第181話 猿の感情 その五
格納庫から、静謐な明かりが、静かに消えて行った。
それまで格納庫を照らしていたダブルで作った照明を、オレがひっそりと送還し始めたのだ。格納庫のあちこちを照らしていた文明の利器が、その役目を終えて順繰りに消えて行く。その度に格納庫を満たす光のしずくは露と消え、やがて、一つだけ残してすべて送還されてしまった。薄ぼんやりとした灯明がわずかに残り、それ以外は辺りが真っ暗になる。
ホースが一人、右往左往しているが、こいつに対処能力はない。命令して、後はやってもらうだけの人間だ。
そして残っているたったひとつの照明が、今は、誰もいない格納庫の中央の床をひっそりと照らしていた。
(ダブルの解析、思い出せ)
そしてオレはティリオーダウンに触れた際に覚えた、全てのセプト人の着ているその衣服を送還した。左手につづいて着ていたはずの服が消えて、地下六階へと避難しているセプトの人々から、混乱したどよめきがここまで伝わって来た。
猿と言われた地球人がセプトを丸裸にしたわけだ。そしてオレはこの秘密地下基地のあらゆる施設をダブルの名の下に、送還する。
セプトが築き上げた偉大な文明が、その穴蔵以外がすべて灰燼と帰して行く。いわばレリオーバーンの地球破壊を先取ってオレが破壊したような物だ。
「貴様!」
「文句はないだろ? どうせ壊す気だったんだし」
「その風魔法をやめろ!」
「聞き分けのない奴だな。どうせ地球を壊す気だったのだ。この秘密地下基地を壊したところで、結果は同じことだろ?
ただお前達が逃げられるかどうかと云うだけの些事を鑑みず、オレがその迎える結末を早めて上げただけのこと」
「貴様! 些事だと! 自殺するなら自分だけでやれ、この猿が!」
「猿にも感情はあるんだよ」
「その風魔法をやめろーーーー!」
でもやめない。
「お前がやめてくれと言ったオレたちのお願いに、答えたことがあったか?」
「猿の戯れ言に答える必要などないだろーが!」
「今はお前も猿なんだよ。文明を失い、利器を失い、衣服を失い、猿とおんなじふるちんで、これからこの地下基地で暮らして行くんだ」
「ふざけるな!」
「よく見てろ」
オレは三人の幹部を中空に停止させた。そして眼下に見える、地下六階に隠されていたモトール合金製の物体も、ビルが消えることで全て剥き出しにし、改めてそのすべてを送還した。向こうに見える研究棟も、魔物の管理をしていた因縁の部屋も、オレたちが苦しんだその痕跡もすべて塵にした。
「あ、ああ…………」
ホースが呻いたが、アミックとジェラルドは黙ってその終末を見つめていた。
そしてついにセプト仲間たちの立つ格納庫の床も抜いた。移動人数が多すぎて、格納庫の向こうにまだ人が大勢残っていたのだ。そのセプトの乗組員達が床を抜かれ、地下六階へとゆっくり落下しながら、自らのいた場所が粒子の一粒も残さずダブルで送還されて行く様を眺めている。
だがオレは幹部三人だけはまだ落下させなかった。特別サービスの精霊魔法のウインドで、オレと幹部三人は地下六階へとゆるりと滞空している。その姿を唯一残った照明が優しく照らしていた。
「ああ、建物が、壁が、床が」
ホースが落ちて行く景色を眺めて、今さら声に出して騒いでいる。
そして「人が」と言う言葉は、ホースの口から出て来ることがなかった。
「安心しろ。地下六階でレリオーバーンの突貫攻撃でも退避しようとしていた深度一へも潜れる船も、オレが風刃で破壊しとくから」
「それでは脱出できないじゃないか。食料は。水は」
「その前にレリオーバーンで我らも全滅だな」
アミックが冷静に指摘した。
「そんな! 止めろアミック! すぐ連絡しろ!」
だがその時にはアミックの攻撃型エー・トゥールはオレのダブルで送還され始めていた。
「ちょっと遅かったな、ホース。もう連絡はつかないようだ」
アミックが義理堅く、同格のホースに報告をして上げていた。とはいえ、それはホースが望む報告とはほど遠い報告であった。
ホースがアミックをぶん殴ろうと身をよじったが、オレがウインドで、ホースをアミックから引き離した。
引き離してみて、一瞬アミックを殴らせてみても面白かったかもなという思いもよぎったが、連立相手を殴られるのはやはり面白くないので、これで良かったと思うことにした。
そもそもこれからほーすたち好戦派は、アミック中心に動かざるを得なくなるのだ。オレとしては、アミックの木の魔法に感謝しろという思いが根底にある。貴様らが虐げようとしたアミックに頼らねば、貴様らは命を繋ぐことも出来なくなるのだ。
「マインドブラスト! 今だ! あいつが、猿が猿のうちに緊急艇に乗ってこの星を脱出するぞ! 今ならまだ間に合う」
「いや、無理だよ。お前のマインドブラストはもう効かない」
「馬鹿な。精神系でもくるるの者とて防げないと謳われてたんだぞ」
「じゃぁその看板は下ろせよ。面倒臭い。それよりよく見ろ」
攻撃型エー・トゥールが消え、その後には身に纏ってる服が中空へと消え始めていた。オレたちには明かりがあたってるから、その肉体がそのままに晒されることになる。
アミックとジェラルドは特段の反応を示さなかったが、ホースはまたかと怒り狂っていた。
ホースの目論見としては、地下六階への退避。モトール合金による緊急避難施設。これで地球が崩れても生存できる。後で母船に回収してもらえばいい。そういうことのようだった。
だがそれらの算段が全て崩れてしまったことを、激しくオレを罵っている。
オレは溜息を吐いた。
「あのな、元から避難艇だかレスキュー船にだか退避するつもりだったようだが、それももうない。服も原子の構造に至るまでバラバラにされた」
「貴様!」
「最初から決めてたんだ。お前の自慢するセプトの、あらゆる文明を灰燼に帰すと」
「ふざけるな。出れないではないか! 死ぬぞ!」
「文明を失うことに対して怒れないのか? 本当にオレとは感性が違うんだな。それと死ぬんじゃなくて、レリオーバーンに殺されるの間違いだろ?」
「違う。お前のせいで死ぬと言ってるんだ!」
「で、レリオーバーンを要請したのは誰だ?」
「…………」
「お前は地球に住む人を皆殺しにする気だったんだ。で、誰のせいで死ぬんだって?」
「貴様!」
「短い命だろうがお前たちは闇の中に閉じ込める。それはここにオレが姿をあらわした時から決めていたんだ。ホース、それからこの作戦に加担したセプト人すべてに言えるのは、秘密基地で秘密のまま天寿を全うするならすればいい。左手はこのまま全員分もらう。全身を奪わないだけ慈悲と思え。それだけだ」
ホースが改めて狂乱したが、オレはその罵詈雑言を一顧だにしなかった。
やらねばならぬことがあった。
この秘密基地への出入り口を全て封じるため、まずは一番上層に作ることにした。セプトの科学技術でもモトール合金が一番固くて丈夫な素材らしいが、オレの知る限りでもやはりモトール合金が当然第一候補となる。そのモトール合金でもって封鎖するためにどのぐらいの厚みにしようかという事なのだが、ティリオーダウンの船首部分は三十八メートルの厚みがある事がわかった。
「分厚いな。と言うことは討ち入りの際、オレはそれぐらい、ぶち抜いたわけだな」
独り言が口をついて出た。我ながら無茶なことをしたと思う。またやれと言われても、うん、すぐに出来るけど、ダブルのない人にはちょっと無理だろうな。
もちろん真理ちゃんも出来る。何気に真理ちゃんはオレたちの中では一番の精霊魔法の遣い手だし、風刃だけでも行けるのではないだろうか。
しかしセプトには精霊魔法の遣い手はいない。
オレがこの蓋を本気で作れば、おそらくセプトの誰にも破壊することは出来ない。だがそれでもオレは構わないと、ダブルの創造を密やかに発動した。
見えないところでモトール合金の蓋がしっかりと嵌められて行く。地表から相当深いところにある秘密基地だが、地下十四、五キロメートルのところにセプトがその科学技術の粋をつかって作った空間だが、一部迎撃区画を潰しながら、厚さ三十八メートルのモトール合金が、東京駅と地下空間とのあいだに嵌めこまれた。落ちることのないよう、かなりの広範囲をカバーしたので、有楽町駅とか神田駅あたりの下までは確実に伸びてると思う。
(真司くん、何したの)
連絡が来たのは真理ちゃんだった。弟さまは訊いてこないところを見ると、これもまた丸投げした後のことだから口出ししないと云うつもりなのだろう。
(蓋をしました)
(蓋?)
(そう蓋です。これでセプト人は上に登ってこられなくなります)
(でも真司くんがいるとこら辺は、もう、ダブルで送還しちゃってるじゃない)
(うん。でもこれはまだ序の口だから)
(え?)
(各階層、全てに蓋をするから)
(それってつまり、モトール合金で蓋をするの? 全五層、全ての階層に?)
(そうです)
(うわぁ)
(真理ちゃんはそういうけど、早くしないとね。レリオーバーンも発進してる頃かもしれないし)
(わかりました。口出ししません。急いで下さい)
(了解)
そしてオレは地下一階と二階との間に、再びモトール合金の蓋を、きっちりと創造した。人力では絶対に破れない蓋だった。それを全五層、すべてに閉めて、セプト人が外に出れないよう、この秘密基地に閉じ込める。
それが虐げられ続けてきたオレの立てた作戦だった。




