Chapter Twenty-Six L'Ombre dans la Maison
翌朝から、私は静かに動き始めた。
感情は後回しにできるし、今はやるべきことがある。
情報が漏れているなら、どこから漏れているのかを特定しなければならない。
特定するためには、まず範囲を絞る必要がある。
漏れていた情報は二種類だった。
先月私が動かした情報網の一部と、先々月の父の政治的な動きの詳細。
この両方を知り得る立場にある人間を、私は頭の中でリストアップした。
私の情報網については、マルグリット、レオン、そして父。
父の政治的な動きについては、父本人と、父の執務室に出入りする者たち。
そして両方に接触できる可能性がある人間、つまり家族の誰か、あるいは長年邸に仕えてきた者。
リストは、思ったより短くなった。
私はマルグリットから話を聞くことにした。
邸の使用人たちの最近の様子と外部との接触、不審な点。
マルグリットは誰より邸の中を見ている人間だ。
「最近、邸の中で気になることはある?」
マルグリットは一瞬だけ、私の顔を見た。
「一つだけ」
「話して」
「先月の終わり頃、私が気づかないうちにミシェルローズ様の書斎に誰かが入った形跡がありました。書類の並びが少し変わっていたので」
書斎に入れる人間は限られている。
「誰かに心当たりは?」
「……ありません。ただ、その日、奥様がいらしていました。ナタリーさんをお連れで」
「お母様とナタリー」
その日邸にいた人間は母、ナタリー、そして私に話を持ってきたマルグリット自身。
どの名前も、疑いの外に置くことはできない。
長年信頼してきた人間だからこそ、疑いを持つことに抵抗があった。
でも感情で判断してはいけない。
それがヴァレンタイン家の娘として幼い頃から叩き込まれてきたことだった。
誰も、例外ではない。
「マルグリット。その日邸にいた全員の動きを、できる限り思い出してもらえる? あなた自身の動きも含めて。そして最近、外部との不審な接触がなかったかどうかも邸全体で確認してほしい。ただし気づかれないように」
マルグリットは自分も疑われているということを、この人は察しただろう。
「承知しました」
マルグリットが出て行った扉が閉まってから、私はため息をついた。
誰かを疑うことは、慣れている。
社交界で人を操り、利用してきた。
でも今日の疑いは、それとは違う重さがあった。
「マルグリットの事も完全に信頼できないのが辛いわね」
長年そばにいた人間を疑うことの冷たさがあった。
✦ ✦ ✦
その日の午後、母の部屋を訪ねた。
用事があるわけではなかった。
ただ、母とナタリーを見ておきたかった。
疑いを持った目で見ることに少し罪悪感があった。
でも、やらなければならなかった。
母はいつものように刺繍をしていた。
ナタリーはいつものように部屋の端にいた。
私は母と話しながら二人を観察した。
表情、視線の動き、私が話す時の反応。
母はいつも通りだった。
柔らかく、穏やかに、私を見ていた。
ナタリーもいつも通りに物静かで、余計なことを言わず、静かにそこにいた。
どちらにも、不審な点は見つからなかった。
私の思い違いなのかもしれない。
そう思いたかった。
ただ、証拠がないことと、違うことは別だ。
確認が終わるまでは判断を保留する。
帰り際、ナタリーが扉まで見送ってくれた。
「またいつでもいらしてください、お嬢様」
「ありがとう」
廊下に出てから、私はその微笑みが社交界のものだったことに気づいた。
いつの間にか、ナタリーに対して社交界の顔を使っていた。
母に対しても、同じだったかもしれない。
それが何を意味するのか、今日はまだ考えたくなかった。
✦ ✦ ✦
夜、ベネディクトへ文を送った。
それは調査の進捗を報告する文だった。
ただ、ナタリーや母の名前は書かなかった。
まだ証拠がない。
証拠がない段階で名前を出すのは早計だと思った。
返事は早めに届き、引き続き慎重に、何かあればすぐに知らせてほしいと書かれていた。
何かあればすぐに知らせてほしい。
この人はいつも、そう言う。
窓の外に、春の月が出ていた。
昨日より少し、夜気が温かかった。
薔薇の芽が、また少し大きくなっているかもしれない。
穏やかな夜だった。
でも、邸の中のどこかに影があることを私は知っていた。
その影の正体が分かるまで、この穏やかさは仮のものだ。
早く、確かめなければならない。




