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第1章 幼稚園時代
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第177話 猿の感情 その一

 シューさんは結局抵抗らしい抵抗も見せずに、攻撃型エー・トゥールも無力化され、格納庫のつめたい床に落ちて行った。ホースのすぐ脇に落ちたわけだが、ホースは助ける素振りさえ見せなかった。

 ホースは精霊のいる現在位置から目を離す気はないらしい。

 そしてキューロは、あくまでオレとは距離を置いておきたいらしい。完全にオレたち三者のあいだに三角形が出来ていた。


 しかし睨み合ってるのはホースとキューロだ。オレは粛々と状況を進めてくだけでいい。もう議論は十分に尽くした。

 シューさんの次はアミックだ。


 オレはひと言も声をかけずに、アミックの侵略機動兵器を送還した。そうしてセプト側を丸裸にしてくのだが、アミックも予測していたのか、慌てる素振りがなかった。


「大した物だ、くるるの魔法は。どうやって機体を捉えてるんだか。俺は半分ほど深度一に沈めていたんだがな」

「捉えるも何も、地球はオレの効果範囲なんだよ。この星にいる限り、オレはアミック達の悪だくみの品は、全て潰すよ」


 そう言ってオレは優しい眼でアミックを見た。

 連立相手だ。だからこそ厳しい形で追い込まざるを得なくなったのだが、それもまたアミックが選んだことだ。


「だが、いいのだな」


 そして当然のごとく、返事は返ってこなかった。

 そう言えば遠慮なくやれみたいなことを、記憶を飛ばされる前の最後の別れで、交わしていたような気がする。あの言葉は、こうなると見越していたのだろうか。


「自罰的だな。事が済んだら」

「何を言っている?」

「いや。なんでもない」


 戻してやるというのは、今は時期尚早だろう。手を抜けば余計な肚を勘ぐられる。もうそこまで事態は落とし込まれてしまったのだ。

 アミックが密やかにキューロの前からオレの方へと移動して来ていた。ホースはその動きに気づいてもいないようだが、アミックは間違いなくホースのために、こちらへと援護のために移動していた。

 しかしホースの眼は相変わらずキューロを見据えて微動だにしない。ある意味狂人の眼だった。こわい眼だ。

 ホースが地球人で、取り立てて力を持ってなかったら、とてもではないがその前に立ちたいとは思わないような眼だ。


 しかしお前を守る剣もここで断つよ。


 最後はあの武器だ。アミックの搭乗する機体、侵略機動兵器。

 この機体がなくなれば、とりあえずの地球への脅威は消える。そしてこの機体に関しては精霊魔法でやろうと、オレは決めていた。オレの特徴であるその場に精気が発生するという火線の生じない精霊魔法で、やる。


 ダブルを見せずに、くるる人のように振る舞う。その最後の仕上げだ。


 オレは精気を侵略機動兵器だけに張り巡らす。同時に風を爆発させるように精霊魔法の風爆を発動する。

 丸裸にされたアミックが、攻撃型エー・トゥールを身につけたまま、緩やかに着地してホースを庇った。


「見上げた意志だ。初志貫徹か?」

(たが)う意見でも、初志貫徹と思うならそうなんだろう。俺には関係のないことだ」

「恐れはないのか? 侵略機動兵器ですら一瞬で破壊されたんだぞ」

「まぁ、くるる人ならそれぐらいやるだろう。むしろ人死にを出してない事に、底知れない恐怖を俺は覚えるけどな」

「引く気は?」

「お前の前に立ってる俺は、何だと思ってるんだ」


 アミックが笑った。よっぽどおかしかったらしい。敵にさえ見られてない自分が滑稽なのだろう。だが、その捉え方はオレが許さん。お前はオレの連立相手なのだ。卑下することは許さん。


「ならば最初はやはりお前からやるべきなんだろうな。お前以外にはありえないんだ。考えてみたら…………」


 長い苦痛と汚辱の中で、最初にやられたのはお前だということが大事なのだ。それでお前の立場はセプトの中でも全うされる事になる。

 せめてオレが本気であったと見えるぐらいには、演じて見せよう。


「行くぞアミック」


 だがアミックは微動だにしなかった。シューさんの時も思ったが、それがデフォルトなのか。

 魔法すら発動しないのはどうなんだとまで考えて、気づいた。


(弟さまか?)

(最初から影縫いかけてただろ?)

(オレが忘れてただけか)

(情が深いんだよ、(あに)さまは。連立相手の敵ならば、きちんととどめを刺してあげろよ。アミックの立場が、揺らぐことのないように)


 オレは弟さまにも背中を押されて精霊魔法を発動した。


「風刃」


 アミックの攻撃型エー・トゥールが塵へと還って行く。オレがダブルで作ったアミック専用の、セプトの好戦派の悪意の入ってない純粋な攻撃型エー・トゥール。それが今ここに塵へと還って行った。

 するとエー・トゥールだけでなく、アミックの右目も吹き飛んでいた。視神経と接続して生体兵器として一体化してたらしい。


(ダブル。状態回復)


 突然に声がした。

 と同時にアミックが崩れ落ちた。格納庫の冷たい床に手をついて、自分の右目を押さえている。


(弟さま?)

(不測の事態には対処すべきだろ。右目を()る気はなかったのはわかってる。失敗はすぐリカバリーしようぜ。それもオレたちは今回、嫌になるほど学んだだろ?)

(そうだな。助かる)


 そしてアミックがなくなったはずの自分の右目がなんともないのに気づいて困惑している。そして床の上で手をついてたのが、突然に転んだ。

 それから微動だにしない。

 おそらく弟さまだ。弟さまがまたダブルの影縫いをかけたのだ。右目に手が行ってることから、もしかしたらアミックはまだ現状を把握してなくて、影縫いで治療も出来ないとでも考えてるのかも知れない。


「拍子抜けだな、アミック」


 ホースが自分を守ってくれていたアミックに向けて、そう言った。

 オレはそのひと言でぶち切れた。


「お前、黙れよ?」

「何だ、猿。我々の会話の中に入ってくるな」


 狂人だな。

 自分が相手に何をもたらされていたのかを、まるでわかっていない。だからそれに対して心を動かす事も出来ない。狂人以外の何者でもない。


(弟さま。上にいるあれらは何だ? 脇を抜けてきたんだろ?)

(伏せ駒じゃないかな。ただしなぜかマインドバーストだか、ブレインバーストだかを喰らったあの女の人がいたけど)

(クーリエか)


 ついでに深度一に置いてある、すべてのエー・トゥールを送還する。


「ああああーーーー」


 幾人もの声が、頭上から降ってきた。

 むりやり通常空間に復帰させられた挙げ句、よりどころだったエー・トゥールを失ったのだから、後は落ちてくるしかない。


「なぜだっ」


 ホースの自信の源はこれだったのだろうか?

 おまえがクーリエを廃人同然にしたくせに、何を持って自分の伏せ駒のように考えてるのかがわからない。十中八九、お前を殺すために潜んでるものとばかりオレは思ってたんだが、違うのか?


「まあいいだろ? このままじゃ死ぬぞ。仮にもこの場の頭目のつもりならば、助ける算段でも立てろよ、ホース」


 あと五秒もない。

 このままじゃクーリエとその伏せ駒は格納庫の床に墜落して即死だ。


「三、二、一」


しかしホースは何一つ行動を取ろうとはしなかった。努力すら放棄していた。


「すごいリーダーだな、お前」


 それに対してホースはさも当然といったドヤ顔をしていた。最早意味すらも通じていない。ある意味無敵の存在だな。こうなって来ると…………。


 そしてクーリエ達は墜落せずに、床の上をふわふわと浮いていた。


(弟さまか?)

(いや、キューロだ。わかってないけど助けたようだな)


 でもまぁ、弟さまが一緒になってウインドをかけたはずなのはわかってる。少しはキューロを見直してやれと言う、弟さまからのメッセージなのだろう。


「救助」


 アミックが場を読まずに、いきなり命令を下した。オレとしてはその後ホースがどう動くのかも見たかったのだが、アミックには躊躇いがなかった。


「セプトのアミック。浸透戦略派のアミック」


 オレがアミックを見ていると、アミックが地を這ってた姿勢から立ち上がった。そしてオレの前に再び立つ。


「なぜだっ」


 今なおホースは叫んでいた。

 そんなに拘泥して、周囲の状況を鑑みないのは、リーダーとしてどうかと思うが、これも指摘しても、もう届く事はないのだろう。


「俺たちが深度一を開発したように、あちらも新たな空間魔法を開発したようだ」


 アミックが律儀に答えて上げていた。だがその答えももう届いてないと思うぞ。オレは事ここに至って、もう一つの可能性に気がついた。


「もしかしたら、痕跡反応がここに来て表層に出て来たのかもな」

「痕跡反応?」


 アミックが初めてオレに問いかけてきた。


「しゃかりきになった時期が、あったのさ」

「貴様が、か」

「ああ。報われた気がするよ」


 だがアミックには意味がわからないようだった。


「ありがとうアミック。お前がいたから弟さまは助かった」


 ますます不可解な顔をしたが、オレはもうそこにはいなかった。一つの思わぬ結末を知り、そしてオレはダブルを発動した。


「送還」


 オレはアミックの左手と左目をもらった。そして、アミックが斃れると、この格納庫にいるセプト人全員の左手をもらった。


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