Chapter Ten Ce que Voit la Fidèle
夜会から帰った夜、マルグリットが支度を解きながら言った。
「最近、よく窓の外を見ていらっしゃいますね」
「そうかしら?」
「ええ。ぼんやりと、というより、何かを考えながら、という感じで」
私は鏡の中の自分を見た。
確かに、今夜帰ってからずっと、馬車の窓から見た景色を頭の中で反芻していた気がする。
景色というより、その景色の中にあったものを。
「考え事くらいするわ」
「もちろんです」
マルグリットは髪を解きながら、静かに言った。
「ただ、以前と少し、考え事の質が違うように思いまして」
「質?」
「以前のミシェルローズ様の考え事は、もっと……整然としていました。盤面を読むような、計算するような。でも最近のそれは、少し違います」
しばらく、髪を解く音だけが部屋に続いた。
整然としていない考え事。
それは否定できなかった。
最近の私の頭の中には、計算に収まらないものが増えている。
なぜ四日間、黙っていたのか
なぜあの場所にいたのか
君がいるから、とはどういう意味か
答えを出そうとするたびに、別の問いが生まれる。
盤面を読むのとは全く違う、出口のない思考だった。
「マルグリット」
「はい」
「あなたは、私がベネディクトのことを考えていると思っているのね」
「思っています」
「正直ね」
「ミシェルローズ様が聞いてくださったので」
それもそうだ、と思った。
私が聞かなければ、この人は言わなかっただろう。
無理に踏み込まず、でも聞かれたら正直に答える。
それがマルグリットだった。
「……否定はしないわ。ただ、それが何なのか、まだ分からないだけ」
「分からないまま、でも考えてしまう。それはもう、十分なことのように思いますが」
私は鏡の中の自分を見た。
いつもと変わらない顔をしていた。
でもその奥に、確かに何かが変わっているものがある。
それをマルグリットは、もうずっと前から見ていたのだろう。
「余計なことを言わないで」
「失礼いたしました」
マルグリットの表情は少しも申し訳なさそうではなかった。
✦ ✦ ✦
その夜、眠れなかった。
マルグリットの言葉が頭の中をぐるぐると回った。
分からないまま、でも考えてしまう。
それはもう、十分なことのように思いますが。
十分、というのはどういう意味だろう。
答えがなくても、考え続けているということが、すでに何かを証明しているということか。
私は人を愛せない。
ずっとそう思ってきた。
それは今も事実のはずだった。
人を見るとき、私の目は最初から盤面を探している。
それは変わっていない。
ただ、ベネディクトを見るとき私の目は盤面を探していない。
それだけは、否定できなかった。
窓の外に、月が出ていた。
冷たい銀色の光が、部屋の床に細く差し込んでいた。
私はしばらくその光を眺めた。
それから目を閉じた。
眠れる気はしなかったが、考えるのを一度やめることにした。
答えは、まだ出なくていい。
そう思いながら、それでも頭の中にはあの人の声が残っていた。




