第180話 猿の感情 その四
レリオーバーン。
全てを灰燼と為せ。
物騒な名前を持つその強襲型惑星制圧艦のことは、名前だけは幾度か耳にしていた。オレがぶん殴りに行った残留艦隊のどこかに、格納されていたのだろう事もわかっている。だがあの時は、ファウによってなかったことにされたとは言え、ドワイト・ブルに殺されたお父さんと爺ちゃん達の敵討ちをすることしか頭になくて、何か細工をしようなどと余計なことには気が回らなかった。
そういえば往きも帰りもファウ任せで、真理ちゃん専用の宇宙船を結局試せなかったことを思い出した。
猿、猿、とホースに言われているが、案外わすれっぽい自分には、適切な言葉なのかもしれない。
ということでオレはすぐに連絡を取った。
(弟さま)
(わかってる)
弟さまにはダブルの新技がある。空間固定をかければ、強襲型惑星制圧艦とて地球を襲えないだろう。
(でも地球の裏側から来たら無理だぞ)
(…………あ)
「仕方ない。こっちでも対策を打とう」
弟さまから、打てるのか? とは返って来なかった。ここで訊くのは無駄な質問だった。
するとホースが左手の先が失われてるのを今さらのように気づきながら、オレに向かって笑いかけた。
「そう言えばアミックがこんな事を言っていたな。『ホース、ファウが関わってるぞ。お前は絶対に目標を成就することは出来ない。お前が手を出したのは、そう言う存在だ』なんてことをな」
アミックがティリオーダウンに戻った時のことだろうか。説得する種はいくらでもあったろうに、記憶があるうちにそんな事をホースに告げてたとは意外であった。それだけファウという存在はセプトでは重要なのだろう。
「それで、おまえはどうしたいんだ。オレはお前が実はそんなに執着してないんではないかと思ってるよ。オレにも、それから不思議な生命体にも」
「何だと?」
「だってそうじゃないか。いつも人任せ。人を唆すだけ。口は動くが自分で動くことはない。魔法だって精神系だしな」
「猿が、俺のマインドブラストを舐めるのか」
「そんなに言うなら、お前がかかって来いよ。それとも左手を失ったらもう無理か? やっぱり口だけか? お前の指示で左手を失った女の子は、お前みたいに御託はべらべら並べなかったぞ。はっきり言って彼女よりお前は数段こころが弱い」
「だが何を言われても何も起きない」
ホースが初めて参戦してきた気がオレはした。なんというか、ホースが感情的になっているのだ。
「やはりファウなどいない」
高らかに宣言して、やはりファウを気にしてるのが丸わかりだった。
「初めて人を殴ったようなことを言うんだな」
「何だと、猿が」
「ファウが恐くて、お前は」
「マインドブラスト!」
だがオレには全く効かなかった。この東京大深度での逃走中に真理ちゃん由来で開発されたダブルの新技、精神固定は、いわば物理の状態固定に対して、精神の精神固定である。ホースがいくら揺るがそうとしても、オレの心身状態は現状の平穏をたもったまま、小揺るぎもしない。
「ファウが恐くてオレを殴ったわけじゃないだろう? むかついたんじゃないのか? オレを猿というように、お前自身も動物みたいに心がむかついたんじゃないのか? 生物として感情が動いたんじゃないのか?」
「猿が原始に還るのと同列にして、オレを語るな」
「じゃあわかってもらおうか。痕跡反応はオレの力では残せないのはもうわかってることだけど、せめて、お前の心は動かしたいと思う」
オレは問答無用でダブルを発動した。手足にだけ状態固定をかけてみた。
そして動けなくなったホースを蹴り転がし、オレは馬にまたがるように跨がった。ホースの腹がそこだけおおきく上下に動いている。
ホースも腹式呼吸をしているのだ。セプトという遥か彼方の宇宙人でありながら、生命の進化は似たような形を形作った奇跡であった。オレは今、普通であれば決して出会うことのないセプト人の腹のうえに跨がっている。
後はひたすらたこ殴りである。げんこつは殊の外ホースのボディのあちこちにめり込んで行く。
すると離れてたはずのジェラルドがこちらに近づいて来て、警戒するアミックに並んでしげしげと言った。
「こりゃ、ファウが関わってるってのも、まんざら嘘じゃねーな」
アミックがジェラルドを見た。その目が何故そう思うのかと問うていた。
「感嘆だ。そもそもこいつはさっき中空に向かってファウと叫んでいた。徒労になるのはお前のせいだと叱りつけてたじゃねーか。まさか母星の伝説、インスティンクションのファウとは思わなかったが、そう考えると色々とつながる節がある」
「たぶん、こいつ、行く行くはインスティンクションになるんじゃねーか?」
「人の姿を捨てるというのか?」
「ファウは人でない物になったという。眉唾だと思ってたが、オレ自身も連鎖重合人間になっちまったしな」
それに対するアミックの返事はなかった。
「まーいいさ。要は間違ったまま進んだら、死んだらぶっ倒れるしかねーんだよ。そうやって数多の脇道をふさいで、ようやく道は見つかるんだ」
「間違っていようが進ませないと、この商売、命は背負えないだろう?」
「おめーも、それから俺もそうだろうな。ましてや俺は失敗から生まれた生きたサンプルだ。だがホースはどうなるんだろうな。とりあえず、一度コテンパンにやられた方が良いとは思うがな。お前もそう思ってんだろ、アミック」
「ああ。あの子供は、何だかんだで付き合ってくれるからな」
ジェラルドが野太い笑みを浮かべた。
バカに納得されたようで、結構心外だ。
「でも、それももう終わりだ。肚を括ってるみてーだし。セプトの探索艦隊も今日で終わりか凍結か」
「なんだ?」
「わかってんだろ、てめーもよ。じゃなきゃ連立組んで立ち塞がったりしねーだろーがよ」
「ん?」
「フヘヘ。内緒だぜ。おめーにあるのかどーかは知らねーが、俺には記憶さえ戻っちまうよーだぜ」
「そいつはおめでとー」
「信じてねーな。まーいいや。どうせ虚々実々だろ。そもそもアミックもレリオーバーンを呼んでねーんだろ?」
「いや」
「いや?」
「呼んだぞ」
「またまた。いくらおめーとおめーの隊を罠にかけたからって、ここで意趣返ししてもどーしようもねーだろ」
「ん?」
「エー・トゥールだよ。気づいてたんだろ? 仕掛けされてるって?」
しかしアミックの表情は動かなかった。
ジェラルドが何かを諦めた。バカが諦める姿を、オレは初めて見た。そのジェラルドがぶっきらぼうに頭を下げた。
「すまなかったな。アミック、おめーももう退け。そこにいたら殺されるぞ」
ジェラルドがそれを言うかとも思った。お前はアミックをほとんど殺してただろうが。アミックを治したの、オレだし。
「てめー。そんな顔で俺を見るんじゃねー。逃げたくなっちまうだろーが」
「それはオレの台詞なんだけどね」
「てめー、もうホースはぼこぼこじゃねーか」
そう言われてみれば状態固定をかけてから、ひたすら殴り続けてる気がする。でもこれだって、弟さまと同じような首だけの状態から、大負けに負けて左手で勘弁してるんだから…………、ん? オレは勘弁したんだろうか。
とりあえず状態固定を解く。すると途端にホースが叫んだ。
「ジェラルドーーーっ」
「そんなでっけー声で呼ぶんじゃねーよ」
「お前陸戦隊だろうが! なぜ横から攻撃しない!、こんな小僧、小者だろうが!」
「バカ野郎。大物ばかりが恐いんじゃねーよ。小者も恐いぞ。世界は大物だけで回ってるわけじゃねーんだよ」
「猿だぞ!」
それにはオレが答えた。
「猿でも回すんだよ」
ついでにポカリとホースを殴りつけた。
これはお礼のげんこつだ。
オレはいつかはわかってもらえると、ずるずるとホースに付き合ってきた。オレは物事の切り時という概念がわからず、いたずらに嫌だなと感じるホースから発されたお前達セプトの行いにも、真正面からずっと付き合い、向き合ってしまった。
確かに猿だと思う。
オレは意見のぶつかり合いという在り方を知らなかった。
幼稚園でじゃれ合って、ぶつかって、ゴメンねで済む、そういう当たり前だった世界が、力でもってお前は俺達の言うことを聞けと無理矢理ねじ伏せられ、価値観をいきなり根底からひっくり返されて、それでもそれをどうすればわかってもらえるかと、懸命に知恵をしぼって立ち回ってきた。
「本当にお前からは学ばされた気がするよ」
「猿が、いっちょ前に」
「失敗を繰り返して人は学ぶもんなんだな。身に染みてそれがよくわかった。随分と長くかかった気がする」
「わかったふりしてんじゃなねーよ、猿が」
ホースのその物言いにジェラルドが嗤った。
「フヒ。てめーが俺達をぶっ殺してたら話は早かったんだろーがな」
「おい、ジェラルド」
アミックがジェラルドを嗜め、オレは思わずジェラルドに鋭い眼を配っていた。
するとオレから逃げることを第一に考えていたジェラルドが、嗜めてきたアミックと肩を組んで、オレからの危機を回避した。
殺せば事は早く済むというのは、百も承知だった。だがオレはその手段を選べなかった。しかしそれでオレたちの終末を汚すというなら話は別だと思ったのだが…………。
――こいつ、わかってやがる。
アミックと一緒ならオレが攻撃できないことを。
このバカはわかっている。野性の勘の強い奴だ。
オレはひとつ息を吐いた。少しだけ落ち着いた。そして尋ねる。
「ジェラルド、あなたが殴ってこないなんて、どうなってるんです」
「さあな」
「殺し合ったアミックとも、普通に話しかけてますし。むしろ仲が良いように見える」
「仕事ってのはそういうもんだろ」
「しごと? 趣味でしたよ、あなたのバカっぷりは」
だが何も言い返してこないジェラルドがそこにいた。どういうことだろう。げんこつで会話を交わそうとしてたジェラルドは、オレと戦っても勝てないと諦めたのか、そんな諦観を身に纏っているように思えた。
頃合いだった。
「そろそろ終わりにしましょうか。時間もないですし」
そして格納庫から、静謐な明かりが、静かに消えて行った。




