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冬に咲く薔薇は、誰のものでもない ── 愛と支配の物語 ──  作者: 宵待 桜


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Chapter Twelve Le Feu qui Revient


動きがあったのは、ロンドー侯爵家への接触から四日後だった。


マルグリットが血相を変えて部屋に来た。


この人が血相を変えることは、めったにない。


だからその顔を見た瞬間に、ただごとではないと分かった。


「ミシェルローズ様。旦那様がお呼びです。今すぐ」


執務室に向かうと、父は立っていた。


先日と同じだ、と思った。


ただ今日は、先日より空気が重かった。


「座れ」


父は、今日は待たせなかった。


それも珍しいことだった。


「何があったのですか」


「ダリウス侯爵が動いた。標的は、お前ではない。ヴァレンタイン家だ」


私個人ではなくヴァレンタイン家ということに背筋がわずかに冷えた。


「どのような形で」


「三十年前、ヴァレンタイン家が関わったある婚約破棄の話を、侯爵が掘り起こしている」


「婚約破棄ですか」


「当時、相手の家は没落した。その経緯を、今の社交界で広めようとしている」


「詳しく聞かせていただいても?」


「三十年前、ヴァレンタイン家と縁談があったバーネット伯爵家という家があった。当時の当主が王家の財務に深く関わっていたが、横領の疑惑があった。ヴァレンタイン家はその証拠を掴み、婚約を破棄した。その後、疑惑が表沙汰になりバーネット家は没落した」


「事実として、横領はあったのですか」


「あった」


だとしたらヴァレンタイン家に落ち度はないけれど、真実はいくらでも捻じ曲げることができるのも事実。


そう簡単な話じゃない。


「ただし、証拠を掴んだのがヴァレンタイン家だったという点が問題だ。侯爵はこう広めるつもりだろう。ヴァレンタイン家は婚約相手の弱みを握り、自家に都合が悪くなれば躊躇なく切り捨てたと。横領の事実には触れず、婚約破棄とバーネット家の没落だけを繋げて語れば、ヴァレンタイン家が一方的に家を潰した冷酷な一族に見える」


「事実には文脈があります。切り取り方次第で、全く別の話になるでしょう」


「その通りだ」


ダリウス侯爵は上手い手を使う。


暗殺という直接的な手段が失敗した後、今度は評判を使ってきた。


ヴァレンタイン家の黒い過去を社交界に流す。


それだけで、家の信頼は揺らぐ。「黒薔薇の一族」という異名は、恐れと同時に警戒も生んでいる。


そこに過去の醜聞が加われば…


「いつ広まりますか」


「早ければ今週の夜会だ」


これは時間がない。


私は頭の中で素早く整理した。できることと、できないこと。


間に合うことと、間に合わないこと。


「先手を打ちますか。その婚約破棄の話を侯爵が広める前に、こちらから文脈ごと出してしまう」


「リスクがある」


「黙って広まるよりは、低いリスクだと思います」


父の目が、いつもより少しだけ違う色をしていた気がした。


何の色か、うまく言えない。


ただ、値踏みではなかった。


「進めろ。ただし、一人でやるな」




✦ ✦ ✦




その日の夕方、ベネディクトから文が届く前に、私の方から文を送った。


自分から文を送るのは、これが初めてだった。


返事はすぐに来て今夜八時と決まった。


ローゼンベルク家の応接室で、私は今日父から聞いたことを全て話した。


三十年前の婚約破棄の話。


ダリウス侯爵がそれを使おうとしていること。


先手を打つという私の判断。


ベネディクトは黙って聞いていた。


途中で口を挟まず全部聞き終えてから口を開いた


「その婚約破棄の相手の家は、今どうなっている」


「没落したと聞いています。詳しくは」


「分家が残っているよね。小さな男爵家だが、今も続いている。そこに先に話を通せるなら、文脈を整えやすくなる」


この人は、すでに調べていた。


いつから知っていたのか。


ダリウス侯爵が動いたことを、どこで掴んだのか聞きたかったが、今は聞いている場合ではなかった。


「その分家に、ローゼンベルク家から接触できるかしら?」


「明日には動ける」


「お願いするわ」


今夜も、あっけないほど早く話が決まった。


私が持ってきた問題を、この人は既に半分解いていた。


それが今日は悔しいとも思わず、ただ頼もしいと思った。


帰り際、立ち上がりながらベネディクトが言った。


「怖かった?」


「何が」


「家が標的にされて」


怖かったかどうか。


正直に言えば冷えたという感覚はあり、ただそれは恐怖というより、緊張に近いものだった。


「怖いより頭が動いたわ。それがヴァレンタイン家の血なのかもしれないけれど」


「強いね、シェリーは」


褒め言葉だと分かった。


でも今夜は、その言葉が少し痛かった。


強い、と言われるたびに何かが遠ざかる気がする。


それが何なのかは、まだ分からなかった。


「おやすみなさい」


「おやすみ、シェリー」


夜風の中を、馬車で帰った。


窓の外に星が出ていた。


強いと言われた言葉が、ずっと耳の中に残っていた。


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