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ダブル  作者: 茶の字
第1章 幼稚園時代
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第178話 猿の感情 その二

 薄暗い東京地下大深度の格納庫は、セプト人が大挙して避難し、あちこちでさざめきが起こっていた。こちらで艦長のホースとアミック隊が交戦しているのは目にしてるはずだ。だがそれ以上に自分たちがティリオーダウンが消失したと同時に床へと落ちたことにショックを受けてるようだった。

 場合によっては数百メートルの高さから落下した者もいるだろう。なぜ非戦闘員をと思う者もいるかもしれない。子供もいるのにと思ってる者もいるかもしれない。


 だがこちらに先に主砲を撃ってきたのはお前たちだし、上層部の考えに賛同して地球を壊そうとしたのもお前たちなのだ。

 今さら非戦闘員だなどとなまぬるいことを言われても、オレにはとても頷けない。

 子供だからと見逃すことも有り得ない。


 なぜならお前達は四歳児であるオレたちを、ここまで追いつめたのだ。

 真理ちゃんは左手を幾度となく切断された。

 弟さまは首から下を失った。

 ダブルがなければ、どちらも致命傷であった。


 そして主砲を幾度となく撃ち、そのうちの一回は地球を、日本の首都東京を消し飛ばした。その中にはオレの肉親も犠牲になった。

 超臨界水であり、そちらの伝説の存在であるファウのおかげで、その壊滅劇はなかったことにされたが、起きたことはしっかりオレたちは覚えている。

 だから迷わないよ。

 もう決めたんだ。


 そしてオレはダブルを発動した。


「送還」


 オレはアミックの左手と左目をもらった。そして、アミックが斃れると、この格納庫にいるセプト人全員の左手をもらった。

 格納庫の奥の方から、絶望の絶叫がそこかしこから上がっていた。


 いきなり自分の左手が消えたのだ。そして今は気づいていないだろうが、それは自分たちが全く同じ場所を同じ比率の分だけ奪われていることに、いずれ気づくことになるはずだった。


 そう。ちょうどお前らが許した真理ちゃんの左手を切り刻んだ長さの分だけ、上層部を支持した以上、同罪として奪ったのだ。

 本当は弟さまの仇もとりたいので、弟さまと同じく、首だけにしようかと思ったが、それをしたら発狂するだろうと思って手心を加えていたのだ。大負けに負けたと思っていい。出血大サービスである。

 血は出てないけれど。


 アミックが自分の左手を押さえて苦しんでいた。珍しく呻き声が出ている。

 アミックは左目ももらったからな。でも右目は治したんだ。それで我慢してくれと言ったところだ。そもそも――。


「疑われないためにはそれぐらい必要だろ」

「貴様っ」


 小さな声で、アミックにだけ囁いたら激昂された。だがしかし、最早何を言ってるかもわかるまい。


 いや――。


 むしろオレがこういう事を言うと、セプト内でアミックが裏切りを働いてるというように聞こえてしまうかな? もしそうなら煽ってるように思われるわけか。それもまた心外だ。


「おい、貴様!」

「うるさいな。怒ってるのはオレも同じだ。敵なんだからな」


 最後の方が尻すぼみしてくのは、我ながらどうなんだろうと思う。やはりオレの中では未だアミックは連立相手なのだ。

 アミックの立場をセプト内で揺るぎない物にするためにも必要だった措置だと、オレには言えるわけだが、それがアミック隊に理解されることはないだろう。

 それだけの覚悟を持って、オレも事を為した。


「ホース下がれ! 目と腕を守れ!」


 しかしアミックの指示をホースに聞く気はない。こういつはもう、半分壊れてるんだよ。


「自我が肥大して、オレサマ王様状態だからな。全ては俺の足下に這いつくばれってのが、こいつがかろうじて正気を保ててる部分なんだよ」

「それを正気とは言わん」

「でも薄々気づいてんだろ、アミック。命令ならお前が出せよ。そのぐらいなら待ってやるぜ」

「貴様!」

「噛み付くか。仲間を取るか。運命の分かれ道だ。選べ」


 アミック以外だったら問答無用だったろう。だがアミックだから猶予を与えた。


「全員退避しろ! 地下六階の研究層へ行け! 目と左手だけでは済まなくなるぞ!」


(恵風)

(なんだ)

(合図と同時に塵風をたのむ。床を抜け。地下に落とせ)

(ちょっと待って、真司くん)


 真理ちゃんの声がした。


(あの人達を落とすの?)

(落とす。でも殺しはしないから安心して。送還で消すより、塵風の方が逃げてひとかたまりになるから、その方がウインドをかけやすいからそうするだけ)

(わかりました。なら私が塵風をやりたいけれど、出来ないから恵風、お願い)

(了解だ。じゃあ真司、合図を出してくれ。真理がやってると思われるような合図が望ましいな)

(わかった。行くよ)


「左手を奪われたんだ。塵風をぶちかましてやれ」


 オレが東京大深度の地下深くから空へと向けて大きく呼びかけた。


 アミックがホースを担いで交代する。そして離れて状況を観ていたジェラルド達も一斉にティリオーダウンの乗組員がいる避難場所へと、一斉に撤退した。


「アミーーック」

「なんだジェラルド」

「お前の命令のおかげで他の者は肉体の損壊を免れることが出来るようだ」

「まだわからん」

「だが礼は言っとくぜ。ありがとよ」

「おまえは治るだろうが」

「俺だってわからん。事実治ってねーぞ」

「…………なんだと?」


 そして薄い光源に照らされたジェラルドの左手は、失われたままだった。連鎖重合人間のジェラルドが治らないなんて有り得ない。死んでも治るんじゃないかと噂されてる男なのだ。

 俺の命令でセプトの被害は食い止められたとジェラルドは言う。だがこのことが強烈な余韻を我々に残していた。


「くるるの坊主はとりあえずおめーに任せるぜ。止められるのはおめーだけみたいだからな」


 ジェラルドがこんな事を言うのはオレは初めて聞いたし、それはアミックも同じようだったが、その時にはもう次の段階が始まっていた。

 格納庫の床が一部崩れて、階下へと静かに落ちて行った。その崩落の穴がじょじょに広がり、何が起きてるのかが誰の目にも明らかになってきた。


「お前がさっき言ってたのは、これか!」


 アミックがオレに問うてきた。左目が跡形もなく、(うろ)になっていた。


「そうだ」


 その目にも見えるよう、オレはハッキリと肯いた。

 そして誰がこの魔法をこなしていたのか、アミックは思い出したようだった。果たしてアミックの記憶の何処がファウに飛ばされてるのかはオレにはわからないが、それでもアミックはオレに尋ねた。


「彼女は何だ。魔法使いなのか」


 真理ちゃんのこと、だろうな。

 やはりアミックは裏切り者を追いかけた際に起きたことを、ある程度は覚えているようだった。

 その時には連立を組んでいたんだが、残念ながらそちらの方は飛ばされてるようなのが口惜しい。理由はわかってるのだが――。

 オレは本音を飲みこんで、アミックに答えた。


「魔法使いだ。ある意味最も正当な、魔法使いだ」

「彼女は岩塊を飛ばしていた。まるで隕石のように」


 やはり塵風のことだな。

 ミランダ戦のことも覚えてるらしい。


「信じられん…………」

「その眼で見てんだろうが」

「だが俺が拷問してる時は何の反抗も示さなかった」

「それは彼女に訊け」

「会わせる気もないくせに」

「だったら自分の胸に訊け」


 アミックの中で記憶の整合性がとれずに、何をどう整理すればいいのかまとめることが出来ないようだ。そのくせ苦しんでるようには見せないのだから、指揮官らしい指揮官だ。

 オレにはこれが出来なかった。


「オレの失敗は、敵に動ける余地を残し続けたこと。ここで終いだと、きちんと区切りを付けなかったこと。これが全てだ。幼かったんだな」


 幼稚園児だけれど――。


「区切り?」

「そうだ。ずっとずっと聞き続けてきた。いつかはわかってもらえるだろうと、オレの日常生活はそういう生活だったんでね」


 幼稚園では人の話を聞いて、伝えて、理解して、覚えて、試して、また聞いて、これの繰り返しだった。

 だから価値観の相対化もスムースに、うまく回っていた。

 だが対セプトでは、この価値観は全く通用しなかった。


 価値観の相対化もする気がない奴を、ほいほいと受け入れて、話せば通じるんじゃないかと一生懸命に頑張ってしまったが、いつまで経っても云う事を聞けの一点張りだった。それでもずるずると付き合っていたことがいけなかった。これがオレの失敗の要因だった。

 ふと思い起こしてしまうのは、ここらへんの折り合いをフランス人のジャン・ジゼルなんかはどうしてるんだろうか、ということだ。

 まぁ向こうは大人だし、相手もアミック隊だったし、うまいこと話を擦り合わせて、互いが互いの意見を尊重して、落とし込むべき場所に落とし込んで、相対化ができたのだろう。

 すると弟さまが深度一に潜って話しかけて来た。


(どうだろうね。オレたちの仲でだって相対化してないのもあるからな)

(そうなの? 意外。例えば?)

(オレは目玉焼きは塩胡椒だ)

(私は目玉焼きはお醤油かな)

(何言ってるの、弟さま、真理ちゃん。目玉焼きはマヨネーズ一択だろ)


 すると弟さまがまとめた。


(そういうことだ、兄さま。相対化は難しい)


 あー、何となく弟さまが言わんとしたことがわかった。だがそれでは困るのだ。


(浮かぶぞ、弟さま)

(了解。手間を取らせた。存分にやってくれ)


 そしてオレは通常空間に浮き上がると、離れたところに退避したジェラルドにも尋ねた。


「ジェラルド。お前も同意見かよ」


 ホースを指差してオレがそう言うと、ジェラルドはあっけらかんと言った。


「まぁ、付き合ってはやるよ。今は同格だからな」


 そう言ってジェラルドは担いでるホースの(しり)をぺちんと叩いた。

 苦手な奴だが、ホースと心中もやむなしと、そう肚を括ってるらしい。バカは簡単に決断できて羨ましい。迷う素振りさえなかった。


「アミックはどうだ」

「意見は違うが、貴様に命乞いをする気など、毛頭ない」

「わかったよ、ハゲ」


 アミックもホースに付き合う気のようだ。セプトはセプト。セプトとして動く。

 そして浸透派はセプトの冒険艦隊だか探索艦隊だか知らないが、宇宙に漂流することとなったセプト単位で、やはり物事を動かしたいのだ。だから今は意見の違うホースに付き合うが、ゆくゆくは自分の意見を通すようにすると、そう決めているのだ。


 だがそれでは、オレたちにとっては遅いのだ。


 オレたちは今の地球のまま時を重ねて欲しいのだ。


 宇宙人に未来を決められて誘導されるのではなく、自発的に生命体として文明を進めてほしいのだ。

 いじくられた挙げ句にふんぞり返られて、したやった、などと恩着せがましく言われて、ありがとうございますなどとペコペコ下げる頭など、オレにはない。断じてない。


 ないのだ――。


 痛くないなどと言ってたら痛くなるのもよくある話で。抜糸後の痛みが今最高潮です。「せめて最後は王室外交の役に立て……」を明日投稿できるかどうか、自信ありません。

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