディクトはしばらく私を見ていた。
「尾行に気づいたのは四日前だ。シェリーが夜会から帰る馬車を、複数回、同じ人間が追っていた」
「それを、なぜ私に言わなかったのかしら」
「言えば、君は一人で対処しようとした」
「それは…」
その通りだったから、反論できなかった。
「だから昨夜、自分で確認しに行った。それだけのことだよ」
四日間、私の帰り道を確認し続けて、それだけのこと、と。
その言葉の軽さが、妙に胸に引っかかった。
引っかかる理由を、私はうまく言葉にできなかった。
「……ありがとう」
自分の口から出た言葉に、少し驚いた。
礼を言うつもりはなかった。
ただ、他に言葉が見つからなかった。
ベネディクトは微笑んだ。
穏やかで、柔らかで、底の見えない笑みを。
「どういたしまして」
そう言って、廊下を歩き出した。
私は彼のその背中を見送った。
「四日間…ね」
彼は四日間、何も言わずに私の帰り道を見ていた。
私はその間、何も気づかなかった。
人の動きを読むことを得意としている私が、最も近くにいる人間のことを何も見ていなかった。
それが今更になって、じわりと胸に沁みた。
それが何なのか、私にはまだ分からなかった。




