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ダブル  作者: 茶の字
第1章 幼稚園時代
182/182

第182話 猿の感情 その六

 東京大深度の地下深くに、闇をさらに深くするような闇が、巨大な質量をもって立ち塞がるように伸びて行くのセプト人の目に映った。それはまるで自分たちのこれまで乗っていた惑星制圧艦の外装にも似た漆黒の色合いと分厚さであった。


「何だ、アレは」「プリンターか?」「いやしかしプリンターでも……」


 説明のつかない質量が無造作にそこに伸びて来ている感じであった。あんな物を支えもなしに中空に伸ばす技術など、そんな技術は科学立国のセプトにもない。蓋というのも憚られるような蓋は、その構造を支える骨格もないまま、今や頭上を覆いつくさんとしていた。


「分厚いな。数十メートルはあるぞ」


 他人事のように話すホースが左手を上に向けていた。指差してるつもりなのだろうが、あるのは二の腕までで、肘から先はホースの左手にはない。痛みもなく消し去ってしまったようで、そこだけはオレにとっても誤算だった。

 真理ちゃんの左手を切り刻ませたホースには、真理ちゃんが耐えたその痛みをきちんと理解させるべきだったと思う。だから左手がないのにあるつもりで、あんな風に振る舞えるのだろう。

 ダブルの送還にも、痛みを覚えさせるような改良が要必要なのかもしれない。しかしそんな技術を試す場は、今後現れることもない。地球の人類に試しでもしたら、それこそ犯罪者だ。


「もしかして閉じ込める気なのかな」


 セプト人の群れの方から、そんな声が洩れ聞こえてきた。

 オレはダブルでこれをやる前からそう教唆してるだろうに、案外気づくのが遅いのだな。おそらくそれも今まで敵を滅ぼすだけで、戦いにもならなかったから窮地に陥ったことがないのだろうが、そういうことも含めて諸々反省してくれと、オレはゆっくりとダブルで蓋を創造してゆく。


 本当なら一瞬で存在させることも出来るのだが、それだと恐怖も理解も追いつかないだろうから、わかりやすくダブルで創造してるところを、セプト人には見せているのだ。

 蓋がモトール合金の蓋。それに気づいた時には、どういう表情をするのだろうか。それが見届けられないのが残念だ。

 だが背後の避難した集団の発した声は聞こえたのだろう。ホースの目にも、それが何を意図した物であるのかにようやく気がつく。


「おい、チンチンカイカイ」

「なんだ」

「死ぬだろうが」

「オレたちを殺しに来といてそれはないよ。お前、オレに主砲を何回撃ったんだよ」

「…………」

「侵略機動兵器も何機オレにぶつけてきた?」


 一機で地球の半分ぐらいは制圧できるんじゃないのか? そういう機体だろう? 光速並みのスピードで移動し、深度一から無差別に敵を虐殺できる、そんな機体をたったひとりの人間に、一体何機しむけてきたと思ってるんだ。


 ホースが後ろを振り返ってみたが、そこに自慢の文明の利器はなにひとつ残っていなかった。


「ぶつけるものが……ない……だと」

「お前はいつもそれな。艦長だったから、命令一つで誰かを突撃させてたんだろうが、自分の立ち位置を」

「立ち位置がなんだ、猿風情が」

「立ち位置をもう一度よく噛みしめろよ。咀嚼しろよ。嚥下しろよ」


 広大な地下空間から、風がホースに向けて叩き落とされていた。別に攻撃をするための風ではない。ただどれだけの空虚が自分の身にまとわりついてるのかを、身をもって体験させたかった。

 オレが、オレたちが長い時をかけて、セプトにわかってもらおうと努力したその労苦は、セプト側にぶつけた風だった。きちんと何度も何度もぶつけた。だがその風は、全てが流れ去ってしまった。


 想いも風も猿のみだった。

 猿と呼ばれて、聞く耳ひとつ、持ってもらえなかった。


「ホース、お前には何もない」


 全ての文明を失った猿が、東京大深度の巨大地下空間に置き去りにされていた。

 これがオレからの返答であり、メッセージであり、怒りであった。


「馬鹿め。レリオーバーンがすぐにでも出撃する。こんな状況に、意味などない」

「でも死ぬよ、お前らも」


 途中までだったダブルの送還を、また始めようかと思った。この最下層の地下六階には、まだ埋められた施設がある。


「いや、その前にこっちが先か」


 オレは蓋を完全に閉じて、地下五階と六階を完全に切り離した。厚さ二十メートル以上のモトール合金の蓋である。星をも砕く主砲の照射とて、ある程度は耐える素材なのだから、人力での破壊は不可能だった。

 今はオレのダブルで固定されてるけど、オレの意識がべつに移ってダブルの効力がふわっとし、蓋の重みで壁が崩れて落っこちるのも閉じ込めることが…………、いや、その時にはこいつら全員死んでるか。

 圧死である。


「まーいいや。目的とは違うし」


 しかしセプト側からの返事は最早なかった。

 オレとしては初志貫徹である。時間をかけるまでもないので、一気にダブルで創造する。


「よっ」


 蓋に、蓋を支える柱をつけて強靱にした。これでちょっとやそっとでは崩れない。まるで植物のような立ち姿にし、柱という茎を守るよう斜めにオーバーハングを張り出させてみた。手がかりもなく、手がかりを打ち込めることもないよう、登りづらくもしてある。ちなみそのオーバーハング部分の厚さは一メートルほどにして、距離も三十メートルほど伸ばさせてもらった。

 外側はつるつるに、内側もつるつるにしたが、予防策として、万が一オーバーハングを登り切られても楽に柱に近づけないよう、柱に着くまで六十度ほどの角度をつけ、下ろし金のような鋭い突起を設置した。この下ろし金の突起は、指先を振れただけでも血が浮かび上がるような、そんな鋭さである。大根をおろしたならば、ざくざくと削れて大根の汁もたっぷりと出ることであろう。そんな突起を数十セントメートルおきに不揃いに設置した。ちなみに突起の長さは二センチメートルから五センチメートルぐらいにランダムにし、一定の長さにしないようにした。


 これらすべてがモトール合金製である。セプトの艦隊が宇宙を旅しても大丈夫だったぐらいには、長持ちするだろう。

 そしてこれで仮にオーバーハングを登れても、斜めの足場を一歩踏み出せば、スキーの傾斜でもめったに見られない六十度の傾斜を、まるで大根下ろしのように下ろし金で自分の身体をおろして行くことになるだろう。

 その距離三十メートル。一度滑ったら身体中が自重ですり下ろされることだろう。それを暗闇の中で、衣服も纏わずである。もしこれを攻略するならば、元となる物は土しかない状態で、知恵を絞って行くことになるわけだ。

 だが今は、それをセプトの連中はまだ知らない。


 アミックがその柱を仰ぎ見、噛みしめろとはそういうことかと、ポツリとつぶやき頷いた。オーバーハングの葉先の形状はギザギザになっている。


「この暗闇の中でも見えるのか」

「いや、それぐらいは見せてくれないのか?」

「いいよ。見せとこう」


 そしてオレはオーバーハングの葉先にダブルで照明を作り、その光源に灯をともした。

 その鋭利さに、ホースがゴクリと唾を飲みこんだ。その後ろでアミックが可笑しそうに言う。


「なるほど。クソにして出すか、血肉にするかは、自分で決めろと、そう言いたいわけだな」

「オレはなんにも言ってないよ。そちらさんみたいに、そこまで傲慢じゃない。ただ自分の思考とそちらの思考の、その落とし所を見つけられなかっただけの、ただの幼稚園児さ」

「猿は猿だ。くるる人だろうが、こんな星に居住してるならもう猿なんだよ」

「理解が及ばないなら、わかってもらうしかないよね」


 オレは鋭い眼を送った。そこに躊躇いはない。


「ホース、体験しておけ」


 オレはホースに精霊魔法のウインドをかけると、中空へとふわりと飛ばした。ホースが驚いておろせと叫く。


「わかった。もうちょっと待て」


 オレは遠慮なくウインドを軌道修正して、ホースを四十メートルほどの高さにまで到達させると、そのままご要望通り、すり下ろしの下ろし金の上に落とした。


 ダブルを読んでくれてありがとうございます。ちょっと術後の経過で痛みがあり、人生の落とし穴は深いもんだなと、下ろし金ですり下ろされてる気分です。

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