第179話 猿の感情 その三
アミックもホースに付き合う気のようだ。セプトはセプト。セプトとして動く。
そして浸透派はセプトの冒険艦隊だか探索艦隊だか知らないが、宇宙に漂流することとなったセプト単位で、やはり物事を動かしたいのだ。だから今は意見の違うホースに付き合うが、ゆくゆくは自分の意見を通すようにすると、そう決めているのだ。
だがそれでは、オレたちにとっては遅いのだ。
オレたちは今の地球のまま時を重ねて欲しいのだ。
宇宙人に未来を決められて誘導されるのではなく、自発的に生命体として文明を進めてほしいのだ。
オレは溜息を吐いて伝えた。
「そのままでいいのに勝手に押しつけるのを地球では押し売りって云うんだよ」
「商いのつもりか? 貴様らから代価などもらってないぞ」
「ふざけるなと言うか、度し難いバカだな。代価はこの星の未来だろうが」
ホースが鋭い目でオレを睨みつけて来た。
だがオレにも言いたいことはある。
「力を振るってから良かっただろ? なんて言われても、それもう強姦魔だからな。ストーカー超えてるからな」
「わからん猿だな」
「お前こそ一度は地球を吹っ飛ばしといて、よくそんなことを言えるな。たくさん死んだぞ。善意を施してるつもりのお前に、話を聞かれることもなく、いきなり殺されてたぞ」
「お前は何を言っている」
ファウの弊害だ。
オレは中天を睨みあげ、意図も開示せずに手を出しまくるファウに文句を言った。
「おい、超臨界水。お前、酷い事してくれたな。罪の意識すらない相手に理を説かなきゃならないなんて不毛に過ぎるぞ」
瞬間、ホースに記憶が戻ったようだ。
いきなり知覚が広がって、自分の行いをフラッシュバックのように追体験してるようだ。
後ろでセプトの連中も続々と声を上げている。
どうやらファウにはこういう事も出来るらしい。まるで時間差のない帳尻合わせというか、実際目の当たりにすると化け物だな。まるで対抗策が思い浮かばない。
「な、なんだ、これは」
「超臨界水がやってることだ。よかったな。都合の悪い記憶を消してもらえてて。だが思い出した今ならわかるだろう。おまえらセプト人が、セプトの総意として、どれだけ酷い事をオレたちにやってきたか。そして地球の一角を主砲で撃って皆殺しにしたことを自覚しろ」
「だが死んでない」
「それは超臨界水が勝手にやったことだ。自分の命も握られてると思わないのか、お前らは」
「なっ…………」
「アミック派の動きなら、もうすでに動き出してるからフランスでジャン・ジゼルと折り合いをつけてくれってなるんだが、ホース、お前は問題外だ。もう無理だわ。お前はこちらの話を全く聞く耳が持てないことが、充分にわかった」
「猿の話に耳を傾けて、猿の気持ちは十分に観察してやってるだろうが」
「人は道具を使うから人である」
人を自称するなよ、とホースが鋭く睨んだ。
「猿も道具は使うだろうよ。だがそれは道具と呼ぶにはちゃちな道具だ。まだまだ類人猿なんだよ貴様らはどこまで行っても猿は猿」
そのあくまで類人猿として扱い、人として見なさないホースの動物を見る目を、オレは静かに見据えた。
そして微塵も揺るがさないという断固たる思いで宣言した。
「オレは、お前らから文明を取り上げようと思う」
「何だと」
「セプトの文明が、地球の文明を超越したところにある。それは認めよう」
「猿に肩入れしたくるる人が偉そうに。事実だ」
「だがおまえが拠り所にしてる文明が、お前の手から全て失われたらどうだ」
「なに?」
「すでにティリオーダウンを失った。魔物船の連絡艇も失った」
オレは先程まであった惑星制圧艦と連絡艇の消えた広大な空間を見上げた。他を睥睨するようにその巨大な質量で圧迫感を与えていた、星をも貫く宇宙船はもうない。魔物を持ち運びする宇宙船ももうない。
あるのは格納庫という広大な空間のみ。
質量の消えた格納庫は、空虚なほどその任務を遂行することが出来ず、ただただ空間として存在してるだけだった。
これが突きつけられた事実だということを、どれだけ理解してるのだろうか。
これが自分に降りかかるということを、果たしてどれだけ理解してるのだろうか。
宇宙にはもう行けない。
それどころか地上にも出す気はない。いや、アミックがいればそれもいつかは叶うだろうが、地表に出るためにはアミックの協力は必須だ。
その事がどれだけわかってるのだろうか。貴様がバカにしていた侵略浸透派のアミックが、貴様ら好戦派の命をにぎるのだ。
オレはホースに概要までを、ここに全てきちんと提示した。
「猿にも感情はあるんだよ。それをゆっくりと思い知るがいい」
途端ホースがゲラゲラ笑った。
「全面戦争か。惑星制圧艦はなにもティリオーダウンだけじゃないんだぜ。そもそも猿、お前は調べ上げてからじゃないと魔法が発動できないことも、もうわかってる」
オレの言った意味が結局まるで伝わらなかったようだった。
ダブルのことも、どうやら最後まで理解が及ばなかったようだ。そりゃくるるの魔法として、散々目の前で調べてから攻撃してあげたからという側面もあるだろう。でもあまりにあんまりな自己形成だけが真実の者には、結局そういう判断にしか落ち着けないのだろう。
とオレが落胆していると、ホースを再び肩に担いでジェラルドがいきなり走り出した。ジェラルドの野性が反応したのだろうか。地下六階へと避難しているティリオーダウンの乗組員との合流を目論んでる。
だがホースが戻るの厭がり、身をよじって暴れ、ジェラルドは幾度か顔をぶん殴られている。
「あれを捕まえないといけないんだぞ!」
ホースが狂ったようにそう何度か叫き、後先も顧みずに自由奔放に暴れるので、かつぐジェラルドもいいかげん平行を保てなくなり、そしてとうとうホースに振り切られた。
冷たい床の上にホースが落ちた。だが、痛みも物ともせずにホースはオレを、そしてオレの背後を一心に睨みつけていた。その眼は大きく見開かれ、まごうこと無き狂人のそれだった。
「味方の話にも、もう、耳を傾けられねーのかよ」
ジェラルドはもういいとばかりに逃げにかかる。その背中にホースが叫んだ。
「ジェラルドーーーっ」
ジェラルドが立ち止まってオレの様子を窺うと、その場からホースを叱った。
「馬鹿野郎。このやばげな空気がわからねーのかよ。死ぬぞ!」
「逃げるな陸戦隊。あそこにターゲットがいる。殲滅とか、星を支配下にするとか、そういうチャチな話じゃない。大手を振ってセプトに還る、その名目の立つお宝が、すぐ目の前にあるんだぞ」
だがジェラルドはその言を切り捨てた。
「バカが。欲しいものがあるのに主砲発射とか、全てを消し潰す気でいたくせに、何言ってやがる」
「お前まで猿の肩を持つのか」
「ホース。お前に戦闘にゃ向いてねーよ。おとなしくティリオーダウンの艦橋に引き籠もってればよかったんだよ」
オレも大いに肯いた。
「自分の言葉に憤懣を煽られて、ますます猛り狂ってる。上に立って自分を見失っちゃう典型的な人だな。セプトも同じなんだな」
しかしホースは毛ほども気にしなかった。
「本当に、猿が喋ってると思ってるんだな」
設定ではくるる人なんだが、それすらもホースは猿扱いで済ましてるらしい。自尊心もここまで強いと、付き合わされる敵も大変だ。話が全く通じない。
ホースは逃げたがってるジェラルドを必死に説得にかかった。
「いいかジェラルド、私がここまでお膳立てしてやったんだぞ」
「だから今この状況は、お前の趣味だろうが。何で俺が手を出さなきゃならねーんだ」
「ふざけるな。ここまでお膳立てされておいて何を言ってる。早く行け」
ホースがオレに向かって指を差した。
「あのなー、俺の趣味は俺の趣味で、お前のお膳立てなんかいらねーんだよ」
そしてヤレヤレと首を振って、ジェラルドはそのまま続けた。
「いいか。おめーは準備と言うが、俺達はただティリオーダウンの威力にかまけて惑星破壊を試みただけだ。そしてそれすらもやめて、くるる人をどうにかしようとしたら手痛い返り討ちに遭った」
「遭ってないぞ」
「あのな、地下基地は敵に潜入されることも考えていなくて、足止めの兵装ひとつ施してない。科学立国のセプトが、随分と間抜けな秘密基地を作ったもんだと思わねーか? しかもおかげで敵は好きに移動し放題。行きたいところに好きなだけ移動できる」
「だが猿には、この基地のことなど理解できまい」
「理解できてねーのはてめーだ。このやばさがわからねーんだから動物としても失格だ。おめーは相手のことも調べてなくて欲しがるだけ。そもそも何の準備をしたって云うんだ、てめーはよ」
「バカが」
「そんなは知ってる。だから逃げるんだ。おめーはそこに残った以上、きちんとやられとけと俺は言ってるんだ」
「ふざけるな。捕まえるんだよ、お前があの謎の生命体を」
ふーーっとジェラルドが息を吐いた。
「アミックもわかってる。アミック隊もわかってる。そして俺もわかってる。俺がわかってるって事は、俺の隊もわかってる。わかってねーのはお前だけだ、ホース」
そう言ってジェラルドは足を止めた。何だかんだ言って、やっぱりホースに付き合う気なのだろうか。だたしたらバカはバカでも、お人好しのバカでもあるのだな。
苦手な奴だが、ホースよりは狂い方の度合いが人類寄りなので、まだ理解ができる。
するとホースはもう気移りして、アミックの名を呼んだ。
「アミーーーック」
「了解。残留艦隊に攻撃要請と回収要請をした」
間髪おかずにアミックは答えた。
さすがの職人芸であった。
そしてこの格納庫に最後まで残っていた唯一のアミックの攻撃型エー・トゥールで、アミックは残留艦隊へと連絡をつないだらしい。何事かを低い声で、だが確実に連絡していた。
ジェラルドがオレを見ている。いつオレがホースに対して攻撃するかを気にしてるのだろう。それは割って入る気があると言うことだ。逃げたがってたくせに、しおらしいところもあるのだなと思ったが、オレが一番意外に思ってたのは、ジェラルドの注意に反してアミックの攻撃型エー・トゥールだった。
そこまでの高性能振りだったかと、自分のダブルで作っといてオレ自身が正直ちょっと驚いていた。だがそれも、煌子力でやりとりするなら、それぐらいは簡単に出来ることだとも思い至っていた。
煌子力は、セプトの科学の根幹なのだ。
「ぽかんとしやがって」
ホースがオレの顔を見てニヤリとした。
そして告げた。
「レリオーバーンの餌食になれ」




