Chapter Thirty-One La Dernière Partie
モローへの動きを本格化させたのは、穏やかな日々が一週間続いた後のことだった。
レオンが集めた情報と、ベネディクトの外交ルートから得た資料を合わせると、モローの全体像が見えてきた。
隣国アルドワを拠点に、複数の国の貴族と情報の売買をしている。
アルミューズ王国では、ダリウス侯爵を通じて足場を作ろうとしていたが、侯爵の失脚で計画が狂った。
ナタリーはその代替ルートだった。
弱点は、二つあった。
一つは、モローが情報を売った複数の貴族が互いに競合関係にあること。
彼は両側に情報を売っていた。
それが明るみに出れば双方から信用を失う。
もう一つは、アルドワ王国内部での立場だ。
モローは表向き正規の商人として動いているが、実態は王国の公認を得ていない非合法な情報屋だ。
アルドワ王家にとってモローの存在は都合が悪い。
「シェリーは、どちらを先に使う?」
「両方同時にしましょう。片方だけでは逃げ場が残り、同時に動けば詰むわ」
「競合関係にある貴族への情報開示は、シェリーが動く方が速い。アルドワへの働きかけはローゼンベルク家の外交ルートを使うことにするよ」
「では、動きましょう」
✦ ✦ ✦
私が動いたのは、社交界だった。
モローから情報を買っていた貴族は三家あった。
そのうち二家は互いに政治的な競合関係にある。
私はまず、その二家に別々に接触した。
それぞれに、相手方もモローから情報を買っていたという事実を証拠と共に伝えた。
それはそれは反応は早く両家とも激怒した。
同じ情報屋に両側から操られていたことが分かれば誰でも怒る。
その怒りがモローへの不信に変わる。
そしてモローが今後動こうとしても、この二家は協力しない。
三家目には別の話を持っていった。
モローがアルドワで非合法な情報屋として動いていることをアルドワ王家に伝えようとしているという情報を流した。
事実だったが、まだ動いていなかった。
でもそう聞けば、三家目はモローから距離を置く。
万が一アルドワと揉めた時に巻き込まれたくないから。
三日で、モローのアルミューズ王国内の足場は全て崩れた。
これがヴァレンタイン家のやり方。
剣は使わず、血も流さない。
ただ、情報を正しい場所に置くだけ。
それだけで、盤面は動く。
✦ ✦ ✦
同じ頃、ベネディクトが動いていた。
後から聞いた話だけど、ローゼンベルク家の外交ルートを通じてアルドワ王家にモローの実態を伝えた。
その際、ベネディクトは父親であるヴィルヘルム様に願いでで直接アルドワの外交官と会合を持ったらしい。
その会合の詳細をライナーから少し聞いた。
「あの方は、いつも穏やかに話されるのですが、あの日だけ、少し違いました。モローがヴァレンタイン家に関わったという話になった時、声の温度が変わった気がして」
「どう変わったの」
「……少し冷たくなったというか、昔より怖くなったと私はいつも思っているのですが、あの日は特に」
ヴァレンタイン家に、私に関わったという話が出た時にベネディクトが冷たくなった。
この人は普段、感情を制御する。
それが少しだけ、制御の外に出た。
シェリーのためなら怪物になれる、か。
あの人は以前、そういう人間だと思っていた。
今日、それが少しだけ実際の形を持って見えた気がした。
怖いとは思わなかった。
むしろ、温かかった。
それが少し、可笑しかった。
✦ ✦ ✦
モローの失脚は、静かに起きた。
アルドワ王家がモローを非合法な情報屋として処分し、アルミューズ王国内での足場は全て消えていた。
逃げ場がなくなり、これまで積み上げてきた情報網が一度に崩れた。
ダリウス侯爵の時と同じ形だった。
派手なことは何もない。
ただ、気づいたら詰んでいた。
それがこの戦い方の結末だ。
報告を聞いた夜、私はベネディクトへ短い文を送ると返事はすぐに来た。
お疲れ様、シェリー。
よくやった。
よくやった、という言葉が今日は少し違う響きで届いた。
労ってくれているという、それだけのことが今日は温かかった。
窓の外に、春の夜が広がっていた。
薔薇の棚に、今日も花が咲いていた。
昨日より、少し増えていた。
長い戦いが、終わった。




