Chapter Thirteen La Rose qui Contre-Attaque
翌朝から、私は動いた。
まずマルグリットに、バーネット家の分家で現在のウィズリー男爵家について調べさせた。
当主の名前、家族構成、社交界での立場、経済状況。
次にレオンには、ダリウス侯爵が今週どの夜会に出席するかを確認させた。
侯爵が話を流すとすれば、人が集まる場を選ぶはずだ。
その場を先に押さえる必要がある。
ベネディクトからは昼過ぎに文が届いた。
ウィズリー男爵家への接触ができたこと、明後日、茶会の場を設けることができたことが書かれていた。
一日も経っていないのに、この人の仕事の速さは毎回少し驚かされる。
私はありがとう、同席しますと返事を書いた。
✦ ✦ ✦
ウィズリー男爵家の当主は、五十代の穏やかな男だった。
バーネット伯爵家の没落から三十年、分家として細々と続けてきた家だ。
ヴァレンタイン家の名を聞いた瞬間、その顔に複雑な色が走った。
恨みではなく、ただ古い傷に触れたようなそういう顔だった。
「当時のことは、聞いております」
男爵の声はか細く、体を縮こませいた。
無理もない。
ヴァレンタイン家の人とは会いたくなかったに違いないから。
「本家が横領に手を染めていたことも。ただ……子どもだった私には、何もできませんでした」
「今回お話ししたいのは過去のことではありません。ダリウス侯爵が、その過去を使ってヴァレンタイン家を貶めようとしています。その際、バーネット家の名も利用される可能性があります」
男爵の目がわずかに険しくなった。
それからしばらく、黙ってカップを見ていた。
「……正直に申し上げます」
男爵はゆっくりと言った。
「ヴァレンタイン家に協力しようという気持ちは、今すぐには持てません。本家が何をしたかは知っています。それでも、あの一件でバーネットの名は地に落ちた。私の父も、母も肩身の狭い思いをして生きました。その原因の一端がヴァレンタイン家にあることも否定はできない」
「そうですね。否定しません」
男爵が少し驚いた顔をした。
言い訳や反論を予想していたのだろう。
「ただ、ダリウス侯爵は今、バーネット家の名を都合よく使おうとしています。横領の事実には触れず婚約破棄と没落だけを繋げて語る。そうなればバーネット家は被害者として世間に広まる。それが男爵にとって本当に良いことかどうか、考えていただきたいのです」
長い沈黙が落ちた。
男爵は窓の外の庭園を眺めていた。冬枯れの木々が、風に揺れている。
「侯爵が話を広めた後では、手の打ちようがなくなります」
ベネディクトが静かに口を開いた。
「バーネット家がどういう家であったか、それを正しく語れるのは、今を生きる男爵をおいて他にいません」
男爵はベネディクトを見た。
それから私を見て、しばらく何かを測るような目をしていた。
「……私が協力したとして、ヴァレンタイン家は、我が家に何を返してくれますか」
正当な問いだと思った。
感情ではなく、条件を聞いている。
それは賢い判断だ。
「ウィズリー男爵家の社交界における立場を、ヴァレンタイン家が支援します」
無条件で協力してくれるとは思っていない。
それなりの対価は必要になる
「具体的には、然るべき夜会への招待と、信頼できる縁談の情報提供。三十年前に失われたものを、全て取り戻すことはできません。ただ、これから先を変えることはできます」
男爵はまた黙ったが、先ほどより短かった。
「……分かりました」
男爵はやがて言った。
重く感じたが、しかし確かな声だった。
「バーネット家が何をしたか。そしてヴァレンタイン家が何を知り、どう動いたか。私が知る限りのことを、然るべき場で話します。ただし、約束は守っていただきます」
「必ず」
私は頭を下げた。
「ありがとうございます」
✦ ✦ ✦
帰り道、馬車の中でベネディクトが言った。
「上手く運んだね」
「あなたが場を整えてくれたおかげよ」
「それはお互い様だ」
馬車の揺れが心地よかった。
窓の外を景色が流れていく。
「ひとつ聞いていいかしら」
「どうぞ」
「なぜそこまでしてくれるの。ヴァレンタイン家の問題に、ローゼンベルク家が深く関わる必要はないはずよ」
ベネディクトはしばらく窓の外を見ていた。
それから、こちらを向いた。
「必要があるかどうかの話じゃないよ」
「では、何の話なの」
「シェリーの問題だから動く。それだけだよ」
また、それだけ、と言った。
この人はいつもそう言う。
全部を簡単な言葉に収めてしまう。
でも今日は、その言葉の軽さが以前より少しだけ透けて見えた気がした。
軽いのではなく、余計なものを削ぎ落とし
ているだけなのかもしれない、と。
「……そう」
私は窓の外に視線を戻した。
「ありがとう」
「どういたしまして」
馬車が邸に着くまでの間、私はずっと少し温かい気持ちのまま座っていた。
その温かさに名前をつけることが、今日はもう少しでできそうな気がした。
もう少しで、だけれど。




