Chapter Two Les Secrets du Jardin
情報というものは、引っ張るほどに芋蔓式に出てくる。
イザベルが立ち去った翌日から、私は少しずつ糸を手繰り始めた。
急いではいけない。誰かが警戒している今、粗雑に動けば尻尾を掴まれる。
だから慎重に、丁寧に。
茶会では何気ない世間話の中に質問を紛れ込ませ、夜会では目線の流れを読んで誰が誰を避けているかを観察する。
直接聞き出すより、人の反応から読む方が正確なことも多い。
十日ほどで、輪郭が見えてきた。
ダリウス・ヴォーン侯爵。
宰相派の重鎮として知られる老練な政治家。
表向きは王家への忠誠を掲げる穏健派だが、その裏で王太子の側近に接触し何らかの取引を進めていた。
内容はまだ分からない。
ただ、複数の筋から同じ名前が浮かび上がってくる以上、これは偶然ではない。
どこまで深いく面白いと思った。
そして同時に、少し慎重になるべきだとも思った。
これほどの名前が絡んでいるなら、迂闊に動けば傷を負う。
情報は武器だが、使い方を誤れば刃は自分に向く。
私はヴァレンタイン家の娘として、それを幼い頃から叩き込まれていた。
その夜、王宮の晩餐会があった。
✦ ✦ ✦
王宮の大広間は、いつ来ても息を呑む美しさがある。
天井まで届く柱に金箔が施され、シャンデリアの光が幾千の水晶を通して砕け散る。
壁に飾られた古い肖像画の中で、歴代の王たちが無表情にこちらを見下ろしている。
美しく、豪奢で、少しだけ腐敗した匂いがする。
この国そのものに似た場所だと私はいつも思う。
晩餐が始まる前の歓談の時間、私は人の流れを読みながら広間を移動していた。
誰と話し、誰の近くを通り、誰に見られているか。
それを意識しながら動くのは、もはや呼吸と同じくらい自然なことだった。
ダリウス侯爵の姿は、広間の奥に見えた。
白髪を丁寧に整えた老人で、いかにも穏やかそうな顔をしている。
数人の貴族と話しながら、ゆっくりと笑っていた。私と目が合った瞬間、その笑みがほんの一瞬だけ止まった。
気づいている。
私も微笑み、会釈を返した。
今夜は近づかない、近づく必要がない。
こちらが何を知っているか、相手に測らせておく方が有利だ。
そのまま視線を流した先に、ベネディクトがいた。
✦ ✦ ✦
彼は窓際に立っていた。
夜の庭園を背景に、白銀の髪が燭台の光を静かに受けている。
誰かと話しているわけでもなく、ただそこにいる。
なのに周囲の人間が自然と距離を置いていた。
意識してのことではなく、本能的に。
彼がまとう静けさが、そうさせるのだと思う。
私が近づくと、彼は視線をこちらへ向けた。
驚いた様子もなく、かといって待っていた様子もなく。
ただ、気づいた、というだけの顔で。
「シェリー」
彼は穏やかな声だった。
「今夜は随分と、広間を歩き回っているね」
「晩餐前の時間は退屈ですから。歩いていた方がましです」
「そう」
しばらく、二人とも黙っていた。
広間の喧騒が遠くで続いている。
ベネディクトは庭園の闇をぼんやりと眺めていて、私は広間の人の流れを追っていた。
同じ空間にいながら、それぞれ別のものを見ている。
それが私たちの、いつもの距離感だった。
「ダリウス侯爵と、目が合ったでしょう」
しばらくして、ベネディクトが静かに言った。
問いかけでもなく、確認でもなかった。
ただ、事実を口にしただけのような言い方だった。
「ええ。それが何か」
「何でもない。ただ、気をつけてと言いたかっただけ」
なぜあなたがそれを知っているの。
その問いを、私は飲み込んだ。
聞いても彼は答えないだろう。
あるいは答えるかもしれないが、その答えが本当かどうかを確かめる手段がない。
ベネディクト・ローゼンベルクとはそういう人間だ。
全てを知っているような顔をして、何も教えない。
「忠告は受け取っておきます。でも、心配は無用ですわ」
「分かった」
彼はあっさりと頷き、それ以上は何も言わなかった。
晩餐を告げる鐘が鳴り、私たちは広間の中心へ戻った。
隣を歩くベネディクトの横顔を、私はちらりと見た。
何を考えているのか、相変わらず分からない。
なぜダリウス侯爵の名前を出したのか、なぜあの一言だけで止めたのか。
分からないまま、私たちはそれぞれの席へ着いた。
「気をつけて、か」
その言葉が夜が終わってからも、妙に耳の奥に残っていた。




