第126話 オレの名前は最上寛司。双子の弟だ。
最上寛司だ。双子の弟だ。
今オレは、陸戦隊隊長のジェラルドの猛攻に晒されている。
風壁がぼよんぼよん撓んでるので、ダメージはないが、オレの眼前でひたすら足を止めて殴りつけてくる健康優良児なおっさんの楽しそうな笑顔を見せつけられては、いい加減どうにかしなくてはとも思い出す。
しかしいくら攻撃型エー・トゥールを身に纏ってるとはいえ、人体が生み出す速度以上の動きをこうも永続されては、ジェラルドの左手の各部関節は一体どうなってるのかと思う。
しかも左手だけの攻撃に偏ると云う事は、オレが右に行くと都合が良いことも起こるのだろう。バカだから狙いが丸わかりなのである。
「まぁ刃同士を戦わせてみるのもいいか」
「何を言ってんだ?」
「だからお前の秘策とオレの風刃と、どっちが鋭いかぶつけてみようかと思ってるんだ」
「正気か?」
「でも好きだろお前、そう言うの?」
「ふひっ、お前本当に最高だな。ああ、大好きだ」
「お前から見て、右に行けばいいんだろ」
「何だよ。そんな事までわかってんのかよ」
「お前、オレをバカにしてるの?」
ふひっとジェラルドが嗤った。
とても充実した表情だった。
満足だ。
そう言いたげだ。
「それでも行ってみようかと思ったんだが、こういうのをそちらでは何と言うんだ」
「バカ。バカって言うに決まってんだろーが」
やはりそうか。
まぁバカとジェラルドに言わせてみたかったんだが、お前同様に思ったよりオレも楽しい。何か、何かはわからないが、根源的なものに触れている気がする。
「何だよ。俺をマジマジと見やがって」
「なに。憧憬とか状景とか、そういうのをまさかアンタからまとめて提供されるとは夢にも思わなかったでだけのことだ」
「ああん? 難しい言葉を使うな。俺はバカなんだから」
「ある意味感謝してるってことだ」
「ほう。そりゃまるで逆なんだがな。俺こそお前には感謝してるぜ。俺の趣味にここまで付き合ってくれた奴はいない。付き合おうとしても実力が不足して、俺の前で一秒と立ってられない奴がほとんどなんだ。
だから俺にこれだけぶん殴られて、未だそんな口がきけるお前が、俺にはとってもありがてーんだよ」
「気持悪いからもういいよ。お前から見てオレには周りの連中にはない物があった。オレから見たお前には、オレの求めてる物を全て持っていた。それだけのことだ」
「まるで真逆にしか思えないんだがな。そう感じるのはオレがバカだからか?」
「答えをオレに求めるなよ。じゃぁ行くぞ」
わざと飛び跳ねてジェラルドの渾身の一撃を受け止める。
踏ん張りのきいてない身体がジェラルドの望む方向へと飛ばされる。そして視界の隅に床から小さな突起物が出るのが見えた。
その突起物が光ると光がオレの足へと伸びて来ていた。
これだ。これに左足を獲られたのだ。
(風刃)
その場に風刃が発生する。
伸びていたレーザーカッターごと風刃が切り刻んでいた。
「オレの勝ちだ」
そう言った瞬間、ジェラルドがニヤリと嗤った。
その隣からまた黒い突起物が出てくる。そして改めてレーザーカッターを放たれた。
そのレーザーカッターをオレは避ける。迎撃するまでもない、避けるだけで充分だった。
ジェラルドが揺らめいた。
上からブースト深度一が降り注いで来たのだ。いつになく青いキラメキが煌めいている。そして毎度のごとく状態固定を引き剥がされたわけだが、これはこれでありがたい。
「もう追いつけないよ」
同時にジェラルドも深度一を発動したようだが、セプトの深度一では、このブースト深度一に入ったオレにとっては遅すぎる。
そして身体中から感覚が失せた。そして倒れたわけでもないのに倒れてるようだった。
いや、それすらも違う? 何だろうこの感覚は。初めての感覚だ。
どうもオレは回転しているようだった。
しかもその回転軸が身体があったら有り得ないはずの回転軸を中心にしている。その上くるくるクルクル回転するその回転速度がやたら速い。
まるでオレの頸か顎の辺りが回転軸のような、そんな回転の仕方だ。
「あ~あ。一番つまんねー終わり方になっちまったか。出来ればぶん殴り続けて終わりたかったんだがなー」
そしてジェラルドがポンと手を打った姿を見たと同時に、オレは頭から待合室の床の上を転がった。
そして確信した。
この転がり方はオレにはもう身体がないのだと。
首にかけてた一分計が転がるたびに幾度となくオレの顔にぶつかる。
「そうだ、忘れてた。俺って本当にバカだな。親父は足が生えてきたじゃねーか。だったら身体も生えるか」
ジェラルドがまた楽しそうにオレを観察した。
「おっ。血が出てねー。これはマジで復活するんじゃねーか?」
だがオレの身体はもうない。兄さまからいつ状態回復と状態固定が飛んでくるかもわからない。
「おい、早く治せよ」
バカだな。オレが兄さまから位相の拒絶を外すわけないだろう。
「おい、答えろよ」
さっきから答えてるだろうが。バカかよ。
「くそっ。こんなことなら光学兵器は切っておけば良かったぜ。誘導すればいいと思ってたのに、まさか親父の方から突っ込んで来るとは思ってもいなかったのが…………。俺がバカだったな」
嘆くなバカ。それを言うならオレの方がバカ丸出しだろうが。
聞いたところから判じれば、行かせないと踏ん張ってたはずが、行くぞと思った瞬間に敗着になったというわけだからな。
皮肉なもんだ。
そう声に出そうとしたが、もう声すら出なかった。
だが何が起きたのかはわかる。
最初に足下のレーザーカッターが外れた。ジェラルドが体勢を崩させて届く位置へと誘導していたのだが、どこから出たのかは一度体験して覚えてる。だからそれを避けることには成功したのだが、それらの操作は攻撃型エー・トゥールか。場所の特定を済ませてなかったレーザーの対処にオレは失敗したのだ。
まさか風刃を避けるとは思わなかった。そもそもオレの精霊魔法は風槍を除いて精霊魔法の出来損ないと恵風には酷評されるぐらいだ。
宇宙にあまねく物をもたらす精霊魔法が、オレと兄さまが使うとその対象に直接発動してしまうんだからな。
出来損ないと云われても当然だった。
これではあまねく宇宙にその恩恵を届けることが出来ない。対象だけ恩恵を受けてお終い。他の場所は精霊の恩恵を受けることなく、原初の状態のまま置いてけ堀にされるのだから。
しかし対象に発動するのに何故。
「な……ぜ……」
ジェラルドがオレの言葉に聞き耳を立てていた。そしてオレの頸をひょいと持ち上げて転がってたオレの頭頂部分を床に立たせてくれた。
髪を持って立たせるのはバカだからだろうが、咎めてる内に死んだら間抜けにも程がある。聞ける内に聞かないとな。
「揺ら……めいた」
ジェラルドは耳に手を当ててうんうん頷いていた。そして自信満々に答える。
「蜃気楼だ。熱は何もお前さんだけのために使ったわけじゃないんだぜ?」
そうだったのか。てっきり熱波は風壁を解除させるために熱をこもらせてるばかりの物と思っていた。
バカは欲張りだ。そんなことも考えるとは、本当にバカだ。
バカが一石二鳥だなんて普通はバカにして考えないから、まんまとバカの欲望に飲みこまれてしまったようだ。そして上方と側面からのレーザーによる乱射で、オレは身体中を撃ち抜かれたわけか。
やられたな。
「避けようがないだろ。使う気はなかったんだが、勝ち誇っちまうからそんな目に遭っちまう」
「すご……いバカが……いたもん……だ」
「バカだな。まだわかってないのか」
かなしそうな眼でジェラルドがオレに話しかけていた。
「バカはお前なんだよ。風の壁を解いちまったのが親父の敗因なんだよ」
そんな悲しそうな顔をするな。お前とオレは敵同士。
でもわかるよ。お前のその手は、風の壁さえ突き抜けるようお前が指示してプリンターで作ったんだろう?
そうか。光には風壁など関係ない。風の中だろうが光は進むもんな。
それを知った今なら風壁にも手の打ちようがあるが、さすがにこれでは、この状態では無理だ。
そんなオレをジェラルドが髪を掴んで引っ張り上げ、目線の高さをオレに合わせる。
「風の壁さえ解かなきゃもうちょっと遊べたのに。このバカ親父」
バカだな。
一番の問題は風壁を解いたことではなく、ダブルの状態固定を持って行かれたことなんだよ。だがそれももう詮無きことだ。ジェラルドにはわかるまい。
その時いきなり待合室のドアが開いた。
オレは驚いた。
合流や援護を防ぐために、誰かの乱入を視するのは陸戦隊なら当然の処置だと思ってたからだ。だからてっきりプリンターで入室に制限かけて改造してるのかと思ってたのだが、誰でも部屋に入れるようにしてらしい。さすがはジェラルドだ。バカである。
そう思ったらレーザーがアミックに集中した。
木々が展開してそのレーザーを受けるが、すぐに燃え広がり出す。
その炎を木々に纏わせたままアミックがジェラルドへと突貫する。
「あ、味方を撃っちまった」
床に這いつくばってたジェラルドはアミックを怒らせたものと思ったようだ。だがオレは兄さまが本当に連立を成立させたのだと思った。
アミックが床にいるオレをジェラルドから奪い返した。そして言った。
「いや、今は敵だ。そちらさん達とは連立を組んでるんでな」
だがジェラルドは意味がわかっていなかった。なのでアミックは話を続ける。たぶん、いつものことなのだろう。
「深度一が展開してようやく居場所がわかった。ジェラルドの深度一は目立つからな」
「何しに来たんだ。アミック」
アミックが懇切丁寧に連立の意味を教えて上げた。オレを守るためにアミックが駆けつけたということを、特に強調して。
だが熱弁をふるってオレをジェラルドから奪い返してくれたのはありがたいが、抜けた髪の毛が痛い。この状態なのに痛い。
そしてアミックがオレの姿を見て絶望した。
「だがおい、生きてるのか? 死にかけじゃないか」
おそらくオレは胸像のような状態なのだろう。いつ死んでもおかしくない。
(アミック。オレを置け)
(念話は通るのか)
(念話じゃない。魂の回廊を利用した通信手段だ。いいから置け。お前じゃ死ぬぞ)
(しかし)
(お前の仕事は)
(オレの仕事は連立相手の脇に並び立つことだ)
だがそう言ったアミックはオレを床に置いてくれた。話すことさえ出来ないじゃないかと問い詰めたいところなのだろうが、連立相手の意思は尊重してくれるのだろう。末期の願いだからな。それぐらいはしてもらわないと。
だがジェラルドは憎悪をアミックに込めた。
本当の意味で戦闘を愉しんでたからな。汚された思いもあるだろう。
ちりちりと木々の燃える火の粉が部屋を舞っている。時折爆ぜる木片がジェラルドとアミックに当たった。だが二人ともそれを微塵も気にした様子はなかった。ジェラルドがプリンター仕様の部屋を動かさなければ、アミックも木々を動かさなかった。
ジェラルドの中に闘志がふくれあがり始めてる。
「俺は連立相手を助けに来た。ホースの思惑に乗りやがって、よくもまぁ好き勝手に陸戦隊を動かしてくれたものだ。地球は俺たちアミック隊の仕事だろうに、バカにも程がある」
「もうその状態じゃ、ごちゃごちゃ考えても仕方ないだろうが」
だがオレはアミックを遮った。アミック答えるな、と。
ちょいとカチンと来ていた。
(オレは戦いを降りた覚えはない。何を終わった前提として話をしてやがる)
ギョッとしてアミックがオレを見た。
(コイツの問いにはオレが答える。最後の、最後までな)
(おまえ…………)
(オレの名前は最上寛司。双子の弟だ)




