Chapter Twenty La Fissure dans la Glace
何かが変わったと気づいたのは、少しずつのことだった。
夜会でベネディクトと視線が合う回数が、以前より増えた。
増えたというより、以前は気づかなかっただけかもしれない。
茶会の後、帰り道が同じ方向になった時、以前なら当然のように別れていたのに今日は少し立ち話をしてから別れた。
文のやり取りが、用件だけでなくなった。
他愛のない一言が添えられるようになった。
どれも小さなことだった。
誰かに指摘されれば気のせいだと言えるくらいの変化だ。
でも積み重なると、確かに何かが変わっていた。
マルグリットは何も言わないけれど、私の顔を見る時に以前より少し柔らかい目をするようになった気がした。
社交界では相変わらず、人を読んで、笑顔で戦って盤面を動かしていた。
それは変わらない。
変わらないのに夜会の帰り道に窓の外を眺める時間が、少し増えた。
考え事の種類が以前と違って、この変化が悪くないと思った。
認めることが、もう怖くなかった。
✦ ✦ ✦
それから十日ほど経った夜会のことだった。
セバスティアン・ラングレーが今夜も来ていた。
自他ともに認める美貌と話術の持ち主で、私を「攻略」しようとしている男だ。
以前からそういう人間だと知っていたし、適当な距離で転がしていた。
今夜も変わらず彼は私の側に来て、気の利いた言葉を並べていた。
私はいつも通り対応していた。
微笑んで、適度に返して、彼が少し舞い上がるくらいの温度を保って。
その時だった。
広間の向こうから、視線を感じた。
その視線はベネディクトで、いつもと同じ場所に立ってこちらを見ていた。
ただ、今日の目が少し違った。
穏やかなのは同じだけど、その奥に何かいつもは見えないものがほんの少しだけ見えた気がした。
セバスティアンが何かを言ったのを私は相槌を打ちながら、ベネディクトから目を離せなかった。
あの目は何だろう。
読めない、とずっと思っていた目が今夜だけは少しだけ輪郭が見えた気がした。
やがてセバスティアンが別の令嬢のところへ向かった。
私はグラスを持ったまま、自然な流れでベネディクトの方へ歩いた。
「シェリー」
「今夜は随分とこちらを見ていたわね」
「そうだったかな」
「そうだったわ」
ベネディクトは広間の向こうを眺めた。
セバスティアンが別の令嬢と話している方向を。
「ラングレーとは、随分と仲がいいね」
「仲良くはないわ。ただ、来るから対応しているだけ」
「そう」
今夜のその「そう」は、いつもと少し違った。
いつもより、ほんのわずかだけ短かった。
私はベネディクト横顔を見た。
その横顔は何も語っていない。
でも今日の私には、少しだけ読めた。
気にしている。
この人が気にしている。
セバスティアンと話していた私のことを。
その事実が、じわりと胸に広がった。
温かくて、くすぐったくて、少し可笑しかった。
「ベネディクト」
「何かな」
「気にしなくていいわ。あなた以外は、全員ただの駒よ」
自分で言ったにも関わらず少し驚いた。
そこまで言うつもりはなかった。
でも口から出てしまった。
ベネディクトはしばらく私を見ていた。
それから、ゆっくりと微笑んだ。
今夜の笑みは、いつもと違った。
穏やかさの奥に何か温度のあるものが滲んでいた。
「そうか。ありがとう、シェリー」
その声が、今夜だけは少しだけ柔らかかった。
私は、ただグラスを傾けた。
広間の喧騒が、遠く聞こえた。
氷のように静かで読めないと思っていた人が、今夜だけほんの少しだけ亀裂を見せた。
その亀裂の奥に何があるのか、私にはもう分かっていた。
それが分かることが今夜は少しも怖くなかった。




