Chapter Twenty-Five Ce qui Déborde enfin
レオンから報告が来たのは、三日後の夜だった。
モローが収集している情報の中にヴァレンタイン家の内部に関わるものが含まれていることが確認できました。
具体的にはミシェルローズ様が先月動かした情報網の一部と、アルベール侯爵様の先々月の政治的な動きの詳細です。
いずれも、外部から把握できる性質のものではありません。
「先月動かした情報網の一部と先々月の父の政治的な動きの詳細は、外から分かる話ではないわよね」
やはり、ヴァレンタイン家の内側を知っている人間が意図的に流したものだ。
「嫌になる話だわ」
手が、少し冷えた。
一体誰が。
この家の内側にいる誰が情報を外へ流しているのか。
使用人、侍女、側近
長年信頼してきた人間の中に裏切り者がいるという事実が、頭の中でゆっくりと形を持ち始めた。
すぐにベネディクトへ文を送った。
急ぎで話したいことがある、と。
✦ ✦ ✦
その夜、ローゼンベルク家でベネディクトと向き合いレオンの報告を伝えた。
内側からしか知り得ない情報が外へ出ている。
ヴァレンタイン家の誰かが意図的に流している可能性が高い。
ベネディクトは黙って聞いていた。
全部聞き終えてから静かに言った。
「心当たりは?」
「今のところないわ。ただ、範囲は絞れる。この情報を知り得る立場にある人間は限られているから」
「絞り込みに時間がかかるね」
「ええ。慎重にやらないと相手に気づかれるかもしれないわね」
暖炉の火が、静かに燃えていた。
その音だけが部屋に響いていた。
「シェリー」
「何?」
「怖い?」
怖い、という言葉をどう受け取るか。
「怖いというより、信じていた人間かもしれないと思うと、少ししんどいわね」
「そうだね」
「ベネディクト」
「なに?」
「あなたは怖くないのかしら。私の側にいることで危険に巻き込まれることが」
聞いてから、少し驚いた。
こういうことを聞くつもりはなかった。
でも今夜は、聞かずにいられなかった。
ベネディクトはしばらく私を見ていた。
暖炉の光の中で、その目が今夜は少し違う色をしていた。
いつもの底知れない深さではなく、もっと直接的な何かがそこにあった。
「怖くない。ただ」
そこで一度、止まった。
いつも静かに、でも迷わず言葉を出す人間が今夜は少しだけ間を置いた。
「シェリーが危ない目に遭うことの方が、ずっと怖い」
声の温度は、いつもと変わらない。
でもその言葉の重さが、いつもとは全く違った。
これまでの『それだけだよ』とも、『シェリーがいるから』とも違う。
もっと直接的な、もっと剥き出しの言葉だった。
私は何も言えなかった。
ベネディクトは視線を暖炉へ戻した。
「余計なことを言ったね」
「いいえ。余計じゃないわ」
彼はこちらを向かなかった。
でも、その横顔がほんの少しだけ緩んだ気がした。
しばらく二人とも黙っている時間があり暖炉の火だけが、静かに燃え続けていた。
帰り道、馬車の中で私はずっと、その言葉を反芻していた。
シェリーが危ない目に遭うことの方が、ずっと怖い。
この人は、ずっとそう思っていたのだ。
四日間帰り道を確認していた夜も、暗殺未遂の路地も、全部そういうことだった。
言葉にしなかっただけで、ずっと。
「私も同じよ。ベネディクト」
この人が危ない目に遭うことの方が、ずっと怖い。
それはロンドー侯爵家への接触の時も、父の外交交渉の資料を集めた夜も、ずっとそうだった。
まだ言葉にしていないことが、たくさんある。
でも今夜は、それでよかった。
あの暖炉の前での沈黙の中に全部あった気がしたから。




