Chapter Eleven Côte à Côte
ロンドー侯爵家との会合は、ローゼンベルク家の名で設けられた。
表向きは外交上の懸案事項についての非公式な意見交換、という名目だった。
ベネディクトが場を用意して、私はヴァレンタイン家の令嬢として同席する。
婚約者同士が同じ場に顔を出すことは珍しくなく不自然ではない。
ロンドー侯爵は五十代の男で、一見すると温厚そうな顔をしていた。
ただその目は温厚ではなかった。
王太子派の中で急速に力をつけてきた男の目だ。
警戒と計算が、笑顔の裏にきちんと隠れていた。
「本日はお時間をいただき、ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ。ローゼンベルク家からのお声がけとあれば、断る理由がございません」
社交的な言葉が続く。
私はベネディクトの隣に立ち、黙って侯爵の目を見ていた。
この人はすでに何かを警戒している。
ただそれがこちら側への警戒なのか、別の何かへの警戒なのか、まだ見えない。
しばらくして、ベネディクトが静かに言った。
「実は、侯爵にお伝えしたいことがございまして」
侯爵の目が、わずかに動いた。
「ダリウス・ヴォーン侯爵の名をご存知かと思います」
一瞬の沈黙があった。短い、ほんの短い沈黙だったが、私にはそれで十分だった。
これは知っている。
そして、警戒している。
「存じております。宰相派の重鎮でいらっしゃいますね」
「ええ。その方が、侯爵家に関わるある密約を進めていることが分かりました。内容は、次の王位継承における、ロンドー家の排除です」
侯爵の顔から、温厚そうな表情が少しだけ剥がれた。
その下にあったのは、怒りではなく、恐怖だった。
知らなかったのだ、と分かった。
自分が標的にされていることを。
「証拠は」
ベネディクトがこちらに視線を向けたので今度は私が口を開いた
「こちらに」
レオンが集めた情報と、マルグリットが整理した夜会の記録を、私は過去十日かけて一本の線に繋げていた。
それを侯爵の前に置いた。
全部ではないけれど核心に近い部分だけを見せるべき分だけを。
侯爵はしばらくそれを読んでいた。
読み進めるにつれて、その顔色が変わっていった。
「……これは」
「ご確認いただけましたか。ダリウス侯爵はすでに動き始めています。ただ、こちらも動いています。ロンドー侯爵家にお力添えいただければ、侯爵の計画を止めることができます」
侯爵は私を見たあと、ベネディクトを見たて、再度私を見た。
「ヴァレンタイン家とローゼンベルク家が、揃って動いているということですか」
「ええ。心強いでしょう?」
✦ ✦ ✦
会合が終わり、ロンドー侯爵が席を立った後、私とベネディクトは二人になった。
「うまくいったね」
「ええ」
私は書類を手元に戻しながら答えた。
「あとは侯爵が動いてくれれば、ダリウス侯爵は挟み撃ちになります」
「資料の見せ方が良かったよ。全部出さなかった」
「全部出す必要はないわ。相手に考える余地を残した方が、人は動く」
「さすがだね、シェリー」
その言葉が、思いがけず胸に響いた。
さすがだ、という言葉は社交界でも何度も聞いてきた。
でもこの人の口から出ると、質が違った。
値踏みでも、お世辞でも、駆け引きでもない。
ただそのままの意味で言っている。
「……あなたも、ロンドー侯爵の警戒を解くのがとても上手かったわ。私では、ああはできない」
言ってから自分で驚いてしまった。
素直に認めたのは、珍しいことだった。
ベネディクトも少し驚いたように見えたが、すぐにいつもの穏やかな顔に戻った。
「ありがとう」
「お互い様ね。では、次の手を考えましょう」
「そうだね」
並んで廊下に出ると外の光が窓から差し込んでいた。
夜会でも庭園でもなく、ただの昼間の廊下。
それでも、この人の隣を歩くことが、今日は少しも居心地悪くなかった。
おかしい。
そう思いながら、歩くのをやめなかった。




