Chapter Twenty-One Ce que Voient les Autres
その夜会の翌日、クロエが訪ねてきた。
「昨夜のミシェルローズ様は、少し違いましたわね」
彼女は開口一番に言った。
遠慮というものを、この娘は時々忘れる。
「どう違ったの」
「ローゼンベルク様と話していた時の顔が、いつもと違いました」
「そうかしら。私はいつも通りよ」
「何というか、柔らかかったというか。ミシェルローズ様がそういう顔をされるのを私は初めて見ましたわ」
「そんな顔をしていたかしら」
「していました。それにローゼンベルク様も」
「ベネディクトも?」
「ええ。あの方はいつも表情が変わらないのに昨夜だけ少し、なんと言えばいいか人間らしかったです」
「人間らしかっただなんて、あなたにとってベネディクトはどう映っているのか気になるところね」
「悪口ではありませんよもちろん!ただ、上手く言えませんがそういう感じでした」
人間らしかったという、その表現が妙に正確だと思った。
まさか私だけではなくクロエまでも気づいているとなると余程わかりやすかったのかもしれない。
「余計なことを言わないで」
「失礼いたしました」
少しも申し訳なさそうではなかった。
それもいつも通りだった。
✦ ✦ ✦
三日後、エドモンド卿と顔を合わせた。
王家顧問として長年両家を見てきた老人だ。
『ヴァレンタインとローゼンベルクが結ばれるなど災厄だ』と本気で思っている人間として私も名前は知っていた。
直接言葉を交わすのは、今日が初めてだった。
王宮での茶会の場で老人は私のそばに来た。
杖をついて、ゆっくりと。
「ミシェルローズ嬢、少々よろしいかな」
「もちろんです」
二人で人気の少ない窓際へ移動した。
老人はしばらく庭園を眺めてから静かに口を開いた。
「ローゼンベルクの嫡男とは、うまくいっているようですな」
「婚約者ですから」
「いや、そういう意味ではなく」
老人は皺の深い、でも温かみのある笑みだった。
「私はこの婚約を、長年心配しておりました。ヴァレンタイン家とローゼンベルク家が結びついては、この王国が二人に飲まれると」
「今も、そう思っていらっしゃいますか」
「最近は少し違う見方もするようになりました。あなた方二人が並んでいる様子を見ていると、飲まれるというより支えられているような気がして」
「買いかぶりすぎでしょう」
「そうかもしれん。ただダリウス侯爵の件での動き方を見ていると、あなた方二人はよく補い合っている。それは確かです。ローゼンベルクの嫡男は、あなたのことをよく見ていますよ。私には分かります」
老人はそれ以上は言わず、杖をついてゆっくりと立ち去った。
その背中を見送りながら私はしばらく窓の外を眺めた。
冬の庭園に、白い光が差している。
よく見ている。
エドモンド卿にそう言われるまでもなく、知っていた。
ベネディクトはずっと、私のことをよく見ていた。
四日間帰り道を確認していたことも、暗殺未遂の夜にあの場所にいたことも、全部そういうことだ。
ただ今日、他の誰かの口からそれを言われて、改めて実感した。
✦ ✦ ✦
その夜、父にも呼ばれた。
執務室に入ると、父はいつものように書き物をしていた。
私が座るのを待ってから、筆を置いた。
「ローゼンベルクとの縁談について王家から打診があったと聞いた。アリアーヌ王女との件だ」
「はい」
「ローゼンベルクは断ったそうだな」
「……そうですね」
父はしばらく私を見ていた。
何かを確認しているような目だった。
「お前が関係しているか」
「少しは」
父はそれ以上は聞かなかった。
ただ短く頷いて、また書き物に戻った。
「そうか」
責めているのではなかった。
どちらかといえば納得した、という色だった。
執務室を出て廊下を歩きながら私は今日一日を振り返った。
クロエ、エドモンド卿、父。
三人がそれぞれ、異なる形で同じことを言っていた。
あなたとあの人は、変わった、と。
当人たちよりも周囲の方が先に気づいていたのかもしれない。
それが少し可笑しくて、でも悪い気はしなかった。
変わったのだと思う。
私も、ベネディクトも。
ただそれを、まだ言葉として交わしていない。
次に会う時には、もう少し近づけるかもしれない。
そんな気がした。




